この1年間の恋愛を、blogにて省みるつもりだった。

しかし、余りに忙しく、記事を書く暇がなくなってしまい。頓挫。

自己回想録、自己分析すら、間に合わない。何とも情けない、わたくしである。


なぜ、私はこんなに振り回されるのが好きなんだろう。


久々に、腰を落ち着けられる。穏やかに愛されて、包まれる彼と出会い。

彼は惜しむことなく、たゆまず、私を愛しつづけてくれる。

週の半分は彼の家で過ごし、何の気兼ねもなく、遠慮も不要。

わたしは、ただひたすらに、彼の愛に応えれば。それだけでいいはず。



どうして、Jや波乗り、この男たちの甘えを、すっぱりと断ち切れないのだろう。


自分への言い訳も含め、考えてみた。





私は未だ、自分に満足していない。

曲がりなりにも、自分の腕一本で食べていこうとしていた。

今は、その状態をお預けにし、会社員へと身をやつす。

いつかまた、上昇気流に乗れるチャンスを、虎視眈々と狙いつつ

出会いと人脈、経験値を脈々と増やすために。



だから、どうにも。


野心家の男が、好きである。

わが道を行く男が、好きである。

豪放磊落な男が、好きである。


身一つで、食べている男。いかんともし難く惹かれるのである。


ま、単純に、ソフトマッチョフェティッシュ ということもありますが

その身体ひとつで、評価され、自分の身を立てる。

それがどんなに大変で、そして、幸運かつ、努力の賜物であることが、わかるから。



だから、振り回されようとも構わない。

何かの役に立て、彼らにとって、何かの「特別な」「価値ある」存在となり、

薄氷を踏みながら、バランスを取りつづけ、熾烈な争いに勝ち残る彼らに

今の生活で享受できる、幸運や、恩恵を、なにか伝えたいのである。

彼らが、私にありがとう、と言ってくれなくてもいい。

その姿を見た後輩たちをMotivateし、次の世代の目標となってくれれば。

現実的な、手の届く先、夢の先にある姿として映ってくれれば。


人が人に、何か大切なものを伝えるベクトルは、双方向ではないはずだから。


いやぁ。失礼致しました。

これは完全なる、いいわけです。


また、心ない男にメールを打つ。

気のない返答。

それでも、私はデートに誘う。

寂しくなって、電話の電源を切る。Darlingに、頭を撫でてもらう。


これは一体。

何に対する、addictionなのだろうか。