マリーナベイ・サンズが霞んでいます。

シンガポールの街を歩いていると、焚き火のようなにおいがします。

久しぶりのヘイズです。

 

ヘイズに覆われたシンガポール。2026年9月29日午後、カラン付近で撮影。

 

私はシンガポールに25年ほど住んできましたが、今回のヘイズは、その中でもかなりきつい方だと感じます。

そして今、私のもう一つの拠点であるタイでは、バンコクが洪水に見舞われています。

スワンナプーム空港も混乱しています。

空港そのものが閉鎖されたわけではありません。

大雨と洪水の影響でタイ国際航空の地上スタッフの一部が出勤できず、さらに手荷物運搬用カートの一部に不具合が重なり、手荷物の仕分けや受け取りなどに大きな遅れが出ました。

私はいまシンガポールにいます。

「ちゃんとタイに戻れるのかな」

そんなことを考えながら、ふと思いました。

実は私が移住先を決めるとき、自然災害のリスクは、かなり優先順位の高い条件でした。

世界で見ると、どこが危ないのか

自然災害リスクを国ごとに比較した指標に、WorldRiskIndexがあります。

単純に「地震が多い」「洪水が多い」というだけのランキングではありません。

地震、津波、洪水、サイクロンなどの自然災害への曝露だけではなく、社会の脆弱性や、災害が起きたときに対処する能力なども組み合わせて評価する指標です。

WorldRiskReport 2025に掲載されているWorldRiskIndexを見ると、

インドネシア 3位
日本 17位
タイ 24位
マレーシア 37位

となっています。

順位が上であるほど、リスクが高いという意味です。

そしてシンガポールは188位。

193か国の中でも、自然災害リスクが極めて低い国です。

25年ほど住んだ実感としても、これはよく分かります。

25年間、自然災害を心配した記憶がほとんどない

シンガポールで台風を心配した記憶はありません。

地震を心配した記憶も、ほとんどありません。

2004年12月26日、スマトラ島沖でマグニチュード9.1の巨大地震が起きました。

あのスマトラ島沖地震です。

インド洋沿岸に巨大な津波を引き起こし、タイではプーケットをはじめ、アンダマン海沿岸が甚大な被害を受けました。

当時、私はすでにシンガポールに住んでいました。

当時テレビで見た津波の映像は、今でも強烈に記憶に残っています。

広い地域が一瞬にして津波に襲われ、甚大な被害が出る。その衝撃は、後の東日本大震災で津波の映像を見たときにも重なるものがありました。

この巨大地震では、シンガポールでも揺れを感じた人がいました。

ただ、私自身の25年間を振り返っても、

「地震が来たらどうしよう」

と考えながら暮らした記憶は、ほとんどありません。

豪雨はあります。

南国ですから、驚くような雨が一気に降ることもあります。

Flash Floodと呼ばれる局地的な洪水もあります。

それでも、雨が降るたびに、

「家は大丈夫だろうか」

「この街は浸水しないだろうか」

と心配しながら暮らした記憶は、私にはほとんどありません。

シンガポールの治水に対する安心感は、それくらい大きいものでした。

オーチャード・ロードが池になった日

もちろん、印象に残っている洪水はあります。

2010年6月、オーチャード・ロードがFlash Floodに見舞われたときです。

道路より低くなっている商業施設の一角に水がたまり、まるで池のようになっていました。

あの光景は今でも覚えています。

シンガポールの中心部。

しかもオーチャード・ロードです。

「ここが水に浸かるのか」

と驚きました。

災害が起きない国というわけではありません。

Flash Floodを完全になくすこともできません。

それでも、25年間暮らしてきて、水害を怖がりながら生活したことはほとんどない。

都市のインフラも含めて、自然災害に対する安心感は非常に大きな国でした。

コンドミニアムに大量の雨水が流れ込んだことはある

そういえば、一度だけ、大雨で住んでいたコンドミニアムに大量の雨水が流れ込んで、大変だったことがあります。

ただ、あれはシンガポール全体の治水というより、コンドミニアムの構造の問題だったと思っています。

海外で長く暮らしていると、日本とは仕事の進め方が違うと感じることがあります。

まず動かす。

スピードを優先する。

その分、日本人の感覚からすると、

「ここ、もう少し考えて作っておけばよかったのでは」

と思うこともあります。

あの一件は、自然災害というより、そちらの話だったと思っています。

地震がないからこその建物?

建物の話でいうと、シンガポールには、日本で育った私から見ると、

「これ、地震が来たらどうなるんだろう」

と思う建物が結構あります。

建物の下の部分が大きく空いている。

中は筒抜けになっている。

風がそのまま通り抜ける。

巨大な高層住宅を、地上部分では細い柱だけで支えているように見える建物もあります。

シンガポールを歩いていると、こういう建物は決して珍しくありません。

HDBでは「void deck」と呼ばれる、地上階を開放した空間も昔から一般的です。

それでも日本人の目で見ると、

「この細い柱の上に何十階も載っているのか」

と思ってしまう建物があります。

Reflections at Keppel Bay

その極端な例の一つが、Reflections at Keppel Bayかもしれません。

シンガポールでは有名な高級コンドミニアムです。

建築家Daniel Libeskindが設計した住宅群で、6本の高層タワーと11棟の低層住宅からなります。

高層タワーは24階から41階。

まっすぐ上に伸びているようには見えません。

建物そのものが、うねるように曲がっています。

上の階へ行くほど、建物が傾いているようにも見えます。

実際、設計者のStudio Libeskind自身が「undulating towers」と表現しています。

さらに、上下の階が完全に同じ位置関係になることがないように設計されています。

初めて見ると、

「これ、本当に大丈夫なのか」

と思うような形です。

私は以前から、この建物を見るたびに、

「日本のような地震国でも、こんな建物を造るのだろうか」

と思っていました。

さらに、複数の高層棟の間を、途中の階で大きな構造物が横につないでいるように見える部分もあります。

下から見上げると、かなり大胆な構造です。

The Pinnacle@Duxton

Outram Park周辺にも、強烈な存在感のあるHDB(シンガポールの公共住宅)があります。

The Pinnacle@Duxtonです。

50階建ての7棟からなり、その7棟が26階と50階のskybridgeでつながっています。

空中で高層住宅同士をつないでしまう。

こちらも、日本で地震を見ながら育った人間の目には、

「すごいものを造るな」

と思わせる建物です。

しかも地上部分を見ると、巨大な建物の下が開放され、細い柱で支えられているように見える部分があります。

Reflections at Keppel Bayとはデザインも構造も違います。

それでも、

「日本だったら、こういう発想で高層住宅を造るのだろうか」

と感じる点では似ています。

ところが、シンガポールにも耐震基準はある

ここまで見た目の話だけをすると、

「シンガポールの建物は地震を考えていないのではないか」

と思ってしまいます。

でも調べてみると、そうではありませんでした。

Reflections at Keppel Bayは、シンガポールの建築行政を担うBCA(Building and Construction Authority/建築建設庁)のDesign & Engineering Safety Excellence AwardsでMeritを受賞しています。

The Pinnacle@Duxtonも、シンガポールを代表する公共住宅建築の一つです。

そして、シンガポールの建物が、

「地震をまったく考えていない」

というわけでもありません。

シンガポールは地震帯の外にあります。

BCAも、シンガポールは地震帯の外に位置すると説明しています。

その一方で、スマトラなどで発生した大地震の揺れが、遠くシンガポールまで伝わってくることがあります。

そのためシンガポールにも、そうした遠方地震による揺れを考慮した建築設計の基準があります。

BCAも、シンガポールの建物は遠方の地震による揺れを考慮して設計されていると説明しています。

なお、The Pinnacle@Duxtonは2009年、Reflections at Keppel Bayは2011年に完成しており、現在シンガポールで使われている耐震設計の基準が導入される前の建物です。

ここで述べているのは、現在のシンガポールの建築設計では、遠方地震による揺れも考慮されているということです。

ただし、日本やインドネシアとは「耐震」の前提が違う

ここで私が気になったのは、

「では、シンガポールで『耐震』とされる建物は、日本やインドネシアでも同じように耐震なのだろうか」

ということでした。

そう単純ではありません。

耐震という言葉は、その土地でどの程度の地震動を想定し、それに対してどのような設計基準を設定しているかによって意味が変わります。

シンガポールは、そもそも地震活動が非常に低い地域です。

日本のように国内やそのすぐ近くで大地震が起きることを前提にした国でもなければ、インドネシアのように複数のプレートが接する地域にある国でもありません。

主に想定されているのは、スマトラなど遠方で発生した大地震から伝わってくる揺れです。

ですから、

「シンガポールは地震対策ゼロ」

というのは正しくありません。

一方で、

「シンガポールで耐震基準を満たしているから、日本やインドネシアで想定されるような強い地震動に対しても同じ意味で耐震である」

とも言えません。

そもそも設計の前提となる地震環境が違います。

日本で地震を見ながら育った私が、Reflections at Keppel BayやThe Pinnacle@Duxtonを見て、

「大きな地震が来たらどうなるんだろう」

と思ったことと、

シンガポールの環境の中では安全性を考えて設計されていること。

この二つは、必ずしも矛盾しないということです。

少なくとも私は25年間、こうした建物を見ながら暮らしてきて、地震を心配したことはほとんどありませんでした。

それくらい、地震という災害が日常生活から遠い国だったということです。

でも、ヘイズだけは別

自然災害への安心感が非常に大きいシンガポールですが、一つだけ、

「これは勘弁してほしい」

と思うものがあります。

ヘイズです。

東南アジアに住んだことがなければ、「ヘイズ」という言葉自体、聞き慣れないかもしれません。

簡単にいえば、森林や泥炭地などの火災によって発生した大量の煙が、風に乗って広い地域を覆う現象です。

国境も関係ありません。

インドネシアのスマトラ島やカリマンタンなどで発生した煙が、風向きによってマレーシアやシンガポールまで流れてきます。

空が少し白っぽくなる程度ではありません。

ひどくなると、遠くの建物が見えにくくなります。

そして、においます。

今のシンガポールを日本の人に説明するとしたら、

「街中が焚き火のにおい」

というのが一番分かりやすいかもしれません。

外に出ると、どこかで何かを燃やしているようなにおいがする。

でも、近所で焚き火をしているわけではありません。

国の外から煙が流れてきています。

2026年9月28日、シンガポール国家環境庁NEAは、南スマトラとカリマンタンの火災から発生した中程度から濃い煙霧が、シンガポールまで流れてきていると発表しました。

国土の小さなシンガポールでは、こうなると逃げ場がありません。

国全体が煙に包まれているように感じます。

学校が休みになったこともある

今回もかなりきついと感じますが、もっとひどいときもありました。

記憶に残っているのは2015年です。

2015年9月、ヘイズが悪化し、シンガポールでは小中学校などが一日休校になりました。

大気汚染指数PSIがHazardous、「危険」とされる300を超える水準に達したためです。

普段、自然災害については非常に安心感のあるシンガポールでも、これだけは自国だけでは解決できません。

風上で発生した煙は、国境を越えてやってきます。

治水をどれだけ整備しても、ヘイズは止められません。

クチンの州議会議事堂が見えない

そして今年9月1日、もう一つ驚いた光景がありました。

マレーシア・サラワク州のクチンです。

以前、このブログでもクチンについて書きました。

サラワク川沿いのウォーターフロントから対岸を見ると、独特の形をしたサラワク州議会議事堂が見えます。

クチンを象徴する景色の一つです。

ところが今回ニュースで見たクチンでは、その議事堂が霞んでいるどころか、煙でほとんど見えませんでした。

2026年9月1日午前8時、クチンのAPIは407。

APIは、マレーシアで使われている大気汚染指数です。

0〜50が「良好」。

51〜100が「普通」。

101〜200が「不健康」。

201〜300が「非常に不健康」。

そして300を超えると「危険」です。

407です。

「今日はちょっと空気が悪いですね」

という数字ではありません。

以前自分が歩いた街の景色が、煙で消えている。

ニュース映像を見て、かなり驚きました。

マレーシアを国全体の数字だけで見ると

マレーシアは、移住先として紹介されることの多い国です。

災害が比較的少ないことも、移住先として評価される理由の一つでしょう。

WorldRiskIndexでも37位。

インドネシア、日本、タイより低い位置にあります。

私自身、マレーシアには長く関わってきました。

だからこそ、数字だけでは分からないこともあります。

2006年末から2007年初めにかけて、ジョホール州で大規模な洪水がありました。

当時、私は仕事でジョホールへ行っていました。

ところが洪水でシンガポールへ戻れなくなりました。

予定外の宿泊です。

当時のジョホールでは、2006年12月から洪水が続き、2007年1月には避難者が10万人を超える規模になりました。

国境を一つ越えたシンガポールでは、水害を心配することがほとんどない。

でも仕事で出かけたジョホールでは、洪水によってシンガポールへ帰れなくなる。

そんな経験もしました。

そして今度はクチンのヘイズです。

「マレーシアは災害が少ない」

それ自体は、国際的な指標を見ても間違った方向ではありません。

でも、それだけで暮らしのリスクが全部分かるわけではありません。

本当はインドネシアに住みたかった

インドネシアは、移住先としてかなり長い間、私の中で上位にありました。

特にバリ島は大好きです。

それでも最後には、インドネシアへの移住を選びませんでした。

理由は一つではありません。

ただ、自然災害のリスクは無視できない条件でした。

WorldRiskIndex 2025で、インドネシアは世界3位。

日本よりも、タイよりも、かなり上です。

インドネシアは環太平洋火山帯、いわゆるRing of Fireに位置しています。

Ring of Fireとは、太平洋を取り囲むように火山や地震活動の活発な地域が連なる帯のことです。

地震があります。

津波があります。

火山があります。

大好きなバリ島にも、アグン山やバトゥール山があります。

そして火山の影響は、その島だけにとどまりません。

火山が噴火すると、バリ島の飛行機が飛ばなくなる

記憶に新しいところでは、2025年6月、フローレス島のレウォトビ・ラキラキ山が噴火しました。

バリ島の火山ではありません。

それでも巨大な噴煙が上がり、バリ島を発着する国際線を含む多数の便が欠航しました。

シンガポールとバリを結ぶ便も影響を受けました。

シンガポール航空やScootの便も欠航しています。

移住生活では、

「自宅が災害に遭うか」

だけが問題ではありません。

飛行機が飛ぶのか。

島から出られるのか。

家族のところへ行けるのか。

仕事の予定を維持できるのか。

そういうことも生活の一部です。

今度はジャカルタの空港が止まった

そして、この記事を書いているほんの数週間前にもありました。

2026年9月上旬。

今度はアナク・クラカタウ火山が噴火しました。

火山灰の影響で、ジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港を含む8空港の航空便に影響が出ました。

