マリーナベイ・サンズが霞んでいます。
シンガポールの街を歩いていると、焚き火のようなにおいがします。
久しぶりのヘイズです。
ヘイズに覆われたシンガポール。2026年9月29日午後、カラン付近で撮影。
私はシンガポールに25年ほど住んできましたが、今回のヘイズは、その中でもかなりきつい方だと感じます。
そして今、私のもう一つの拠点であるタイでは、バンコクが洪水に見舞われています。
スワンナプーム空港も混乱しています。
空港そのものが閉鎖されたわけではありません。
大雨と洪水の影響でタイ国際航空の地上スタッフの一部が出勤できず、さらに手荷物運搬用カートの一部に不具合が重なり、手荷物の仕分けや受け取りなどに大きな遅れが出ました。
私はいまシンガポールにいます。
「ちゃんとタイに戻れるのかな」
そんなことを考えながら、ふと思いました。
実は私が移住先を決めるとき、自然災害のリスクは、かなり優先順位の高い条件でした。
世界で見ると、どこが危ないのか
自然災害リスクを国ごとに比較した指標に、WorldRiskIndexがあります。
単純に「地震が多い」「洪水が多い」というだけのランキングではありません。
地震、津波、洪水、サイクロンなどの自然災害への曝露だけではなく、社会の脆弱性や、災害が起きたときに対処する能力なども組み合わせて評価する指標です。
WorldRiskReport 2025に掲載されているWorldRiskIndexを見ると、
インドネシア 3位
日本 17位
タイ 24位
マレーシア 37位
となっています。
順位が上であるほど、リスクが高いという意味です。
そしてシンガポールは188位。
193か国の中でも、自然災害リスクが極めて低い国です。
25年ほど住んだ実感としても、これはよく分かります。
25年間、自然災害を心配した記憶がほとんどない
シンガポールで台風を心配した記憶はありません。
地震を心配した記憶も、ほとんどありません。
2004年12月26日、スマトラ島沖でマグニチュード9.1の巨大地震が起きました。
あのスマトラ島沖地震です。
インド洋沿岸に巨大な津波を引き起こし、タイではプーケットをはじめ、アンダマン海沿岸が甚大な被害を受けました。
当時、私はすでにシンガポールに住んでいました。
当時テレビで見た津波の映像は、今でも強烈に記憶に残っています。
広い地域が一瞬にして津波に襲われ、甚大な被害が出る。その衝撃は、後の東日本大震災で津波の映像を見たときにも重なるものがありました。
この巨大地震では、シンガポールでも揺れを感じた人がいました。
ただ、私自身の25年間を振り返っても、
「地震が来たらどうしよう」
と考えながら暮らした記憶は、ほとんどありません。
豪雨はあります。
南国ですから、驚くような雨が一気に降ることもあります。
Flash Floodと呼ばれる局地的な洪水もあります。
それでも、雨が降るたびに、
「家は大丈夫だろうか」
「この街は浸水しないだろうか」
と心配しながら暮らした記憶は、私にはほとんどありません。
シンガポールの治水に対する安心感は、それくらい大きいものでした。
オーチャード・ロードが池になった日
もちろん、印象に残っている洪水はあります。
2010年6月、オーチャード・ロードがFlash Floodに見舞われたときです。
道路より低くなっている商業施設の一角に水がたまり、まるで池のようになっていました。
あの光景は今でも覚えています。
シンガポールの中心部。
しかもオーチャード・ロードです。
「ここが水に浸かるのか」
と驚きました。
災害が起きない国というわけではありません。
Flash Floodを完全になくすこともできません。
それでも、25年間暮らしてきて、水害を怖がりながら生活したことはほとんどない。
都市のインフラも含めて、自然災害に対する安心感は非常に大きな国でした。
コンドミニアムに大量の雨水が流れ込んだことはある
そういえば、一度だけ、大雨で住んでいたコンドミニアムに大量の雨水が流れ込んで、大変だったことがあります。
ただ、あれはシンガポール全体の治水というより、コンドミニアムの構造の問題だったと思っています。
海外で長く暮らしていると、日本とは仕事の進め方が違うと感じることがあります。
まず動かす。
スピードを優先する。
その分、日本人の感覚からすると、
「ここ、もう少し考えて作っておけばよかったのでは」
と思うこともあります。
あの一件は、自然災害というより、そちらの話だったと思っています。
地震がないからこその建物?
