「今回の治療後ですが、自宅入院に戻られますか?
それとも病院に入院しますか?」
医師にそう聞かれた瞬間、私は考えるより先に、
「病院での入院でお願いします」
と答えていました。
あとから考えれば、それは“判断”というより、限界からこぼれ落ちた本音だったのだと思います。
朝の五時過ぎ。
夫が、焦げ茶色のものを吐き始めました。
それが一度や二度では終わらず、五分おきに、何度も、何度も。
七時過ぎにHAD(病院の在宅医療チーム)へ電話。
看護師さんが駆けつけ、嘔吐物を確認し、モルヒネの点滴量を減らし、吐き気止めを処方してくださいました。
できることは、全部やってくださいました。
それでも、嘔吐は止まりませんでした。
五分おきに、苦しそうに吐く夫。
そのたびに背中をさすり、声をかけ、見ていることしかできない自分。
時間だけが、容赦なく過ぎていきました。
救急搬送が決まったとき、正直、ほっとしてしまいました。
私は救急車に同乗し、夫のそばに座っていました。
その後、別居している息子が病院まで迎えに来てくれて、家に帰り着いたのは、日付が変わったころ。
体も頭も、くたくたで、「長い一日だった」という言葉しか浮かびませんでした。
夕方四時に救急車が到着するまで、私は夫のそばを離れられませんでした。
HADに何度も電話をかけ、HADから医師へ、医師からの指示待ち。
その繰り返し。
「このまま、何かあったらどうしよう」
不安で、胸がいっぱいでした。
今回のことで、在宅入院には限界があるのだと、痛感しました。
というのも、この日は「強力な下剤」を飲む予定だったからです。
十二日以上続く便秘。
看護師さんが浣腸をしても出なかった。
それでも、医師から処方されたのは強力な下剤。
不安で、不安で、たまりませんでした。
看護師さんでもダメだったのに、一般人の私に任せるの?
強力な下剤を飲んで、それでも出なかったら?
苦しんだら?
その責任を、私一人で背負うの?
寝たきりの夫は、最近ますます拘縮が強くなり、体勢を変えることもできません。
横向きにもなれません。
介護師さんと私、二人がかりでやっと支えて、おむつ交換ができる状態。
それが現実です。
しかも、脚の骨にはがんの転移があります。
動かすたびに痛がり、骨折のリスクにも気をつけなければなりません。
「在宅で看る」という言葉の重さに、押しつぶされそうでした。
だから、今回入院できたことに、正直、ほっとしてしまいました。
罪悪感よりも、安心が勝ってしまったのです。
嘔吐の原因は腸の詰まりかと思われましたが、検査の結果は胆管炎でした。
ちょうど一か月前にも、胆管炎で入院したばかりです。
そのときは、導尿カテーテル交換後の出血が止まらず入院しました。
結果的にカテーテルには問題はなく、脇腹の痛みは胆管炎によるものでした。
三泊ほど入院し、抗生物質の点滴で回復。
そして、また自宅へ。
それから今日まで、在宅入院という形で、毎日一度の看護師さんと介護師さんの助けを借りながら、何とか踏ん張ってきました。
でも――
今日ほど、「もう無理かもしれない」と感じた日はありませんでした。