ジャカルタの主要空港では一時、運航が停止されました。

9月7日午前の時点で、約2,300便、27万人以上の乗客が影響を受けました。

ジャカルタに火山があるわけではありません。

それでも火山灰は、遠く離れた大都市の空港まで止めます。

バリ島の例も同じです。

自分が住んでいる場所に火山がなければいい、という話ではありません。

火山が噴火したとき、その影響が航空網にどう広がるのか。

移住して国をまたいで生活する人間にとっては、それも生活上のリスクです。

Seventeenというバンドのこと

アナク・クラカタウと聞くと、今でも思い出す出来事があります。

インドネシアのバンド、Seventeenです。

2018年12月22日。

Seventeenはジャワ島西部のタンジュン・レスンで、海沿いのステージに立っていました。

演奏中、突然、津波がステージを襲いました。

原因となったのは、アナク・クラカタウ火山の活動に伴う山体崩壊でした。

地震による津波ではありません。

火山活動から津波が起きたのです。

400人以上が亡くなりました。

Seventeenのメンバーやスタッフも亡くなりました。

ボーカルのIfanは生還しましたが、妻のDylan Saharaも亡くなりました。

好きな国で起きた出来事だったからこそ、強く記憶に残っています。

「自然災害のリスク」という言葉だけでは、こういう記憶までは数字になりません。

2004年のスマトラ島沖地震

先ほど触れた2004年のスマトラ島沖地震のことです。

マグニチュード9.1。

巨大地震によってインド洋に大津波が発生しました。

当時、私はすでにシンガポールに住んでいました。

シンガポール自体に大きな被害はありませんでした。

しかし、これほど近い地域で巨大地震が起き、インド洋沿岸に大津波が押し寄せました。

そしてタイでは、プーケットをはじめとするアンダマン海沿岸が直接、大津波に襲われました。

忘れている人もいるかもしれません。

でも、私はあのときの映像を強烈に覚えています。

プーケットという地名を聞くと、今でもどこかで、

「津波」

という言葉が頭に浮かびます。

プーケットは世界的なリゾートです。

美しい海があります。

日本人にも人気があります。

でも私の中では、2004年以降、

「プーケット=津波」

という印象が強く残ってしまいました。

これは統計ではありません。

私自身の記憶です。

当時、シンガポールでもこの巨大地震による揺れを感じた人がいました。

それでもシンガポールでは大きな被害にはつながらなかった。

一方、地理的にはそう遠くないプーケットでは、大津波によって甚大な被害が出た。

東南アジアの中でも、場所によって災害リスクがまったく違う。

そのことを強烈に意識した出来事でもありました。

その後、自分がプーケットを移住候補として見に行った

それからずっと後になって、私はプーケットを移住候補として実際に見に行きました。

2004年の津波を知っているだけではなく、

「ここに自分が住むとしたらどうなのか」

という目でプーケットを見ることになりました。

そのとき、不動産エージェントとも津波の話をしました。

彼は、

「次にいつ起きるかを考えれば、リスクは低いのではないか。僕自身は気にしない」

という考えでした。

それも一つの考え方だと思います。

でも、私は気になりました。

同じリスクを前にしても、気になる人と、気にならない人がいる。

発生確率だけを見れば低いと判断できるリスクでも、

「そこで毎日暮らす」

と考えたときに自分がどう感じるかは別です。

もちろん、津波だけでプーケットを判断したわけではありません。

実際に行けば、魅力もたくさんあります。

プーケットについては、それだけで一本書けるので、詳しくは別の記事にしようと思っています。

ただ、自然災害という点で、もう一つ忘れられないことがあります。

そのとき行こうと思った場所の一つが、プーケット南部の丘の上に立つ巨大な仏像、Big Buddhaです。

ところが、視察した当時は入れませんでした。

2024年8月、Big BuddhaのあるNakkerd Hill周辺で大雨による大規模な地滑りが起きていました。

13人が亡くなり、200世帯以上が影響を受けた災害です。

その影響で、Big Buddha周辺は閉鎖されていました。

Big Buddhaはその後、2026年3月3日に再開しています。

観光地として有名な場所へ行こうとしただけなのに、そこでも自然災害の痕跡に出会いました。

2004年の津波。

そして大雨による地滑り。

もちろん、それだけがプーケットを選ばなかった理由ではありません。

プーケットにはほかにも、私が最終的に移住先として選ばなかった理由があります。

そこは別の記事で改めて書きます。

ただ、移住先を考えるときに自然災害を気にしていた私にとって、こうした経験が判断材料にならなかったわけではありません。

チェンマイも考えた

チェンマイも、タイの移住先として非常に人気があります。

生活費。

医療。

食事。

外国人コミュニティ。

魅力はいろいろあります。

一方で、私が移住先を考えるうえでは、洪水とヘイズが気になりました。

チェンマイでは洪水のニュースを何度も目にしています。

特に2024年秋には、チェンマイ市内を流れるピン川(Ping River)が氾濫し、市街地が大規模な洪水に見舞われました。

観光客にもよく知られるナイトバザール周辺なども浸水しました。

さらに北部タイでは、乾季になると大気汚染が深刻になる時期があります。

森林火災や農地での焼却などから出る煙が、盆地という地形の中に滞留し、深刻なヘイズになることがあります。

ここでも、

「タイという国はどうか」

だけでは足りません。

タイのどこに住むのか。

そこまで下りて考える必要があります。

では、ホアヒンならどうか

タイの中でも、自然災害のリスクは街によってかなり違います。

プーケットなら、津波や大雨による地滑り。

チェンマイなら、洪水とヘイズ。

バンコクなら、洪水と、それによって道路や空港へのアクセスまで影響を受ける可能性。

では、ホアヒンならどうか。

バンコクへの距離。

医療。

生活費。

街の大きさ。

海。

外国人が暮らしやすい環境。

移住先を考えるときは、こうした生活条件と自然災害のリスクを重ねて見ていくことになります。

ホアヒンも洪水のリスクがないわけではありません。

地震についても、リスクがゼロというわけではありません。

ただ、インドネシアのように地震や津波、火山を強く意識する地域や、チェンマイのように洪水とヘイズが気になる地域とは、リスクの種類が違います。

ホアヒンは雨が比較的少ないのか

ホアヒンについて調べていて気になったのが、雨の量でした。

タイ気象局の資料でも、ペッチャブリーからプラチュアップキリカンにかけては、タイ国内でも比較的降水量が少ない地域として説明されています。

ホアヒンはプラチュアップキリカン県にあります。

もちろん、雨が降らないわけではありません。

激しい雨の日もあります。

洪水が起きないわけでもありません。

それでも、タイ国内の移住先を比較するとき、この地域の気候は一つの判断材料になります。

日本だって安全ではない

ここまで書くと、

「では日本へ戻ればいいのでは」

と思うかもしれません。

ところがWorldRiskIndexでは、日本は17位です。

かなり上位です。

考えてみれば不思議ではありません。

地震。

津波。

台風。

豪雨。

土砂災害。

日本で暮らしていれば、どれも身近な言葉です。

そして今年、2026年も、水害のニュースを何度も目にしました。

特に8月13日から14日にかけて千葉県を中心に降った雨は、気象庁が「令和8年8月千葉豪雨」と命名する規模になりました。

複数の地点で、1時間降水量や3時間降水量などが観測史上1位を更新しました。

2日間の総降水量が300ミリを超えた地点もあり、平年の8月一か月分の3倍以上の雨が降った場所もありました。

成田空港周辺でも交通が寸断され、多くの人が空港に足止めされました。

千葉県では浸水や土砂災害も発生しました。

今年だけを見ても、

「日本なら水害の心配は少ない」

とはとても言えません。

「海外は災害が怖いから日本へ帰れば安心」

というほど単純な話でもありません。

どこに住んでも、何らかのリスクはあります。

問題は、そのリスクをどう見るかです。

国のランキングだけでは分からない

こうして並べてみると、WorldRiskIndexは面白い指標です。

でも、それだけを見て移住先を決めることはできません。

シンガポールは188位。

世界でも自然災害リスクが非常に低い国です。

25年間暮らした実感としても、その安心感は圧倒的でした。

台風を心配した記憶もない。

地震を心配した記憶もほとんどない。

豪雨はあっても、水害を日常的に心配した記憶もほとんどない。

Flash Floodはあります。

オーチャード・ロードが池のようになったこともあります。

住んでいたコンドミニアムに大量の雨水が流れ込んだこともあります。

それでも、水害を恐れながら暮らしてきたわけではありません。

ところが、ヘイズは来ます。

しかも国土が小さいため、ひどくなれば国内で逃げる場所もほとんどありません。

マレーシアは37位。

移住先として「災害が比較的少ない」と評価されることもあります。

でも私はジョホールへ仕事で行き、洪水でシンガポールへ帰れなくなり、予定外の宿泊をしたことがあります。

そして今年のクチンではAPI 407という危険なヘイズが発生しました。

インドネシアは3位。

大好きな国ですが、地震、津波、火山というリスクがあります。

バリ島自体が被災しなくても、遠くの火山噴火で飛行機が止まります。

ジャカルタでも同じことが起きました。

そして私は、2004年のスマトラ島沖地震とインド洋大津波を、シンガポールに住みながら見ています。

プーケットが津波に襲われた映像は、今でも強烈に残っています。

だから私の中では、今でもどこかに、

「プーケット=津波」

という印象があります。

日本は17位。

今年も大きな水害が起きています。

タイは24位。

それでも私はタイを選びました。

だからこそ、タイという国だけではなく、プーケット、バンコク、チェンマイ、ホアヒンと、街ごとに条件を見るようになりました。

国から、地域へ。地域から、街へ

考えてみれば、私がやっていたのは、

国を見る。

地域を見る。

街を見る。

ということだったのだと思います。

国全体ではリスクが高くても、地域によって違う。

同じ地域でも、街によって違う。

同じ街の中でも、立地条件によってリスクは違います。

そして自然災害そのものだけではありません。

災害が起きたとき、道路は使えるのか。

空港は動くのか。

国外へ出られるのか。

家族のところへ行けるのか。

医療機関へ行けるのか。

仕事を続けられるのか。

ジョホールで洪水に遭い、シンガポールへ帰れなかった。

バリ島から遠く離れた火山の噴火で、バリ発着便が止まった。

アナク・クラカタウの噴火で、ジャカルタの空港まで影響を受けた。

今のバンコクでは、洪水によって空港そのものが閉鎖されなくても、タイ国際航空の地上スタッフが出勤できず、さらに手荷物運搬用カートの不具合も重なって、手荷物処理が混乱している。

そう考えると、「災害リスク」は単なる地震や洪水の発生確率ではなくなります。

暮らしそのものの話になります。

災害のない場所を探すのではなく

自然災害のリスクをゼロにすることはできません。

世界でも自然災害リスクの低い国の一つであるシンガポールにいても、今日の私はヘイズの中にいます。

窓の外を見ると、マリーナベイ・サンズが霞んでいます。

外へ出れば、街は焚き火のようなにおいです。

そしてスマートフォンを見ると、これから戻るタイではバンコクの洪水のニュースが流れています。

「ちゃんとタイに戻れるかな」

と思います。

それでも、私はタイへ戻ります。

移住先を選ぶとき、自然災害のリスクは調べておいた方がいい。

でも、だからといって、自然災害リスクの低い場所を選ぶことが、すべての人にとって正解だとは思いません。

私にとっては、自然災害はかなり優先順位の高い条件でした。

でも、仕事や家族、教育、医療、生活費、あるいは「どうしてもこの街で暮らしたい」という気持ちが、それより上に来る人もいるでしょう。

それなら、それもその人の生活設計です。

大切なのは、まずその場所にどんなリスクがあるのかを知ること。

避けられるリスクなら、できるだけ避けること。

そして、ほかの生活条件と並べたときに、自分にとって自然災害リスクの優先順位がどのくらいなのかを整理することだと思います。

そのうえで、もう一つ確認しておきたいことがあります。

そのリスクを抱えながら、自分はストレスなく暮らせるのか。

プーケットを視察したとき、不動産エージェントと津波の話をしました。

彼は、

「次にいつ起きるかを考えれば、リスクは低いのではないか。僕は気にしない」

という考えでした。

でも、私は気になりました。

同じ場所を見て、同じリスクを知っていても、受け止め方は違います。

発生する確率が低いなら気にならない人もいる。

確率が低くても、その可能性を考えながら暮らすこと自体がストレスになる人もいる。

どちらが正しいという話ではありません。

だから、まず感情をいったん横に置いて、その場所にどんなリスクがあるのかを調べる。

ほかの生活条件と並べて、自分にとっての優先順位を整理する。

そして最後に、もう一度感情を戻してみる。

このリスクがある場所で、自分は幸せに暮らせるだろうか。

自然災害リスクはゼロにはできません。

でも、どんなリスクがあるのかを事前に知り、避けられるものは避けることはできます。

そして残ったリスクについては、ほかの生活条件との優先順位と、自分自身が感じるストレスの両方から考える。

移住先を選ぶときに必要なのは、「災害の少ない場所」を探すことではなく、そのリスクも含めて、自分が納得して暮らせる場所なのかを整理することなのだと思います。


関連記事

・移住先は一つでなくてもいい。「どこに住むか」から「どう行き来するか」へ

・「ここ、シンガポールじゃん。」S-MM2Hを知ってクチンまで見に行った話

・東南アジア移住のルートマップ──「どの国がいいか」の前に考えたいこと

SHIN GLOBAL SUPPORT

海外移住は、「どの国が一番いいか」を決めることではなく、自分にとって何を優先し、何なら受け入れられるのかを整理していく作業でもあります。

SHIN GLOBAL SUPPORTでは、東南アジアでの暮らしや移住について、国選びだけではなく、生活費、医療、ビザ、住環境なども含めて、一緒に条件を整理するオンライン相談を行っています。

「自分の場合は、どこから整理すればいいのか」

そんな段階からでも大丈夫です。

参考資料・公式情報

・WorldRiskReport 2025 / WorldRiskIndex
・Singapore National Environment Agency(NEA)— Haze Situation Update, 28 September 2026
・Singapore Building and Construction Authority(BCA)— Precautions to take during earth tremors
・BCA — Seismic Consideration / BC3:2013
・Studio Libeskind — Reflections at Keppel Bay
・Housing & Development Board(HDB)— The Pinnacle@Duxton
・National Library Board Singapore — 2015 Haze web archive
・Malaysia Air Pollutant Index Management System(APIMS)
・Johor 2006–2007 floods — Flood Impact data
・Singapore Airlines — Mount Lewotobi Laki-laki eruption flight advisory
・インドネシア運輸省 — 2026年9月 Anak Krakatau噴火による航空便への影響
・BMKG — 2018 Sunda Strait tsunami / Anak Krakatau
・USGS — 2004 M9.1 Sumatra-Andaman earthquake and tsunami
・Thailand PRD — Phuket / Karon landslide, August 2024
・Thai News Agency — Chiang Mai 2024 flood
・Thai Meteorological Department — Hua Hin climatological data 1991–2020
・気象庁 — 令和8年8月千葉豪雨
・共同通信 — 千葉豪雨による成田空港の交通混乱
・The Nation Thailand — Suvarnabhumi Airport / Thai Airways baggage delays, September 2026

前回、大崎上島にある広島叡智学園の記事で、因島や瀬戸田から船で本土の高校へ通っていた生徒たちのことを書きました。

今回取り上げる学校も、島にあります。

ただ、少し様子が違います。

島根県立隠岐島前(おきどうぜん)高等学校。

「島前(どうぜん)」は、隠岐諸島(おきしょとう)のうち西ノ島・中ノ島・知夫里島の3島からなる地域です。これに対して、隠岐諸島最大の島は「島後(どうご)」と呼ばれます。