建物の話でいうと、シンガポールには、日本で育った私から見ると、
「これ、地震が来たらどうなるんだろう」
と思う建物が結構あります。
建物の下の部分が大きく空いている。
中は筒抜けになっている。
風がそのまま通り抜ける。
巨大な高層住宅を、地上部分では細い柱だけで支えているように見える建物もあります。
シンガポールを歩いていると、こういう建物は決して珍しくありません。
HDBでは「void deck」と呼ばれる、地上階を開放した空間も昔から一般的です。
それでも日本人の目で見ると、
「この細い柱の上に何十階も載っているのか」
と思ってしまう建物があります。
Reflections at Keppel Bay
その極端な例の一つが、Reflections at Keppel Bayかもしれません。
シンガポールでは有名な高級コンドミニアムです。
建築家Daniel Libeskindが設計した住宅群で、6本の高層タワーと11棟の低層住宅からなります。
高層タワーは24階から41階。
まっすぐ上に伸びているようには見えません。
建物そのものが、うねるように曲がっています。
上の階へ行くほど、建物が傾いているようにも見えます。
実際、設計者のStudio Libeskind自身が「undulating towers」と表現しています。
さらに、上下の階が完全に同じ位置関係になることがないように設計されています。
初めて見ると、
「これ、本当に大丈夫なのか」
と思うような形です。
私は以前から、この建物を見るたびに、
「日本のような地震国でも、こんな建物を造るのだろうか」
と思っていました。
さらに、複数の高層棟の間を、途中の階で大きな構造物が横につないでいるように見える部分もあります。
下から見上げると、かなり大胆な構造です。
The Pinnacle@Duxton
Outram Park周辺にも、強烈な存在感のあるHDB(シンガポールの公共住宅)があります。
The Pinnacle@Duxtonです。
50階建ての7棟からなり、その7棟が26階と50階のskybridgeでつながっています。
空中で高層住宅同士をつないでしまう。
こちらも、日本で地震を見ながら育った人間の目には、
「すごいものを造るな」
と思わせる建物です。
しかも地上部分を見ると、巨大な建物の下が開放され、細い柱で支えられているように見える部分があります。
Reflections at Keppel Bayとはデザインも構造も違います。
それでも、
「日本だったら、こういう発想で高層住宅を造るのだろうか」
と感じる点では似ています。
ところが、シンガポールにも耐震基準はある
ここまで見た目の話だけをすると、
「シンガポールの建物は地震を考えていないのではないか」
と思ってしまいます。
でも調べてみると、そうではありませんでした。
Reflections at Keppel Bayは、シンガポールの建築行政を担うBCA(Building and Construction Authority/建築建設庁)のDesign & Engineering Safety Excellence AwardsでMeritを受賞しています。
The Pinnacle@Duxtonも、シンガポールを代表する公共住宅建築の一つです。
そして、シンガポールの建物が、
「地震をまったく考えていない」
というわけでもありません。
シンガポールは地震帯の外にあります。
BCAも、シンガポールは地震帯の外に位置すると説明しています。
その一方で、スマトラなどで発生した大地震の揺れが、遠くシンガポールまで伝わってくることがあります。
そのためシンガポールにも、そうした遠方地震による揺れを考慮した建築設計の基準があります。
BCAも、シンガポールの建物は遠方の地震による揺れを考慮して設計されていると説明しています。
なお、The Pinnacle@Duxtonは2009年、Reflections at Keppel Bayは2011年に完成しており、現在シンガポールで使われている耐震設計の基準が導入される前の建物です。
ここで述べているのは、現在のシンガポールの建築設計では、遠方地震による揺れも考慮されているということです。
ただし、日本やインドネシアとは「耐震」の前提が違う
ここで私が気になったのは、
「では、シンガポールで『耐震』とされる建物は、日本やインドネシアでも同じように耐震なのだろうか」
ということでした。
そう単純ではありません。
耐震という言葉は、その土地でどの程度の地震動を想定し、それに対してどのような設計基準を設定しているかによって意味が変わります。
シンガポールは、そもそも地震活動が非常に低い地域です。
