いつか失われてしまうもの。
それを体で実感するのは
生理が初めてかもしれない。
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別に男性に生まれたかったとは思わない。
第二次性徴期(小学校高学年〜中学初期)は性差どうこうより、アニメやマンガを一生好きでいるだろうオタクDNAが著しく目覚めた印象の方が強い。
そのため将来もし地球防衛隊が設立された時に採用される学力と体力をどうしたら確実に作れるかには一時真剣に取り組んだが、性そのもので悩んだ覚えはあまりない。
ただひとつ、男子にケンカ(拳)で勝てないのはおろか、ケンカすることすら親にも友達にも、好敵手であった男子からさえも「お前、それってどうなのよ」と扱われたことは、腑に落ちなかった思い出として残っている。
体格変化初期の、小学校5年くらいだったろうか。チンチクリンの男子などより私の方がガタイが良いのに!と憤慨したものだ。
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その時期から詩文で賛美される意味ではない「限りなく女性的なるもの」は、ただただ上乗せされていくばかりだった。
おしゃれがどうの、身だしなみがどうの、振る舞いがどうあるべきか、女性であることの危険性をどう認識すべきか、成人後は社会制度としての婚姻の通念、家事の腕前、“女性”会社員として求められるものなど、その時々で対応を迫られた。
今でも良し悪しではなく「女性的なるもの」によって大きく印象に残っている出来事は2つある。2つしかないことの方が異質かもしれない。
ひとつは大学の催し物で女装する男子にメイクしてあげて欲しいと頼まれたこと。私が普段どれほどすっぴんでいるのかわかってないのかと、実行委員男子の顔を穴のあくほど見た。
だが私もその頃には「自分、女子としてヤバい」という自覚はあって、とてもメイク道具はオモチャ程度しかありませんとは言えなかった。
結果、別の大学のメイク上手な友人に頭を下げて「おぼろげではない化粧のイロハ」を教わり、何とか面目を保った。メイク道具もその子からほぼ借りた。
まあ、人にフルメイクを施した翌日も私自身はすっぴんで通学したのだが。
そんな私が後に理論が主とはいえ女性誌の美容記事をあんなに多量に執筆することになるとは夢にも思わなかった。最初に美容記事が振られた時に「無理です!」と叫ばなかったのは、大学時代の記憶のおかげである。
もうひとつは会社員時代の部署変更。
当時関わっていた雑誌が潰れてしまい、どこに飛ばされようと否の権限はなかったのだが、うっかり男性上司が異動予定部署の話の際に
「その部署は新しく作られたばかりで、一人くらい女性が欲しいってことで」
などと現代では即セクハラ扱いされそうなことをのたまったのだ。
色々な意味で若かった私は「そんな色数合わせな意味での異動は不服です」と返してしまった。
それが原因ではないのだが発端のひとつにはなって、諸々の後に別会社に転職した。
今思えば、いや当時だって上司に其れ程の悪気もなく、私の能力を認めた上での失言だとわかっていたが、単純に看過することができなかった。若い、若かった。後悔云々ではなく、これは笑い話である。
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さてそんな数十年を過ごし、私も更年期に差し掛かってきた。
よく症状例としてあげられる のぼせ などは全くないのだが、生理期とその前後が昔と比べて格段に辛い。乳腺が張って痛いと思えば、変な風に腹を下す、そして生理痛が「子宮の断末魔か!」と思うほどに重い。
それが故に、初めて「女性的なるもの」がマイナスされていくだろう予感に深い感慨を覚えている。
ほう、人生にはこんなことも起こるのか。
知ってはいたが体験してみるとまた興味深い。
もちろん社会的な意味での性はなくならない。世の格差や通念に対して目を光らせようとは思っているが、私は女性であること自体に何ら不満は持っていない。むしろ余生では「女性らしさ」の良い部分を存分に楽しむつもりだ。
だがあの、もういちいち文句を言う気も起きないほど畳み掛けられてきた「女性的なるもの」の枠組みが、向こう数年でひとつ外されようとしている。
少なくとも今現在の私を苦しめている生理痛ともあと少しのおつきあいなのだ。そう考えると痛みの感覚すら、思索の種として記憶に刻むのも良いかという気になる。
出産の痛みを経験することはなかったので、これもまた人生の土産のひとつになるやもしれぬ。
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と、思って昨日1日痛み止めを飲まずに過ごしてみたが、哲学者ごっこは大して続かなかった。
もうええわ! どんな理屈をつけようが痛いものは痛いんじゃあ、ボケ!と使えもしない広島弁でまくしたてたい24時間を堪能した。
よって今朝一番でがっつりと痛み止めを服用し、今に至る。
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私は生まれて物心ついた時から私であり、そこから先は肉体の変化にしても、社会的立場にしても、付与的なものにすぎない。
鬱にしろ性差にしろ、与えられた、もしくは失った状況とどう折り合いをつけて生きていくかだけが肝要で、あとは大して変わらない。
そう思っている。
そう思って、生きていこうとしている。
だから、これもまた私の横を通過するひとつの景色だ。
痛みも充分刻み終わった。
腹の奥で内臓が蠢く感覚だけがまだ続いている。それを鼓動のように聴いて午睡に入ろう。
懐かしい夢が、訪れる予感がする。