この高校があるのは、隠岐諸島の海士町(あまちょう)です。

地図を見ていて、まず気になったのは学校そのものより、その位置関係でした。

海士町のある中ノ島(なかのしま)。

西ノ島町(にしのしまちょう)のある西ノ島。

知夫村(ちぶむら)のある知夫里島(ちぶりじま)。

海で分かれた3町村に、高校は一つしかありません。

西ノ島や知夫里島の生徒は、船で海士町にある高校へ通います。

前回書いた瀬戸内の生徒たちは、島から本土の高校へ通っていました。

今度は、島から別の島にある高校へ通う。

「船で高校へ通う」という生活は同じでも、少し形が違います。

そして、学校の所在地を見て、もう一つ気になったことがありました。

海士町。

この名前には覚えがありました。

以前、日本に戻ることを漠然と考えていた頃、地方移住についてネットであれこれ見ていて、偶然見つけた町です。

地縁はありません。

それでも、

「もし最後に日本のどこかで暮らすことになったら、こういう場所もあるのかもしれない」

と、なぜか頭に残っていました。

「最後の逃げ場」というと少し大げさですが、そんな感覚です。

当時調べた中で、外から人を積極的に受け入れていることや、島に「塾」まであることも記憶に残っていました。

その海士町が、今回はまったく別の入口――帰国生の学校探し――からもう一度出てきました。

ここから調べ始めたのですが、今回はなかなか学校の話だけでは終わりませんでした。

隠岐島前高校を調べる。

以前気になっていた海士町をもう一度調べる。

さらに海を渡った西ノ島町まで調べる。

そして最後には、

「子どもが帰国して住む場所」

を調べていたはずなのに、

「自分たちがいつか日本へ戻るとしたら、どこに住むのか」

まで考えていました。

今回は少し長くなります。

でも、この脱線も含めて書いてみたいと思います。

全国から高校生がやってくる「島留学」

隠岐島前高校には「島留学」という仕組みがあります。

島前地域の外から高校生を受け入れ、寮などで生活しながら3年間を過ごします。

2026年度の全校生徒は140人。

1年生47人。

2年生46人。

3年生47人。

そのうち県外生は、

1年生28人。

2年生25人。

3年生26人。

合計79人です。

全校生徒の半数以上が県外から来ていることになります。

そして今回、私が一番確認したかったことも学校の情報の中にありました。

中学時代を海外で過ごして高校から進学する生徒が、この学校にはいます。

親が海外に残る家庭かどうかまでは公表情報から分かりませんが、今回のシリーズで考えている家庭にとって、無縁ではない学校です。

寮はある。でも、「寮あり」だけでは分からない

島外から来る生徒には寮があります。

男子寮の「三燈寮」と、女子寮の「鏡浦寮」。

学校までは徒歩約3分です。

2026年度の費用は、

初年度の入寮費10,000円。

寮費・食費を合わせて月額54,000円。

学校の年間諸会費等は、1年生で約250,000円、2・3年生で約140,000円。

このほかに入学料、教科書・副教材、制服、端末などの費用がかかります。

もちろん、

「寮がある」

だけで、親が海外に住む家庭の問題がすべて解決するわけではありません。

長期休暇には閉寮期間があります。

インフルエンザなどの感染症にかかった場合には、寮にそのまま滞在できないこともあります。

一方、夜間の発熱や急病などの場合には、寮のスタッフが対応し、必要に応じて救急車を呼んだり、救急受診に付き添ったりする体制があります。

保護者面談はオンラインでもできます。

長期休暇の閉寮については、このシリーズでもこれまで見てきた条件です。

海外の親元へ戻る、日本の親類宅で過ごすなど、休暇中の生活を別に組み立てる必要があります。

隠岐島前高校でむしろ確認しておきたいのは、親が海外にいる状態で、本人だけが単身帰国して入寮できるのか。その場合、身元引受人をどうするのか、という点です。

では、どうやって入るのか

寮生活ができそうだとして、次は入口です。

ここは、海外から帰国する生徒にとってかなり重要です。

以下の日程と期限は、2026年度(令和8年度)入試のものです。2027年度(令和9年度)入試の日程や出願前手続の期限は、学校と島根県が公表する最新の募集要項・実施要綱で必ず確認してください。

2026年度には、総合選抜、スポーツ特別選抜、一般選抜などが行われました。

隠岐島前高校には普通科と地域共創科がありますが、入学時にどちらかの学科を選んで受験するわけではありません。

1年次は共通で学び、2年次から普通科と地域共創科に分かれます。そのため、入試では学科ごとに募集するのではなく、「くくり募集」となっています。

入学定員は80人。

総合選抜の募集人員は28人で、入学定員の35%です。

総合選抜では、

書類審査。

学力検査。

個人面接を2回。

この3つで選抜されます。

学力検査は、

国語。

数学。

英語。

の3教科。

3教科を合わせて60分で行い、各教科の時間配分は決められていません。

そのうえで個人面接を2回行います。

出願資格にも、

本校を志望する動機や理由が明確であること。

本校に適性、興味、関心があること。

合格内定した場合に入学意思が確実であること。

本校の求める生徒像に該当すること。

基礎的な学力を有し、入学後も規則を守った生活ができること。

などが示されています。

「寮があるから受けてみよう」

だけではなく、

なぜこの学校へ行きたいのか。

島で何をしたいのか。

というところまで見られる入試です。

2026年度の総合選抜・スポーツ特別選抜の出願期間は、1月7日から9日。

選抜は1月21日・22日。

合格内定通知は1月29日。

正式な合格発表は3月13日でした。

一方、一般選抜では、

国語。

社会。

数学。

理科。

英語。

の5教科の学力検査を受けます。

総合選抜と一般選抜では、入口の形がかなり違います。

ただし、寮を希望する場合には注意が必要です。

入寮は、総合選抜・スポーツ特別選抜の合格内定者が優先されます。

一般選抜で入寮を希望する場合は、出願前に寮の空き状況を学校へ確認する必要があります。空きがあっても、希望者が定員を超えた場合には、面接などによって入寮者が決められます。

実際、どのくらいの倍率なのか

ここまで書くと、

全国から生徒が集まる学校なら、入試もかなり競争が激しいのではないか。

という疑問も出てきます。

2026年度の実際の入試結果を見てみました。

入学定員は80人。

総合選抜には38人が出願しました。

さらにスポーツ特別選抜に1人。

この二つを合わせた特色選抜全体では、39人の出願です。

合格内定者は、

総合選抜28人。

スポーツ特別選抜1人。

合計29人でした。

総合選抜だけで見ると、

28人の募集に対して38人が出願しています。

単純に計算すると約1.36倍です。

その後の一般選抜では、募集人員51人に対して17人が出願。
17人全員が受検しました。

受検者数から見た倍率は、

0.33倍。

前年2025年度も、受検者数から見た倍率は0.40倍でした。

島根県の公表資料によると、一般選抜は受検17人に対して合格者も17人で、全員が合格していました。

一般選抜だけを見ると、受検者数は募集人員を下回っています。

数字の上では、少なくとも一般選抜が激戦になっているわけではありません。

一方で、総合選抜には募集人員を上回る出願があります。

学校への志望理由や島での生活への意欲を見ながら早い段階で選ぶ総合選抜と、5教科で受ける一般選抜。

この学校では、入口が二つのかなり違う顔を持っています。

ただし、県外から入寮して進学する場合には、入試倍率だけでは判断できません。先に見たように、一般選抜での入寮は寮の空き状況にも左右されます。

帰国生には、出願手続と入試の特別措置がある

では、海外の中学校から帰国して受験する生徒はどうなるのでしょう。

島根県の公立高校入試には、

「海外から帰国する生徒又は海外から日本に移住する生徒等」

について、出願のための手続が用意されています。

2026年度の場合、まず、

島根県所定の「海外在住状況説明書」

を提出して、出願の許可を受けます。

申請期限は2025年11月14日。

海外でどこに住んでいたのか。

いつからいつまで住んでいたのか。

国内外のどの学校で学んできたのか。

そうした海外在住状況や教育歴を記載し、最終学歴校の証明を受けて提出します。

島根県の指定様式で最終学歴校の校長による証明を受けることが難しい場合には、代わりに、在籍していた学校が発行する在籍証明書など、記載内容を確認できる資料を添付することも認められています。

許可を受けたうえで、実際の入試へ出願します。

海外の学校に在籍していた場合には、通常なら日本の中学校が作成する「個人調査報告書」に代えて、海外の学校が発行する成績証明書を提出することもできます。その場合には、健康診断書の添付が必要です。

そして、帰国生について用意されているのは、出願のための手続だけではありません。

一定の条件に該当する帰国生は、入試そのものについても「帰国・外国人生徒等の特別措置」を申請することができます。

対象となる帰国生は、原則として、海外での在住期間が継続して2年以上あり、帰国後2年以内、またはこれから帰国する予定で、学校生活で日本語指導が必要と認められる生徒です。

特別措置としては、

検査時間の延長。

検査問題の漢字へのルビ。

一般選抜では、検査教科の一部を減らすこと。

などが認められる場合があります。

特別措置を希望する場合には、事前連絡を行ったうえで、選抜区分ごとに申請する仕組みになっています。2026年度は、事前連絡が2025年11月14日必着、特別措置願の期限は、総合選抜を含む特色選抜が2025年12月15日、一般選抜が2026年1月30日(いずれも必着)です。

つまり、海外から帰国して受験する生徒については、出願資格を確認するための手続だけでなく、条件に該当すれば、入試そのものにも帰国生への配慮が用意されています。

親が海外に残ったまま、子どもだけ日本へ帰国して高校へ進学する。

今回想定している家庭にとっては、ここはかなり重要です。

島根県に親類も知人もいなかったら?

そして、もう一つ気になる条件があります。

身元引受人です。

保護者が県外に居住し、一家転住などの正当な理由がない場合には、島根県内に住む身元引受人を立てて出願する仕組みがあります。

ここで最初に疑問が出ました。

全国から島留学生を募集している。

海外から来る生徒もいる。

それなのに、

「島根県内に身元引受人が必要です」

で終わってしまったら、島根県に親類も知人もいない家庭はどうするのでしょう。

ここまでなら、

「ああ、普通の公立高校と同じか。残念」

で終わるところです。

ところが、調べてみると、その先まで仕組みが用意されていました。

島根県内に親族も知人もおらず、自前で身元引受人を用意できない家庭でも、学校と地域が進める「隠岐島前高校魅力化プロジェクト」の事務局が身元引受人を探す仕組みがあります。

2026年度の入試では、そのための「身元引受人依頼願」という正式な書類まで用意されています。

2026年度は、2025年12月1日から12日(消印有効)に、家庭から学校へ直接郵送する手続きで、この時点で出願が義務付けられるわけではありません。

ただし、身元引受人による受検生の合格者数には、入学定員の35%にあたる28人という上限があります。総合選抜で上限に達した場合、一般選抜では身元引受人による受検生の募集は行われません。第2次募集も同様です。

つまり、島根県にまったく地縁がないこと自体は、受験を諦める理由にはなりません。

地縁のない家庭を全国から受け入れるのであれば、受け入れる側にも、それに対応する仕組みが必要になる。

隠岐島前高校には、そこまで用意されていました。

親が海外に住み続け、本人だけが単身帰国して入寮することを考える場合には、海外からの出願手続、入寮手続、身元引受人の手続をそれぞれ確認する必要があります。

ただの「寮のある県立高校」ではなかった

ここまでは、

入れるのか。

暮らせるのか。

という話です。

次は、

そこで何を学ぶのか。

隠岐島前高校では、1年次は共通のカリキュラムで学び、2年次から普通科と地域共創科に分かれます。

特に特徴的なのが地域共創科です。

地域共創科では、地域そのものを学びの場にした探究にかなりの時間を使います。

農家を訪ね、実際に作業を経験しながら後継者問題を考える。

地域の人に話を聞く。

地域の課題を調べる。

自分たちでプロジェクトを動かす。

木曜日には、探究的な学びを集中的に行う「地域共創DAY」もあります。

ただ、特徴的なのは授業だけではありません。

学校。

寮。

地域。

学校と地域をつなぐコーディネーター。

地域住民。

外部の専門家。

そして、このあと出てくる隠岐國学習センター。

それぞれが別々に存在するのではなく、学校の外まで含めて教育環境を作っています。

学校の中に地域を持ち込むというより、

島そのものが学校の一部になっている。

そんな印象を受けます。

記憶に残っていた「塾」は、これだった

さらに学校の近くには、

「隠岐國学習センター」

があります。

名前を見て、

「あのとき調べた『塾』は、これだったのか」

と思いました。

以前、海士町を知ったときに、

「こんな小さな島なのに塾まであるんだ」

と記憶に残っていたものです。

普通の民間学習塾ではありません。

高校と連携しながら、自立学習、教科学習、学習相談、キャリア教育などを行う公立塾です。

学校がある。

寮がある。

公立塾がある。

地域の人が教育に関わる。

離島の高校というと、

「学校以外に何もないのでは」

と思ってしまいそうですが、むしろ高校を残すために、学校の周囲に教育環境そのものを作ってきた。

そんな高校です。

それで、卒業後の進路はどうなるのか

ここは、帰国生の学校選びではかなり重要です。

地域での探究に多くの時間を使う。

地域共創科という、一般的な普通科とは少し違う学科もある。

面白そうではある。

でも、

大学進学はどうなるのか。

学校が公表している令和7年度の合格実績を見てみました。

普通科からは、

名古屋大学情報学部人間・社会情報学科――一般選抜。

早稲田大学人間科学部人間情報科学科――一般選抜。

中央大学――一般選抜。

同志社大学――一般選抜。

などへの合格者が出ています。

地域共創科からは、

京都大学総合人間学部総合人間学科――一般選抜。

九州大学教育学部――総合型選抜。

高知大学農林海洋科学部――総合型選抜。

明治大学法学部――推薦。

法政大学人間環境学部――推薦。

立命館大学――総合型選抜。

立命館アジア太平洋大学――推薦。

などへの合格者が出ています。

特に目に留まったのは、

地域共創科から京都大学へ一般選抜で合格していること

でした。

地域で探究活動をする時間が多いからといって、

「大学受験を重視しない特殊なコース」

というわけではありません。

総合型選抜や推薦だけに進路を寄せているわけでもない。

普通科から名古屋大学。

地域共創科から京都大学。

どちらも一般選抜です。

入口だけではなく、

3年間そこで学んだあと、どこへ行けるのか。

親が海外に残ったまま子どもだけ帰国させるなら、ここまで見ておきたいと思います。

全校生徒89人まで減った高校

では、なぜこんな学校が離島にできたのでしょう。

隠岐島前高校は、最初から全国から生徒が集まる学校だったわけではありません。

2008年。

全校生徒は89人。

新入生は28人。

1学年1クラスまで減っていました。

統廃合の可能性が現実的な問題になっていました。

島前地域から高校がなくなれば、子どもたちは中学校を卒業した時点で島を出なければなりません。

場合によっては、家族ごと島を離れることになります。

高校の存続は、学校だけの問題ではありませんでした。

地域そのものの存続に関わる問題です。

そこで、海士町・西ノ島町・知夫村の3町村と学校が一緒になり、

「隠岐島前高校魅力化プロジェクト」

が始まります。

地域を教材にした探究。

島外から高校生を受け入れる島留学。

寮。

隠岐國学習センター。

学校と地域をつなぐコーディネーター。

こうした仕組みが作られていきました。

変わったのは、県外から来る生徒の数だけではありません。

文部科学省の会議資料(委員提出資料)に載っていた過去の数字では、地元中学生が隠岐島前高校へ進学する割合も、

2007年の47%から、

2015年には89%へ上昇しています。

これは現在の数字ではありません。

魅力化が進んでいた時期の数字です。

それでも、

「県外から生徒を連れてきて人数を増やした」

だけではなかったことは分かります。

地元の中学生にとっても、島に残って通いたい高校へ変わっていった。

生徒数は2008年の89人から増え、2017年には184人まで回復します。

2022年度には179人。

そして2026年度は140人です。

1年生47人。

2年生46人。

3年生47人。

そのうち県外生は79人。

一度大きく回復したあと、再び減っています。

それでも現在、全校生徒の半数以上が県外から来ています。

人口減少地域にある高校が、外から人を迎えながら学校を残す仕組みを今も続けている。

その途中にある高校、と考えたほうが近いように思います。

学校を調べていたら、以前気になっていた海士町へ戻ってきた

ここから、隠岐島前高校を調べることと、以前考えていた海士町での暮らしが、私の中でつながっていきました。

今回初めて知った町ではありません。

記事の最初に書いたように、

以前、日本へ戻ることを漠然と考えていたときに、なぜか頭に残った町です。

そのときは、

「最後の逃げ場になるかもしれない場所」

くらいの感覚でした。

今回、帰国生の学校を調べていて、その海士町にまったく別の方向から戻ってきました。

改めて調べてみると、なぜこの町が当時の私の頭に残ったのかも、少し分かってきました。

海士町は、外から来る人への「入口」を作ってきた町だった

海士町は、外から人が入ってくる入口をかなり意識的に作ってきた町です。

高校生には島留学。

そして若者には「大人の島留学」があります。

現在の大人の島留学は20代を対象とした、1年間または3か月の就労型お試し移住制度です。

島で暮らしながら働く。

海士町から始まった取り組みは、島前地域へ広がっていきました。

ここで面白いのは、

島へ来る。

暮らす。

働く。

地域の人と関係を作る。

という入口が、学校だけではなく町にもあることです。

高校生だけが、外から来る人ではありません。

「地方創生の成功例」で終わらせると見えないもの

海士町は、地方創生の事例として紹介されることがあります。

実際、2000年代以降、多くのIターン者を受け入れてきました。

ただ、現在も人口減少と高齢化は続いています。

だからこそ、

一度暮らしてみる入口を作る。

働く入口を作る。

学校へ入る入口を作る。

外から来た人が地域と関係を持つ。

ということを続けています。

移住したら一生そこに住む。

それだけではなく、

島に来て、その後島を出ても関係が続く。

また戻ってくる。

そういう人の流れまで含めて町を作ってきたところも、海士町の特徴です。

ただ、移住したくても家がない

実際に暮らすことを考えると、かなり現実的な問題も出てきます。

住宅です。

海士町の公式な移住案内には、

住宅の申請から実際に住み始めるまで、1年以上待つことがある

とはっきり書かれています。

民間の賃貸物件がほとんどないため、海士町へ移住する場合には、基本的に町が管理する住宅へ入ることになります。

町営住宅にも、

公営住宅。

定住促進住宅。

特定公共賃貸住宅。

空き家を活用した住宅。

などがあります。

家賃の目安は、単身用で月18,000~24,000円程度。

世帯用で24,000~35,000円程度。

安い。

でも、空いていなければ住めません。

「家賃はいくらか」

より先に、

「そもそも入れる家があるのか」

を確認しなければならない町です。

では、家を買うという選択肢は?

