こんにちは。グローバルラウンチの山本です。今回は、あまり話されないアリゾナと日本の関係についてご紹介したいと思います。

 

今日、アリゾナと日本の関係というのは意外とあるもので、フェニックスでは鷺鳳園、別名フレンドシップガーデン、アリゾナに住んでいる日本人の子供が将来日本語をちゃんと話せるようになるための学校、アリゾナ学園、日本のものを売っているお店、日本人又は日系の方が運営しているお店などを拝見することができます。又、経済産業省によると、日系企業進出数は143社と、アリゾナ州に進出している外国の会社の国籍の数は1位、日本人旅行者消費額は4.84億ドル、日系企業による雇用者数は7900人、そして日本への輸出額は6.63億ドルと6位。Screen Shot 2017-06-29 at 2.10.09 PM.png

しかし、日本とアリゾナの関係はこれだけではありません。

第二次世界大戦中、旧日本軍は真珠湾攻撃を1941年12月7日実戦しました。真珠湾攻撃というのは、今でも12月7日は全米で真珠湾攻撃で亡くなった方を弔う日(National Pearl Harbor Remembrance Day)と言われています。

真珠湾攻撃後、アメリカに住んでいた日本人の方又、日系米国人の方は「アメリカの敵」「スパイをしにきているのだ」などと言われ、強制退去を命じられました。皆、スーツケースは最高2つまで持っていくことを許されそこから収容所へと連れて行かれました。そして全米で一番大きかった収容所はトゥーリーレイク(ツーリレイク)(Tule Lake)でしたが、2番3番目に大きかったのはアリゾナ州にあり、ポストン (Poston)キャンプ、ギラリバー (Gila River)キャンプと呼ばれています。戦時転住局強制収容所については、アリゾナの公立高校のアメリカ・アリゾナの歴史の授業でも取り扱われています。このことについてもっと知りたい方はこちらこちらをご覧ください。

しかし、日系アメリカ人の方は母国(アメリカ)を恨むこともなく、日本に対する嫌悪もなくなり多くの方が暮らされております。