日曜日に無事退院して、一日一日と身体を動かせる範囲が広くなり回復しているのをとても実感しています。

なので、昨日は大丈夫だと思いスーパーまで1人で買い物に行ってきました。

しかし、外に出て歩いてみるとスピードが凄く遅いせいもあって車とか自転車の行き来している中を進むのが結構怖かった。あのスピードで接近されたら素早くよけられんと思うとちょっとまだ1人での外出は早かったかと後悔しました。入院中に病院内を歩くのとは全く違っていました。

しかも、目指したスーパーも思いのほか遠くていつもより倍はかかったと思います。

暑い時間を避けて夕方に家を出たので帰る頃にはすっかり日も沈み暗くなってしまっていました。

老人でもないのに異常にゆっくり歩いていた私も他人から見たら相当怪しい人だったと思いますが、そんな私を後ろから徒歩で追い越しその間中ずっと薄笑い顔で見ながら通り過ぎたサラリーマンおやじはもっと怪しかった。

私の顔を見ながら追い越したかと思うとそのままぐるりと私の前を横切って今度は反対方向(歩いてきた方向と逆)に向かって歩き始めた。

あっ

付けて来たんだこの人

まじ、怖かったけど負けてはならぬと思いその人の顔から目を離さずしっかり威嚇しました。

その後、更に付けてくる気配もなく無事に我が家に帰る事が出来ました。


はぁ。。

40代のおばはんで良かったよ。

退院したら次の仕事に付いてじっくり考えてみようと思う。

前の会社で10年ぶりにパターンの仕事をして洋服を作る面白さを再び感じる事が出来、やっぱりこの業界内で職を持ちたいと言う気持ちにもなってきた。

しかし、その一方で「英語」を使う仕事にも興味はまだある。英語を使う仕事に就く事で英語力をある程度の所までしっかり上げておきたい。

近い将来、日本を離れ他の国へ移住する可能性が私達夫婦にはある。

今の自分にとって理想的職業の条件

1、レディスアパレルの企画
2、外国とのやり取りがある(英語を使う)

以上、2点の条件を満たす職業があるだろうか?

しかも、女46歳である。

今回、子宮を失いもう恐れる物も思い悩む事もなくなった。

自分が望む働き方が出来る仕事をちゃんと探そうと思う。


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携帯ばかりいじっていたら無性に文字が書きたくなった。1階の売店で小さなノートとシャーペン、消しゴムを買って同じく1階にあるドトールコーヒーでアイス豆乳ラテを飲みながら早速これを書き始めた。

残念ながら、
1、文章力がない
2、字が汚い
3、漢字を知らない
という私ですが、これでも小学校の時は文通、中学生になると交換日記(最大3人とそれぞれ)していたので文を書く事は慣れてる。

なぜだろう。
小、中と日常的に文章を書いて来たのに私は決して文系ではない。むしろ理数系だ。だけど、こうやって頭に浮かんで来る事を書いて行く作業はとてもリラックス出来る。

「リラックス出来る」今、初めて気が付いた。

リラックスする方法として、思った事を文章にして行く作業があるんだ。

そう言えば、東京で働いてた頃新しく入社して来た歳上のパターンナーとなんか合わなくて凄くストレスを感じていた頃があった。

その時私がした事の中に、紙いっぱいにその人に付いて思うことを書き続けた事を思い出した。凄く辛くて休みの日も一人家でもんもんとしてしまって、誰かに話を聞いて貰うという事は全く思い付かず、ただ頭に浮かぶ事を紙に書いて行った。自然とそうゆう行動を取った事にも気づかず。

今思えば、爆発寸前にしてそれを回避する行動を本能的に取ったんだと思う。

自分の考えをまとめる作業として、文章を書く事はもしかしたら常日頃から大切な事なのかもしれない。

日記やブログを毎日書く事は、実はとても良い事なのかもしれない。

私もこうやってブログやってるけど毎日は書かない、と言うか書けない。

ブログってやっぱり、全く知らない人とわ言え誰かに読まれる(読んでくださりありがとうございます)ので、何となくカッコつけて書いてしまう所あるのかもしれない。

そうなると、正直な気持ちが出せずスラスラと書く事が出来ず結果、文章は書いてはいるけどストレスは解消していないのかもしれない。

だから(私の場合)続かないのかな?

それからもう一つ
今日の様にペンで紙に書く場合とタイピングで書く場合とではどちらも同じレベルでストレスは解消出来るのだろうか?

私は、タイピングで文を書く時でも思いつく速度とほぼ同時にタイピングする事が出来る。おそらく文字を紙に書くより早く文章は出来上がって行くと思う。

この、文章を書くスピードやツールの違いで自身のその瞬間の思考に影響は与えるのだろうか?どうなんだろう?

今日テレビに出ていた脳博士の茂木健一郎氏に聞いてみたい。



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