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あっと言う間にNY~DC tripは終わり。

アメリカでの多くの想い出を胸に、ぼんぼやーじゅ。

複雑な気持、腑に落ちない自分の行動も多々ありますが。

みなさま、ほんとうにありがとう。 I can't thank you enough.
言葉では言い尽くせないけれど、大切な時間になりました。


とにかく毎晩飲みました。
不意に眠りに落ちるほど飲みました。
記憶がないくせに言うのもなんですが、すべては素敵な思い出です。

この素敵な日々を経て、私は自分の足りないところ、弱さに気づきました。


そして何より、みんなに守られ、包まれて、元気に笑えるようになりました。

いつかもっと元気になって
ハッピーになって
その報告をして、みんなにお礼ができたらなと思います。


そんな滞米中の想いを胸に、長い乗り継ぎ。大規模なdelayを経てオリエンタルランド、次なる国へ。

2/7の朝JFKを発ち、丸一日skipし、2/9の深夜着。もう、おしり痛いです。


Transitで降り立つ久々の日本。6時間の短い滞在。氷点下からの対応ができず。暑いです。
冬のNYから戻った巨大Tumiが、overweightだと言われる。30キロ。確かに重い。
規定の20kgを1kgでも超えたら、1500円/kgだと言い出されたチェックイン。
NHは何の言わなかったもの。いいじゃないですか。聞いていませんと言っても無理。
5万のチケットに15000円も払うかとむくれると、嫌なら、手ぶらなんだから手荷物に移せと言われる。

しぶしぶボーディングパスを仕舞い、カウンターから離れる。

振り返ると。
慶長節前でCIのカウンター長蛇の列。
セキュリティから出直すなんてありえない。
こっそりシールをはがしバッグを出し、こっそりシールを復元貼り直し。
ばげっじのエッジを、素知らぬ顔で秤の枠に載せ、再計量。20.6㎏。無事通過。
試合前のボクサー気分。

3時間もdelayしてるくせに、サービス悪いよ!


ラウンジでビールを飲み一眠り。
腹いせに、高級寿司店で4千円のおみやげを握ってもらう。(delayで2000円のバウチャーが出た)
待つ間も、大将に菜の花のおひたしや、つぶ貝を出していただく。暫しの日本堪能。


ようやっと搭乗開始となった機内は大混雑。 しかも、あたくしのモニタは故障。何も見えません。

頼まなければ、ブランケットもピロウもありません。徹底サービス省略ですね。
ふと、昨夜NYで友人が話してくれた、各キャリアの機齢を思い返しつつ、機内食を断りひとりお寿司。
ふふーんだ。機内食なんてもう食べないもんね。

というわけで。今日からは、食い倒れの旅スタート。


深夜2時。おねえちゃまの家に辿り付き、ベッドに入る時、ふと思った。
2週間ぶりの日本、たった数時間の滞在なのに。なぜイライラし、心が乱されたのか?

海外滞在中は、思うように事が運ばなかったり、不測の事態発生が、比較にならぬほどが多いのに。
日本にいると、なぜだか殺伐とした気持ちを抱いてしまう。

ストレス?とも思ったが
ニートな生活は日本に居ても海外にいても変化なく。
ストレスから開放されたはずの、出社を辞めてからの2ヶ月も、イライラすることは多かった。

よくよく考えてみると。ひとつには、そもそもの基準値が、違うような気がする。
日本にいると、何でもことがうまく運ぶことが前提条件になっている。
電車が5分遅れたって、大問題。
シャワーのお湯が出なかった日には、大騒ぎである。
間違ったことを教えられたり、トラブルがあったらもう大変。怒りの局地で糾弾開始。


もうひとつは、笑顔の功罪ではないだろうか。

滞米中に友人と待ち合わせをした際、どの路線に乗ったらいいのかを尋ねたところ
一分の揺るぎもない即答で、「青でそのまま大丈夫」と言われたが。
実際に乗ってみたら、その路線では5ブロック以上歩く。赤に乗らなくてはいけないのだった。
また別の日に、とある知人とグラセン近くの本屋で待ち合わせをしたら
知っていたはずのその店は、5年前にあったはずのその場所にはなく、移転したとのこと。
道行く人に聞き探したが、皆が自信を持って教えてくれるのは、全て違う店。結局、辿り着けなかった。

そんなことの連続である。
でも、私も友人も、別に怒る気にはならない。
あまりのあり得なさに、ついつい笑いがこみ上げてしまうのか?
いや、なんというか悪意がないし、
“そんなものだから”と、スルーできる明るさがあるからだろう。

人の感情とは、不思議なもので。周囲を巻き込むものだと思う。
赤ちゃん一人が泣き出すと、釣られて全員が泣き出したりする。
大人も、誰かが不愉快になると、周囲にどんどん伝播する。
逆に、誰かが笑えば、周囲も笑うようになるものだ。

海外に行くと、皆おおらかである。そして、よく笑う。
何かありえないことが起きても、周囲の誰かが「やれやれ」と同意してくれることで救われるのだろうか?

日本では、ちょっと違うのかもしれない。変な意味で、周囲に対し無関心。

周囲で誰かが困っていても、手を差し伸べる人が少ない。
誰かが笑っていても、知らない人だったら一緒に笑えない。
なんとなく、そんなところが起因しているような気がした。

要は、ハッピーが伝播しないから。誰かを助ける気持ちがないから
カサカサしたささくれと、ささくれが絡まりあうのではないか。
自分が無視できない、不愉快な感情だけが、妙に焦点をあわせ、気持ちに入ってくるのかもしれない。

じゃ、自分が笑うようになればいいか。

おせっかいおばさんみたいだなー。と。日本では気持ち悪い人なんだろうなとも思いつつ。

道に迷う人には、行き先を教え。ちょっとした瞬間、周囲の人々に笑顔で接する。
そんな簡単なことで、自分も気持ちよくハッピーになれるような気がした。
それにしても、街の人々。みんな疲れてるなあ。

ふと、身を削って仕事に没頭し、最も疲れきっていた自分が、幽体離脱のように遠くに見えた気がした。

日本は確か連休のはず。
働き過ぎのみなさま。どうぞよい週末をお過ごしください。