日本のように国内やそのすぐ近くで大地震が起きることを前提にした国でもなければ、インドネシアのように複数のプレートが接する地域にある国でもありません。
主に想定されているのは、スマトラなど遠方で発生した大地震から伝わってくる揺れです。
ですから、
「シンガポールは地震対策ゼロ」
というのは正しくありません。
一方で、
「シンガポールで耐震基準を満たしているから、日本やインドネシアで想定されるような強い地震動に対しても同じ意味で耐震である」
とも言えません。
そもそも設計の前提となる地震環境が違います。
日本で地震を見ながら育った私が、Reflections at Keppel BayやThe Pinnacle@Duxtonを見て、
「大きな地震が来たらどうなるんだろう」
と思ったことと、
シンガポールの環境の中では安全性を考えて設計されていること。
この二つは、必ずしも矛盾しないということです。
少なくとも私は25年間、こうした建物を見ながら暮らしてきて、地震を心配したことはほとんどありませんでした。
それくらい、地震という災害が日常生活から遠い国だったということです。
でも、ヘイズだけは別
自然災害への安心感が非常に大きいシンガポールですが、一つだけ、
「これは勘弁してほしい」
と思うものがあります。
ヘイズです。
東南アジアに住んだことがなければ、「ヘイズ」という言葉自体、聞き慣れないかもしれません。
簡単にいえば、森林や泥炭地などの火災によって発生した大量の煙が、風に乗って広い地域を覆う現象です。
国境も関係ありません。
インドネシアのスマトラ島やカリマンタンなどで発生した煙が、風向きによってマレーシアやシンガポールまで流れてきます。
空が少し白っぽくなる程度ではありません。
ひどくなると、遠くの建物が見えにくくなります。
そして、においます。
今のシンガポールを日本の人に説明するとしたら、
「街中が焚き火のにおい」
というのが一番分かりやすいかもしれません。
外に出ると、どこかで何かを燃やしているようなにおいがする。
でも、近所で焚き火をしているわけではありません。
国の外から煙が流れてきています。
2026年9月28日、シンガポール国家環境庁NEAは、南スマトラとカリマンタンの火災から発生した中程度から濃い煙霧が、シンガポールまで流れてきていると発表しました。
国土の小さなシンガポールでは、こうなると逃げ場がありません。
国全体が煙に包まれているように感じます。
学校が休みになったこともある
今回もかなりきついと感じますが、もっとひどいときもありました。
記憶に残っているのは2015年です。
2015年9月、ヘイズが悪化し、シンガポールでは小中学校などが一日休校になりました。
大気汚染指数PSIがHazardous、「危険」とされる300を超える水準に達したためです。
普段、自然災害については非常に安心感のあるシンガポールでも、これだけは自国だけでは解決できません。
風上で発生した煙は、国境を越えてやってきます。
治水をどれだけ整備しても、ヘイズは止められません。
クチンの州議会議事堂が見えない
そして今年9月1日、もう一つ驚いた光景がありました。
マレーシア・サラワク州のクチンです。
以前、このブログでもクチンについて書きました。
サラワク川沿いのウォーターフロントから対岸を見ると、独特の形をしたサラワク州議会議事堂が見えます。
クチンを象徴する景色の一つです。
ところが今回ニュースで見たクチンでは、その議事堂が霞んでいるどころか、煙でほとんど見えませんでした。
2026年9月1日午前8時、クチンのAPIは407。
APIは、マレーシアで使われている大気汚染指数です。
0〜50が「良好」。
51〜100が「普通」。
101〜200が「不健康」。
201〜300が「非常に不健康」。
そして300を超えると「危険」です。
407です。
「今日はちょっと空気が悪いですね」
という数字ではありません。
以前自分が歩いた街の景色が、煙で消えている。
ニュース映像を見て、かなり驚きました。
マレーシアを国全体の数字だけで見ると
マレーシアは、移住先として紹介されることの多い国です。
災害が比較的少ないことも、移住先として評価される理由の一つでしょう。
WorldRiskIndexでも37位。
インドネシア、日本、タイより低い位置にあります。
私自身、マレーシアには長く関わってきました。
だからこそ、数字だけでは分からないこともあります。
2006年末から2007年初めにかけて、ジョホール州で大規模な洪水がありました。
当時、私は仕事でジョホールへ行っていました。
ところが洪水でシンガポールへ戻れなくなりました。
予定外の宿泊です。
