福島第一原発の事故についての
事故調査委員会の最終報告書が出されました。
ま、徒然と感じたことを書いていきますが、
今回も前提条件ありです。
最終報告書の概要は読みました。
それを前提の上で以下を読んでください。
ってかさぁ、概要だけでPDF38ページなんで、
本文なんて読む気にならんて(苦笑)。
尚、斜線で書かれてる部分は、
最終報告書の概要から抜粋させていただきました。
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今回、最終報告書の概要を読んで、
僕の知らなかった事が判明。
福島原発には、第一、第二が存在します。
そして、第一には1~4号機が、
第二には5~6号機が存在します。
この中で、当時の首相だった
菅直人が指揮を取ったのは
第一原発の1~4号機のみだったとの事。
この事が、福島第一と第二での事故処理の違いが
はっきりと異なった原因が分かりました。
以前から指摘されていた官邸の異常な介入。
この件が、この報告書には遠回しではありますが、
キチンと書かれています。
また、原子力災害対策本部(以下「原災本部」という。)長から現地対策本部長への権限の委任については、原子力安全・保安院(以下「保安院」という。)職員が、原災本部長である菅直人内閣総理大臣(以下「菅総理」という。)の了承を求めるタイミングを失した上、現地対策本部から再三にわたって委任手続の進捗状況の確認を求められても主体的に動かず、また、内閣官房及び内閣府の職員も、保安院に対して委任手続を進めるよう注意喚起せず、委任手続が行われないという問題が発生した。
あと、原子力災害対策本部の対応に関しても、
官邸に対して苦言を呈しています。
原災マニュアルによれば、原子力災害が発生した際、政府における緊急事態応急対策の中心となる原災本部は官邸に設置し、また、情報の集約、内閣総理大臣への報告、政府としての総合調整を集中的に行うため、官邸地下にある官邸危機管理センターに官邸対策室を置くこととされている。また、各省庁の局長級幹部職員は同センターに参集することとされており、そのメンバーを「緊急参集チーム」と呼んでいる。同チームには、緊急時において迅速・的確な意思決定がなされるよう、各省庁が持つ情報を迅速に集約し、それに基づいて機動的に意見調整を行うことが期待されている。
しかし、今回の事故においては、避難措置等の事故対応についての重要な意思決定の多くは、この官邸危機管理センター(緊急参集チーム)から離れて、官邸地下の中2 階の一室又は官邸5 階において、関係閣僚、原子力安全委員会(以下「安全委員会」という。)委員長、保安院幹部、東京電力幹部らにより行われた。
一般に、原子力災害が発生した場合、できる限り情報入手が容易で、現場の動きを把握しやすい、現場に近い場所に対策の拠点が設置される必要がある。政府における福島第一原発の情報収集拠点であったERC から離れた官邸内において意思決定が行われていたこと、また、官邸内においても、その情報集約拠点である官邸危機管理センターとは離れた別の場所(官邸5 階等)において意思決定が行われていたことなどから情報の不足と偏在が生じ、十分な情報がないままに意思決定せざるを得ない場合も生じたという点は、今回の一つの大きな教訓とすべきである。
正直、この官邸の異常介入は、
事故処理に大きな影響を与えたと思っています。
(もちろんこれだけじゃないよ。それは後述する)
この報告書の冒頭部分では、
福島第一原発と第二原発での
事故後の処理対応の適切さについて、
大きな違いがあったと断定しています。
福島第一原発における事故対処に関する問題点については、中間報告に記述したとおりであるが、その後の調査で判明した福島第二原発における現場対処の実際と比較して、以下のような問題点が改めて明らかとなった。
(a)3 号機代替注水
福島第一原発3 号機においては、高圧注水系手動停止の際に代替手段をあらかじめ準備しなかったことにより、6 時間以上にわたって原子炉注水が中断した。
福島第二原発では、手順の細目について相違があるものの、基本的には、次なる代替手段が実際に機能するか否かを確認の上で、注水手段の切替えを行うという対応がとられていた。
福島第二原発では外部電源が使用可能であったことから、作業環境も福島第一原発と比較すると良好であり、事態の対応に当たったスタッフは心理的にもより余裕があったと思われる。しかし、これらの点を考慮したとしても、福島第一原発における対応は適切さを欠いたものであった。
(b)2 号機S/C 圧力・温度の監視
福島第一原発2 号機では、平成23 年3 月11 日の全電源喪失以降、原子炉隔離時冷却系(RCIC)が作動していたものの、電源喪失により制御不能であり、いつ停止するかも分からない状況にあった中で、同月12 日4 時頃以降、RCIC の水源を復水貯蔵タンクから圧力抑制室(S/C)に切り替えた。しかし、電源喪失によって残留熱除去系による冷却が期待できない場合に、このような運転方法を長時間継続すると、S/C の圧力及び温度が上昇し、RCIC の冷却機能及び注水機能が低下するほか、RCIC が機能しなくなった場合の次なる代替注水手段である消防車を用いた消火系注水に必要な主蒸気逃し安全弁(SR 弁)による減圧操作が困難になるなどのおそれがあった。したがって、S/C の圧力及び温度を継続して監視するとともに、あらかじめ消防車注水ラインを準備し、RCIC 停止を待たずに原子炉減圧操作を行う必要があったと考えられる。しかし、実際には、同月14 日4 時30 分頃まで前記のような計測が行われず、速やかな代替注水が実施されることもなかった。
