年末だというのに、気の進まない面接が立てこむ日々。
何かをする体力、気力がまだ十分で無いことを知りつつ、何もしていない自分への不安ゆえ。
考えてしまう時間を持て余すことが、何より怖いのかもしれない。
今日は午前午後とフルブッキング。朝からのろのろと支度をし、久々のスーツ+通勤電車。
車内で30分。超詰め込み予備知識、速読の術。3つだけ、志望動機を創出。
異業種。新しい職種なのに、何一つ準備をしていない。
この数日、それどころではなかった。ひとつのことで頭の中は占拠され、他になにも考えられなかった。
10:30。運河沿いのオフィスで、面接が始まる。
拍子抜けするほど、奇妙なほどにスムーズに話は進む。
1時間後。にこやかな面接官2名を後にし、次の面接会場へ。
午後は、渋谷で2次面接。45min X 4人の面接マラソン。
実は、前回面接時に頂いた本があまりにつまらなく、目次しか読んでいない体たらく。
この会社はユニークで、チーム全員と面談をし、全員の合意がなければ、採用に至らない。
Directorがいくらプッシュしても、staffの一名が拒絶したら採用は無いと聞き知っていた。
こちらも、また私にとっては新しいチャレンジとなる会社。しかし、これまたノープラン。準備ゼロ。
駅まで、歩くと20分。お天気もいいし、何を答えようかと思案しつつ歩き出す。道中、20℃。暑さに参る。
停留所を通過する際、タイミングよく来たバスに乗車。終点をふと見遣ると。
それは、前回の就職活動中、いつも乗っていたあのバスだった。そう。奴の家の前を通るバス。
こんなところまで、走ってるんだ。妙な感心をしつつ、バスは道行く。
なんとも、不思議な感覚。今日は奇妙なほどに暖かい。あの頃を思い出すような気候。
降りようと思った駅を通過。そらで言える停留所が続く。目を閉じても分かる、見慣れた景色を背景に。
あの日々と同じように、面接の想定問答。違うのは、メールでのやりとりがないこと。ひとりで、考えること。
次の面接の付け焼刃にと、手にした本を読むのも忘れ、周囲の景色に見入ってしまった。
いつも乗った停留所を通過し、いつも降りた駅のロータリーに着く。
実は。前日、奴から長いメールをもらっていた。
内容は、面接対策、現職を辞めるな、また就職活動を手伝う。そして。
お前は器が大きい。私の優しさを少しでも学びたいという賛辞と、贖罪の希望だった。
なぜだか、面接対策の中身は奇妙なまでに、その前日の面接での私の答弁に酷似した内容だった。
無視しようかと丸1日悩みながらも、返事を書いた。
わたしは、ちっとも大きくない。弱い人間。どうしようもないのだと。
あの日々と同じ職場、同じ席に座って平常心を保てるほど、強くない。もったいないと知りつつ辞めるのだと。
独りになった私には、多くのサラリーは不要で、プレッシャーと闘う力も無い。ただ、静かに暮らしたいと。
そして。再会した日から、私は悲しみと混沌の中にあることも伝えた。
正直、仕事どころか、面接対策すらできる精神状態ではないということを。
優しくされると、あの決別の必然性は薄れ、ますます自分を責めることになるのだと。
私がもっと強くて、信じて待つことができたなら。誰も傷つくことはなかったのか?と罪の意識に涙し。
B男は、どうしようもない最低男と知りつつ。あんなに傷ついたのに。それでもきっと、この先もずっと。
やはり誰よりも大切に思ってしまうであろう、一番落ち着く相手であると気づかされてしまったこと。
でも、Bは自分を大切にしてくれないこと、だから一緒にいて幸せにならないことも、知っている。
どうしていいか、わからなくて。自分が情けなく嫌になり、嫌いになれたら楽なのに、と悩み眠れぬ日々が続くと。
だから、今の私に必要なのは、心底信頼できる味方か、目の敵。中途半端はないのだと。
すべての不安から守る気概が無いのだから。今すぐ最低の奴になって、私を混沌から開放して欲しい、
等々の内容を、返したのだった。迷ったが、すべて正直に。
