70年前の今日は戦艦大和の命日です。
乗組員だった祖父もこの日に戦死しました。
沖縄に向かった大和がアメリカ軍によって撃沈され、
今もなお九州南西沖にて戦艦と共に3000人を超える乗組員が眠っています。
呉にある慰霊碑には沢山の遺族が供養に訪れてるニュースを先程のテレビで見ました。
なかなか命日に行けなくてごめんなぁ。
祖父の眠る方角に向かって、
心の中で祈っときました。
世界一の装備そして大きさを誇る大和
当時、各家庭で冷暖房などなかった時代に
大和の各部屋に冷暖房が設置されてたと
報道ステーションで生き残った乗組員のインタビューを聞いて驚き桃の木
ちょっと微笑ましくなった。
結構ええ生活してたんやん、じいちゃん(笑)
四ヶ月後には終戦を迎える事となったが、
もうあれから70年も経過。
僅かながら生き残った乗組員もかなりの高齢化となってしまっている。
そんな生の声を聞けるのも、あと僅かだろう。
寂しくも思うし、もっともっと祖父の事を知りたいと思った。
日本の未来の為に命を捧げ
散っていった方々へ
思いを馳せる
それが何よりの供養となるんだろう。

乗組員だった祖父もこの日に戦死しました。
沖縄に向かった大和がアメリカ軍によって撃沈され、
今もなお九州南西沖にて戦艦と共に3000人を超える乗組員が眠っています。
呉にある慰霊碑には沢山の遺族が供養に訪れてるニュースを先程のテレビで見ました。
なかなか命日に行けなくてごめんなぁ。
祖父の眠る方角に向かって、
心の中で祈っときました。
世界一の装備そして大きさを誇る大和
当時、各家庭で冷暖房などなかった時代に
大和の各部屋に冷暖房が設置されてたと
報道ステーションで生き残った乗組員のインタビューを聞いて驚き桃の木

ちょっと微笑ましくなった。
結構ええ生活してたんやん、じいちゃん(笑)
四ヶ月後には終戦を迎える事となったが、
もうあれから70年も経過。
僅かながら生き残った乗組員もかなりの高齢化となってしまっている。
そんな生の声を聞けるのも、あと僅かだろう。
寂しくも思うし、もっともっと祖父の事を知りたいと思った。
日本の未来の為に命を捧げ
散っていった方々へ
思いを馳せる
それが何よりの供養となるんだろう。

