あっという間の、最後の日。最後のデート。


「うおっ、こんなポルシェ、はじめてみたよ」と、無邪気な友人。

私は、今日もまた、緊張。自然体は、望めそうに無い・・・。


今日は、昨夜温泉の方に教えて頂いた、観光スポットに行く予定。

ドアを開け、彼の横に座るや否や。


「すっげー腹減った。ほんとに腹減った。着いたら、速攻で食べるけどいい?」


「もちろん。いいよ。何も食べてないの?」


「朝、パン食っただけ」・・・またパンであるw


和やかに、話しながら。3人は目的地に向かう。


「今日、お休みだったりしないよね?」

「それは大丈夫、ネットで調べて来た。でもさ。

○○って、ナビに入れてみて。何か、場所がいっぱい出るんだよ」

「うーん、よくわかんないね。とりあえず、このあたり?」

「ま、何とかなるでしょ」


昨日から思っていたのだが、このB型男。

意外にも、用意周到、計画性のあるタイプのようである。

細かに書きとめてくれるメモ。事前調査。無関心なように見えて、嬉しいGap。


道中、またも彼の電話が鳴り、ご機嫌で話している。

今回、彼が先輩・後輩・仲間。周囲から慕われていることが、垣間見えた。

だから、絶え間なく連絡が来るのだろう。話題の内容は今朝の新聞のようだ。


「まじで?まずいでしょ、それ。俺、クールなキャラで売ってるのに。

まあいいや。後で見とく。また夜にでも電話して。」


電話を切り、新聞に載っているらしい。と話し始めた。


「うん。見た・・・。すごい嬉しそうな顔してた。しかも、30cmは飛んでたよ。」


「でしょ?そうらしいんだよね。イメージダウンだよなぁ・・・」

「そう?逆にイメージ上がると思うよ。」

「ほんとかよ。まあいいや。かあちゃんに送ってやろうっと」

「きっと喜ばれるよ。すごいスクラップになりそうだね。」


写真が折れないよう畳んだ新聞を、"ち"が後部座席から出して来はしないか。

ヒヤヒヤしながらそんなやり取りをし、何だか嬉しそうな彼の横顔を見た。

そして、車で小一時間ほど行ったところで、目的地のWineryへ到着。


みな、一様におなかがすいていた。

とりあえず、ツアーの申し込みだけを済ませ、レストランを目指し一目散。

陽光溢れるまぶしいレストラン。高台からは、街が眼下に一望。

その景色のよさに、私たちは思わず嬌声を上げる。


「ほんとうに、いいところだね。ここは。みなさん、親切だし。」

「そうね。何もないけどね。家賃も半分でいいし」

「ま、俺はオフになるのだけが楽しみで、毎回東京に帰って飲んでるけどね」

「渋谷に集まる高校生みたいね。」そう言って笑ってみたものの。


へえ、そうなんだ。いつも帰ってきてるのね。そうですか、そうですか。

帰って来るとき、連絡してって言ったのに・・・。


そんな私の想いをよそに。"ち"と彼は、楽しそうに話している。

「あれ?隅田川沿いに立ってる、あのオブジェのビルはどこの会社だっけ?」

「S?K??あれ、Aだっけ???」

「え?なにそれ。」

「ほら、あの、うんこみたいなのがのってるビルだよ・・・」 (小声)

「うんち!」「あれは、Aだよ。」


「しーーーーーーーーっ!ここ、レストラン!!」


「!!!!!!!!!!!!!!!!」


「あ、おばちゃんに睨まれた。どうしよう・・・。」動揺する"ち"。


彼は笑って、席を立った。「俺、先にお金払ってきちゃうね。時間ないから。」


「私、今まで、お行儀悪くして叱られたこと無い子だったのに・・・。」

「よく見たら、"kiss my ass"なんて書いてあるTシャツ着てるし・・・。もうやだ。」


「だいじょうぶよ、ね。もうみんな見てないから。さ、行こうね。」


落ち込む"ち"を慰め、ツアーの時間まで間が無いため、急ぎ店を出る。

そして、今日のメインイベント。試飲。


ソムリエのお姉さまの説明を聞きつつ、まず、ひとつ。Vintageの白を選ぶ。

横の"ち"が、「わたしもそれー!」

「あのぅ。」

「おいおい、せっかくだから違うのにしないの?」

「えー。。。」

「あはは。いいよ。わたし、こちらの赤に変えて頂けますか?」


彼はと言うと。貴腐ワインを目的にしていたのに。

ボトル一本、54,000円也。試飲すら、2,100円。躊躇しつつ、諦めた。

ものすごく真剣に、甘くて飲みやすいものを選んでもらっていた。

(彼はワインがあまり好きではないのです)


結局、最初に選んだ白を3人とも購入。ツアーの時間まで、後10分。


ねえねえ、そのワインは、いつ誰と飲むのかしら?