他方、福島第二原発では、RCIC 作動中から、間断なく注水を実施することを視野に入れ、S/C の圧力及び水温を監視しながら、段階的にSR 弁を開操作して復水補給水系による注水を実施するなどの対応がとられた。
前記(a)で述べように、福島第一原発と福島第二原発では状況の違いはあるにせよ、福島第一原発における対処は福島第二原発におけるそれと比べて、適切さが欠けていたと指摘せざるを得ない。
すっごい長くてかったるいでしょうが、
何とか我慢して読んでください(苦笑)。
で、僕なりにまとめると、
第一原発と第二原発では、
電源喪失の有無という大きな違いはあるものの、
その後の対応については、
電源喪失以上の対応ミスが考えれる。
って感じかな。
え?最初からそう書けって?
そんな~。それじゃつまんないじゃん(笑)。
ちなみに、当時良く出てきた言葉「ベント」。
これに関しては、報告書には
「視察したことに関しては、結果的に影響は無かった」
としてます。
ベントを閉じるのが遅れたのは、
あのヘリ視察に関しては影響はなかったと。
とはいえ、もっと手厳しい事が書かれていました。
(a)原子力緊急事態宣言の発出
平成23 年3 月11 日17 時42 分頃、海江田万里経済産業大臣(以下「海江田経産大臣」という。)は、寺坂信昭原子力安全・保安院長(以下「寺坂保安院長」という。)らと共に、菅総理に対し、原子力災害対策特別措置法第15 条第1 項に定める原子力緊急事態の発生を報告するとともに、原子力緊急事態宣言の発出について了承を求めた。しかし、寺坂保安院長らは、菅総理から福島第一原発の原子炉の状況や関連法令等について問われ、これに対して十分な説明をすることができないまま時間が経過し、菅総理は、同日18 時12 分頃から約5 分間、予定されていた与野党党首会談に出席したため、上申手続は一時中断した。同会談から戻った菅総理は、間もなく原子力緊急事態宣言の発出を了承し、同宣言は、同日19時3 分に発出された。
一般的に、原子力災害においては、事態が急速に進展することがあり得るところであり、進行している事態や関連法令の詳細についての把握より、まず緊急事態宣言の発出を優先すべきであったと思われる。
(b)福島第一原発視察
菅総理は、平成23 年3 月12 日、福島第一原発事故に関する情報が十分に入っていなかったことなどから、福島第一原発の視察を実行した。この視察は、事故もなく終了し、結果的には福島第一原発におけるベント実施への影響もなかったと認められる。しかしながら、今回のような大規模災害・事故が発生した場合において、最高指揮官の立場にある内閣総理大臣が、長時間にわたって官邸を離れ、危険が伴う現地視察を行い、緊急対応に追われていた現地を訪れたことについては、他の代わりとなる人物を派遣して状況を確認させるなどの方法によるべきではなかったのかという点で、なお疑問が残る。
(c)具体的事故対処についての官邸の関与
菅総理は、平成23 年3 月12 日18 時過ぎ頃、海江田経産大臣から、その直前に同大臣がした福島第一原発1 号機原子炉への海水注入命令について報告を受けた際、炉内に海水を注入すると再臨界の可能性があるのではないかとの疑問を発し、その場に同席した班目春樹原子力安全委員会委員長(以下「班目委員長」という。)がその可能性を否定しなかったことから、更に海水注入の是非を検討させることとした。その場に同席していた東京電力の武黒一郎フェロー(以下「武黒フェロー」という。)は、同日19 時過ぎ頃、福島第一原発の吉田昌郎所長に電話し、「今官邸で検討中だから、海水注入を待ってほしい。」と強く要請した。
菅総理が再臨界の可能性についての質問を発した際、その場には、班目委員長のほか、平岡英治原子力安全・保安院次長、武黒フェロー等の原子炉に関する専門的知見を有する関係者が複数いたが、的確な応答をした者はおらず、誰一人として専門家としての役割を果たしていなかった。また、安易に海水注入を中止させようとした東京電力幹部の姿勢にも問題があった。
このような、すぐれて現場対処に関わる事柄は、まず、現場の状況を最も把握し、専門的・技術的知識も持ち合わせている事業者がその責任で判断すべきものであり、政府・官邸は、その対応を把握し適否についても吟味しつつも、事業者として適切な対応をとっているのであれば事業者に任せ、対応が不適切・不十分と認められる場合に限って必要な措置を講じることを命ずるべきである。当初から政府や官邸が陣頭指揮をとるような形で現場の対応に介入することは適切ではないと言えよう。
さてさて、以前菅直人が
調査報告委員会で発言していた
「問題は3月11日以前にあった」
これに関しては、ある意味否定しませんよ。
とはいえ、この報告書を読む限り、
これが主原因とは思えません。
確かに、東京電力はIAEAからの警告
(福島第一原発の非常用電源アブナクネ?)
