バギオの歴史 | 72歳で3人の(2019年3月現在7歳6ヶ月、3歳、1歳)の子育て日記

72歳で3人の(2019年3月現在7歳6ヶ月、3歳、1歳)の子育て日記

団塊世代の自分が、10万未満の年金、家なし(コンド購入)、貯金0に近い、スキルなし、妻離婚 ピーナと47歳の年齢差を乗り越えて 再婚して72歳で3人の子育てをしながら テニス三昧の生活 日記。

上の記事は3年前に書いたものだが、バギオより奥のマウンテインプロビンスには、日本兵が沢山いたので やはり その子孫が沢山いるみたいだ。 

マウンティンプロビンスに育った人に聞くと毎年日本から 人が訪れて子供たちに日本の歌を教えていたそうだ。 そのわけで 日本の古い唱歌を 歌って聞かせてくれた。 太平洋戦争の前には バギオに活躍していた日系人が沢山いたみたいだ。

そういえば カナダ、バンクーバーでも 太平洋戦争の前 日系人が活躍していて 太平洋戦争の時 強制移動させられた歴史がある。 

自分はしみじみ 戦争の少ない良い時代に生まれ 育ったことを感謝したい。 戦争に振り回されたり 命を落としたり 良くても人を殺したり傷つけたりしなくて 良い時代だ。  自分は特に大きな事故や災害にあったこともない.  すべて身から出た錆 の問題だ。 が 人生の途中で 不動産投資してバブル崩壊ですべて 家族までも 失ったことは 芳しくない状況だったが 今 フィリピンで新しい家族ができて 71歳で仕事にやる気がでて 生きがいを見出したのは 本当に感謝している。 死ぬまで前進あるのみ と言う気概だ。2度目の人生、チャンスと とらえて やっていく気持ちだ。 ま 気持ちだけで 空回りしている 感じはあるが さしあたり元気なのでよいが 病気にでもなれば しぼんでしまう かもしれない。  なんと言っても ポジチィブなのは 良いこと。 周りに迷惑をかけなければ ね。