3月19日。土曜日。晴れのち曇り。時々、雨。


温泉に入り、緊張しつつ"ち"と雑談。さすがに、手持ち無沙汰ゆえ

隣でお化粧をする"ち"につられ、私もマスカラなぞ塗って、彼を待つ。


19時半過ぎ。部屋のドアが、ノックされる。


私は、頭のてっぺんから、心臓が飛び出しそうなほど。緊張を感じる。


温泉にのぼせたのか、彼にのぼせたのかは定かでないが、
わたしは、暑くてしかたがない。


「はーい」と答えるが、ドアは開かない。私はフリーズして動けない。

"ち"が、「あれ?もしかして鍵かけたかも!」と言って、ドアを開ける。


宿の方と、ドアの前に立つ、長身ジャージの男1名。

「おいおい、ちゃんとあけてよ。」そう言って、入ってきた。

ちょっと疲れているようにも見えたが、やはり、充足感のある顔。

と、なにやら袋を渡される。


「昨日着てた服、忘れてったでしょ。あとこれ、ワイン。」


ほんっとにしょーがねーな。と言う顔で、私を見る。

その瞬間、ヒューズが飛ぶように、私は何もかも、わからなくなった。

「あ、ご、ごめん。ありがとう。そして、おめでと。」


「おう。すげー腹減った。めし。めし喰おうぜ。」


"ち"が、微妙な面持ちで私と彼を見比べる。


ビールを飲んで乾杯し、それはそれは、3-4時間ほど一緒に過ごしたのだが

ほぼ、なにも、覚えていない。


そのくらい、緊張した。


無邪気に"ち"が、話役を担当。2人に話を振ってくれるのはいいが・・・。

「サッカー初めて見ましたー!応援の人たちって、なんて言ってるの?」

「さぁ、そこらへんは適当に」⇒「オレー♪」一人歌いだす"ち"。

試合後のInterviewで、外人さん"どうもありがと"って言ってたね」
⇒いえ、OBRIGADOです。


"ち"は、兎に角、天然。それゆえ、あろうことか・・・


「周りの人が、○○○○(Jの愛称)いいねーって言ってたよね。」

「おいおい(笑)。そうなんだ。初めて観てて、試合わかった?」

「ずーっと、Jさんだけ観てました!こんなに注目してるの、私だけだと思ったら

gluに、あそこで垂れ幕出してるお姉さんたちが、上よ。って言われちゃった。」


・・・・・・おねがい、そのあたりでやめといて!


「おいおい、ボールとかゴールとか観ようぜ。それじゃ何もわかんないでしょ?」

「うん!でも、gluがいろいろ教えてくれたから。辛口コメント付で☆」

「え?」

私も凍てつく。声も出ない。リアクションもできない。


「お前、サッカーなんて観るの?辛口って何だよ。」Jは、ものすごく驚いていた。

「う、うん。最近はあんまり観ないけど。代表とか、観るよ。

辛口じゃなくて、そのイエローはナシじゃない?とか、そんな話、だよねっ!?」

どんなジャンルのスポーツも,観るのが好きな私。焦る必要はないのに・・・。

「だって、gluフットサルもやるもんね☆」

「まじ?フットサル!?ほんとかよ。ま、いいけど・・・。。」


しかし、さすが、初勝利の日。

彼の携帯には、元チームメート、お母様、友人、知人。

あちこちから、メールや電話が相次ぐ。


お母さまと話すJの姿を見て、なんだか「男の子だなぁ」と思った。

なんだか、青年というより。サッカー少年。

東京を離れ、なんだか、ちょっと雰囲気が変わったように思う。

ストレスから開放されているのか、のびのびしているのか、吹っ切れなのか。

いずれにせよ、会話の無かった頃と比較すると、威圧感が払拭されていた。


なんだか、ちょっと。そんな姿にほっとした。

しかし、しみじみと感慨に浸っている間もなく。すかさず"ち"が、

「Jさんて、携帯大好きっ子。肌身離さずいつも見てるね~」とナイス突っ込み!

「そりゃそうだよ。隔離された土地で、携帯だけが、外と繋がる手段だからさ。

しかし、今日はさすがに人気者だな。笑」


そんなこんなで、"ち"の不思議キャラにすっかり和みつつも

度肝を抜かれること、たびたび。私は、すっかりPanicに陥る。


ほんとに、なにも、覚えてないんです。


ご飯を食べ、ワインを飲み

Jは温泉に入ると言って、1人部屋を出た。


「ぐふふふふふっふ」

「緊張しすぎ!"ち"と話しすぎ!!

ねぇglu。今日も、彼の家に行きなよ。

一緒に寝なくて、いいの??」


あ、そう?そうですか??