当時のジョホールでは、2006年12月から洪水が続き、2007年1月には避難者が10万人を超える規模になりました。
国境を一つ越えたシンガポールでは、水害を心配することがほとんどない。
でも仕事で出かけたジョホールでは、洪水によってシンガポールへ帰れなくなる。
そんな経験もしました。
そして今度はクチンのヘイズです。
「マレーシアは災害が少ない」
それ自体は、国際的な指標を見ても間違った方向ではありません。
でも、それだけで暮らしのリスクが全部分かるわけではありません。
本当はインドネシアに住みたかった
インドネシアは、移住先としてかなり長い間、私の中で上位にありました。
特にバリ島は大好きです。
それでも最後には、インドネシアへの移住を選びませんでした。
理由は一つではありません。
ただ、自然災害のリスクは無視できない条件でした。
WorldRiskIndex 2025で、インドネシアは世界3位。
日本よりも、タイよりも、かなり上です。
インドネシアは環太平洋火山帯、いわゆるRing of Fireに位置しています。
Ring of Fireとは、太平洋を取り囲むように火山や地震活動の活発な地域が連なる帯のことです。
地震があります。
津波があります。
火山があります。
大好きなバリ島にも、アグン山やバトゥール山があります。
そして火山の影響は、その島だけにとどまりません。
火山が噴火すると、バリ島の飛行機が飛ばなくなる
記憶に新しいところでは、2025年6月、フローレス島のレウォトビ・ラキラキ山が噴火しました。
バリ島の火山ではありません。
それでも巨大な噴煙が上がり、バリ島を発着する国際線を含む多数の便が欠航しました。
シンガポールとバリを結ぶ便も影響を受けました。
シンガポール航空やScootの便も欠航しています。
移住生活では、
「自宅が災害に遭うか」
だけが問題ではありません。
飛行機が飛ぶのか。
島から出られるのか。
家族のところへ行けるのか。
仕事の予定を維持できるのか。
そういうことも生活の一部です。
今度はジャカルタの空港が止まった
そして、この記事を書いているほんの数週間前にもありました。
2026年9月上旬。
今度はアナク・クラカタウ火山が噴火しました。
火山灰の影響で、ジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港を含む8空港の航空便に影響が出ました。
ジャカルタの主要空港では一時、運航が停止されました。
9月7日午前の時点で、約2,300便、27万人以上の乗客が影響を受けました。
ジャカルタに火山があるわけではありません。
それでも火山灰は、遠く離れた大都市の空港まで止めます。
バリ島の例も同じです。
自分が住んでいる場所に火山がなければいい、という話ではありません。
火山が噴火したとき、その影響が航空網にどう広がるのか。
移住して国をまたいで生活する人間にとっては、それも生活上のリスクです。
Seventeenというバンドのこと
アナク・クラカタウと聞くと、今でも思い出す出来事があります。
インドネシアのバンド、Seventeenです。
2018年12月22日。
Seventeenはジャワ島西部のタンジュン・レスンで、海沿いのステージに立っていました。
演奏中、突然、津波がステージを襲いました。
原因となったのは、アナク・クラカタウ火山の活動に伴う山体崩壊でした。
地震による津波ではありません。
火山活動から津波が起きたのです。
400人以上が亡くなりました。
Seventeenのメンバーやスタッフも亡くなりました。
ボーカルのIfanは生還しましたが、妻のDylan Saharaも亡くなりました。
好きな国で起きた出来事だったからこそ、強く記憶に残っています。
「自然災害のリスク」という言葉だけでは、こういう記憶までは数字になりません。
2004年のスマトラ島沖地震
先ほど触れた2004年のスマトラ島沖地震のことです。
マグニチュード9.1。
巨大地震によってインド洋に大津波が発生しました。
当時、私はすでにシンガポールに住んでいました。
シンガポール自体に大きな被害はありませんでした。
しかし、これほど近い地域で巨大地震が起き、インド洋沿岸に大津波が押し寄せました。
そしてタイでは、プーケットをはじめとするアンダマン海沿岸が直接、大津波に襲われました。
忘れている人もいるかもしれません。
でも、私はあのときの映像を強烈に覚えています。
プーケットという地名を聞くと、今でもどこかで、
「津波」
という言葉が頭に浮かびます。
プーケットは世界的なリゾートです。
美しい海があります。
日本人にも人気があります。
でも私の中では、2004年以降、
「プーケット=津波」
という印象が強く残ってしまいました。
