11月は何かと人に会う機会が多かった。

時期によっては平気で2週間くらい家とスーパーの往復しかしない余生な私だが、それはそれで「幸せだなぁ」と思っている。不満はない。

しかし残暑が落ち着いた10月頃から友人や知人から「久々に会おうよ」というお誘いはあったし、私からも発信していた。
何しろ暑い中の外出は身も心も削られる。涼しくならないと誘う気にも行く気にもならない。


そして11月。軽い用事であればあるほど師走に入る前に済ませたいのが人情なのか、さらに久しぶりの顔合わせ的な用件が増えた。

(それで「30分前到着チャレンジ」が本格化したという背景もある)

そんな中で私は芸能関係の若者、共に20代の2人に会った。
それぞれAくん、Bくんとしよう。
どちらも彼らに会うことは主目的ではなく、用事の場で世間話をする程度の時間、たまたま居合わせただけである。

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Aくんは芸能活動を始めた10代に何度か一緒に仕事をした。彼にとって私は「仕事で見たことある人」くらいで、個人で認識してはいない。それでもまあ、再会ではある。

彼は最初から音楽方面に行きたいと言っていたが、事務所が比較的大手で多彩な才能が集まっており、彼までタイミングとチャンスは回ってきにくい。
今はどちらかといえば役者業が主な彼のフィールドだ。


先日会った時もさびしそうに音楽の仕事はしたいが「自分の考えだけでどうにかなるもんでもないし」と微笑んだ。
私は元気づけようと「でも、望みは繋ぎ続けようよ!」と薄っぺらいことを言った。すると彼はおどけて「でも望み続けてもう10年ですよ?」と苦笑を深くした。「20代になってかなり経つし」。


そうだ。私は彼が高校を卒業する間際くらいに、最も密に取材していた。そのままのイメージで場を明るくしようなどと思い上がってしまった。

マルチな才能を持ち、公式なファンクラブを持ち、役者業にも本心から全力で取り組んだ結果、当面の活動には心配いらない彼でさえ、あんなに寂しい笑みを浮かべる。

目の前で見た笑顔はやるせなく、彼の現在を思いやれなかった自分を悔いた。

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そしてBくんである。
彼はスーツを着ていた。特にイケメンではないが、悪人顔でもない。凡庸な容姿。
ただ真面目な印象の瞳がキラキラと輝いていた。自分は24歳だと自己紹介してくれた。

「どうしても役者になりたくて、一昨日北海道から東京にきました。まだ事務所も決まってませんが、頑張ります!」

別の意味で衝撃だった。

無論、芸能の世界は何で大化けするかはわからない。しかし大化けの糸は気まぐれ。且つ蜘蛛の糸より細いと私の目には見えている。


世に謳われる「君にもチャンスが!」の誘い文句は嘘ではないし、それで世に出た人も大勢いるが、その大勢の数の何万倍も「そうでない人」がいる。


今言った「大勢」だって、その後、芸能界で身を立てている人はどのくらいかと問われれば「数人」と言っていいと思う。

その世界に君は、
その輝く希望の瞳だけを持って
足を踏み入れようとするのか。

私はただ絞り出すように「頑張ってね」としか言えなかった。
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どちらも物語としてはよく聞く話である。
それこそ飽きるほど似たようなオープニングのドラマや映画、小説やマンガを見てきたし、これからも見るだろう。

しかしこれはどちらも、私が吐息を感じるほどの距離で起きた現実である。

家で本を読むのもネットニュースを見るのも、とても意義があると私は感じている。

しかしやはり我が身で受ける現実というものは、これほどに鋭く己を射抜くものなのだと圧倒された。

私の思い描く「余生」では、その要素を多く取り込むつもりはない。
余りに血が通いすぎ、ビビッドで、私の脆弱な心を揺らし過ぎる。

だが「現実」の強さを忘れてはいけない。
彼らは生きて、存在して、もしかしたら家族なども背負いつつ、私と同じ「今日」を走り続けている。

同情ではない、祈りですらない。
私が「余生」を選んだように、
ただ彼らは芸能の世界を選び、これから足掻くだろう。
私も足掻く。心に命が押し潰されないことを最優先として足掻く。

この世界のどこかで、そうやって生きているということだけは、私たちは同価値だ。

ふとした折に彼らのことを思い出すだろう。その生の声を、生の笑みを。

それが当分の間は色褪せないと此処で断言することだけが、余生を生きる私が彼らに贈れる唯一のはなむけなのかもしれない。