をシカトしまくっていた事は事実です。
この件に関しては、東京電力の幹部に対して、
もっと責任追及すべきだと思っています。
何せ、モノがモノだけに、
「利益より安全!」なのは当たり前の事。
それを、目の前の利益にこだわり、
採るべき対策を採らなかったのは、
原子力発電所を預かっている会社の幹部としては、
はっきり言って、最低です。
警告が発せられた時期からの幹部は、
その責任を取るべきだと思っています。
とはいえ、この一件に全ての責任を押し付け、
自分はやるべき事をやったんだ!
僕に問題は無い!と言い切る菅直人には、
もう「呆れる」以外の言葉が浮かんできません。
この報告書、
もっと官邸のやり方に突っ込んでも良かったのでは?
そんな風に思いました。
あ、あとおまけ。
SPEEDI について。
これに関しては、
今でこそ「使えたんじゃん!」って言ってますが、
当時の常識では、
「ERSS前提の上でのSPEEDI」
となっていたようです。
(a)システム及びその活用主体の問題点
緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)は、原子力事故発生時、緊急時対策支援システム(ERSS)から伝送される放出源情報を前提に、周辺環境における放射線量率等を予測することができる装置であるが、ERSS は事故発生時には機能しなくなるおそれがあり、その場合のSPEEDI の活用方法についてあらかじめ検討し、その検討結果を事故対応に当たるべき関係者間で共有しておくべきであった。
しかしながら、事故対応に当たっていた多くの者は、ERSS が機能しなくなるやSPEEDI を避難に活用する余地はないものと考えていた。環境放射線モニタリング指針には、放出源情報が得られない場合のSPEEDI の活用方法も記載されていたが、これを避難に活用できるとのコンセンサスもなかった。また、オフサイトセンターが機能しなくなった場合におけるSPEEDI の活用主体(運用及び公表の責任を負う機関)についても、明確になっていなかった。
(b)SPEEDI と避難指示
SPEEDI が有効に活用されなかった大きな原因は、前記(a)のとおり、いずれの関係機関もERSS から放出源情報が得られない場合にはSPEEDI を避難に活用することはできないという認識の下、これを避難の実施に役立てるという発想を持ち合わせていなかった点にあったと考えられる。しかし、SPEEDI により単位量放出を仮定した予測結果は得られており、仮にその情報が提供されていれば、各地方自治体及び住民は、より適切に避難のタイミングや避難の方向を選択できた可能性があったと言えよう。ERSS から放出源情報を得られない場合でも、SPEEDI を活用する余地はあったと考えられる。
これに関しては、
万が一同じような事故が起きた場合の
(起きてほしかないけどな)
教訓とすれば良いと思います。
はい、ここまで好き勝手書かせていただきました。
この報告書に興味のある方は、
以下のURLからPDFファイルをダウンロードできます。
他にも色々書いてあるので、是非一読あれ。
最終報告書
とりあえず、今回はこれで終わりにします。
原発再稼動云々に関しては、今回は書きません。
それは、改めて考えてみるのが良いかと。
とりあえず、事故の調査は終わりましたよと。
結果がこれです。
ってな感じ。
それにしても・・・
国のトップによって、状況って本当に大きく変わるのね。
ある意味、それが今回の一番の教訓かな(苦笑)。
そんな教訓いらんわ・・・・・・