これは統計ではありません。
私自身の記憶です。
当時、シンガポールでもこの巨大地震による揺れを感じた人がいました。
それでもシンガポールでは大きな被害にはつながらなかった。
一方、地理的にはそう遠くないプーケットでは、大津波によって甚大な被害が出た。
東南アジアの中でも、場所によって災害リスクがまったく違う。
そのことを強烈に意識した出来事でもありました。
その後、自分がプーケットを移住候補として見に行った
それからずっと後になって、私はプーケットを移住候補として実際に見に行きました。
2004年の津波を知っているだけではなく、
「ここに自分が住むとしたらどうなのか」
という目でプーケットを見ることになりました。
そのとき、不動産エージェントとも津波の話をしました。
彼は、
「次にいつ起きるかを考えれば、リスクは低いのではないか。僕自身は気にしない」
という考えでした。
それも一つの考え方だと思います。
でも、私は気になりました。
同じリスクを前にしても、気になる人と、気にならない人がいる。
発生確率だけを見れば低いと判断できるリスクでも、
「そこで毎日暮らす」
と考えたときに自分がどう感じるかは別です。
もちろん、津波だけでプーケットを判断したわけではありません。
実際に行けば、魅力もたくさんあります。
プーケットについては、それだけで一本書けるので、詳しくは別の記事にしようと思っています。
ただ、自然災害という点で、もう一つ忘れられないことがあります。
そのとき行こうと思った場所の一つが、プーケット南部の丘の上に立つ巨大な仏像、Big Buddhaです。
ところが、視察した当時は入れませんでした。
2024年8月、Big BuddhaのあるNakkerd Hill周辺で大雨による大規模な地滑りが起きていました。
13人が亡くなり、200世帯以上が影響を受けた災害です。
その影響で、Big Buddha周辺は閉鎖されていました。
Big Buddhaはその後、2026年3月3日に再開しています。
観光地として有名な場所へ行こうとしただけなのに、そこでも自然災害の痕跡に出会いました。
2004年の津波。
そして大雨による地滑り。
もちろん、それだけがプーケットを選ばなかった理由ではありません。
プーケットにはほかにも、私が最終的に移住先として選ばなかった理由があります。
そこは別の記事で改めて書きます。
ただ、移住先を考えるときに自然災害を気にしていた私にとって、こうした経験が判断材料にならなかったわけではありません。
チェンマイも考えた
チェンマイも、タイの移住先として非常に人気があります。
生活費。
医療。
食事。
外国人コミュニティ。
魅力はいろいろあります。
一方で、私が移住先を考えるうえでは、洪水とヘイズが気になりました。
チェンマイでは洪水のニュースを何度も目にしています。
特に2024年秋には、チェンマイ市内を流れるピン川(Ping River)が氾濫し、市街地が大規模な洪水に見舞われました。
観光客にもよく知られるナイトバザール周辺なども浸水しました。
さらに北部タイでは、乾季になると大気汚染が深刻になる時期があります。
森林火災や農地での焼却などから出る煙が、盆地という地形の中に滞留し、深刻なヘイズになることがあります。
ここでも、
「タイという国はどうか」
だけでは足りません。
タイのどこに住むのか。
そこまで下りて考える必要があります。
では、ホアヒンならどうか
タイの中でも、自然災害のリスクは街によってかなり違います。
プーケットなら、津波や大雨による地滑り。
チェンマイなら、洪水とヘイズ。
バンコクなら、洪水と、それによって道路や空港へのアクセスまで影響を受ける可能性。
では、ホアヒンならどうか。
バンコクへの距離。
医療。
生活費。
街の大きさ。
海。
外国人が暮らしやすい環境。
移住先を考えるときは、こうした生活条件と自然災害のリスクを重ねて見ていくことになります。
ホアヒンも洪水のリスクがないわけではありません。
地震についても、リスクがゼロというわけではありません。
ただ、インドネシアのように地震や津波、火山を強く意識する地域や、チェンマイのように洪水とヘイズが気になる地域とは、リスクの種類が違います。
ホアヒンは雨が比較的少ないのか
ホアヒンについて調べていて気になったのが、雨の量でした。
タイ気象局の資料でも、ペッチャブリーからプラチュアップキリカンにかけては、タイ国内でも比較的降水量が少ない地域として説明されています。
ホアヒンはプラチュアップキリカン県にあります。
もちろん、雨が降らないわけではありません。
激しい雨の日もあります。
洪水が起きないわけでもありません。
それでも、タイ国内の移住先を比較するとき、この地域の気候は一つの判断材料になります。
