これは歴史の教科書には必ず書いてある話なのですが、綱吉の治世の時代には
元禄文化という庶民の文化、サブカルチャーの文化の花が咲いた
んですよ。
元禄文化の花を咲かせたのは偉いさん達ではありません、ごくごく普通の庶民の人達だったんです。
これは現代でも同じですが
生活に余裕がないと遊び、サブカルチャーを楽しむことは難しくなる
んですね、当然ながらサブカルチャーの文化の花も咲かなくなるんです。
綱吉の治世の時代に元禄文化というサブカルチャーの文化の花が咲いた
ということは
綱吉の治世の時代に庶民の生活は豊かになった
というワケですね。
庶民の生活を豊かにした将軍、徳川綱吉、どう考えても名君だったのではありませんか。
徳川綱吉も田沼意次と同じく、彼を嫌っていた人達から後生ボロカスに言われるようになったと俺は思います、具体的に言うと
庶民の文化、サブカルチャーが大嫌いだった儒学者にして幕府の政治顧問の新井白石
あたりですね。
頭がコチコチの大学者の先生はサブカルチャーが大嫌いだった。
これは現代にも通用する話かもしれませんが、儒学者っては特に庶民の文化、サブカルチャーが大嫌いだったんです
この儒学の毒についてはまた書いてみますよ、江戸幕府はこれで潰れたのですから。