でも、そんなこと、絶対に言えないし、絶対にできませんから。


そうこう話すうちに、彼が部屋に戻ってくる。

「あちー」と言って、ベランダにイスを出してぼーっとしている。

お約束、鍵をかけて閉め出したり、ふざけたりして、すっかり夜は更けた。


0時が近づいたころ。


「さてと、明日朝練習だから、そろそろ帰るね」


あ、そうだった。

今日も試合で、明朝も練習、2日後はまた試合だったことを忘れていた。

"ち"に促され、2人で部屋を出て、車まで見送る。


「おやすみ、勝利の女神さま。」

「うん。帰れる?」ほんとは、ここで、離れてしまいたくなかった。

「平気。明日練習が終わったら、電話するよ。寒いから、戻ってなよ。

「わかった。待ってる。気をつけてね。ありがとう。」


そう言って、とっぷり暗い闇に消え、帰って行った。


はぁ 大脱力。

また、やってしまった

挙動不審の嵐。1歩進んで、2歩下がる。要するに、後退。

恥ずかしくって、全然顔を見て話せなかった。

"ち"とばかり話してしまった。

いろいろ、変なことが露呈してしまった。


と言うより


私が、彼のことが大好きだってことが。どうやっても、隠しきれず。


と言うより


見え見え。バレバレ。 ですよね。


「ちょっと、暇ができたから温泉に行くよ。ついでに会いに行く」

なんていう、当初の余裕のある私は、風前の灯。


あまりの接近戦に、完全に、Panic。頭、真っ白。

何を言ったのか、言われたのだか。何をしたのか。何一つ定かでなく。


玉 砕


部屋に戻ると、"ち"が、あったかーく迎えてくれる。

「よしよし、glu姉。よくがんばったね。顔、超真っ赤だよ。」


お布団の上で、Girl's talk。と言う名の、反省会。


「ほんっとに、ほんとに大好きなんだね。彼に惚れちゃってるんだねえ。」

でもさ、Jさんいい人だね。口は悪いけど、すごい感じいいよ!

タケダとか、KINGカズみたいなのが来たらやだなー。って思ってたんだ。

礼儀正しいし、話聴いてくれるし、ちゃんと答えてくれるし。」

「あ、そう?それはよかった。"ち"がいてくれて、和んだよ。ありがと。」


「でもね、glu。あのさ。好きだって、ばれてるよ。絶対。だから、ね。

明日、手紙書いて渡しな。もったいないよ。ちゃんと、そばにいるんだよ。」

「・・・・・えー。手紙なんて恥ずかしい!女子高生じゃ、あるまいし。」


「何言ってるの?話せないなら、手紙書きなよ!」

「だいたいさあ、ほんっとに全くその気が無かったら、呼ばないし。」

「そんなことないよ。J、さみしいんだよ。ただ単に。」


「あ、でた。ネガ発言。だってね、普通に考えたら、ここまでしてくれないよ」

昨日も、一緒だったんでしょ?今日も、ずっと一緒で、明日もでしょ??

ちょっとでも好意が無かったら。寝るのだけが目的だったら、ありえないよ?」

「だいたい。びっくりしたよ。スタジアムであんなに興奮して喜んでたから、

いったい、どんなハイテンションでお祝いするのかと思ってたのに。

ちょーーー冷たいんだもん。"あ、おめでと"、だって。信じられない!


酔いと、疲れと、極度の緊張から解けた心地よさで

「わかった・・・。手紙、書くっっ!!!」と、気が大きくなる。


テレビでサッカーの番組が始まる。相変わらず、すっとぼけ"ち"。

CLの特集が始まると、「ジローラモ!好き!!」

・・・あのぅ。ロナウジーニョですよね。


彼女は、その辺りで寝入ってしまう。

私は、その後に続く国内サッカー。今日の結果に大満足し、睡魔に襲われた。
長ーい、長い一日が終わった。


明日は、いよいよ、この旅行最後の日。

どんな一日に、なるのやら。


もう。歯止めが利かない。コントロール不能な域。

今まで、誤魔化して、気づかないふりをし、スルーしてきた想い。

何回も諦め、何も無かったことにしよう。と思って、記憶から消そうとした相手。

それなのに。

この地に来て。少しだけ、彼の気持ちに触れて。素の顔を見てしまったら。

誰よりも、気になる存在であり、誰よりも、素敵だと。

そして、私の気持ちの中で。誰よりも、大きな存在であるということを。

私は、自分で、受け容れてしまった。

私は、彼が好きなんだなぁ

自分を失ってしまうくらい。すごく。すごく。

1時過ぎ。隣のかわいく優しい"ち"に感謝しつつ。深い、深い眠りについた。