もちろん、

借りるのではなく買う、

という選択肢もあります。

ただ、都市部の不動産探しと同じ感覚では考えにくそうです。

ネットで不動産サイトを開けば、中古住宅が何十件も並んでいる。

その中から予算に合う家を選ぶ。

そういう市場ではありません。

空き家があっても、それがすぐ売り物として市場に出ているとは限らない。

実際に移住を考えるなら、

まず地域との接点を作る。

現地へ行く。

住宅や空き家の情報を得る。

実際に見る。

条件が合えば買う。

そんな順番になりそうです。

将来の「最後の逃げ場」として考えるなら、

必要になってから突然探すより、まだ必要のないうちから時々見ておく。

そのくらいの距離感のほうがよさそうです。

車がなければ暮らせないのか

もう一つ気になったのが交通です。

地方移住では、

「車がないと生活できません」

という話がよく出てきます。

海士町も自家用車を利用する人が多い町です。

ただ、自転車で生活している人もいます。

ここで私が気になるのは、

「車なしで海士町に住めるか」

という町全体の話ではありません。

菱浦港(ひしうらこう)。

買い物。

役場。

海士診療所。

最初から車を持たない場合でも、あるいは将来、車を運転しなくなった場合でも、こうした日常生活に必要な場所へ、徒歩や自転車など、車を使わずに移動できる範囲に家を確保できるか。

交通手段と住宅の場所を一緒に考える。

住まいを考えるなら、家そのものだけでなく、そこまで見ておく必要があります。

医療はどうなのか

年齢を重ねてから暮らす場所として考えるなら、医療も気になります。

海士町には海士診療所があります。

町内には内科診療所と歯科診療所があります。

外科治療や長期入院が必要になった場合には、島前の西ノ島町や、島後の隠岐の島町の病院を利用します。

緊急時にはドクターヘリで隣島または本土の総合病院へ搬送されます。

海士町では訪問診療や在宅医療、介護サービスも行われています。

離島だから医療が何もないわけではありません。

ただ、専門的な治療や長期入院まで島内だけで完結する場所でもありません。

これは、将来住む場所として考えるなら知っておきたい条件です。

そして、同じ島前の西ノ島町へ

海士町を調べているうちに、最初に出てきた島前3町村の一つ、西ノ島町も気になってきました。

隠岐島前高校がある海士町とは別の島です。

でも、海士町の菱浦港と西ノ島町の別府港(べっぷこう)は、内航船なら10分もかからない便があります。

同じ一つの高校を支えている、海を挟んだ隣の町です。

もちろん橋ではありません。

海が荒れれば欠航することもあります。

ダイヤもあります。

終船もあります。

このあたりは、前回書いた瀬戸内の船通学と同じです。

普段の生活は自分の島で送り、必要なときには隣の島へ渡る。

そういう生活圏です。

その西ノ島町を調べてみると、今度は高校生や若者とはまったく違う世代を外から迎える制度が出てきました。

しかも始まったのは、隠岐島前高校の魅力化よりずっと前。

1993年です。

1993年から、50歳以上を島へ

その名前は、

「ゆうゆうの里 西ノ島シルバーアルカディアプラン」。

1993年に始まりました。

そして2026年現在も、西ノ島町の公式な移住施策として掲載されています。

対象となるのは、

西ノ島への移住を強く希望していること。

健康で、生き生きと生活したい意思があること。

夫婦またはそれに準ずるペアであること。

西ノ島町へ住民票を移せること。

そして、

どちらか一方が50歳以上であること。

町の現在の案内には、

「経験・技術・趣味等で西ノ島町への貢献をしていただければ最高」

とも書かれています。

30年以上前から、

都市で暮らしてきた50歳以上の人を島へ迎える。

そんな制度がありました。

ただ「老後を過ごしてください」ではなかった

シルバーアルカディアが期待していたものを見ると、

保健・医療・福祉や生活環境の整備。

交流人口の増加による経済効果。

人口の増加。

地域の文化や意識への刺激。

新しいビジネス。

雇用。

さらなるUターン、Iターン。

まで挙げられています。

つまり、

「仕事を終えた人に、静かな老後を過ごしてもらう」

だけの制度ではありません。

都市で何十年も暮らしてきた人には、

仕事の経験がある。

技術がある。

知識がある。

趣味がある。

それを持って島へ来てもらう。

50歳以上の人自身を、地域をつくる側として見ていました。

1993年という時期を考えると、かなり早い発想だったと思います。

人を呼ぶなら、住む場所も必要になる

シルバーアルカディアについて調べていくと、

「50歳以上の人を歓迎します」

と宣伝しただけではありませんでした。

初期の取り組みでは、町が空き家を調べ、移住希望者が候補となる住宅を見て、条件が合えば町が所有者から借り、改修して移住者の住まいとして活用する仕組みも作られていました。

移住者の希望を改修に反映することもありました。

1995年には、移住希望者が実際に西ノ島で暮らしてみるための「シルバーアルカディアモデルハウス」の設置・管理条例も作られています。

人を呼ぶ。

住む場所を用意する。

いきなり移住するのではなく、まず島で生活してみる。

そこまで一緒に作っていました。

現在も「まず暮らしてみる」ことができる

現在の西ノ島町にも、移住を考える人向けのお試し暮らし体験施設があります。

たとえば「島風」。

テレビ、洗濯機、エアコン、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、布団、食器などが用意され、Wi-Fiもあります。

使用料は1泊3,000円。

長期利用なら月額38,500円で、水道・電気は別途契約します。

もう一つ、「美田尻ハウス」もあります。

こちらも1泊3,000円。

長期利用の場合は月額32,000円です。

観光旅行のためのホテルではありません。

西ノ島への移住を考えている人が、実際に島で暮らしてみるための施設です。

まず数日行ってみる。

次は1週間暮らしてみる。

さらに長く生活してみる。

それでも住みたいと思えば、家を探す。

将来の居場所として考えるなら、かなり現実的な順番です。

西ノ島には、空き家・空き地バンクもある

現在の西ノ島町には、公式の「空き家・空き地バンク」もあります。

売却物件と賃貸物件の両方が対象です。

登録された物件を見て、実際に見学し、所有者と交渉して購入または賃貸する。

町が物件情報を提供する仕組みです。

ここは、民間賃貸がほとんどなく、町営住宅への入居まで1年以上待つこともある海士町とは、住宅探しの入口が少し違います。

現在のシルバーアルカディアの公式案内には「宅地取得についての優遇措置」と明記されています。どのような条件で、どのような優遇が現在利用できるのかは、実際に検討する段階で町へ確認してみたいところです。

30世帯60人が実際に移住した

西ノ島町の現在の公式ページによると、

シルバーアルカディアによって、これまでに30世帯60人が西ノ島へ移住しています。

制度が始まったのは1993年。

30年以上前です。

つまり、制度開始当初に50代、60代で移住した人が、その後80代、90代になるだけの時間がすでに経っています。

実際、島根県の高齢社会に関する検討資料でも、西ノ島のシルバーアルカディアについて、移住から10年、20年が経てば移住者自身も高齢になり、医療や福祉が必要になるという段階まで議論されています。

「50歳以上の人を島へ呼ぶ」

で終わった制度ではありません。

移住した人自身が島で年齢を重ねるところまで、すでに時間が進んでいます。

50歳で西ノ島へ移住した人

実際に、50歳で西ノ島へ移住した人のインタビューも見つかりました。

2005年に50歳で西ノ島へ移住した矢野純子さんのインタビューが、隠岐観光協会の公式サイトに掲載されています。取材は2021年ですが、現在の公式サイトでは「西ノ島に一目惚れして20年」と紹介されています。

移住前は大阪で小学校教員として働き、50歳で早期退職。以前から、子どもが社会人になったら離島で暮らしたいと考えていたそうです。インターネットで移住先を探す中で、西ノ島町のシルバーアルカディア事業を知り、西ノ島を訪れました。その後、夫婦で西ノ島へ移住しました。

移住後は島の小学校で約10年間教員として働き、その後も図書館、まちあるきガイド、碧風館の管理、バスガイドなど、島でさまざまな仕事に携わっていました。2021年のインタビュー時には、介護施設で週3日、見守りの仕事もしていました。

住まいについては、町の担当者と土地を見て回り、移住者向けの土地を購入。夫が約2年半かけてログハウスを建てています。

50歳で移住し、その後約20年にわたって島で暮らしてきた一つの事例です。

今の自分の生活とはまったく違います。

それでも、

50歳で仕事を辞め、島へ移り、家を建て、その後も島で仕事をしながら暮らしてきた人が実際にいる。

「最後に日本へ戻るとしたら」という話が、少しだけ具体的になりました。

ただ、実際に住めば離島の現実もある

この移住事例では、長く暮らして分かった離島ならではの不便についても紹介されています。

移住前には、

隠岐には空港がある。

だから大阪へ戻るのもそれほど大変ではないだろう。

と思っていたそうです。

ところが、隠岐空港があるのは島後です。

西ノ島から飛行機に乗るには、まず海を渡らなければなりません。

海が荒れれば、その移動自体ができないこともあります。

大雨などの自然条件もあります。

医療についても、専門医が少なく、眼科や耳鼻科などは受診できる日が限られるという話が出ています。

一方で、島前地域で大きな買い物をする場所となるスーパーが西ノ島にある。

長く住んだからこそ、

便利なところも、不便なところも具体的になっていきます。

50歳で移住したあと、80代、90代になったら

シルバーアルカディアが始まったのは1993年です。

制度開始当初に50代、60代で移住した人たちは、現在では80代、90代になっている計算です。

西ノ島町には医療機関があります。

介護サービスもあります。

特別養護老人ホーム。

認知症グループホーム。

高齢者向けの住まい。

などもあります。

1990年代に始まったシルバーアルカディアは、

「元気な50代を島へ呼ぶ」

だけでは済まない段階に、すでに入っています。

移住した人自身が島で高齢者になる。

その現実まで含めて、町の医療や福祉が必要になります。

先ほど紹介した移住事例は、隠岐観光協会の現在の公式サイトで「西ノ島に一目惚れして20年」と紹介されています。2005年に50歳で移住した事例です。シルバーアルカディアの初期に移住した人たちのうち、現在も西ノ島で暮らしている人がどの程度いるのかは、もう少し知りたいところです。

50代、60代で移住して、仕事はどうするのか

移住後も仕事を続けるという暮らし方もあります。

西ノ島や島前地域で働く方法は、都市部で会社員として転職する形だけではありません。

島前地域では、

公的な仕事。

農業。

漁業。

観光。

教育。

IT。

など、さまざまな分野の仕事があります。

また、海士町には「海士町複業協同組合」があり、複数の事業者の仕事を組み合わせて働く仕組みもあります。

地域の事業者の高齢化に伴い、事業承継も課題になります。

島の仕事に関わる。

複数の仕事を組み合わせる。

創業する。

誰かが続けてきた事業を引き継ぐ。

50代、60代からの移住では、

「どこかに再就職する」

以外の働き方も現実的な選択肢になってきます。

帰国ではなく、もう一度の「移住」なのかもしれない

ここで完全に学校の話から脱線しました。

でも、調べながら一つ思ったことがあります。

海外で長く暮らした人が日本へ戻ることを、普通は「帰国」と呼びます。

でも本当にそれだけなのでしょうか。

海外で何十年も生活したあと、日本へ戻る。

しかも戻る場所が、生まれ育った町でも、以前住んでいた町でもなく、これまで一度も暮らしたことのない島だったとしたら。

家を探す。

交通手段を考える。

病院を調べる。

仕事をどうするか考える。

地域との距離を考える。

実際に暮らしてみる。

海外へ移住するときと、よく似た作業が必要になります。

それは「帰国」というより、

もう一度の「移住」

に近いのかもしれません。

海外移住とは逆方向なので、

「逆移住」

とでも呼べるのでしょうか。

これは今回の記事で結論を出す話ではありません。

ただ、子どもの帰国先を探していたはずなのに、気がつけば自分たちの将来の住まいまで調べていた。

それ自体が、私には面白い発見でした。

そして、もう一度、隠岐島前高校へ戻る

ここまで調べてから、最初の隠岐島前高校をもう一度見ると、少し違って見えます。

この地域で外から来るのは、高校生だけではありません。

隠岐島前高校には、全国から高校生が島留学でやってくる。

海外で中学校生活を送った生徒もやってくる。

海士町から始まった大人の島留学では、若者がやってくる。

そして同じ島前の西ノ島町では、

島前高校の魅力化よりずっと前の1993年から、50歳以上の都市生活経験者を迎えるシルバーアルカディアが始まっていました。

高校生が入る入口がある。

若者が入る入口がある。

働く人が入る入口がある。

50歳を超えた人が入る入口もある。

そして隠岐島前高校の魅力化そのものも、

海士町だけではなく、

海士町・西ノ島町・知夫村の3町村と学校が一緒になって取り組んできたものでした。

そう考えると、

なぜ日本海の小さな離島に、全国から高校生が集まる学校があるのか。

少しだけ腑に落ちる気がします。

「寮があれば助かる」から始めてみる

このシリーズを始めたときの条件は、とても単純でした。

親は海外に住んでいる。

子どもだけ日本へ帰国する。

だから寮が必要。

まずはそこから探してみる。

今回も、その条件から始めました。

そして見つけたのが、日本海の離島にある県立高校でした。

普通科と地域共創科がある。

寮がある。

公立塾がある。

全国から生徒が来る。

海外で中学校生活を送った生徒もいる。

海外から帰国して受験する生徒には、出願のための手続があり、条件に該当すれば入試の特別措置も用意されている。

総合選抜では、国語・数学・英語の学力検査と2回の個人面接。

2026年度は募集28人に対して38人が出願し、28人が合格内定。

一般選抜では、国語・社会・数学・理科・英語の5教科。

2026年度は募集51人に対して17人が受検。受検者数から見た倍率は0.33倍でした。

島根県に親族も知人もいない家庭にも、身元引受人を探す仕組みが用意されている。

普通科から名古屋大学へ一般選抜。

地域共創科から京都大学へ一般選抜。

大学進学という出口も残されています。

もちろん、離島です。

船は天候の影響を受けます。

専門的な医療が必要なら、島外へ出ることがあります。

海士町では住宅の申請から入居まで1年以上待つこともあります。

でも、

「親が海外にいるから、この学校は無理だろう」

「離島の高校だから、進路の選択肢は限られるだろう」

と最初から決めてしまうと、見えない選択肢があります。

入れるか。

3年間暮らせるか。

何を学べるか。

その先にどんな進路があるか。

条件を一つずつ見ていく。

そして最後に、

本人がそこで暮らしてみたいと思うかを考える。

今回、子どもの学校を調べていたら、最後には自分がいつか暮らす場所まで考えていました。

学校を探していたはずなのに、いつの間にか自分の生活設計まで考えている。

こんな脱線が起きるから、学校選びも面白いのだと思います。


関連記事

【帰国生の学校選び①】親は海外、子どもだけ帰国。「寮があれば助かる」から始まる学校選び

【帰国生の学校選び②】親は海外、子どもだけ帰国。「普通高校」以外の選択肢、神山まるごと高専

【帰国生の学校選び③】親は海外、子どもだけ帰国。「国際高専」の5年間と、その先の進路

【帰国生の学校選び④】親は海外、子どもだけ帰国。瀬戸内の島にある「県立・全寮制・IB」という選択


海外子女・帰国生の学校選びについて

海外に住みながら、日本への帰国や子どもの進学を考えると、学校だけでなく、寮、帰国時期、家族の生活拠点、その先の進路まで含めて考える必要があります。

SHIN GLOBAL SUPPORTでは、海外子女・帰国生の教育や学校選びについて、「あなたの場合」を一緒に整理する個別相談を行っています。

▶ SHIN GLOBAL SUPPORTについてはこちら


参考資料・公式情報

本記事の学校制度・入試・寮・費用、移住制度等に関する記述は、2026年9月時点で確認できた公式情報等に基づいています。制度、募集人数、日程、費用、住宅、移住支援等は変更される可能性があります。実際に受験・移住等を検討する際は、必ず各学校・自治体の最新情報をご確認ください。

