やや寒い日にパーカーを着用することは頻繁だろう。パーカーにも様々な種類があるが、フード付きのものも多くある。それをいかにして活用しているかは、当然人それぞれ。出してファッションの一部にする者、かぶる者、邪魔で切り取ってしまう者。私の勝手な意見だが、フードをかぶる者はどうもスマートには見えない。
防寒としてかぶる者は少なく、かぶる者は、あえてそれを行っている。何が理由であるかはわからないが、サイズの大きい服を着て、非常ながに股で歩き、フードをかぶっている。どうだろう、例えば六本木ヒルズ常連者は同じ事をしているだろうか。偏見であるが、上手な生き方をしている人には、それと同類はいないように思える。
では、かぶっている者は下手な生き方をしているのか。決してそうは結びつかない。しかし、割合で見ると、私はそうなっている気がしてたまらない。人の人生を批判するつもりはさらさらないが、少々残念だ。

スティーブジョブズのiPadが発表されてから1ヶ月が経った。あの発表では、新iPhoneやiLifeなどの新しいデバイスやソフトが続々と登場すると思われていたが、実際はiPadの発表一つだけだった。裏切られた、と思ったファンたちは数知れないと思う。しかし、ジャーナリスト、ファンの勝手な予測なだけに、期待をした私たちに落ち度はあっただろう。
今新たな噂でカメラが搭載されるというものがある。3月に発売されるものに搭載されていたら、幸運と考えるのが妥当だろう。過剰期待は、同時に底も深い。
デジタル機器とは日々進化しているもので、このカメラの噂も3月にはでなくとも、早いうちに出荷はされるのだと思う。iPhoneの進化や、PSP、DSなどデバイスは目まぐるしく発達してきた。これもその一種だろう。
あと1ヶ月。膨大な噂に期待をよせるばかりだ。
Tomo Fujitaは私が最も受けてみたいギターレッスンの先生だ。バークリーの音楽教師をしていて、様々なレコーディングにも参加している。
Tomo Fujitaのアンプから出る音は、全世界のトーン探求者の終着点だろう。ギターでよい音を出すのには、一つとして愚かにしてよいものはない。それを体全身で表現して伝えてくれるのだ。理論や勉強は自分で出来る事が多い。しかし、表現や感情を取得するのは、支えや導きがなければ難しいものがある。そういった、具体性がないことを伝えてくれる素晴らしい先生なのだ。
本人も教えることに大変な喜びを感じているようで、教師と生徒、とてもよい関係が築けていると思う。John MayerもTomo Fujitaの生徒であり、実際に結果も出ている。一生に一度、先生の授業を受けてみたい。

Right Place, Right Time /Tomo Fujita
¥1,500
iTunes

※モバイル非対応


人間が形成される過程には何が含まれるだろう。経験、家庭、教育、など様々な経緯によって人間は形成されていく。何が一番影響力があったかなどは人それぞれであるが、些細なことでも0ではないだろう。
今日はその中の「日常」をピックアップしてみる。この言葉を「地元での行動」と勝手に定義づけると、その人自身の形成元は、育った場所によって決定される。
私の旅は観光名所を回るのではなく、その地域の日常に触れることが目的である。ゆえに、デパートにいったりアーケド、食品街をぶらつくことが多い。なぜなら、日常である場所を歩けば、その地域の性格が分かってくるのだ。以前書いた「スターバックス」の話と同類であるが、地位の日常は顕著に表れる。未体験の雰囲気を味わうのは楽しいものだ。
よって、私は出身によって人を区別することは決して無いことではないと思う。いいも悪いも、その町の雰囲気はその人の経験となっているのだ。何一つとして意味のないことはないだろう。「日常」も、こう考えるとマンネリなどという言葉は結びつかない。日常は素晴らしい。
iPhoneで本を読むようになった私は、近頃遠くのものが見えにくくなってきた気がする。文字の大きさをコントロールすることは出来るので、原因は文字の大小によるものではないと考えられるだろう。では一体何か。やはり「画面」ではないだろうか。
パソコンと同様に、常に画面を見ている私たちは、視覚的に何らかの影響を受けているだろう。(科学的なことはわからない)そのために保護フィルムなどの商品を売っているくらいだ。はたしてiPhone用もうっているのだろうか?iPhoneで読んでいると、どうも照明度で目が疲れてくる気がする。ブラインドを暗くしてもやはり疲れる。やはり保護フィルムが必要なのだろうか。
私は、眼鏡をかけなくても運転できるほどの視力を保ちたかったが、それも時間の問題になってしまうのだろうか。