日本だって安全ではない
ここまで書くと、
「では日本へ戻ればいいのでは」
と思うかもしれません。
ところがWorldRiskIndexでは、日本は17位です。
かなり上位です。
考えてみれば不思議ではありません。
地震。
津波。
台風。
豪雨。
土砂災害。
日本で暮らしていれば、どれも身近な言葉です。
そして今年、2026年も、水害のニュースを何度も目にしました。
特に8月13日から14日にかけて千葉県を中心に降った雨は、気象庁が「令和8年8月千葉豪雨」と命名する規模になりました。
複数の地点で、1時間降水量や3時間降水量などが観測史上1位を更新しました。
2日間の総降水量が300ミリを超えた地点もあり、平年の8月一か月分の3倍以上の雨が降った場所もありました。
成田空港周辺でも交通が寸断され、多くの人が空港に足止めされました。
千葉県では浸水や土砂災害も発生しました。
今年だけを見ても、
「日本なら水害の心配は少ない」
とはとても言えません。
「海外は災害が怖いから日本へ帰れば安心」
というほど単純な話でもありません。
どこに住んでも、何らかのリスクはあります。
問題は、そのリスクをどう見るかです。
国のランキングだけでは分からない
こうして並べてみると、WorldRiskIndexは面白い指標です。
でも、それだけを見て移住先を決めることはできません。
シンガポールは188位。
世界でも自然災害リスクが非常に低い国です。
25年間暮らした実感としても、その安心感は圧倒的でした。
台風を心配した記憶もない。
地震を心配した記憶もほとんどない。
豪雨はあっても、水害を日常的に心配した記憶もほとんどない。
Flash Floodはあります。
オーチャード・ロードが池のようになったこともあります。
住んでいたコンドミニアムに大量の雨水が流れ込んだこともあります。
それでも、水害を恐れながら暮らしてきたわけではありません。
ところが、ヘイズは来ます。
しかも国土が小さいため、ひどくなれば国内で逃げる場所もほとんどありません。
マレーシアは37位。
移住先として「災害が比較的少ない」と評価されることもあります。
でも私はジョホールへ仕事で行き、洪水でシンガポールへ帰れなくなり、予定外の宿泊をしたことがあります。
そして今年のクチンではAPI 407という危険なヘイズが発生しました。
インドネシアは3位。
大好きな国ですが、地震、津波、火山というリスクがあります。
バリ島自体が被災しなくても、遠くの火山噴火で飛行機が止まります。
ジャカルタでも同じことが起きました。
そして私は、2004年のスマトラ島沖地震とインド洋大津波を、シンガポールに住みながら見ています。
プーケットが津波に襲われた映像は、今でも強烈に残っています。
だから私の中では、今でもどこかに、
「プーケット=津波」
という印象があります。
日本は17位。
今年も大きな水害が起きています。
タイは24位。
それでも私はタイを選びました。
だからこそ、タイという国だけではなく、プーケット、バンコク、チェンマイ、ホアヒンと、街ごとに条件を見るようになりました。
国から、地域へ。地域から、街へ
考えてみれば、私がやっていたのは、
国を見る。
地域を見る。
街を見る。
ということだったのだと思います。
国全体ではリスクが高くても、地域によって違う。
同じ地域でも、街によって違う。
同じ街の中でも、立地条件によってリスクは違います。
そして自然災害そのものだけではありません。
災害が起きたとき、道路は使えるのか。
空港は動くのか。
国外へ出られるのか。
家族のところへ行けるのか。
医療機関へ行けるのか。
仕事を続けられるのか。
ジョホールで洪水に遭い、シンガポールへ帰れなかった。
バリ島から遠く離れた火山の噴火で、バリ発着便が止まった。
アナク・クラカタウの噴火で、ジャカルタの空港まで影響を受けた。
今のバンコクでは、洪水によって空港そのものが閉鎖されなくても、タイ国際航空の地上スタッフが出勤できず、さらに手荷物運搬用カートの不具合も重なって、手荷物処理が混乱している。
そう考えると、「災害リスク」は単なる地震や洪水の発生確率ではなくなります。
暮らしそのものの話になります。
災害のない場所を探すのではなく
自然災害のリスクをゼロにすることはできません。
世界でも自然災害リスクの低い国の一つであるシンガポールにいても、今日の私はヘイズの中にいます。
窓の外を見ると、マリーナベイ・サンズが霞んでいます。
外へ出れば、街は焚き火のようなにおいです。
そしてスマートフォンを見ると、これから戻るタイではバンコクの洪水のニュースが流れています。
「ちゃんとタイに戻れるかな」
と思います。