・島根県立隠岐島前高等学校 公式サイト
・島根県立隠岐島前高等学校「入学希望の皆さんへ」
・島根県立隠岐島前高等学校「よくある質問」
・島根県立隠岐島前高等学校「合格実績(令和7年度)」
・島根県立隠岐島前高等学校「令和8年度生徒募集要項」
・島根県教育委員会「令和8年度島根県公立高等学校入学者選抜実施要綱」(1月13日版)
・島根県教育委員会「令和8年度島根県公立高等学校入学者選抜 特色選抜 出願者数」
・島根県教育委員会「令和8年度島根県公立高等学校入学者選抜 特色選抜 合格内定者数」
・島根県教育委員会「令和8年度島根県公立高等学校入学者選抜 学力検査受検状況」
・島根県教育委員会「令和8年度島根県公立高等学校入学者選抜 一般選抜等合格者数及び第2次募集募集人員一覧」
・文部科学省「少子化が加速する地域における今後の高等学校教育の在り方―社会とつながる魅力ある高等学校に向けて」(資料7・岩本委員提出資料)
・隠岐島前教育魅力化プロジェクト 公式サイト
・海士町公式サイト「海士町への移住の流れ」「海士町の教育と学び」「よくあるご質問」「海士町複業協同組合」「雇用機会拡充事業補助金」ほか
・大人の島留学 公式サイト
・西ノ島町公式サイト「シルバーアルカディア事業」「お試し暮らし体験施設」「空き家・空き地バンク」ほか
・隠岐観光協会「西ノ島に一目惚れして20年【碧風館・矢野順子さん】」
・島根県「第1回少子高齢社会を支える新たなシステムづくり検討委員会の議事内容」

 

先日、久しぶりにJurong Eastにある大型ショッピングモール、IMMへ行こうとして、迷いました。

ここは、私にとって少し特別な場所です。

2000年代はじめ、シンガポールにDAISOが進出した頃、私の記憶ではDAISOといえばJurong EastのIMM一択でした。

わざわざJurongまでDAISOへ行く。

それだけで、ちょっとしたイベントでした。

今でいえば、日本のドン・キホーテが海外で展開するDON DON DONKIが初めてシンガポールにやってきたときのような感覚だったと思います。

そのIMMへ、最近また行こうとしたのです。

昔から知っている場所です。

ところが、

「あれ、どっちだ?」

方向感覚が分からなくなりました。

周りがあまりにも変わっています。

それもそのはずで、Jurongは今、シンガポールでも大きな再開発が進んでいる地域の一つです。

Jurong Lake Districtは約410ヘクタール。Jurong East駅周辺だけでなく、LakesideやJurong Lake Gardensなどを含み、住宅、オフィス、商業施設、交通、そして湖や緑地まで一体化した、都心部以外ではシンガポール最大の複合ビジネス地区を目指しています。今後20〜30年かけて開発される区域もあります。

それを見ながら、私はちょっと思いました。

「出た。シンガポール。」

街をつくるなら、徹底的につくる。

仕事もある。

住宅もある。

買い物もできる。

交通も便利。

遊べる。

そして自然まである。

25年近くこの国を見てきた私には、なんともシンガポールらしく見えます。

同時に、最近の私はもう一つ思ってしまいます。

「いや、もうちょっと、おなかいっぱいなんだけどな」

 

「ないない」だったシンガポール

私がシンガポールで暮らし始めた頃は、今とはずいぶん違いました。

日本のものも、今ほど簡単には手に入りません。

日本食もありましたが、今のように日本の有名チェーンが次々と進出してくる時代ではありませんでした。

日本の居酒屋をなんとなく再現したような店もあれば、シンガポールに根を下ろした日本人がやっている店もありました。

それでも、十分うれしかった。

DAISOへ行くためにJurongまで行ったのも、その延長です。

今ではスシローがある。

DON DON DONKIがある。

ユニクロもある。

ニトリもある。

ラーメン店も次々とやってくる。

あの頃の私に今のシンガポールを見せたら、

「何これ。何でもあるじゃん」

と言うと思います。

日本のものだけではありません。

昔の私は、シンガポールでよく、

「ないなあ」

と思っていました。

釣りをしたくても、釣具を眺めているだけで楽しくなるような店がなかなかない。

絵を描こうと思っても、行くだけでワクワクするような画材店がない。

おいしいパンを探しても、「わざわざここへ買いに行きたい」と思えるような店は少ない。

生活には困りません。

でも、

なくても困らないけれど、あると人生がちょっと楽しくなるもの。

そういう選択肢は、今よりずっと少なかったように思います。

それが25年の間に、大きく変わりました。

今では、世界中からいろいろな店や文化が入ってきます。

スペシャルティコーヒーが流行れば、あっという間に店が増える。

おしゃれです。

みんな詳しい。

店に入れば、豆の産地から焙煎方法まで説明してくれる。

もちろん、その中にも、すごく愛のあふれるスペシャルティコーヒーの店を一軒見つけました。

今でも大好きなお店です。

ところが最近、ほかの店に入ると、ときどき妙なことを感じます。

「なんだか、愛がないな」

「ない、ない」と言っていたくせに、全部そろったら今度はそんなことを言い始める。

うまく説明できません。

世界のどこかで流行ったものが、ものすごいスピードできれいに再現されていく。

でも、その土地から何年もかけて勝手に生えてきたような、ちょっと変で、ちょっと不格好なものに出会う機会は少なくなったような気がします。

 

街の方が、自分の記憶を追い越していく

Singapore Botanic Gardensにも、よく覚えている光景があります。

まだ世界遺産になる前です。

昔からある入口のあたりで、ずっと先まで続く開発か拡張計画の案内を見た記憶があります。

妻と二人でそれを眺めながら、

「この頃、自分たち、どこにいるんだろうね」

と話しました。

あれから長い時間が経ちました。

植物園にはMRTで行けるようになり、2015年には世界遺産になりました。

あのとき見た案内が具体的にどの計画だったのかまでは、今となっては確認できません。

でも、

「その頃、自分たちはどこにいるんだろう」

と言っていた二人が、今も海外で暮らしています。

そしてJurongでは、昔DAISOへ行くために何度も通った自分が、今度は道に迷っている。

街の方が、自分の記憶をどんどん追い越していきます。

 

『深夜特急』の中に残っていた昔のシンガポール

シンガポールへ来る少し前、大沢たかおさん主演の『深夜特急』を見ていました。

マレーシアからシンガポールへ入っていく場面。

当時の私には、あの映像は「海外への憧れ」でした。

それから実際に海外へ出て、シンガポールで25年近く暮らすことになりました。

最近、録画してあった『深夜特急』を久しぶりに見ました。

画面に出てくるタクシーを見て、

「これこれ」

と思いました。

もちろん、東南アジアで広く使われている配車アプリGrabなんてありません。

街を走っているタクシーも、今見るとずいぶんレトロです。

街を歩く人たちの服装も違う。

シンガポール中心部のビジネス街、CBD(Central Business District)の景色も違う。

当然、Marina Bay Sandsなんてありません。

同じシンガポールなのに、今見ると別の街のようです。

当時はあの映像を見て、

「ここへ行ってみたい」

と思っていた。

今見ると、

「そうそう、こんな感じだった」

と思う。

憧れだった映像が、いつの間にか自分の記憶を呼び起こす映像になっていました。

最近、SNSでシンガポールの暮らしを紹介する投稿もよく見かけます。

芸能人がシンガポールへ移住したというニュース。

Marina Bayを背景にした写真。

高層コンドミニアムのプール。

おしゃれなレストラン。

インターナショナルスクール。

週末はリゾート。

いわゆる「海外リア充」のシンガポールです。

そういうものを見ると、ときどき、

「いやいや、違うから」

と言いたくなる自分がいます。

でも、そこで『深夜特急』のことを思い出します。

原作をずっと読んできた人なら、大沢たかおさんのドラマを見て、

「いやいや、違うから」

と思った人もいたのかもしれません。

だとすれば、今の私も同じです。

今SNSに映っている華やかなシンガポールも、今のシンガポールです。

私が暮らし始めた頃のシンガポールだけが、本物というわけではありません。

でも、

長く暮らしてきた私に見えているのは、それだけではありません。

そして最近は、その「それだけではない部分」の方が、以前より気になるようになりました。

 

華やかなシンガポールの、写真には写りにくいところ

タイで過ごしてからシンガポールへ戻ってくると、ときどき街全体が少しピリピリしているように感じることがあります。

みんな急いでいる。

ちょっとしたことで苛立っているように見える。

サービスをする側にも、以前より余裕がないように感じることがあります。

先日は、歩道を普通に歩いていたら、後ろから自転車で来た西洋人に追いかけられるような形で罵倒されました。

25年近く暮らして、初めての経験でした。

一方、タイのセブンイレブンでレジに並んでいたとき。

前にいた小学生くらいの男の子が、何度も何度もこちらを見てきます。

ニヤニヤしながら、ひょうきんな顔をして、またこちらを見る。

どうやら私を笑わせようとしているようです。

たぶん、言葉は通じません。

私も笑いました。

そのとき、ふと思いました。

「こんな子、今のシンガポールで見るかな」

なぜ自分がそんなことを思うようになったのか。

最近は、その方が気になります。

お金のこともあります。

シンガポールの物価は、長く住んでいる私には、

「タクシーメーターのように上がってきた」

ように感じます。

ホーカーには「経済飯」と呼ばれる食事があります。

白いご飯に、並んだおかずから何品か選ぶ。

私はこれが好きです。

昔は、名前の通り本当に「経済的な飯」という感じでした。

ところがシンガポール人の友人が、

「もう“経済飯”って名前、撤廃してほしいよ」

と言いました。

笑いました。

でも、妙に分かります。

政府も、生活費への支援をかなり積極的に行っています。

現金給付だけでなく、スーパーや街の商店、ホーカーなどで使えるCDC Voucherというクーポンも繰り返し配られています。2026年には全シンガポール世帯に500 SGD分、さらに2027年1月には300 SGD分が配られることになっています。

そして2026年8月、さらに驚くような制度が発表されました。

2027年4月から始まるSG Child Support Packageでは、シンガポール国籍の子どもに、出生時の10,000 SGD、1歳から16歳まで毎年2,000 SGD、17歳時の教育口座への10,000 SGDなどが用意されます。既存の医療関連支援なども合わせると、政府は子ども一人について成長期を通じた直接的な経済支援が約7万SGDになると説明しています。

日本円にすれば、現在の為替で約870万円です。

もちろん、約7万SGDが一括して親の銀行口座に振り込まれるという話ではありません。

それでも数字を見て、

「そこまでやるのか、シンガポール」

と思いました。

少子化対策として本気なのは分かります。

同時に、別のことも考えてしまいます。

子ども一人にここまでの支援を用意するほど、この街で子どもを育てることの負担も大きくなっているのだろうか。

 

HDBが170万SGD

住宅もそうです。

HDBは、シンガポール政府が整備してきた公的住宅です。日本でいえば、昔の公団住宅に近い存在と言えばイメージしやすいかもしれません。

シンガポールの生活そのものと言ってもいい存在です。

実は私も、将来は小さなHDBを自分好みにリノベーションして暮らすのも面白いな、と考えたことがあります。

ところが最近では、中古のHDBで100万SGDを超える取引を目にすることが珍しくなくなりました。

2026年4月には、中古の5-room HDBが172.8万SGDで取引されました。

現在の為替なら、日本円で約2億1,400万円です。

高級コンドミニアムではありません。

中古の公的住宅です。

昔のHDBを知っている者としては、

「HDBが170万SGD?」

と、数字が一瞬頭に入ってきません。

一方、市場全体では2026年に少し違う動きも出ています。

HDBのResale Price Indexは第1四半期に0.1%、第2四半期にも0.3%下落し、2四半期連続の下落となりました。

一部の最高額取引と、市場全体の動きは分けて見る必要があります。

それでも、

「老後は手ごろでコンパクトなHDBで普通に暮らすのもいいな」

と考えていた人間からすると、HDBそのものがずいぶん違う存在になったように見えます。

そして、値段だけではありません。

高齢者が一人で亡くなり、しばらく発見されなかったというニュースを目にすることがあります。

65歳以上の一人世帯は、2014年の42,100世帯から2024年には87,200世帯へ、10年間で倍以上になりました。政府も高齢者の社会的孤立への対策を進めています。

この数字だけで「孤独死が増えた」とは言えません。

でも、HDBで老後を暮らすことを自分自身の生活設計として考えたことがあるだけに、

これは他人事には見えません。

住宅価格だけではない。

その家でどう老いていくのか。

そのとき周りに誰がいるのか。

そこまで含めて、「どこで暮らすか」を考えるようになりました。

 

生活費を支えながら、政治家給与は180万SGDという数字へ

最近、もう一つ驚いた数字があります。

政治家の給与です。

2026年9月、政府は閣僚給与を決める際の基準額を、110万SGDから180万SGDへ引き上げることを決めました。

180万SGD。

現在の為替なら、日本円で約2億2,300万円です。

ただし、これは「すべての大臣がすぐ年間180万SGDを受け取る」という意味ではありません。

180万SGDはあくまで新しい給与制度上の基準額で、現職閣僚の給与が一律にそこまで上がるわけではないと政府は説明しています。

能力のある人材を政治へ引きつけるため、民間の高所得層を基準に政治家給与を設計する。

これは以前から続くシンガポールの考え方です。

理屈は分かります。

それでも、

生活費を支えるための給付やクーポン。

子ども一人に約7万SGDという支援。

170万SGDを超えるHDB。

そして政治家給与の新しい基準値として180万SGD。

こうした数字を同じ時期に見ていると、

「シンガポールは、ずいぶん遠いところまで来たな」

と思います。

 

JBまで電車で約5分になる

そして、これからシンガポールはまた変わります。

Johor BahruとのRTS Linkです。

Woodlands NorthとJBのBukit Chagarを結び、列車そのものの所要時間は約5分。ピーク時には片方向1時間あたり最大10,000人を運び、2026年末の旅客運行開始が予定されています。

