最近、我が家では「ドイツ語で話そう週間」がはじまった。
これまではずっと、子どもたちとは日本語で会話していた。だけど、あまりにも私がドイツ語を話さないもんだから、ついに夫が
「家でもドイツ語を使おう」と提案してきた。
子どもたちも
「Mama muss Deutsch sprechen!」
と、かわいく責めてくるものだから、
「そっかー、この時がきたかー。やるしかないなー」と、私もついにその気に。




この話、実は以前にも出たことがある。でもそのときの私は、日本語へのこだわりや、母親としてのプライドが邪魔して、素直に受け入れられなかった。
日本語を忘れてほしくない、日本語を話してほしい。そう思っていたから。

日本に住んでいた頃、
「子どもはバイリンガルなんでしょ?」
とよく聞かれた。
そのときは9割が日本語での会話だったから、「これからかな〜」なんて答えていたけれど…。

でも今、長男は夫とドイツ語だけで会話している。次男もつられて話そうとしている。
ほんの数ヶ月前までは、日本語とドイツ語をまぜて話していたのに、今では完全にドイツ語モード。
YouTubeでドイツ語のゲーム実況を見ては真似してしゃべってるし、ぶたさんアニメなんかもお気に入り。そこから自然と単語や表現を覚えている。



最近は、子どもたちはドイツ語で遊ぶようにもなった。
リビングでじゃれ合う声が、キッチンの私の耳に届いてくる。

それを聞いて「おおっ!」と感動する一方で、なんだかモヤモヤもした。
嫉妬なのか、孤独なのか、自分でもよくわからない。でも、ちょっと取り残されたような気持ち。
今はまだ会話の意味がわかるけど、そのうち本当に分からなくなるのかも…なんて。





いざ、自分もドイツ語で子どもと話してみようと思っても、なかなか続かない。
やっぱり日本語のほうが伝わるし、気持ちも乗る。それが自然だったから。
自分の「できなさ」に、ちょっと心が折れそうになることもある。

よく「オーストリアに住んでるなら、もうドイツ語しゃべれてるでしょ?」って思われがちだけど、
実はぜんぜんそんなことない。たしかに環境は整ってる。ドイツ語の世界に毎日いる。
でも、結局は本人のやる気次第。
どれだけ環境がよくても、「会話しよう」とする姿勢があるかどうかなんだと思う。

子どもたちは、間違えることを恐れない。
発音が違くても、文法がめちゃくちゃでも、気にせず口に出していく。
知ったことばは、何度も口に出して、自分のものにしていく。
夫も同じで、おもしろい日本語を覚えると、すぐ使いたがる。

私はどうだろう?
むしろ「誰とも話したくない。ひとりにして〜」って思うときさえある。

でもきっと、子どもたちは、私にとって一番近くにいる最高のドイツ語の先生なんだと思う。
彼らみたいに、もっと素直に、のびのびとことばを使っていけたら、、。
最近、そんなふうに思えるようになってきた。

ことばって、本当は“うまく話す”ためのものじゃなくて、
“伝える”ためのものだったはずなのに。

今日も子どもたちは元気に、ドイツ語と日本語でじゃれ合っている。






私も「ドイツ語習慣」をはじめて、ようやく少しずつ子どもたちとドイツ語で会話するようになった。
まだ日本語も混ざるけど、「あれ?ドイツ語、嫌じゃないなー」って思える日もある。

焦らなくていいや。
言葉も、心も、少しずつでいい。ゆっくり、育てていけば。




そんな私を、夫は「ドイツゴ♪ドイツゴ♪ドイツゴー〜♫」と、おしりをぷりぷりさせながら踊って応援してくれている(笑)。