なぜか、この「当たり前な話」が日本の歴史の常識になっていないのですが、この当たり前を頭に入れておかないと日本史は語れないと俺は思うんですね。
例えば武士の主君に対する忠誠心というのは、忠誠心ではなくて主君に対する愛情の場合もあるんですよ。
前にも書きましたが
織田信長の愛人だった前田利家は、極悪非道なエテ公豊臣秀吉の織田家乗っ取りに積極的に協力した
んです。
信長の愛人だった男が、信長の息子が殺されることに協力した
一見矛盾しているようですが、これは
愛人の気持ちになって考えれば解らなくもない話
なんですね。
確かに利家からすれば信雄や信孝は愛しの信長様の息子達ではあります。
しかし、それと同時に
利家の愛のライバルだった憎い女の子供でもあった
んですよ。
今でも愛人が本妻の子供を殺す事件ってあるでしょ❓
前田利家のやったことも、これと同じ理屈なのではないか❓ということですよ、これなら矛盾は全くありません。
前田利家という男ですが、かなり嫉妬深いところがあったんですよ、嫉妬心から信長が可愛がっていた茶坊主(恋のライバル?)を信長の前で斬ったこともあるんです。
あと、陶晴賢という戦上手の武将も主君大内義隆の愛人にして忠臣だったのですが
大内義隆が他の男に夢中になってしまったので、嫉妬心から主君義隆を討ち取った
という話もあるんですね。
殺してしまえば義隆様は永遠に俺のモノになる
ってワケですよ、ヤンデレというヤツか❓
(;・ω・)y-~
おはよーございます❗
そういえば信長も自分を裏切った義弟浅井長政の頭蓋骨を杯にしたそうですが、これも
長政に対する「愛情」の裏返しではなかったか?
と考える人もいるんですね。
殺してしまえば永遠に俺のモノ
ヤンデレはああ怖い
(。・ω・。)y-~