8月6日は
広島に原爆が落とされた日です。
8月9日は
長崎に原爆が落とされた日です。
そして今日、日比谷の野音では、
反原発の集会が行われるとか。
もちろん、SKiも出るそうです。
ま、見事プロ市民団体に神輿にされてます。
不憫でならないよ、ホント。
って話は置いといて、
こんな時期だからこそ、
もうそろそろ、
僕が何故に原発推進派なのかを
語ってみたいと思います。
皆さんは、ノーベル博士をご存知でしょうか?
そうです。
「ノーベル賞」の名前の由来になった博士です。
ノーベル博士は、あるものを発明しました。
それは、「ダイナマイト」。
ノーベル博士は思いました。
「これで、工事現場や鉱山の作業を
楽にすることができるだろう」
と。
事実、その通りになりました。
が、
同時に、これは悲劇の発明にもなりました。
戦争に使われてしまったのです。
「そんなつもりじゃなかったのに・・・」
ノーベル博士は、嘆き悲しんだそうです。
ノーベル博士が亡くなった時、
博士には莫大な富が残されていました。
そんな彼が残した遺言書には
ノーベル賞の設立を提唱していました。
実際には「ノーベル」という名前はなかったそうですが、
実際に賞を設立した時、
自然とノーベル賞になったそうです。
ノーベル賞には、科学や文学の発展、
及び平和への貢献をした方に送られるものです。
さて、話を日本に戻しましょう。
今回の震災で、福島第一原発は破損し、
付近一帯を核物質で汚染してしまいました。
これは事実です。
ですが、
同時に女川原子力発電所は
非常用電源が作動し、事なきをえました。
この事実を隠して反原発運動してる人には
正直感心しません。
都合の悪いことは隠すんですね。
某政権や某マスコミと一緒ですよ。
話を元に戻しましょう。
今回の事故。
僕に言わせれば、
完全なる人的ミスによる事故だと思ってます。
以前も書きましたが、
非常用電源が全て作動しませんでしたなんて、
システム屋としては大失敗です。
何をどう考えて設計したんだって感じです。
さて、上記の文章。
僕、一言も原子力発電に触れてません。
僕は、今回の事故は悲しい事故ですが、
原子力発電所の存在自体が悪いとは思ってません。
つまり、今回の事を教訓にするのは当たり前ですが、
一旦事が起こったらどうなってしまうのか
それを深く考えた上で、
本当に安全確実な原子力発電所を作って欲しい。
もちろん、世の中100%はありえません。
ですから、
今回のような非常用電源が全て作動しないみたいな
愚かな設計は絶対にやめてほしい。
万が一の上に更に万が一を加えた設計。
二重三重ではなく、更に予備を重ねた設計。
そんな原子力発電所を作ってほしいと思います。
そして、それは不可能ではないと思っています。
お金を使うところって、こういう所じゃないんですかね?
さて、皆様。
ここで一つお気づきでしょう。
「最初に書いたノーベル賞の話は何なのか?」
それをこれから書きたいと思います。
ノーベル博士は、平和を願っていました。
そして、科学発展も願っていました。
僕は、この科学発展を「進化」と思ってます。
「日本は唯一の被爆国」
よく聞く言葉です。
実際その通りです。
そんな国が、
戦争の為に発明された技術を
平和の為に使用している。
この事をノーベル博士が聞いたら、
どれだけ喜んでくれるでしょう。
しかも、日本には「非核3原則」があります。
更に喜んでくださると、僕は思っています。
僕は、人間及び動植物は
進化するものだと思っています。
僕は、人間が進化する事を止める事は
とても悲しいことだと思います。
それは、上記で書いた
「科学技術の進化」も同様です。
日本には、古来からこんな言葉があります。
「薬も過ぎれば毒になる」
まさにその通りです。
でも、僕はこんな風にも思います。
「毒も使い方次第で薬になる」
人間の体にとっては毒でも、
他の分野では貴重な薬になるものもあります。
それは、科学技術の進化により
明らかになっていくものが多いのです。
以上が、僕が原発推進派の理由です。
先程から出してる「科学技術の進化」。
この言葉は、僕が理系の人間だから
そんな風に考えてしまうのかもしれません。
ひょっとしたら、そんな偏りもあるかもしれません。
それでも、僕は言いたい。
科学技術の進化を止めたくない。
そして、人間は学ぶ生き物です。
愚かなことは二度と繰り返さない。
そんな人間を、僕は信じたいと思います。
最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。
拙い文章ですが、
僕の思いが少しでも伝われば幸いです。