知っていたこと。わかっていたこと。
Jが、ここからいなくなる。
だからこそ、連絡を絶とうとしたのかも、しれない。
なんだか嫌な予感がして、昨夜から今朝にかけ、PCを見つづけた。
虫の知らせというのだろうか。
彼の移籍が、そこには書かれていた。
ずっと迷っていた、その答えが。
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最後に彼と会ったのは、まだ1ヶ月前のこと。凄く前のように感じる。
彼のチームメイトと一緒に、いつものような他愛も無い一日を過ごした。
とある日、彼の車の中。後輩の携帯に一本の電話。
明るくおしゃべり好きな後輩が、俄かに言葉を詰まらす。
後輩は二言三言相槌を打ち、「じゃぁ、明日」と言って電話を切ると。
彼に「ロッカー空っぽにしてきたら、○○選手が、びっくりしてかけてきた」
と言った。
Jは、「けじめだろ、けじめ。毎年そうなんじゃないの?それだけだろ?」
そして、言った。「荷物陣取ってアピールしたって、仕方ないじゃん。なぁ?」
「仲間ごっこは、好きじゃない。そういうやり方も」
「え?」私が思わず声を出すと、
「仲間は、ずっと仲間だし。ま、プロなんだし。」
「まぁ、全て為るようになるよ。やってきた結果。」
そう小さく言って、前を向いて運転を続けた。
その日はそれ以上、その話題に触れることはなく。
笑ったり、馬鹿な話をして、一日が終わった。
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その後、お買いものに行った時。
彼は、さっさとお目当てを見つけ、私に散々サイズやら見立てさせ
とっととキャッシュにてお買い上げ。退屈そうに座って、携帯メール。
もう一人の同行選手が、全然決まらない。次第に私も飽きてきた。
2人は、すっかり冷やかし客と化し、ふざけていた。そこへ彼が近づいてきた。
「どうよ」 「・・・・いやー、きまんないっす」「Jさんみたいなエロイのは、ねぇ笑」
「まあね、俺はセレブだからな(笑)。じゃあ、あれはどうよ?」
「お前さ、もうちょっと真面目に選んでやれよ。迷ってんだからさ」
「えー。だって決まらないんだもん。もう喉乾いた。お茶しようよ。」私がそう言うと
「まぁ、そう言うなって。じゃあ早く決めて、早く行こうぜ。荷物持っててやるから」
後輩に気づかれないように、そっと私に告げた。そういう男だ。
そして席を立ち、私の薦めたニットは偶然にも、チームカラーだった。
私の後ろについた彼と後輩は。それをひとたび手にとってから
「この色は、もういいよ、な。」
そう言って、ちょっと寂しそうに目を合わせて笑い。またふざけ始めた。
私はその時、あぁ、2人ともチームから離れちゃうのかな。
なんとなく、そんな気がして、少し不安になった。
2人は、それぞれ計画していた、offの旅へと飛んでいった。
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シーズン終盤のある日。彼の好きな焼き鳥に、行く約束。
私はその日visitorの接待で、遅くなった。皆と別れた彼と、駅で待ち合わせた。
珍しく、車じゃなかった。会うなり、文句連発。嫌な奴。
「おっそい。もう飯食っちゃったし。どこも空いてないし、家でよくない?」
いち早く家に連れ込む気かと、私は腹が立った。「エロイ奴。何様?失礼だわ。」
「あのねぇ。それで『ハイ、行きます』って言うお馬鹿さんな女性、いると思う?」
「もう遅いから、近日リスケしよう。私、明日のリムジンの時間調べたいし、帰る」
「ダメだよ。いいじゃん、俺が調べてやるよ、そんくらい。ネットで調べられる」
小雨の中、押し問答。最後は「gluは飲みたいんだろ。家で飲めよ。送るから」
と、無理矢理私をタクシーに乗せ、家に向かった。馬鹿な女性が、ここに・・・。
車中、彼はいつもより饒舌だった。またも、下らない話をして笑った。
帰宅し、革のJKを脱ぐと。片腕上腕から腕全体を、L字にギブスが覆っていた。
試合で接触し転倒。相手の身体に腕を敷いたそうだ。
テーブルの上のグラスを取ることもできず。腕が全く上がらない。
冷蔵庫からビールを手にし、硬直した私の表情に気づくと。彼はふざけて
「平気だって。オイニ~ツ~キ~だから、シャワー入ってくるぅ」と、部屋を出た。