この動画はいったいなんなのだろう。 http://www.youtube.com/watch?v=IX-gTobCJHs
信じられない現実が既に迫っていたのだ。
我々が想像していた夢のマシーンを突然目の前に現れたらどう思うだろうか。私は高揚し、また現状の自分に失望するだろう。開発された商品というものの予測が自分では出来ずにいるのだ。しかし、世の中は知らないところでそれぞれに進んでおり、技術を開発していく。無知であるとは悲しいことだ。
さて、悲観的なことはここまでにしておこう。この動画に非常に関心を寄せた私は、ドラえもんを思い出さざるを得なかった。ドラえもんで出てくるような夢の商品だったからだ。「自由に変化する物体」とは、中々想像しにくい。それは、現実では起こりえていないことだからだ。こういった「存在しえない商品」は「夢」の商品である。それが現実世界に現れるとなると、私たちの「夢」はなにに変化するのだろう。「夢」を叶えた者に残るものは一体何であるのだろう。
全てを手にした時、人間は何を思い始めるのだろうか。

高校でこの靴を手にしてから一途になってしまった。ルックス、値段、使い勝手、何をとっても素晴らしいの一言で完結してしまう。消費者のニーズをここまで捉えている靴はそうはないだろう。
お気に入りは真っ黒コンバースである。オシャレな人たちがそれを履いている、という勝手な持論を作り、私も参戦した。これを履くと、全身のコーディネイトを考える気になる、いや、しなければ申し訳ない気持ちになるのだ。このアイテムは常に私を進化させてくれる。
しかしコンバースはこれだけではない。歩くのが好きな私にはボロボロになってよい靴が必要である。気軽に履け、履き慣らすと同時に退化していくそれを体感することに喜びを感じている。靴が古くなっていくにつれて自分史が完成されていく。同じだけの苦労をした達成感に身が包まれるのだ。買い替える時はひどく惜しいが、心機一転、人生との共通を感じる。
足を一歩出して歩くように、私も日々進化をしていきたい。そうすれば、この日記もまた、ボロボロになった靴のようによき歴史となるだろう。
CONVERSE コンバース CANVAS ALL STAR OX キャンバス オールスター .../作者不明
¥8,295
Amazon.co.jp


私は旅先のスターバックスには必ず立ち寄るようにしている。そこには、そこでしか味わえない地域ごとの空気を堪能できるからだ。
スターバックスに行く層として、「少し高いお金を払ってでもリッチな空間を過ごしたい」「若者」「サラリーマン」など、思いのほか”時代”というものをとらえている人たちが利用しているのだなと思う。そうすると、その地域での発展具合に伴い、人相も実は異なっているのだ。例えば渋谷などでは賑やかで開放的、多ジャンルの人たちと巡り会える。しかし地方の小さいところに行くと、実にのんびりで、カップを置く音さえ聞こえてしまうほどの空間を作る場所もある。
個人の統計から行くと、それは街全体の雰囲気と比例していてる。スターバックスに入ると、住人たちと同じ時間を過ごしているような気分になるのだ。全世界のスターバックスでそれが異なっている。
旅の途中ではスターバックスに入ることがその場の雰囲気に呑まれる為の効率のよい手段である。そして、その空間が私の旅をより一層深く濃いものにしてくれている。
最近は一周して再び宇多田ヒカルを聞いている。 Jazz, Funk, Electric などを聞いてまた宇多田を聞いてみると、懐かしくも新鮮な空気を吸っている気分になる。「飽きる」という単語を寄せ付けないアーティストだ。
宇多田ヒカルのアルバムはそれぞれにカラーがあり、その時の気分によってアルバムを選んで楽しむのが私の日課である。一曲一曲に重みがあり、隙を見せない完成度には脱帽である。しかし、曲が全て流れるように繋がっていくので真の完成はやはりアルバムにあるだろう。
中でも私が推奨するのは3rdアルバムの「Deep River」だ。この美しくも切ないメロディ、編曲、ストーリ、どれをとっても甲乙無き100点のフラットである。もともと怪しい雰囲気が漂う曲は好みであるが、これほど深みのある作品はそうはないだろう。
宇多田ヒカルは毎度進化している様子を伺える。新たな作品を常に心待ちにしています。
Deep River /宇多田ヒカル
¥2,000
iTunes

※モバイル非対応




IT, information technology.
今日改めてこの意味を理解した。SNSによってもたらされる情報の量というのは膨大なものだ。 ブログ, twitterを始め、昔と違ってリアルタイムで情報を交換できる。
今までは自分の意見を示すのには、本を書くという手間がかかっていた。更に、その伝えたい対象の人に引っかかるには若干の運がつきものであった。だが、今はどうであろう。自分の意見をその場で伝えられ、対象となるセクションにすぐにでも示せる。対象者も情報を探しやすく、互いが一致する可能性は格段と高くなっている。本を書くという苦労は過ぎ、万人が伝えられるという平等性が生まれた。画期的なことであろう。インターネットという神の前に人々はひれ伏すのであろうか。
そんな私はブログといったものはやったことがなく、本日Amebaを始めた私であるが、見ず知らずの他人とのディスカッションとは実に興味をそそるものであった。twitterなどで影響力のある人々の意見を聞いていただけであったが、この平等の下では意見の掲示というのは必至なのであろう。互いを伝え合い、共感し、新たなアイディアが生まれ、「世の中は軌道に乗っている」と非常に強く感じた。
今後も更なる進化をしていくだろうITに期待の意を強く示した一日であった。