と。突っ込みたい気持ちを押さえ、先を急ぐと。

目の前に、一枚の立て看板。


「タイムサービス!パン、20%Off!!」


そう。ここのパンが美味しいと、彼は楽しみにしていたのだった。


「ど、どうする?」

「いや、行くしかないでしょ。」

「迷ってる暇は無いね。行こう!」


慌ててベーカリーに飛び込み

パンを物色する男1名。

妙に嬉しそうである。


パンを入手し、車に戻る。

既にツアー開始時刻3分前。

しかし、一度車に乗って、戻らなくてはならないのだった。


これが、大誤算。およそ15分程度もかかってしまい、大遅刻。


「どうしよう、もう、ダメかなあ」

「入れろ!って、暴れてみるとか。キレてみる?」

「とにかく、受付で聞いてみるから。先に下りるね」


親切な受付けのお姉さんは、途中からの参加を快諾。

にこやかに、合流地点へ案内してくださった。3人、最敬礼。


私がどうしても見たかった、熟成倉見学には、間に合ったようだ。


中に入ると、天然の冷蔵庫。暗くて、涼しい。

ほの暗い庫内。目の前に、彼がいる。

目の前のカップルは、手をつないで進む。


私も、彼の腕に、背中に触れたい衝動に駆られる。


手を、つなげたら。いいのになぁ。


彼はこの街では、多くの人々から顔を知られる存在だとわかってしまった。

となると、日中堂々、彼女でもない私が人前で接近したら、あまりに申し訳ない。


悩んでいるうちに、ついぞ彼の両掌は、ポケットから出ることはなく。

15分ほどが経過。ツアーは終わり、また眩しい陽光の中に戻ってしまった。

妙な気遣いにより、玉砕。


・・・・・・後悔。


この後、念願の貴腐Wineの試飲を、2人で彼にプレゼント。

そして、私は別のvintageを試飲し。夕方のWineryを後にした。


後半、彼は言葉数が少なくなり。ちょっと疲れているように見えた。

そんな彼を見て、私はちょっと動揺。"ち"は、後部座席で眠っていた。

たったグラス2杯のWineで酔うわけも無いのに。暑くて、ぼーっとした。

2人の空間と、静かな時に耐え切れず。

「暑いー。」そう言って窓を開け、手を出していると、彼は悪戯か、窓を閉めた。


山を降り、街に入った頃。

「どうする?駅に送ればいい??」


あ。いよいよ彼と離れなくてはいけないのだ。

そう思ったら、なんだかまた、頭は一層真っ白になった。


「うん。でも、暑いからもう一回温泉入りたい、なー・・・・」

「まじで?また温泉入るの?!」

「ねえ、ち、どう?」

「私はいいよー。gluが入りたいなら。私も温泉好きだし。」

「じゃあ、またあそこに戻る?」

「え、それは悪いでしょ?どこか、ちょっと立ち寄れるところは無いの??」

「うーん、この辺にはないんだよね、多分。秘境はちょっと遠いしなぁ」

「遠いんだ。」

「うん。片道1時間はかかる。今度来た時、連れてってあげるよ


思わず、彼の顔を見た。「こんど???」

すると、あらぬ気配を察してか。「あぁ。もしも、また来ることがあれば、ね。」


・・・ちぇっ。なんだよ。わざわざそんな風に言い直さなくたって、いいじゃないか。


「昨日のところは、お風呂だけでも入れるから。あそこでいい?」

「本当に大丈夫?戻ってご迷惑じゃないなら。」

「それは平気だけど。多分、夕方は景色が綺麗だよ。」


と言うことで、またも山間の温泉に到着。

彼は「社長いるかな。挨拶してこようっと」。いち早く車を降り、消えていった。


彼を追い、宿のフロント。挨拶を終えた彼に、お礼を伝える。

「ほんとに3日間、ありがと。じゃ、またね。」

「うん。じゃ、俺はここで。また連絡するよ」


なんだか、もう。顔を見て話すことができず。目線は胸元に漂う。

ついに。この瞬間を迎えてしまった。何も、言えず。何も、できず。




温泉に入り、ちょっと動揺した顔を隠すために、顔を洗ってみた。


「分かりやすいなあ、gluは。まだ、帰りたくなかったんだよね。」

「うん。ごめん、つき合わせて」

「何で?いいよ。温泉好きだもん。でもさ。gluってすごいね。」

「私だったら、前の夜の寝た相手なんて、もう私のもの!オーラ出しちゃうけど。

gluは、彼にも、周りの人に対しても、平静を装うよね。」


傾いた陽射しに沈む街を見下ろし、放心状態。


結局、彼の計らいと、温泉の方のご好意で、無料で入浴。

「いつでも、また来て下さいね。お名前言って頂ければ、大丈夫ですから。」


ご好意に甘えつつ、お礼を伝え。今度こそ、本当に温泉を後にした。


やっぱり、チキンでかっこつけで、素直じゃなくて、可愛くない私。

埋まらなかった、縮まらなかった距離に、自己嫌悪。


東京行きの特急券を買い、残った時間で飲み物などをお買い物。


と、急に、決心。「ね、あのビルの中に、カード売ってるところあるかなぁ」。