これは、個人的にはかなりありがたい。

私は何度も、シンガポールとマレーシアのJBを結ぶ陸路、Causeway(コーズウェイ)を渡っていますが、一度、渋滞の中で完全に動かなくなり、

「トイレを我慢しすぎて本当に死ぬかと思った」

ことがあります。

前にも後ろにも動けない。

降りるわけにもいかない。

あれを経験すると、

「電車で5分」

というだけで拍手したくなります。

ただ、ここでも話は単純ではありません。

シンガポールからJBへ買い物客がさらに流れる可能性がある。

そして私がもっと気になるのは、不動産です。

私の知人にも、シンガポールではなくJBのコンドミニアムへ目を向けている人がいます。

実は私自身も、以前JBで不動産を買ったことがあります。

当時から、

「これからJBは上がる」

という人がいる一方で、

「マレーシアの不動産なんてやめておけ」

というシンガポール人もかなりいました。

だから、RTSが開通すればシンガポール人が一斉にJBへ住宅を買う、とは考えていません。

まして、

「JBの不動産が高騰する」

「シンガポールの住宅市場が崩れる」

と今の段階で言うのは飛躍です。

でも、鉄道で約5分という距離になることで、

「どこに住み、どこで働き、どこでお金を使うのか」

という二つの都市の境界が、これまでとは少し違ってくる可能性はあります。

私自身、その変化にはかなり興味があります。

 

「おなかいっぱい」だけではなかった

ここまで書いてみると、

私が最近シンガポール以外で過ごす時間を増やしている理由を、

「完成された街に少し飽きたから」

だけで説明するのは、やはり違います。

もちろん、それもあります。

でも、それだけではありません。

物価は高くなった。

HDBも、私が昔持っていた公共住宅のイメージとはずいぶん違って見えるようになった。

高齢者の孤立も気になる。

子ども一人に約7万SGDという支援策を見れば、「すごい」と思う一方で、なぜここまでの支援が必要になったのだろう、と考える。

街を歩けば、以前よりどこかせわしなく感じることがある。

そしてSNSを開けば、

Marina Bay Sands。

高層コンドミニアム。

プール。

レストラン。

インターナショナルスクール。

世界都市シンガポール。

それも、間違いなくこの国の姿です。

でも、25年近く暮らしていると、

その華やかな写真には、なかなか写らないものも見えてきます。

便利さの裏にある生活費。

高い住宅価格。

競争。

高齢化。

孤立。

そして、ときどき感じる、人の余裕のなさ。

それらを長く見ているうちに、

「少し別の場所で暮らしてみたい」

と思うようになりました。

これは、シンガポールに飽きた、というだけの話ではありません。

むしろ、

華やかなシンガポールも、その裏側も、長く暮らして両方見えてしまった。

そのこと自体が、自分の生活の比重を少しずつ動かしたのだと思います。

 

自分が歴史の中にいたことに、あとから驚く

それでも、シンガポールで過ごした25年を否定する気持ちはありません。

むしろ、ときどき不思議になります。

リー・クアンユー氏が亡くなった2015年。

私はシンガポールにいました。

国全体が一人の人物を見送っているような空気がありました。

私には、日本で昭和天皇が亡くなったときの空気を思い出させるものがありました。

あのときは、その場に普通にいました。

でも今になって振り返ると、

「自分は、あのシンガポールの歴史の中にいたんだな」

と、自分でも少し驚きます。

リー・クアンユー氏が生きていたシンガポールを知っている。

その死をシンガポールで迎えた。

そこからさらに10年以上たち、今度は次の時代のシンガポールを見ている。

DAISO一軒のためにJurongまで行った自分が、

今ではJurongの巨大再開発の中で道に迷っている。

考えてみれば、ずいぶん長い時間です。

私は専門家として観察していたわけではありません。

ただそこで暮らしていたら、いつの間にかシンガポールの大きな変化を自分の生活の中で見ていました。

そして、その発展がなければ、今の自分もありません。

だからこそ、

好きか嫌いか。

住むか離れるか。

そんな二択では、もうこの街との関係を説明できないのだと思います。

 

もう一度、「こんなところがあったんだ」を探す

最近は、タイで過ごす時間を増やしながら、シンガポールにも戻り、必要に応じてそのほかの街へも出かけています。

以前のように、一つの場所に生活のすべてを置くのではなく、自分の時間そのものをいくつかの場所に分けるようになりました。

そこでは、ときどき不便なことがあります。

店がない。

欲しいものがすぐ手に入らない。

サービスも、シンガポールほどきっちりしていない。

でも、その代わり、

「え、こんなところがあったんだ」

と思うことがあります。

知らない道へ入ってみる。

知らない店を見つける。

何を売っているのかよく分からない店をのぞいてみる。

観光客がほとんど来ない場所へ行ってみる。

少しディープで、少し不便で、全部が最適化されていない。

最近は、そういう場所の方が面白く感じます。

昔、海外へ出た頃には、海外そのものがそういう場所でした。

『深夜特急』を見ながら、

「この先には何があるんだろう」

と思っていました。

シンガポールにも、知らないものがたくさんありました。

25年近く経って、

「ないない」だった街が、「あるある」の街になった。

そして全部そろった頃に、今度は私の方が、

まだ知らないものがある場所へ行きたくなった。

なんとも勝手な話です。

 

「どこに住むか」から「どう行き来するか」へ

ただ、今は昔と違います。

一度どこかへ移住したら、そこで生活のすべてを完結させなければならないわけではありません。

仕事はオンラインでできる。

情報も手に入る。

必要なら都市へ行けばいい。

国境を越えること自体も、以前ほど特別なことではなくなりました。

だから私は今、

一つの場所を選んで、ほかを捨てる

という発想をあまりしなくなりました。

シンガポールにはシンガポールとの関係がある。

タイにはタイの生活がある。

必要なら別の都市にも行く。

住む。

行き来する。

仕事をする。

遊びに行く。

少し距離を置く。

また戻る。

場所との関係にも、いろいろな濃さがあっていい。

その時々の仕事、家族、年齢、お金、そして自分の気持ちに合わせて、場所との距離や生活の比重を変えていく。

移住というと、

「どの国へ移るか」

を考えがちです。

25年前の私なら、海外移住とは「どこかへ行くこと」だと思っていたかもしれません。

今は少し違います。

一つの場所だけですべてを満たそうとしなくてもいい。

暮らす空間そのものに、いくつかの選択肢を持っていてもいい。

「どこに住むか」だけではなく、

「どこと、どんな距離で付き合っていくか」。

今の私は、シンガポールとの長い関係を持ったまま、もう少し別の場所でも、

「こんなところがあったんだ」

と思える時間を増やしています。

 

【参考資料】

Urban Redevelopment Authority (URA)
Jurong Lake District
https://www.ura.gov.sg/land-planning/shaping-our-city/jurong-lake-district/

Urban Redevelopment Authority (URA)
Jurong Lake District – Planning and Urban Design Guide
https://www.ura.gov.sg/guidelines/urban-design/jurong-lake-district/

Singapore Government
Managing Cost of Living in Singapore
https://www.gov.sg/features/cost-of-living/

National Population and Talent Division
Marriage & Parenthood Measures at National Day Rally 2026
https://www.population.gov.sg/marriage-parenthood-measures-at-national-day-rally-2026/

Housing & Development Board (HDB)
2nd Quarter 2026 Public Housing Data and Upcoming Flat Supply
https://www.hdb.gov.sg/hdb-pulse/news/2026/2nd-quarter-2026-public-housing-data-and-upcoming-flat-supply

Ministry of Health
Addressing Loneliness and Psychological Distress Among Seniors Living Alone
https://www.moh.gov.sg/newsroom/addressing-loneliness-and-psychological-distress-among-seniors-living-alone/

Public Service Division
Building a Strong Team for Singapore
https://www.psd.gov.sg/newsroom/building-a-strong-team-for-singapore/

Public Service Division
Ministerial Statement by Prime Minister and Minister for Finance Lawrence Wong on Government's Response to the 2026 Review of Salaries for Political Appointment Holders and Members of Parliament
https://www.psd.gov.sg/newsroom/ministerial-statement-by-prime-minister-and-minister-for-finance-lawrence-wong-on-government-s-response-to-the--2026-review-of-salaries-for-political-appointment-holders-and-members-of-parliament-/

Land Transport Authority
Johor Bahru–Singapore Rapid Transit System Link
https://www.lta.gov.sg/content/ltagov/en/upcoming_projects/rail_expansion/JB-Singapore_RTS_link.html

SRX
HDB Resale Prices and Transaction Volumes Ease in April 2026
https://www.srx.com.sg/research/65671/hdb-resale-prices-and-transaction-volumes-ease-in-april-2026

 

海外での暮らしを考えている方へ

海外移住を考えると、つい「どの国がいいのか」「どの街がいいのか」から考え始めます。

でも実際の暮らしでは、仕事、家族、教育、お金、住まい、医療、そして自分が何を心地よいと感じるのかによって、答えは変わります。

それを一つずつ整理していった結果が、一つの国に収まることもあれば、いくつかの場所に分かれることもあります。

SHIN GLOBAL SUPPORTでは、東南アジアでの暮らしや移住を考えている方と一緒に、まず「自分はどんな暮らしをしたいのか」を整理するお手伝いをしています。

海外生活や移住について、一度整理してみたい方はこちらからどうぞ。

SHIN GLOBAL SUPPORT

 

【関連記事】

東南アジア移住のルートマップ――「どの国がいいか」の前に考えたいこと

制度と向き合う ― MM2Hを調べ、ジョホールにコンドミニアムを買った経験から


【海外移住と税金】シンガポール・マレーシア・タイ、3カ国の税制を横断して考える

 

移住先を決めるとき、自然災害リスクをどこまで考えるか

因島や瀬戸田から本土の高校へ通う生徒を教えていたことがあります。

島から船に乗って学校へ通う。

瀬戸内では、それが日常の一部でした。

ただ、島からの通学には、島ならではの事情もあります。

海が荒れて船が欠航すれば、授業に来られない。

夜の授業では、終電ではなく「終船」を気にしなければならない。

「この生徒は最終の船があるから、今日は少し早めに終わろう」

そんなふうに授業時間を調整したこともありました。

因島の生徒には、村上さんが多かったことも覚えています。

因島は、瀬戸内海で活躍した村上海賊(村上水軍)ゆかりの土地です。

「なるほど」と妙に納得した記憶があります。

そんな不便さもある一方で、私は瀬戸内の島々が好きでした。

海がきれいで、自然が豊かで、大小の島々が連なる景色もいい。

今回、このシリーズで次に取り上げる学校を探していて、

「大崎上島」

という地名が目に留まったのも、そんな記憶があったからです。

広島県立広島叡智学園中学校・高等学校。

通称、HiGA(Hiroshima Global Academy)。

調べてみると、この学校。

なかなか普通ではありませんでした。


「県立」なのに、全寮制でIB

このシリーズの出発点は、

「寮があること」をまず条件にして、それ以外の条件をいったん外して学校を探してみる

ことでした。

「普通高校でなければならない」

「私立でなければならない」

「帰国生向けの学校でなければならない」

そんな前提をいったん横に置いて、

親が海外に住んだまま、子どもが日本で生活しながら学べる学校

を探してみる。

そうすると、これまで候補に入っていなかった学校が見えてくることがあります。

広島叡智学園も、その一つです。

県立。

中高一貫。

全寮制。

そして、

国際バカロレア(IB:International Baccalaureate)の認定校でもあります。

IBには年齢や教育段階に応じたいくつかのプログラムがあり、広島叡智学園では、中学から高校1年の途中まではMYP(Middle Years Programme/中等教育プログラム)、その後はDP(Diploma Programme/ディプロマ・プログラム)が実施されています。DPは、大学進学を見据えたIBの教育プログラムです。

高校は全日制普通科です。

これだけでも、一般的な「県立中学・県立高校」のイメージとはかなり違います。


学校があるのは、瀬戸内海の「大崎上島」

そして、場所も特徴的です。

学校があるのは広島市ではありません。

瀬戸内海に浮かぶ大崎上島です。

本州側から橋でつながっている島ではないため、島へ渡るには船を使います。

つまり、この学校を選ぶということは、

島へ渡って、そこで暮らしながら学ぶ

ということでもあります。

ただ、広島叡智学園は、この立地を単なる「不便な場所」として考えているわけではありません。

島の自然や地域社会そのものを学びのフィールドとして使っています。

海。

山。

地域の人々。

島の産業。

そして島が抱える課題。

教室だけで学ぶのではなく、社会全体を学び舎として考えるという発想です。

私自身、瀬戸内の島々には何度も足を運びました。

だから、この場所を見たとき、

「こんなところに学校を作ったのか」

というより、

「この場所だから作ったのかもしれない」

と思いました。


寮は「住む場所」だけではない

広島叡智学園は全寮制です。

寮では、異なる学年や国籍の生徒が10人程度のユニットで生活します。

個室または2人部屋があり、リビングなどは共同。

寮にはスタッフもいます。

ただ、この学校では寮を単なる宿泊施設とは位置づけていません。

異なる価値観を持つ生徒たちが一緒に暮らし、

話し合い、

役割を分担し、

時にはトラブルも経験しながら、

生活そのものを学びの場にしていく。

学校へ通うだけではなく、学校で暮らす。

全寮制の学校を考えるとき、この違いはかなり大きいと思います。


親が海外に住んでいても候補になるのか

このシリーズでは、ここが一番重要です。

親は海外。

子どもだけ日本へ帰国。

この形で学校生活が成り立つのか。

少なくとも中学入試について、広島叡智学園は、

保護者・受検者の居住地にかかわらず出願可能

としています。

県外枠もありません。

つまり、

「親が日本に住んでいないから出願できない」

という学校ではありません。

ただし、全寮制だからといって、一年中学校に任せられるわけではありません。

夏休み、冬休み、春休みなどの長期休業中は、中学生は原則全員が帰省します。

海外在住家庭なら、

海外の親元へ戻る。

日本の親類宅で過ごす。

など、その期間をどうするのかは事前に考えておく必要があります。

寮のある学校を探すときには、

「入れるのか」だけではなく、「住めるのか」「休暇中はどうするのか」「卒業まで生活が回るのか」

まで見る必要があります。


中学から入る場合――入口は意外にシンプル

広島叡智学園がこれまで取り上げた学校と少し違うのは、中学校から入れることです。

2027年度の中学募集定員は40人。

原則として男子20人、女子20人です。

出願資格は比較的シンプルです。

小学校またはそれに準ずる学校を卒業し、中学1年生になる資格があること。

そして、保護者や本人の居住地による制限はありません。

つまり、

日本国内の小6。

広島県外の小6。

海外の日本人学校の小6相当。

海外の現地校やインターナショナルスクールで中1進学相当となる子ども。

いずれも、出願資格を満たせば候補になります。

高校入試のように、

「海外の学校で5年以上学んでいること」

といった帰国生特有の条件はありません。

ただし、

帰国生専用入試があるわけでもありません。

海外在住でも、国内在住でも、同じHiGA中学入試を受けます。


中学入試は「英語ができれば有利」という入試ではない

国際バカロレア。

英語での授業。

海外からの生徒。

そう聞くと、

「英語ができる帰国生向けの入試なのでは?」

と思うかもしれません。

ところが、中学入試の適性検査は日本語のみです。

さらに、

第1次選抜、第2次選抜ともに英語力そのものは問いません。

つまり、中学から入る場合、

海外経験があること

と、

英語で受験できること

は別の話です。

帰国生であっても、日本語で適性検査に対応できることが重要になります。


中学入試は、2泊3日の「共同生活」まで見る

2027年度の場合、第1次選抜では、

適性検査A 50分・100点

適性検査B 50分・100点

が行われます。

さらに、志望理由書、自己紹介書、小学校の調査書なども含めて総合的に判断されます。

第1次選抜の通過者は80人程度。

そして第2次選抜は、

2泊3日の共同生活。

その中で、

グループワーク

と、

個人面接

が実施されます。

考えてみれば、この学校では12歳前後から親元を離れ、他の生徒たちと寮で暮らします。

そう考えると、

筆記試験だけではなく、実際に他者と生活しながらどう関わるのかを見る

という選抜にも意味があるのでしょう。


中学入試はかなりの倍率

2026年度の中学入試では、

募集40人に対して志願者295人。

志願倍率は7.38倍でした。

第1次選抜を292人が受検し、第2次選抜へ進んだのは80人です。

もちろん、倍率が高いから学校が良い、という話ではありません。

ただ、

県立・全寮制・IB・中高一貫

という学校に、これだけの受検者が集まっていることは事実です。


中学から入るなら、もう一つ重要なこと

HiGA中学校では、

中学校段階の転入学・編入学を行っていません。

つまり、

小6 → 中1入学 ○

中1途中 → ×

中2から → ×

中3から → ×

です。

中学校からHiGAへ入りたいなら、小学校卒業時が入口です。

学校としては中高6年間学ぶことを原則としています。


海外在住家庭にとって、中学からはかなり考えやすい

ここまで調べてみると、広島叡智学園は、むしろ中学から考えたときに海外在住家庭との相性が見えやすい学校だと思います。

親が海外に住んでいても出願できる。

帰国生としての海外在籍年数を問われるわけでもない。

中学1年から寮に入り、そのまま中高6年間を過ごすことができる。

しかも県立なので、全寮制の私立校やボーディングスクールとは費用感もかなり違います。

もちろん、12歳前後から親元を離れて暮らすことが本人に合うかどうかは、学校の制度とは別の大きな問題です。

それでも、

「親は海外に残る。でも、子どもは中学から日本で学ばせたい」

という家庭にとって、かなり検討しやすい選択肢だと思います。

むしろ問題は、

「入れるかどうか」だけではなく、「12歳からこの環境で6年間暮らしたいと思えるか」

なのかもしれません。


英語を学ぶ学校、というより「英語でも学ぶ学校」

広島叡智学園を見ていて興味深いのは、

「英語を学ぶ学校」

というより、

「英語を使って学ぶ学校」

というところです。

英語そのものを目的にするのではなく、

数学。

科学。

社会。

探究。

そうした学びの中で英語を使っていく。

高校段階では、DP(Diploma Programme/ディプロマ・プログラム)を履修し、所定の要件を満たすことで、IB Diploma(国際バカロレア資格)の取得を目指すことができます。

