誠に恥ずかしながら
マンガ『ドラえもん』のスネ夫が
「甘えん坊」だということを、
昨年の10月に知った。

スネ夫の声優を長く務めた肝付兼太さんの御逝去に関する報道がきっかけである。

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ある程度の年齢までしか『ドラえもん』に触れていなかったせいだろう。
私の中でスネ夫は、権力者にへつらい弱者を笑う、典型的な小役人タイプのパーソナリティーとして確立され、一貫していた。
スネ夫がママと話す間伸び声やクネクネした態度も上位権力への媚びにすぎないと思っていた。

だが「裕福な家庭に育ち、自己顕示欲旺盛なナルシストで、甘えん坊」という見方もあり、声優さんも意識して演じていたとは驚いた。

小役人タイプのプロフィールとして珍しくはないが、私自身が大人になり、そこに彼が「少年」であることを加えてみると著しく色合いが違って見える。

小賢しいからこそ失敗ぶりが面白い。
知恵もそこそこ回るくせに巨悪になりきる度量がないところなど、まるで自分を見るようで愛おしくすらある。

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数年前の某国産車CMで、顔立ちの美しさでは定評のある山下智久がスネ夫を演じたが、意外に違和感がなかった。
その頃の私には小役人イメージしかなかったにも関わらず、ズレはなかった。

あれは前髪ウィッグのクオリティだとばかり思っていたが、
もしかしたら作品の歴史がスネ夫というキャラが持つ可能性を、流水のように磨きあげたのではないかと気がついた。

原作の藤本先生、アニメ制作者、声優の方々、それぞれの情熱を芯に、
『ドラえもん』を愛する多くの人々の応援と想像を翼にして、
成長し、洗練され、時代と共に進化した歴史あったればこそ、
小役人スネ夫は、ニヒルな身綺麗お坊ちゃん山下智久としても存在しえた。

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のび太、ジャイアン、スネ夫。

単純なスペックだけを挙げ連ねれば
「素晴らしい少年たち」ではないだろう。
だが多くのエピソードを経る中で
「気弱ですぐ道具に頼る根性なし」も
「威張りたがりの音痴な暴君」も
そうであるからこその魅力を見い出されていった。

特にアニメーション製作において、かなりの自由度がありながら、厳しく貫かれたポリシーがあるように思う。

決して、原作での性格を否定しないこと。




確かにバカかもしれない。
でもバカだから見通せる景色がある。
確かに意地の悪い性格かもしれない。
でもその着眼点が誰かの危機を救う。

例えご都合主義と呼ばれようとも。

そのままの彼らを伸ばし、
生かしきることに
声優も含めスタッフは
全力を注いだのではないだろうか?

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疑問形なのは、私自身は最近の『ドラえもん』本編、名作と言われる映画作品も全て未見だからだ。

ただ上記の仮定が成立しないのならば、肝付兼太氏の他界について話をしていた知人が『ドラえもん』の素晴らしさを語ろうとして、そのまま声を詰まらせ涙ぐんだ説明がつかない。
人目もある喫茶店の真ん中で。



多分、今ものび太は気弱だろうし、
スネ夫はズルい奴だろうし、
ジャイアンはジャイアンだろう。

だがイイところもいっぱいある奴らで、
少なくとも私の知人は彼らが大好きなのだ。

だったら、
欠点だらけの私だって私自身がそれを愛し抜けば、
欠点あってこその新しい側面に出会えるかもしれない。

声もなく己の中の感動を反芻するイイ年のオジさまである知人を見て、とりあえずコーヒーを啜ってみせるしかリアクションの取れなかった私は、

ふと、そんな風に思ったのだ。