それでも、私はタイへ戻ります。
移住先を選ぶとき、自然災害のリスクは調べておいた方がいい。
でも、だからといって、自然災害リスクの低い場所を選ぶことが、すべての人にとって正解だとは思いません。
私にとっては、自然災害はかなり優先順位の高い条件でした。
でも、仕事や家族、教育、医療、生活費、あるいは「どうしてもこの街で暮らしたい」という気持ちが、それより上に来る人もいるでしょう。
それなら、それもその人の生活設計です。
大切なのは、まずその場所にどんなリスクがあるのかを知ること。
避けられるリスクなら、できるだけ避けること。
そして、ほかの生活条件と並べたときに、自分にとって自然災害リスクの優先順位がどのくらいなのかを整理することだと思います。
そのうえで、もう一つ確認しておきたいことがあります。
そのリスクを抱えながら、自分はストレスなく暮らせるのか。
プーケットを視察したとき、不動産エージェントと津波の話をしました。
彼は、
「次にいつ起きるかを考えれば、リスクは低いのではないか。僕は気にしない」
という考えでした。
でも、私は気になりました。
同じ場所を見て、同じリスクを知っていても、受け止め方は違います。
発生する確率が低いなら気にならない人もいる。
確率が低くても、その可能性を考えながら暮らすこと自体がストレスになる人もいる。
どちらが正しいという話ではありません。
だから、まず感情をいったん横に置いて、その場所にどんなリスクがあるのかを調べる。
ほかの生活条件と並べて、自分にとっての優先順位を整理する。
そして最後に、もう一度感情を戻してみる。
このリスクがある場所で、自分は幸せに暮らせるだろうか。
自然災害リスクはゼロにはできません。
でも、どんなリスクがあるのかを事前に知り、避けられるものは避けることはできます。
そして残ったリスクについては、ほかの生活条件との優先順位と、自分自身が感じるストレスの両方から考える。
移住先を選ぶときに必要なのは、「災害の少ない場所」を探すことではなく、そのリスクも含めて、自分が納得して暮らせる場所なのかを整理することなのだと思います。
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参考資料・公式情報
・WorldRiskReport 2025 / WorldRiskIndex
・Singapore National Environment Agency(NEA)— Haze Situation Update, 28 September 2026
・Singapore Building and Construction Authority(BCA)— Precautions to take during earth tremors
・BCA — Seismic Consideration / BC3:2013
・Studio Libeskind — Reflections at Keppel Bay
・Housing & Development Board(HDB)— The Pinnacle@Duxton
・National Library Board Singapore — 2015 Haze web archive
・Malaysia Air Pollutant Index Management System(APIMS)
・Johor 2006–2007 floods — Flood Impact data
・Singapore Airlines — Mount Lewotobi Laki-laki eruption flight advisory
・インドネシア運輸省 — 2026年9月 Anak Krakatau噴火による航空便への影響
・BMKG — 2018 Sunda Strait tsunami / Anak Krakatau
・USGS — 2004 M9.1 Sumatra-Andaman earthquake and tsunami
・Thailand PRD — Phuket / Karon landslide, August 2024
・Thai News Agency — Chiang Mai 2024 flood
・Thai Meteorological Department — Hua Hin climatological data 1991–2020
・気象庁 — 令和8年8月千葉豪雨
・共同通信 — 千葉豪雨による成田空港の交通混乱
・The Nation Thailand — Suvarnabhumi Airport / Thai Airways baggage delays, September 2026


