精神科の療養病棟入院時の私は、それまでとは別人のようだったと旦那は言う。
入院はもう6年近く前のこと。
その数年前から心療内科通院はしており、急にドクターストップがかかったというわけではなかった。
「仕事で精神が参ってるのは間違いない」
「限界が近い」
「でも仕事を辞めたいと思っていない」
「体そのものは健康」
の条件下、何はともあれ一時、穏便に仕事から離れるために私が画策し、医師も同意してくれたものだった。
職場は多少ドタバタしたが1ヶ月以上前から伝えてあったこともあり、入院日がズレることはなかった。
ただ以前に少し書いたように最後の仕事がかなり凄惨だったので、まさに現世を離れて逃げ込むような入院と相成った。
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ご存知の方も多いとは思うし、病院によっても違うだろうが「療養」入院は、意外とリゾート感覚である。
食堂での食事の時間、部屋とは別場所にある1人用浴場を使う順番、就寝時間は決まっているがそれ以外は基本的に自由。診療、カウンセリングもあるにはあるが週に1〜2回程度だ。
刃物の持ち込みはハサミでさえ禁止されていたし、テレビは館内どこにもなかったと思う。
だがどの部屋も一人部屋だった。大学時代に3人相部屋の寮生活をしており、入院数日前まで印刷が間に合うがどうかのミッション・インポッシブルな日々をおくっていた私には、楽園以外の何物でもなかった。
入院先は都内かかりつけ医とは別の、険しい山中にある専門病院。簡単には面会に来れない。そのため入院数週間後にようやく旦那に会うことができた。
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何にもしないことを充分に満喫している、穏やかな私を見てもらったつもりだった。
しかし旦那の目には「魂の抜けた人形」「生への執着が消えた人」と映ったそうだ。
旦那は入院前も事の重大さをわかっているつもりでいたが、面会時に初めて「我が妻は今までだって、いつ自殺してもおかしくなかったのだ」と痛感し、恐ろしくなったらしい。
彼がそのことを話したのは退院してから何年も経ってからだった。
たまたま私に尋ねられて話したのも不承不承に近かった。口に出すことで彼自身がダメージを再認識しているように見えた。
私は驚いた。「ゆっくりできているようで良かった」と喜んでもらえた面会だと思っていたからだ。
痛みを追体験した旦那には申し訳ないが、その話を聞いた時、どこかホッとしている私がいた。
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私の認識では入院は実に快適な休暇だった。夢にまで見た「何もしなくても明日の食事と寝床が確保されている自由」。外出許可を得てハイキングコースも散策した。道の駅で生乳アイスクリームを堪能さえした。綺麗な風景や花の写真もたくさん撮った。(私がそんなものを撮って喜んでいること自体が、旦那をさらに震撼させたらしいが)
だからあの頃の私はそんなに危ない状態ではなかったはずだ。
けれど入院前には自死を考え、追い詰められた時期もあった。
そんな時も仕事は連綿と続いた。私は鬱症状により進まない事態におののき、のたうちまわっていた。
それでも「どうする?仕事する?放り出す?」と尋ねられたら「放り出すわけにはいかない」と強い語気で答えたろう。
そして身にまとわりつく自死の観念を、皮膚をメリメリと剥ぐようにして振り落とし、先へ進んでいた。
どうやら我が夫も善かれ悪しかれ
「放り出すわけにはいかない」と言い切る私に、一縷の希望を見ていた一人だったらしい。
「入院していた時の君は、僕の知っている君じゃなかった」
そうか。
やっと、あの身の皮を剥ぐ痛みを、比喩ではないと知る人が現れてくれたのか。
本当に旦那には申し訳ないが、私はとても嬉しく思った。
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私の症状はとても地味だ。
仕事への愛と責任感ゆえに起きる恐怖が臨界点を越えると、布団にもぐりこんで出てこない数日が時折あるだけ。
その数日以外は外に出ることも人に会うことも苦ではなく、冗談も言えるし話を盛り上げる役だって務められる。
会った人が皆わかっていないとは思わない。それぞれに引っかかる部分はあるだろう。けれど「もしかしたら大丈夫(になる日が来る)なのではないか」と思わせてしまう可能性は高い。
だからといって、ことさらに怖がってみせるのも違うだろう。
私は鬱の世界(?)では症状が軽い部類だと考える。だが布団の中で震える数日の恐怖は本物であり、それは一般的な仕事への嫌悪感とは一線を画していると感じる。
この私の意志力を持ってしても捩じ伏せられない。対抗できない。自死を防ぐのがやっとだ。
どれほど長期間快適な日々を過ごしていても、ある条件が一致すれば同じボルテージで立ち昇る圧倒的な恐怖。
退院後、何とかマトモにやっていこうとしては鬱のファイアウォールにブチ当たり、苦悶する私を見ていた夫はその都度、入院時の姿を思い出したという。
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そうか。と私は再び思った。
だから夫は人間のクズと化した私へ「何年も病院に通ってるのに、おかしくないか」「いい加減にしてくれ、甘えるな」等の最後通牒を突きつけなかったのか。
「仕方ないよ」
「まあ、今日は寝てしまいなよ」
そんな風にヌルっとなだめながら、彼自身も恐怖していたのだろう。
私は彼の知らない誰かを身の裡に住まわせている。その誰かに変貌してしまうことすらある。
今さら「こんな病に罹患してすまなかった」なんて懺悔は無駄の極みなので言わない。
けれど「ありがとう」は言おう。
種類は違えども共に恐怖してくれてありがとう。私を一人ぼっちにしないでくれてありがとう。
私が怖い時は彼も怖い。
不思議だ。そう思うだけで少しだけ力が湧いてくる。
申し訳ないが、もう少しだけ一連托生でいてくれ。共に地獄を見てくれ。
この流れで伴侶もろとも鬱になる可能性も話には聞いているし、事実彼も睡眠専門外来で定期的に薬を貰っている(一応補足すると、半分は私の所為だが、半分は彼が無呼吸症候群一歩手前の鼻詰まりだからだ)。
だが頼む。
そこにいてくれ。
決して君を同じところまでは連れて行かない。その誓いを胸に私は戦っている。
だが地続きの場所で見ていてくれ。私が向かう不滅の地獄を。
その苦しみがそこにあると、想像ではなく同情でもなく、共に感じてくれ。
社会的には紙切れ一枚の契約ではあるが、私が夫に求めるものがあるとしたら財力でもなく変な責任感でもなく、同じ戦場に立ってくれる勇気だ。
大丈夫、私は負けない。
完全勝利はしないかもしれないが、君がいる限り負けて地に伏すことだけは決してしない。例え数ミリずつでも前へ進む。
私の戦いを
目を逸らさずに見ていてくれ。
それがたったひとつ、
これぞ我が夫と思い定めた
君に託す望みだ。