帰国生家庭の場合、

「英語力を維持できる学校か」

だけで学校を探してしまうことがあります。

でも、本当に見たいのは、

その英語を使って何を学ぶのか。

なのかもしれません。


「未来創造科」という少し変わった授業もある

もう一つ、この学校らしいのが、

「未来創造科」

です。

扱うテーマは、

WELL-BEING(幸せ)

ENVIRONMENT(環境)

PEACE(平和)

の3つ。

答えが決まっている問題を解くのではなく、

自分たちで問いを立て、

調べ、

人と話し、

地域や専門家とも関わりながら、

考えていく。

島という環境も、その学びの一部になります。


高校から入る場合――ここは少し複雑

中学の入口は比較的シンプルです。

ところが、高校はかなり違います。

まず押さえておきたいのは、日本の一般的な中学3年生が、普通の県立高校と同じ一般入試でHiGAを受験する仕組みではないということです。

2027年度の正式要項を見ると、高校1年段階への基本的な入口は次の3つです。

① HiGA中学校からの内部進学

HiGA中学校からそのまま高校へ進む生徒です。

② 海外等連携協定に基づく入学者選抜

広島県教育委員会と連携協定を結んだ海外等の関係機関から推薦を受ける外国籍生徒を対象とします。

③ 外国人等生徒を対象にした入学者選抜

外国籍の生徒に加え、一定の条件を満たす日本国籍の帰国生も対象になります。

日本国籍の場合、2027年度は原則として「海外の学校での修学期間が5年以上」という条件があります。

要項では「海外の学校」とされており、現地校やインターナショナルスクールに限定するという記載はありません。ただし、日本人学校での在籍期間がこの条件にどのように扱われるかなど、出願資格に判断が必要な場合は、学校へ事前に確認したほうが確実です。

つまり、

「帰国生なら誰でも高校からHiGAを受験できる」わけではありません。

ここは中学入試との大きな違いです。


高校入試は「受験する時期」と「入る時期」を分けて考える

海外在住家庭にとって、ここは少し分かりにくいところです。

②と③の高校入学者選抜は、前年の8~10月というかなり早い時期に行われます。

そして、合格した生徒がいつ高校入学資格を得るのかによって、実際にHiGAへ入る時期が変わります。

基本的には、

翌年3月までに中学校卒業等の資格を満たす
→ 4月入学

4月以降8月までに資格を満たす
→ 9月編入学

という仕組みです。

つまり、

4月入学者と9月編入者が、別々の入試を受けるわけではありません。

たとえば海外校を6月に修了する生徒でも、

前年秋に選抜を受けて合格
→ 6月に海外校を修了
→ 9月からHiGA

という流れになります。

海外校の場合、日本のように3月に中学校相当課程を修了するとは限りません。

その違いにも対応できる仕組みです。


③の入試はどう行われるのか

③「外国人等生徒を対象にした入学者選抜」は二段階です。

第1次選抜は書類審査。

主な提出物は、

  • 志望理由書
  • 成績証明書
  • 英語力に関する証明
  • 数学レポート
  • 数学以外から1教科を選んで作成するレポート

です。

第1次選抜を通過すると、

オンラインによる個人面接

と、

数学レポートに基づく口頭試問

が行われます。

日本の一般的な高校受験のように、5教科の筆記試験を一斉に受ける方式ではありません。

そして2027年度の場合、出願は2026年8月から。

第2次選抜と合格発表は10月です。

中3の冬になってから高校を探し始めるのでは遅い。

高校からHiGAを候補にする海外在住家庭には、この日程も重要です。


実は、「秋からHiGAに入る方法」はもう一つある

ここからが少しややこしいところです。

先ほど説明したのは、

前年秋に②または③を受験して合格
→ 海外校などを4~8月に修了
→ 9月にHiGAへ

というルートでした。

ところがHiGAでは、これとは別に、年度が始まってから「編入学検査」が行われることがあります。

実際、2026年度にはSecond Semester Admissionsとして別途募集が行われました。

2026年度の場合、

4月に出願

5月に選抜・合格発表

2学期開始時からHiGAへ編入

という日程でした。

そして重要なのは、

「すでに別の高校で1学期を過ごした生徒だけ」が対象ではないことです。

出願時点でまだ海外の中学相当課程に在籍していても、8月までに中学校卒業等の資格を得る見込みであれば、条件を満たし得ます。

 

たとえば、

2026年4月 海外ではまだ中学相当課程に在籍

↓

4~5月 HiGAの編入学検査を受験

↓

6月 海外校の中学相当課程を修了

↓

2学期開始時からHiGAの高校課程へ

というケースも考えられます。

「編入」という言葉から、日本の高校から別の高校へ転校する制度だけを想像すると、この点を見落としてしまいます。


二つの「秋から入る方法」は何が違うのか

ここは少し複雑なので、二つを並べて整理してみます。

【前年秋の通常選抜から9月に入る場合】

受験するのは、前年の8~10月です。

実際にHiGAへ入るのは9月。

海外校を6月に修了する生徒も対象になり得ます。

日本国籍の生徒の場合は、原則として海外の学校での修学期間が5年以上という条件があります。

選抜は二段階で、

第1段階:書類審査

第2段階:オンライン面接+数学の口頭試問

という形です。

このルートで9月に入った場合も、卒業予定は日本の通常の高校3年生と同じ3月です。

そして、こちらは年度当初から予定されている正式な高校入学者選抜の募集枠です。

【別途行われる2学期編入学検査から入る場合】

こちらは2026年度の場合、当年4~5月に選抜が行われました。

実際にHiGAへ入るのは2学期開始時です。

こちらも、海外校を6月に修了する生徒が対象になり得ます。

日本国籍の生徒については、2026年度の場合、やはり原則として海外の学校での修学期間が5年以上という条件がありました。

選抜方法も、

第1段階:書類審査

第2段階:オンライン面接+数学の口頭試問

と、前年秋の選抜とかなり似ています。

2026年度の募集では、卒業予定は2029年3月とされていました。

ただし、大きな違いがあります。

こちらは、前年秋の入学者選抜とは別に行われる編入学検査です。

2026年度には、Second Semester Admissionsとして春に別途募集されました。

 

つまり、対象者や選抜方法はかなり似ています。

 

大きく違うのは、HiGAへ入る時期というより、受験する時期と選抜の仕組みです。

前年秋の入学者選抜では、前年8~10月に選抜を受け、4~8月に高校入学資格を取得した場合、9月からHiGAへ入ります。

一方、2026年度に別途行われた編入学検査では、4~5月に選抜が行われ、合格者は2学期開始時からHiGAへ入りました。

つまり、どちらも秋からHiGAで学び始めるための入口ですが、受験する時期と選抜の枠組みが異なります。

 

なお、学校はこの制度を「欠員補充」と説明しているわけではありません。

 

 

高2や高3から移ることはできるのか

では、

すでに海外や日本の高校で学んでいる高校2年生、高校3年生がHiGAへ移ることはできるのか。

これは、先ほどの2学期編入学検査とは別に考える必要があります。

広島県教育委員会には県立高校の転入学という制度があります。

ただしHiGAについては、

転入学を希望する場合は広島県教育委員会へ問い合わせる

という扱いになっています。

したがって、公開されている情報だけから、

「HiGAは毎年、高2・高3の転入生を募集している」

とは言えません。

その他の学年からの転入については、その年度の受入れの有無や条件を個別に確認する必要があります。


中学と高校の入口を整理すると

ここまで見てきた入口を、最後に簡単に並べてみます。

【中学】

中1・4月
国内・県外・海外から出願可能。
中学途中からの転入・編入はありません。

 

【高校】

高1・4月
HiGA中からの内部進学のほか、海外等連携協定選抜、外国人等生徒選抜があります。
日本国籍で外国人等生徒選抜を受ける場合、2027年度は原則として海外修学5年以上が条件です。

 

高1相当・秋から入る場合

秋からHiGAで学び始める入口には、少なくとも2026年度の制度を見ると二つの形があります。

前年秋の入学者選抜
前年8~10月に選抜を受け、4~8月に高校入学資格を取得した場合、9月からHiGAへ入ります。

当年春の編入学検査
2026年度には4~5月に別途選抜が行われ、合格者は2学期開始時からHiGAへ入りました。

 

その他の高校在学中
HiGAへの転入学は、受入れの有無、対象学年、条件などを広島県教育委員会へ個別に確認する必要があります。

 

こうして比べると、

中学は入口が広い一方、入るタイミングは一度だけ。

高校は入口の条件が狭い一方、海外の学校暦に対応した複数の入り方がある。

こうした違いが見えてきます。


そして、県立だから費用がかなり違う

全寮制。

IB。

英語で学ぶ環境。

こう並べると、高額な私立のボーディングスクールを想像するかもしれません。

ところが、広島叡智学園は県立です。

現在公表されている費用は、

中学校

授業料 無償
諸費 月額18,000円
寮費 月額37,000円

高等学校

授業料 月額9,900円
諸費 月額18,000円
寮費 月額37,000円

です。

寮費には月額30,000円程度の食費のほか、光熱水費、共益費、活動費なども含まれています。

単純に合計すると、

中学校 月額約55,000円

高等学校 月額約64,900円

です。

このほか、高校入学料、学用品、学習活動に伴う交通費などがかかります。

海外在住家庭なら、

長期休暇中の航空券。

帰省先での生活費。

個人的な支出。

なども考える必要があります。

それでも、

県立学校の費用体系で、全寮制+IBという環境が用意されている。

これは、この学校のかなり大きな特徴でしょう。


「出口」はどうなっているのか

新しい学校を見るとき、

「教育内容は面白そうだけれど、卒業後はどうなるのだろう?」

という疑問も出てきます。

広島叡智学園は、すでに2期の高校卒業生を送り出しています。

第1期生は2025年3月、45人。

第2期生は2026年3月、48人。

まだ2期分なので、長期的な進学傾向を語れる段階ではありません。

ただ、学校が2026年6月30日時点で公表している大学合格実績を見ると、出口はかなり多方向です。

国内では、

北海道大学

筑波大学

東京外国語大学

東京科学大学

京都大学

岡山大学

広島大学

高知大学

九州大学

慶應義塾大学

上智大学

早稲田大学

国際基督教大学(ICU)

など。

岡山大学、広島大学、高知大学では医学部医学科への合格も出ています。

海外では、

University of Pennsylvania

University of California, Berkeley

University College London(UCL)

King's College London

The University of Edinburgh

The University of Manchester

McGill University

University of Toronto

University of British Columbia

The University of Melbourne

The University of Sydney

The University of Hong Kong

Nanyang Technological University(NTU)

など。

アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、香港、シンガポールなど、かなり幅があります。

ただし、ここで挙げているのは進学先ではなく「合格実績」です。

一人の生徒が複数大学に合格している場合もあります。

それでも、少なくとも現時点では、

「IBを取って海外大学へ行くためだけの学校」ではない

ことが見えてきます。

国内の国公立大学。

国内私立大学。

医学部。

海外大学。

複数の出口が、実績として見え始めています。


IBの結果も出始めている

DP(Diploma Programme)では、最終的な成績が最高45点で評価されます。 IB Diploma(国際バカロレア資格)を取得するには、原則として24点以上に加え、所定の要件を満たす必要があります。

 

このDPの最終スコアは大学進学でも重要で、大学によってはIB Diplomaの取得に加え、総合スコアや特定科目の点数などが出願・入学条件として使われます。

 

そのうえで広島叡智学園が公表している令和8年度の成績を見ると、平均スコアは34.1(学校が併記している世界平均29.3)、最高スコアは41でした。

 

また、DPの全課程を履修してIB Diploma(国際バカロレア資格)の取得を目指した生徒のうち、資格を取得した割合は90%を超えています。

学校が併記している世界平均は、平均スコア29.3、資格取得率73.8%です。

ただし、卒業生はまだ2期です。

この数字だけで今後の結果まで予測することはできません。

それでも、学校を見るうえで参考になる一つの実績ではあります。


12歳、あるいは15歳で「国内か海外か」まで決めなくてもいい

帰国生の学校選びでは、

「日本の大学へ行くのか」

「海外大学へ行くのか」

という話が、かなり早い段階から出てきます。

でも、12歳や15歳で、そこまで決められる子ばかりではありません。

広島叡智学園の現在の合格実績を見ると、

国内大学。

海外大学。

医学部。

と、複数の方向が見えています。

つまり、

12歳や15歳の段階で、将来学ぶ国まで固定しなくてもいい。

その余地を残せることも、この学校の魅力の一つだと思います。


調べれば調べるほど、かなり面白い選択肢だった

今回、広島叡智学園を調べ始めたきっかけは、学校名でもIBでもありませんでした。

「大崎上島」

という地名でした。

昔、因島や瀬戸田から船で本土へ通ってくる生徒たちを教えていたこと。

終船に間に合うよう授業時間を気にしていたこと。

そして、私自身が瀬戸内の島々を好きだったこと。

そんな記憶から調べ始めた学校でした。

ところが、調べていくと、

県立。

全寮制。

中高一貫。

IB。

英語を使った学び。

瀬戸内の島そのものを生かした教育環境。

そして、まだ卒業生は2期ながら、国内大学にも海外大学にも出口が見えている。

一つ一つなら、似た特徴を持つ学校はほかにもあります。

でも、これだけの条件が一つの学校にまとまっているところは、そう多くありません。

特に中学からなら、海外在住家庭にも入口は広く開かれています。

もちろん、12歳から親元を離れて島で暮らすことが、すべての子どもに合うわけではありません。

でも、それが本人に合うのであれば、

「親は海外、子どもだけ帰国」という家庭にとって、かなり検討する価値のある選択肢ではないか。

今回は、調べ終わったあとにそう感じました。

学校を選ぶというより、

12歳、あるいは15歳から、どんな環境で暮らし、何を学び、その先にどんな出口を残しておくのか。

広島叡智学園は、その三つ――

「暮らす環境」「学ぶ環境」「卒業後の出口」

を一緒に考えられる学校でした。


関連記事

【帰国生の学校選び①】親は海外、子どもだけ帰国。「寮があれば助かる」から始まる学校選び

【帰国生の学校選び②】親は海外、子どもだけ帰国。「普通高校」以外の選択肢、神山まるごと高専

【帰国生の学校選び③】親は海外、子どもだけ帰国。「国際高専」の5年間と、その先の進路

【帰国生の学校選び⑤】親は海外、子どもだけ帰国。隠岐島前高校と「島で暮らす」という選択


参考資料

広島県立広島叡智学園中学校・高等学校 公式サイト

広島叡智学園中学校 入学者選抜

広島叡智学園 よくあるご質問

広島県教育委員会 2027年度広島叡智学園高等学校入学者選抜実施要項

HiGA 2026 Second Semester Admissions

広島叡智学園 大学入試結果・進路指導の方針

広島叡智学園 学費・寮費

国際バカロレア(IB)公式|Diploma Programme Assessment

国際バカロレア(IB)公式|University Admissions

 

