深夜1時。電話が鳴る。
このようなタイミングでの電話は、ほぼ90%を超える確率で、ろくなもんじゃない。
言ってみれば、投票日の前週の日曜日中、家にかかってくる電話みたいなもの。
さっきまで、「もう俺、やばいよ。離婚だよ。」と嘆く話に75分付き合わされた幼馴染なんじゃないか。
帰宅後の話し合いが終わって、再度カウンセリングを求めているんじゃないかと気になり画面を見ると、、
そこに書かれた名前は。
ジャイアン の舎弟。
深夜の電話の半分ほどを占めるのは、
言わずと知れたジャイアン。
大抵は既に酩酊しており、
「今すぐ西麻布に来い」だとか、
「今すぐ六本木!」
「まずはタクシーに乗れ!!」と叫ぶ。
挙句、5分おきに電話してくるあいつ。
今日はジャイアンでなく、ややほっとしたところであるが。
彼もまた、舎弟なだけに、取る行動は同じ。いつも泥酔間際の酩酊で、夜中に来てと甘え出す。
確かこの彼、私の1歳下だったように記憶するのだが。言動が10歳ほど若い。
そして、驚くほど純粋な感性を持っている。
端的に言ってしまえば、まさに子供なのだ。
1度は電話を取らず、そのまま着信音が鳴り止むまで、そっと放置。(いつものお約束)
2度目の着信が鳴った。これも想定内である。
ふと。
何となく、出てみようかと言う気になった。
受話器を取ると、相変らず酔っている様子で。「今どこ。家?出てこない??」と訴えている。
やはり出るんじゃなかったと、にべもなくお断りすると。あらわに不満を口にする
「あなたさあ、そうやっていつもいつも、いつも僕の誘いを断るよね。ジャイアンさんの時も同じ。そんな嫌い?」
止む無く、まるで子供を諭すように言ってみた。
「誘って頂けるのは、とても嬉しいんだけれど。毎度深夜1時2時の電話では、応えようが無いでしょ。失礼よ。」
「わかった。じゃあ、ちゃんと約束しよう。たまには、デートしてよ。いつならいいの?明日?明後日??」
彼は言った。珍しく、簡単に引き下がる。いつもは、この押し問答が5回ほど続くのに。
そしてこの後の彼の予想だにせぬ言葉に、私はなんだか元気をもらった。
「でさあ、俺が言うのもおこがましいんだけど・・・・」
「めちゃくちゃ、いい女で来て。いい女とデートする愉しみを、たまには味わわせてよ」
「・・・そんなこと言われると、応えられる自信が無いから困っちゃうなあ。別の誰かに頼んだら?」と私。
「いや、いいの。いつもジャイアンさんも言ってる。あいつは、めちゃくちゃいい女だって。
男をちゃんと立てて、女を弁え、いつも綺麗で優しいって。ああいうのが、ちゃんと賢い女なんだって」
「だから、手抜きしないでいい女で。めちゃくちゃいい女で、デートしてください。」
なんだか照れくさいし、笑っちゃいながらも嬉しかった。彼がお世辞を言う種族でないことを知っていたから。
「ありがとう。じゃあ、その気持ちを忘れず。そうやって"いい女"って言ってくれたら、私も努力できるかな」
そう応じて、約束をし電話を切った。なんとなく、気持ちがあったかくなった。現金なものである。
じゃいあんは奔放なようで、2児の父。妻子を大切に愛している。舎弟のび太くんも、彼女を大切にしている。
よって、今までに両人ともに、泥酔し何度も夜のお誘いを受けたことがあるが。当然何も起こらない。
全て、にこやかに鮮やかにすっぱりとお断りし、縋る彼らを置き去りにしたことは数え切れない。
今後も、デートしようが泥酔しようが、朝まで一緒にいようが、おそらく99.9%何も無いと知っている。
それは、これまでの数年来で築いてきた関係。
男女とは、私が思うほど、そんなに甘いものではないのかもしれないけれど。
私は、期待値がゼロでは、やはり男女は惹かれあわないと、大切に出来ないのだとも思う。
「いつか、あわよくば」とお互いが、いわば"やれる"券みたいなものを1枚ずつ持っていたら、楽しい。
お互いが、同じタイミングでそれを出した時だけが、有効なチケット。
それは要するに、おそらくは生涯、出し惜しみしたり、相手の出方を見計らったりして、出せないに違いない。
同時に出したら、それはブラックジャック。新しい恋が、思いもかけぬ方向から、始まるのかもしれない。
憧れは、そのチケットを何枚か手にしたまま、棺に入ること。相手は、それを持って泣き縋る。笑。
なんだか、そんな自分の考えにも。あまりに真っ直ぐ純真な彼にも。思わず、笑ってしまった。
電話を切り、気づけばまた雨足が強くなり。天窓を割らんとするばかりに雨が穿つ。
ばかみたいにざあざあと雨が叩きつけ、稲光がやまないこの2日。
きっとこの雷雨がやめば、いよいよ夏がやってくるに違いない。
あれから、1年。
また新しい、夏が来る。1年でいちばん、大好きなはずの季節。
なのにこの数日、重たい気持ちだった。最も辛い別れと思い出を残した季節を目前にし、怖かった。
いろいろな苦い思い出、辛い記憶を。鮮明に呼び覚ましてしまうことが怖くて。
暑い最中、一緒に過ごした時間、泣いたこと、辛い別れを思い出すのが、あまりにも痛くて怯えた。
電話に出てみようと、見えない力が動いた理由が分かった気がした。
少しだけ、元気をもらった。
ありがとう。
明日から、8月が始まる。