生き続ける蝶
水蒸気量が減り、キリリと冷たく澄んだ空気。
月や星が輝きます。
冬が足元まで来ていますね。
緑色の草木が枯れて人々に寂しさを感じさせる秋、冬。
濃紺に帯状の瑠璃色が美しい蝶、ルリタテハは
可憐に色を振り撒きながらヒラヒラと飛び回ります。
二度と再生しない羽を痛めながらも越冬するルリタテハ。
そんな貴重なルリタテハを見ることができたのなら、それはあなたの潤いになりそう。
先日、うちの猫、プリンの腹違いの弟ロビンが、「キューキュー」と鳴いていました。
もっと早く見にいくべきだったのです。
ロビンの手元には、ルリタテハがいました。
家の中に、貴重なルリタテハが迷い込んでいたのです。
枯葉の保護色のような側面の翅に、私は一瞬蛾かと思いましたが、
翅を閉じているので、蝶と認識しました。
そして、翅の右側は、ロビンに傷つけられ1/3がなくなっていました。
それでも尚、一生懸命に力強く飛び立とうとします。
ロビンから逃れるためにばたつかせた翅。
舞い上がった瞬間、表の翅の鮮やかな瑠璃色が目に飛び込み、
蛍光灯の明るい照明の下で翼がパラパラと床に舞い落ちました。
その場面、その瞬間。
変えられない儚い事実。
生命を左右する重みのある事実は、美しい瑠璃色を一層美しい色にさせ、
残像として私の脳裏に焼きつきました。
あまりにも衝撃的でその事実を受け入れたくありませんでした。
私の頭は真っ白になり、事の重大さに気がついたときには、
胸が苦しくなっていました。
バラバラになった翅が散乱し、そのカサカサとした翅の色合いは、
道端で踏みつけられた枯葉のようでした。
翅を更に失ったルリタテハを外へ逃がしました。
枯葉のような翅は、まだふんわりしっとりとしていて、
ルリタテハが愛おしくなりました。
そして、ロビンを外へ出さぬよう、ドアを閉めました。
安心したのも束の間。
家族の者がそうとは知らず、「キューキュー」とルリタテハを探す
ロビンを外へ出してしまっていたのです。
私が数分前に触れた生命・・・
フワフワと柔らかい翅のルリタテハはカサカサの生命の抜け殻になり、
枯葉のように地面にバラバラになっていました。
引き裂かれた翅は、秋の風に撒き散らされました。
「ゴキブリだったら良かったのに」と放った一言の数分後、
今年初めてのゴキブリが目の前を走りました。
生命に優越つけるつもりはありませんが、
悲しくて、涙が出て、落ち込んでしまいました。
私はルリタテハの名前を知りませんでした。
こうやって知ったのも部屋に来てくれたからです。
あのときのルリタテハという一体の生命は、
私の記憶の栄養となり、あらゆるルリタテハを見ても
あの一体の存在が喚起されることでしょう。
それは私の中であのルリタテハが生き続けていることなのです。
即ち、ルリタテハが私の存在と結びついたこと。
私が生き続ける限り、普遍の事実。
あのとき知覚・認識した内容は、私の構築された記憶と認識の
世界の中に新たな潤いを与え、“蝶”を見たときに、
無意識にもその情報が喚起されることでしょう。
黒味の強い濃紺に映える鮮やかな帯模様の水色・・・
一生忘れません。
来てくれてありがとう。
画像はお借りしました。
こちらで側面の翅を見ることができます。