結局、お察しの通りに。
あの日、その後 の私は。代理店男の誘いを3回断るも。映画を観に行くことになった。
しかも、勝手に決まっていた。
車だと飲めないから、まずは家に車を置こうと言うことになる。
ここで気づくべきだったのだが、あまりに馬鹿正直に了解してしまった。
飲んだら、送ってもらえないということに。
映画を観て、車を取りにタクシーで家に戻る。当然、直ぐには運転できない。
しばらく時間を潰そうということで、部屋で彼の作品集を観ていた。
自分は飲まないけれどと言いながら、彼はワインを開け、私の前にグラスが置かれていた。
我々友人の間では、ふざけて「お洒落君」と揶揄される彼。
部屋も、やはりお洒落であったし、私が5年前にプールで撮った写真が飾られていた。
私でも知っている広告賞のトロフィーや賞状もひしめき、彼の自慢話は強ち嘘でもないらしい。
昔の写真、撮影で行った様々な国の写真を見ながら、話を聞いていた。
1人でワインを半分ほど飲んだ時。かなり眠たくなってきた。
「もう、帰らないと。眠たくなってきたし。」流れる甘い空気を断ち切るように、ソファから立ち上がる。
「うーん、まだちょっと運転するのは危ないよ。近くだったらいいけれど、ちょっと遠いし」
「眠いなら、とりあえずシャワーでも浴びて目を覚ますか、ちょっと仮眠すれば?」
なんて周到なストーリー。さすがプランナー。既に詳細までプロットは描かれていたのか。
いや、私が、なつかしの「HotDogPress」並に、セオリーどおりに口説かれるのがいけないのだろう。
しばらくの押し問答の後。
結局、言われるがままにシャワーを浴びソファーで仮眠することになってしまう。
目覚めると、もう月曜日の朝。既に9時を回っている。
まんまと、罠にかかる。飛んで火にいる夏の虫。
コーヒーを受け取り、身支度を整える。
眼前の男は、ランチをどこに食べに行こうか、1人楽しげに話している。
私は何となく、騙されたような腑に落ちない気分と、自分の弱さの味の悪さに。
重たい気持ちを抱えつつ、ぼんやりと頭の回転数を上げるスイッチを入れた。
週末中に返事をしなくてはならない案件があったはずである。
慌てて彼のMacを借り、メールを数件打つ。
結局、この日のブランチはパンケーキを食べることに決められていた。
遠足のように楽しげな男を横目に、既に昼時のサラリーマンで溢れ返る帝国ホテルへ。
パークサイドダイナー(exユリイカ)は、既に満席で、席が空くのを待つ。
その間も、帝国ホテルの裏話や下らない小ネタを、互いに披露しあう。

この人、仕事に行かなくていいんだろうか。
ふと不安になり問うてみると。今日は夕方まで打ち合わせが無いんだそうだ。
今は仕事と仕事の狭間で、特に大きなネタを入れていないと言う。
超忙しいと思われているので、細かい打ち合わせや仕事を振られないんだそうで。
出世頭なので小さな仕事はしないし、金にならない仕事や、面倒な仕事も受けない。
会社の柱となるクライアントしか選ばないし、全ての社内人事も掌握しているらしい。
そんなことを臆面も無く言ってしまう男を、ちょっと苦笑しつつ眺めてしまう。
30分ほどソファで時間を潰し、漸く席に通される。
手を引かれ店内を歩くと。真ん中のソファー席に座るスーツ軍団が目に入る。
足元には、某代理店の紙袋が山積。彼と同じ代理店である。
気まずく手を引っ込めようとした私をよそに。手を繋いだままそのテーブルの前を通過。
真ん中に座る最年長のメガネ男に話し掛けられ、彼は立止まる。
私は、手を振り解き先に席へと向かった。
遅れて席に着いた彼は、「奴らはウチの会社では珍しく、血気盛んなチームなんだ」
「海外カブレしていて、パワーランチとかすぐやりたがる。たいした仕事しないのにね」
彼は、ソファ席に背を向けているが。私からは彼らが真っ直ぐ見える位置。
全員の視線を感じつつ、気まずく頷いてみる。
パンケーキと、サンドイッチを、シェアして食べようとオーダー。またも下らぬ話に興じる。
仕事柄、私も都内のラクシュアリーホテルの部屋は殆ど観たし、話も聞いた。
そのホスピタリティの中でも、やはり帝国は古臭いながら特別なものがあるねと。
このレストランのRenovationも、ちょっとダサさを残しているのが帝国らしいと盛り上がる。
2人の前にプレートが置かれ、食べ始める。
私はサンドイッチを食べていたのだが。飽きてきた。
パンケーキが欲しくなった。
お皿を変えてと願い出ると、当然のように。
その目の前の男は、パンケーキを切りフォークに刺し
そのひとかけらは、私の顔の前に突き出された。
再び、5m先に座った彼らの目線を感じた。
「見てるよ、みなさんが」そう言って下を向いたが。
彼は、「全く関係ない。落ちるから早く食べて」と言ってフォークを下ろさず。
躊躇した私に、「早く、ほら!」とテーブルの上の私の手に手を重ね、引っ張った。
私はそのフォークの先についた甘い塊を食べ、男たちの視線に身を硬くした。
しばらくすると、男たちは列になりテーブルに現れ、彼に挨拶をして帰っていった。
「月曜の昼間。いいお天気で、かわいい女の子と、楽しい話をしながら
美味しいランチをするって、幸せだなあ。ありがとう!」
私の鬱々とした思いは全く気づかず。本当に楽しそうに。取った手を離さずに食事をし続け彼は言った。
この日はその後、品川駅まで送られて別れた。
その週も、3回ほど熱心な誘いを受け、デートを重ねた。
「きみとキスすると、気持ちは昂ぶり。体に触ると、何もかもが真っ白になり気がおかしくなりそう」
「小さな顔、細い腰と脚、柔らかな肌、赤ちゃんのような髪、全ては一度触れると忘れられず手放せない」
「豊かな感情、知識や話題が豊富だし、話してて時間を忘れるんだ。何より見つめられるとドキドキする」
会う度、ドラマ仕立てのストーリーは進行し。ドラマティックに口説かれた。
毎日、毎日電話とメールが続いた。
この人、自分の彼女とはいつ会っているんだろう。まったくもって不可解である。
いつも、同じだ。
私はこうやって、マイペースな男に振り回される。ペースを乱される。
彼らは、こうやって私をまるでペットのように連れ歩き。甘やかし見せびらかす。
その期間はとても甘美で、私は夢の中のような、コットンキャンディのような気持ちにさせられるけれど。
私が彼らに気持ちを入れる頃。彼らは私を持て余すのだ。
そんなに真っ直ぐ向き合えないよと。そんな真剣に好きになられても、応えられないよと。
だって、僕らは僕が1番好きなんだもの。私を好きなんじゃない。
私を好きでいる自分が好きなだけで、自分が乱されることや、面倒は嫌いだから。
僕が僕らしくあるために。僕が僕であるために。そのための恋愛でしか、ないのだから。
彼らは、絶対に一線を譲らない。自分のパーソナルスペースを守る達人。
グレーだった生活に突然舞い降りたピンクのエッセンス。
わたしは、この新しいおもちゃで、いつまで遊びつづけられるんだろう。
ぴかぴかに晴れた空の向こうに見える、分厚くて真っ黒い雲が迫ってくるみたいに
今のふわふわした時間を楽しめず、不安ばかりが残る逢瀬なのだから。

