人はそれぞれ異なる人格を持つ。

当たり前だが、考え方も違えば、バックグランドも、感じ方も表現も違う。

なぜ、別の誰かを求め惹かれ合うのだろう。


人を求めるということは
人を愛するということは

自らが傷つき、失うことなのだろうか。


人に愛されるということは

人に求められるということは

その大切なかけがえの無い人を

裏切り、傷つけることなのだろうか。

手に入れたはずの甘い時間は、瞬く間に壊れる。虹のように。


大人になると、傷ついた記憶は増えてゆく。


慟哭した夜、呆然とした朝、飲み潰れた日。


徐々に痛みの記憶は過去の産物となり、新しい記憶で上書きされ、希釈される。

日常で想い出すことは、徐々に少なくなる。


それでも、突然ふとした瞬間、トラウマは走馬灯のように鮮やかに、痛みとなって胸を刺す。


呆然としたまま、息が止まる。長い長い時が過ぎる。


ふと、我に戻る時。もう、誰も愛さない。もう、誰も信じないと宣言する。


大切にしてくれた人を傷つけ、悲しませ、裏切る。

自分が傷ついた分、誰かに優しくできると思っていたのに。

自身ににがっかりし、軽蔑し、悲しみが充満する。


弱い私は、大切な人、愛する人護れない。傷ついた経験は、次の恋を臆病にする。

だから、ひとたび相手を傷つけたと気づくと、自分から身を引く。二度とは傷つけたくないから。


「愛している」と、ただ一言伝えれば、もう一度甘美な場所へ戻れることを知っている。


それでも、相手をきっとこの先裏切り、傷つけるであろう自分。トラウマを新たに生む自分が怖い。

愛する余りの不安をただ否定して欲しくて、確かめたいと思う気持ちも知っている。

だからこそ、男が発した愛情のサインに気づかぬふりをする。

愛していると言ってしまいそうで、沈黙から気持ちが伝わってしまいそうで、

「これ以上あなたを傷つけたくはないから、もう終わりにしましょう」。真逆のことを口にする。

一方的に別れを告げ、電話を切る。そのまま、電源を切る。

愛すればこそ。これ以上、私も傷つかないように。

全てが嫌になり、酒を手に取る。深い泥沼に堕ちてゆく。果ても無く、とめどなく。



男に誘われる。酒を飲み話をする。彼らは一様に口にする。「キミは素敵だ」「特別だ」と。

その度に私は、諦念と言うブレーキと保険をかける。傷つかないために。


「男なんて同じ。寝たいだけでしょ」


それでも、「この人は違うんじゃないか。特別なんじゃないか」と期待してしまう。

心を1mm明け渡すと、結果は同じ。さらに深まる傷。滓のように溜まる失意。

みんなジャガイモ。土色のジャガイモ。鮮やかな色彩に彩られた相手と時間は、瞬時に土気る。

また、傷つく。一層頑なに心を閉ざし、自分を持て余す。自暴自棄の極み。


悲しくて苦しくて、飲みに行こうと思い立ち、ふと気づく。

buddyとして周囲に残るのは。心の機微に疎く傷つかない、鈍感で心無い男ばかり。


それに気づき、自暴自棄。酒と男、また同じ過ちを繰り返す。変われない、弱い自分。堕落論。



私は、すっぴんで男と会う。

男のような話をする。

男らしくあろうとする。

過去の恋愛もベッドでの出来事も、

何ひとつ歯牙に掛けぬふりをする。

情愛を隠蔽するために、シニカルな対応をする。


全ては、ポーズだ。試しているのだ。


誰を?自分を?男を??


ジャガイモ量産を防止、涙を流さぬためのポーズ。


いつか、大切にしてくれる人、特別な人が現れるのではないかと、どこかで思っている。

涙を流したら、またジャガイモの皮を剥く。いつか、剥かずに食せる白い肌と、真の味を求めて。


いつまでも、それを繰り返す。


わたしだけのジャガイモは、どこに埋まっているのだろう。

リスクマネジメントが、自分だけのためではなく、2人のためのものとなる日は来るのか。

Aimer, ce n'est pas se regarder l' un l' autre, c'est regarder ensemble dans la me^me direction.


甘い気持ちを運んだ男の声も、電話も、全ては悲しみの象徴となり。やがてまた、静寂へ戻るのだ。


しばし、お酒を控えようと思う。


これ以上、誰も傷つけないために。寂しい女である。