入浴後、TVに向かい、私に背を向け。バンテージをやりにくそうに巻き始めた。
普段は手を出すのを嫌がるが、この時は巻くのを手伝った。
早く帰りたかったのは、ギブスを外したかったのだ。ごめん。気づかなかった。
と思った私は甘かった。つい甘えてくる彼を見たら、冷静になる。
やはりこの男、策士である。初めて会った時から、嵌められっぱなしだ。
この腕の状態、運転できるわけがない。送る気なんて、なかったのだ。
しかも既にくつろぎモード。Ready for Bed。私にTシャツ短パンを手渡し、
お決まりの、謎の一言。「大丈夫、洗ってあるから。着替えないの?」
また都合よくハメられた。と腹立たしく思いつつも、なんだか憎めなかった。
その日の彼は、いつもより甘えていたような気がした。
走るバランスさえ取れぬ状態で、次の試合も、彼は出た。
「大したことないし。今は、抜けられないからねえ。」飄々と、そう言いながら。
試合終了のホイッスルまで、おそらくチームメイト以外は気づかないまま。
試合の数日後、死ぬほど痛いと怒っていたけれど。
夜、自分が会いたい時。しつこいくせに、迎えにも来ない。
外に出ると、コンディションが悪くなるんだそうだ。なんと言うマイペース。
なんて勝手な男だ、と思ったが。それも自己管理だったのかもしれない。
いつも飄々、淡々とマイペースな彼だが、深夜までビデオを見る時も。
そんな時には、激しく独り言。ああだ、こうでもないと、何時間も続く。
そんな日は、あまり喋らない。私も、萎縮して何も話せず、傍らで本を読む。
誰よりもフィールドを愛し、誰よりもチームを愛し。先輩、後輩を大切にした。
後輩を可愛がり、部屋を一緒に選んだり、買い物に行ったり。
折々、食事に連れ出してご馳走したりしていた。
ファンサービスが悪い、愛想が悪い。甘い、ぬるい、冷たいと言われても
誰よりも長くそこに立ちつづけていた。決して、何も言うことなく。淡々と。
わたしは、そんな彼が好きだった。
また、あと数日で次のシーズンが始まる。新しいチームで。
今は移籍が発表され、引越、身辺整理に慌しい日々であろう。
「今は、プレイヤーでいることが最優先。それ以外のことはまたあとで考えるよ」
「次のこと、先のこと考えたら、今目の前のこと100%じゃなくなるじゃん」
意外なほど、ストイックな彼だった。それでも
現役としてのこと。引退してからのこと。少しだけ、聞いたことがある。
そこに、今の彼は向かっているのだろうか。少しだけ、気がかり。
あの家。あの部屋。あの場所。あの空間。あの空気。あの車。あいつ。
不思議な間取りの部屋、リビングに積まれた本。雑誌たち。
部屋には、大切そうにメダルやカップ、ユニ、写真。カードが並んでいた。
彼の愛着、愛情と、プライドとともに。
初めて彼の家を訪れた時、クールな素振りと、MidCenturyの家具。
裏腹に、サッカー色の部屋。GAPがおかしかったのを、懐かしく思った。
あの家には、間もなく見知らぬ人が住んで。面影すら、あの場所から消える。
今、連絡を取らないと。電話番号・メアドが変わり、接点は無くなるやもしれず。
もう、2度と、あの同じ空間を共有することはないんだと思ったら、
もう会わないと決めた彼なのに、悲しかった。
落ち着かない。眠れない夜。もう4時。24H以上起きていて、また朝を迎えた。
嵐の後。すこしだけ、あたたかい真冬の日曜日。
わたしには、プレイヤーとしての彼の価値は、よく分からない。
それでも、先輩、後輩、皆に愛されていたし、彼はチームを愛していたこと。
そして、私には信じ難いほどプロフェッショナルで、努力していたこと。
彼が会社に会いに来た時の、子供の社会見学のような姿。
わたしを術中にハメた時の、嬉しそうな顔。痛そうな顔。
私が知っている彼。大切に自分のなかにしまっておこう。
おつかれさま。からだに気をつけて。
夢と目標に向かって。新天地で怪我のないシーズンを。
私は変わらず、あなたを心から尊敬している。だから愛している。今もね。
決して届かないこのメッセージを、そっと今日だけ書いておこうと思った。
彼に問い掛けられた、答えは出さないままで。
なんだか、また一つ。からだの中を空っぽにする、通り過ぎる風を感じた。
くだらない、バカバカしいと思いながら、涙が止まらなかった。ありがとう。