本を読む時間をロスし、面接対策のメールに目を通すことに。
皮肉にも彼のメールが私の道標となっていたのか。午後も、恐ろしいほどスムーズに展開。
話題は尽きず、3時間半の予定が、4時間を超え。最後のCEOとは、2時間弱となる長丁場となった。
途中、意識を失いかける瞬間もあったほど。
すべてが終了し、安堵。しかし、面接が順調で手応えを感じれば、感じるほど、不安は募るばかり。
決まっても、働けるんだろうか。
社会復帰、できるんだろうか。
この仕事、やりたいのかな。
私は、何がしたいんだろう。
いったい私は、何をしてるんだろう。
なにひとつ、答えは見えない。
人気企業、PAYもいいことは分かっている。今の職場より、雰囲気がいいことも。
それでも。順調に進めば進むほど、茫漠とした不安の中に溺れそうになる。
準備不足は、面接でなく。どの職場でも、同じ。私自身の仕事そのものへの対峙なのだと思う。
かなりぐったりとした疲労感を抱えつつも、息つく間もなく友人の待つ芝公園のうかい亭へ。
豆腐懐石の早い夕食を終え。明日もフライトの友人と早々に別れ、駅へタクシーで向かう。
周囲の景色は、2人でよく歩いた道。毎朝走ったあの坂を映し出していた。
その時、ありえない腹痛に襲われた。
駅に着くも、眩暈。息をすることも、まっすぐ歩くこともできない。
必死の思いでお手洗いへと向かう。痛みに吐き気はするが、吐くことさえできない。
誰か、助けて。
かすれる意識の中で助けを求めた時。
私は倒れこんだ場所に最も近くに住んでいるであろう人、最悪なことに、彼に電話していた。
出ないで。
冷静さを一縷取り戻し、そう思った瞬間。電話の向こうで声がした。
不幸中の幸い、彼は仕事中で家にいなかった。 息も絶え絶えに一言、二言言葉を交わし、
「もう一回、後で電話して」という言葉を聞きながら、電話を切った。
痛い。
痛すぎる。
ありえない痛みと、ありえない自分。絶対にしてはいけない行動。
イタイのは、どっちなんだろう。ぼんやりと遠のく意識の中で、痛みのせいなのか、情けなさか。
何をやっちゃってるのか。情けなくて腹立たしくて。いたくて、いたくて。苦しくて。
ただ、涙が止まらなかった。息もできなかった。
頭が真っ白になるくらい泣きつづけ、結局、タクシーを呼び帰宅した。
電話を、絶対に手の届かぬよう、かばんの一番奥底に深くしまって。
私は、前に進まなくちゃいけないのだと、知っているのに。
自分が幸せになるための環境は、自分でセットしなくては。誰も、お膳立てしてはくれないとも知っているのに。
でも、いいのだ。これで、いいのだ。
私には、情けないことに。彼を突き放し拒絶する強さが、なかった。
クリスマス以来、私を器の大きな人間、最高の理解者と、突如接近してきた彼。潔く突き放すことができたなら。
手の届かぬ最高の相手として、いくばくかの後悔と共に。相手の中に色濃く鮮やかに美しく余韻を残せたかもしれない。
最後の緞帳を下ろしたのは、私の意志。イニシアチブは私にあると、どこかで満足すらできるのかもしれない。
賢明な方であれば、そうやって去ってゆくのだろう。
でも、私は。悲しいかな、情けないかな、どうやっても彼を求め、愛してしまう。赦して受け容れてしまう。
今日もまた、再認識。非常事態に伸ばした手の先に、私は彼の手を探す。でも、彼の手は私を握らない。
自分から、突き放せないのだから。相手に嫌われ、離れてもらう能動的な道しか、方法が無いのだ。
昨日のメールと相反する整合性のない、意味のない、今日の私の衝動。
これで、彼も戸惑い、再び呆れ退くだろう。私はやはり小さく弱く、しょうもない人間であると思い直したであろう。
いい牽制になったはずである。負け犬に相応しい、みっともない、情けない終焉ではないか。
2006年、厄年と一緒に、ぜんぶぜんぶ、終わりにしなくてはいけないのだと、自分に再度厳命した。
一緒に御祓いに行ったことも、忘れるべきである。
私って、なんて、イタイ女。こんな女、大嫌いである。