帰りの電車で、お礼状を書く気になったのだった。最後の、少しの、悪あがき。

「ある、きっとあるよ!!」2人で駅ビルの文具店を探し、一枚のカードを入手。


しかし、これが。多々数行の手紙なのに。難産となった。

平素、どれだけ私が可愛げ無く、ダメな女であるか、はっきりと露呈。


「まず、下書きしてごらん。」という"ち"の勧めで、走らない筆を動かす。


試合前後のお疲れのところ、3日間、いろいろありがとうございました。


「は?全然ダメ!!glu、基調講演の原稿じゃないんだよ?やり直し!」


そして、移籍後初勝利、おめでとうございます・・・


「固い!固すぎるよ!!そして、とか不要!」


およそ、書き直すこと5-6回。ビールで勢いづけ、小一時間経過。


「だいぶ、よくなったよ。うん、可愛さがちょっとでてきた」

「あ、あのぅ。可愛くなくてもいいんですが。」


「あのね、glu。昨日も言ったけど、それじゃダメだよ。

ちやほやされて当前、良くしてもらって普通。モテるからって、ダメよ」


「そんなことないけど、彼はあんなに皆から愛されてて、人から良くしてもらってて。ファンレターだって貰うだろうし、どうしたら、いいのか・・・」


「余計な情報持ち過ぎ。人は人。だって、好きなんでしょ? あのね。せっかくさ、新聞こっそり貰って、大切にしまったり。宿の方に、何度も精一杯お礼を伝えたり。そう言うところ、可愛いのに。 どうして、隠すの?」


「彼、ありえないくらい、良くしてくれてたよね。考えられないくらい。だからね、そのことで、gluがすごく喜んだら。きっと、彼も嬉しいと思うよ。素直に、それを伝えたらいいんだよ。人は人。gluは、glu。ね?」

「『今度来たら』って言ったんだから、また来ればいいじゃない」


うん、そうだね。ありがとう。

恋愛を自らの手で掴みとり、結婚し幸せな彼女。

ほのぼのとした、普段の雰囲気とは打って変わって、説得力がある。


本当に、いい友人に囲まれていることに感謝しつつ。

今の私にできる限りの。ちょっとだけ、可愛い手紙を書いて。

帰りに、そのまま投函。(持ち帰ったら出さないと、一緒に出してくれた!)

ポストに ことり と音を立てて落ちたカード。彼の元に、無事に届くのだろうか。


帰宅し、明るくなるまで延々と、旅日記。blogに書き綴っているのですが。

少し、今までより長い時間を一緒に過ごし

少し、彼のことが分かって

少し、彼の優しさに触れ

少し、彼との距離が縮まり

少し、私のことも、伝えられたと思う。

これは、一般的には前進したと言うことになるのだと思う。


では、なぜ私は悩むのか。



いずれ諦めなくてはいけないのであれば、

もう、今。完膚なきまでに叩きのめされてしまえばいい。

そう思い、卒業と、一縷の希望。捨て身で臨んだこの旅だったのに。

予想を超え、肩透かしを食らうほどに。楽しく、眩しく、甘美な時間だった。


しかし。自ら諸々の雑念を払い、想いを伝えない限りは、もうどうにもならない。

彼とは、おそらくこれ以上の進展がないことを、私は察知している。


そして、彼はやっぱり、普通の人ではなくて。特別な人である。

私のみならず、周囲の皆から、愛されているのだと、気づかされてしまった。

わたしは、特別な存在では、ない。


それを解っても、直球で想いを届けられるほど、私は強くない。

それなのに、それなのに。大好き。そう、気づき、認めてしまった。

「連絡するよ」と言って、また何ヶ月も連絡が無いことは、想像に易い。

わたしは、この行き場のない気持ちと、3日間の想い出だけをエサに、

いつまでこの幽閉された恋を、生き延びなくてはいけないのだろう。


そう思うと。言い知れぬ切なさと、さみしさと。そして、募ってしまった想い。

いくつもの感情が交錯し、どうしようもなく。手も足も出ない状況に陥る。


もしかすると、やはり。


私はあの夜、彼の背中に手を伸ばすべきでは、なかったのかもしれない。

あの晩、何もなければ。この旅が、単に3人の愉快な膝栗毛となり。

友人として、割り切った新しい一歩が生まれたかもしれない。


出会った夜。私は、彼のことを、まったく意識していなかったのに。

彼の策に嵌り、一緒に帰り、ともに過ごすことになったあの夜から。

会うたびごとに、気持ちは揺れ動き。連絡のない数ヶ月で、冷却し。

何度も、何度も封印してきた想い。

その度ごとに紐解き、傷つき、頑なになり、1年の時が過ぎた。


なぜ、今。ここに来て。容易には会えない距離になってから。

こんな風に、中途半端に。想いを認め、退路を断ってしまったのだろう。

わたしはいったい、どうしたら、いいのか。分からなくなってしまった。


桜の季節は、いつも切ない恋の想い出。いったい、なぜだろう。

はらはらと、花が散るように。私の想いも、音もなく土に還ればいいのに。


まだ咲きかけの花に、散り行く姿を見る私は、やはり寂しい女なのだろう。