※入試制度、募集人数、日程、学費等は年度によって変更される可能性があります。受験を検討する際は、必ず最新年度の学校・広島県教育委員会の公式情報をご確認ください。


SHIN GLOBAL SUPPORTでは、海外子女・帰国生の学校選びや進路について、特定の学校を一律におすすめするのではなく、それぞれのご家庭の状況を整理しながら、一緒に選択肢を考えています。

「親は海外に残る予定だけれど、子どもの進学をどうするか」

「日本へ戻すなら、どんな学校の選び方があるのか」

そんな段階からでも大丈夫です。

SHIN GLOBAL SUPPORT|海外子女・帰国生の教育サポート

-

親は海外で生活を続ける。

でも、子どもは日本へ帰国して進学する。

そんな家庭の学校選びについて、これまで何度か書いてきました。

このシリーズの出発点は、「寮があること」をまず条件にして、それ以外の条件をいったん外して学校を探してみることでした。

「普通高校でなければならない」

「このタイプの学校でなければならない」

そんな前提をいったん横に置いて、親が海外に住んだまま、子どもが日本で生活しながら学べる学校を探してみる。

そうすると、これまで学校選びの候補に入っていなかった学校が見えてくることがあります。

前回取り上げたのは「神山まるごと高専」です。

名前の通り、神山まるごと高専も「高専」です。

ですから今回は、「高校以外にも高専という選択肢があります」という話を、もう一度するつもりではありません。

今回、もう一つの学校として石川県にある国際高等専門学校(国際高専/ICT)を調べていて、改めて触れておきたいと思ったことがあります。

それは、

高専を卒業したあと、大学へ進む道もある。

ということです。

高専に詳しい人にとっては、当たり前の話かもしれません。

実際、私の周りにも、高専を卒業して大学へ編入した人はいます。

でも、中学生の進路として、

高校 → 大学

というルートを中心に考えている家庭にとって、

中学 → 高専5年間 → 大学編入

というルートは、意外と知られていないのではないでしょうか。

特に、

親は海外に残り、子どもだけ日本へ帰国する。

そんな家庭にとっては、「寮のある学校」という条件に加えて、その先にどんな進路があるのかまで知っておくと、学校の選択肢が少し違って見えてきます。

今回調べた国際高専は、その一例です。

しかも調べていくと、大学編入という出口だけではなく、15歳から20歳までの5年間そのものが、かなり特徴的な学校でした。


高専から大学へ進む道もある

高等専門学校は、中学校を卒業したあとに入学し、原則5年間学ぶ高等教育機関です。

普通高校のように3年間学んで大学受験をするのではなく、15歳前後から一般科目と専門科目を並行して学びます。

理工系の専門教育や実験・実習が早い段階から始まるのが、大きな特徴です。

そして5年間を修了したあと、就職だけでなく進学する学生もいます。

高専卒業者には大学への編入学という道があり、大学3年次などへ編入するケースがあります。

実際、高専全体で見ると、卒業生の4割前後が大学編入や専攻科などへ進学しています。

つまり、高専を経由して大学へ進むことは、特殊なルートではありません。

これは国際高専だけにある制度でもありません。

「大学へ行かせたいから高校を選ぶ」と考えている家庭でも、知っておいてよい選択肢だと思います。

では、その高専の一つである「国際高専」は、どんな学校なのでしょうか。


まず気になったのは「寮」だった

私が国際高専を調べ始めたきっかけは、やはり寮でした。

学校のFAQには、こんな質問が掲載されています。

「保護者が海外赴任中の場合や、留学生は単身で入学できますか?」

学校側の回答は「可能」です。

1・2年生は全寮制。

3年生はニュージーランドへ留学し、ホームステイ。

4・5年生は金沢へ移り、金沢工業大学と連携した環境で学びます。

つまり、

親が海外に住んだまま、子どもだけ日本へ戻って入学することが可能な学校です。

これは帰国生家庭にとって、かなり重要な情報です。

ただ、学校について調べていくと、

「寮のある高専」だけでは説明しにくい学校

だと分かってきました。


国際高専では、何を学ぶのか

国際高専の学科名は国際理工学科です。

教育目標として掲げているのは「グローバルイノベーターの育成」。

授業は原則として英語で行われます。

英語そのものを勉強するだけではありません。

数学や理科、工学などの理工系科目を、英語を使いながら学んでいきます。

さらに学校が力を入れているのが、エンジニアリングデザインやプロジェクト型の学びです。

課題を見つける。

解決方法を考える。

実際にものを作る。

試してみる。

うまくいかなければ改善する。

こうした過程を繰り返しながら、理工系の知識を実際の問題解決につなげていきます。

ただし、ここは区別して考えたほうがよさそうです。

専門教育。

実験・実習。

ものづくり。

プロジェクト型の学び。

大学への編入。

こうしたものの一つひとつが、国際高専だけにあるわけではありません。

高専そのものが、普通高校とはかなり違う教育を行う学校だからです。

国際高専の特徴は、それらに、

英語で学ぶ環境

全寮制

1年間の海外留学

金沢工業大学との連携

を組み合わせていることにあります。

個々の仕組みだけを見るよりも、5年間全体を見たほうが、この学校の特徴は分かりやすくなります。


入試には4つの方法がある

帰国生や海外在住家庭にとって、入試制度も気になるところです。

2027年度の募集は国際理工学科35名。

入試には、

グローバル入試

自己推薦入試

一般入試

自己推薦特別入試

の4種類があります。

中でも海外在住家庭が注目しそうなのが、グローバル入試です。

試験はオンラインで行われます。

数学や英語の筆記試験ではなく、出願書類と30分間の英語による面接などをもとに総合的に選考されます。

外国で9年間の学校教育を修了、または修了見込みの場合にも、所定の条件を満たせば出願できます。

受験のためだけに日本へ帰国しなくても、海外から受験できる可能性があるわけです。

ただし、これは「帰国生入試」という名称の入試ではありません。

また、

「筆記試験がない=簡単な入試」

と考えるのも違うでしょう。

英語による面接では、志望理由や将来の目標だけでなく、学習状況や、寮生活・ニュージーランド留学を含めた国際高専での学生生活についても確認されます。

自己推薦入試もオンラインで実施されます。

こちらも一般入試のような数学・英語の筆記試験ではなく、書類や面接などによって選考されます。

一方、一般入試では、

数学 40分

英語 40分

面接 15分

が課されます。

数学と英語の出題範囲は日本の中学校の学習範囲で、面接では日本語と英語の両方を使います。

試験会場は金沢、東京、大阪、名古屋です。

さらに3月には、オンラインで行われる自己推薦特別入試も用意されています。

つまり、

海外からオンラインで受験する方法もあれば、日本で一般入試を受ける方法もある。

帰国時期が家庭によって異なる海外在住家庭にとって、複数の受験方法があることは一つのメリットでしょう。


入試結果を見ると、少し意外だった

入試制度を調べていて、もう一つ目に留まった数字があります。

2026年度入試です。

募集定員35名に対して、

志願者 32名
受験者 31名
合格者 29名

でした。

内訳を見ると、

グローバル入試 8名受験・7名合格

自己推薦入試 11名受験・11名合格

一般入試 11名受験・10名合格

自己推薦特別入試 1名受験・1名合格

です。

受験者31名に対して29名合格。

少なくとも2026年度については、競争倍率だけを見ると、かなり高かったわけではありません。

学校を探している家庭にとって、これは知っておいてよい情報だと思います。

ただし、

合格率が高い=誰でも簡単に入れる

とは言えません。

募集人数自体が35名と少なく、英語での授業、理工系教育、寮生活、海外留学という学校の特徴を理解したうえで出願する生徒が中心と考えられます。

グローバル入試などでは、筆記試験がない代わりに英語による面接があります。

ですから、この学校は、

「入れるかどうか」だけではなく、「入ったあと、この5年間が本人に合うのか」

まで考えたほうがよさそうです。


1・2年生は、白山麓で全寮生活

入学すると、1・2年生は石川県白山市の白山麓キャンパスで生活します。

全寮制です。

寮では6人が一つのユニットを使います。

ただし6人部屋ではなく、それぞれに個室があります。

リビング、シャワールーム、洗面所、トイレなどは共有。

食事はキャンパス内のカフェテリアで、朝・昼・夕の3食が提供されます。

15歳前後から、

「学校へ通う」のではなく、「学校で暮らす」

生活が始まるわけです。

親が海外に残る家庭にとって、

住居を別に探す必要がない。

日常の食事も用意される。

学校と生活の場所が一体になっている。

これはかなり大きな意味があります。

ただし、学校は海外在住保護者でも単身入学できるとする一方、長期休暇中の帰省先や滞在先については事前に検討する必要があるとも案内しています。

「寮がある=5年間の生活をすべて学校に任せられる」

ということではありません。

海外在住家庭なら、ここは入学前に具体的に確認しておく必要がありそうです。


3年生は、全員ニュージーランドへ

2年間の寮生活を終えると、生活する国そのものが変わります。

3年生は全員、ニュージーランドへ約1年間留学します。

現地ではホームステイをしながら学びます。

これは短期の語学研修ではありません。

専門教育を続けながら海外で学ぶ期間が、5年間の教育課程そのものに組み込まれています。

つまり、

英語を学ぶためだけに海外へ行くのではなく、英語を使って専門分野を学ぶ。

ここは国際高専のかなり大きな特徴です。

海外生活を経験してきた帰国生にとっては、日本へ帰国したあとも、再び海外で学ぶ期間が用意されていることになります。

一方で、環境の変化が苦手な子どもにとっては、大きな負担になる可能性もあります。

特色のある学校だからこそ、

その特色が本人に合うか。

ここを見る必要があります。


4・5年生は、今度は金沢へ

ニュージーランドから帰国すると、また生活環境が変わります。

4・5年生は金沢キャンパスへ移り、金沢工業大学と連携した環境で学びます。

大学の施設や研究環境を利用しながら、専門分野の学修や研究、プロジェクト活動を進めます。

生活面では、主に金沢工業大学周辺で一人暮らしをしながら通学します。

つまり5年間を並べると、

1・2年生
白山麓で全寮生活

↓

3年生
ニュージーランドでホームステイ

↓

4・5年生
金沢で一人暮らし

です。

15歳で親元を離れ、

共同生活をし、

海外で暮らし、

最後は一人暮らしへ移る。

学校を選ぶというより、15歳から20歳までの生活そのものを選ぶ。

国際高専を調べていて、私が一番印象に残ったのはこの部分でした。


その先には、どんな進路があるのか

そして、最初の話に戻ります。

高専を卒業したあとには、就職だけではなく大学へ進む道があります。

これは国際高専だけの特徴ではありません。

国際高専で特徴的なのは、同じ学校法人が運営する金沢工業大学との接続が、教育システムとしてかなり明確に設計されていることです。

国際高専5年間のあと、金沢工業大学3年次へ編入し、さらに大学院修士課程まで進む**「5+4」の9年間一貫教育**というルートも示されています。

もちろん、卒業後の進路は金沢工業大学だけではありません。

2024年度の卒業生は9名で、9名全員が進学。

進学先は、

金沢工業大学 4名
工学院大学 2名
駒澤大学 1名
東京海洋大学 1名
The University of Glasgow 1名

でした。

2025年度は卒業生5名のうち4名が進学し、

金沢工業大学 2名
Purdue University 1名
上海交通大学 1名

となっています。

国内大学だけではなく、海外大学へ進んだ例もあります。

ただし、ここは数字を慎重に見たほうがいいでしょう。

卒業生が毎年数名という非常に小規模な学校です。

この実績だけから、

「海外大学に強い」

「ほとんどの学生が大学へ進学する」

と一般化することはできません。

それでも、

高専 → 就職

だけではなく、

高専 → 国内大学

高専 → 海外大学

という複数の出口が実際にあることは分かります。

「高専へ行ったら、その後の大学進学が難しくなるのでは?」

と考えていた家庭なら、学校選びの見方が少し変わるのではないでしょうか。


ただし、費用はしっかり確認したい

ここは現実的に見ておく必要があります。

国際高専は、国立高専と同じような費用感ではありません。

2027年度入学者向けの学校納入金を見ると、1・2年生は、

授業料 年間182万4,000円
寮費 年間54万6,000円
食費 年間63万円

です。

合計すると、年間300万円になります。

さらに3年生のニュージーランド留学では、

本校授業料 25万円

オタゴポリテクニク授業料 25,831ニュージーランドドル

ホームステイ費用 20,713ニュージーランドドル

が必要です。

学校が使用している1NZドル=90円の試算では、

オタゴポリテクニク授業料が約232万5,000円、

ホームステイ費用が約186万4,000円。

これに本校授業料25万円を加えると、これらだけで約444万円になります。

さらに渡航費や現地での個人的な支出なども別途必要です。

また、4・5年生になれば、一人暮らしの住居費や日々の生活費も考えなければなりません。

為替によってニュージーランドで必要になる金額も変わります。

したがって、

「寮があるから海外在住家庭でも安心」

という一点だけで選べる学校ではありません。

教育内容。

5年間の生活。

留学。

その先の進路。

そして費用。

全部を並べて考える必要があります。


「親は海外、子どもだけ帰国」という視点から見ると

前回、神山まるごと高専を取り上げました。

そして今回は、同じ「高専」という制度の中にある国際高専を調べました。

同じ高専でも、学校の教育内容や5年間の過ごし方はかなり違います。

一方で、今回改めて感じたのは、

高専という進路そのものを、もう少し知っておいてもいいのではないか

ということでした。

親が海外に残り、子どもだけ日本へ帰国する。

そうなると、どうしても、

「寮のある高校はどこだろう」

というところから学校を探し始めます。

でも、寮のある高専もある。

そして、その5年間の過ごし方も、その先の進路も、学校によってかなり違います。

その中には、国際高専のように、

英語で理工系を学び、

寮で生活し、

海外へ留学し、

最後は大学と連携した環境で学ぶ、

という学校もあります。

もちろん、誰にでも向いている学校ではありません。

理工系に興味があるか。

英語を使って学びたいか。

15歳から親元を離れて生活できるか。

寮生活が合うか。

もう一度海外へ出ることを楽しめるか。

何度も生活環境が変わる5年間を本人が望むか。

そして、その教育に必要な費用を家庭としてどう考えるか。

入試結果だけを見れば、少なくとも2026年度は競争倍率の高い学校ではありませんでした。

でも、この学校について本当に考えるべきなのは、そこではないように思います。

「入れる学校か」ではなく、

「この5年間を、本人に経験させたいか」。

親が海外に残り、子どもだけ日本へ帰国する。

そんな家庭の学校選びでは、

「どの学校に入れるか」だけではなく、その先にどんな道が続いているのか。

そこまで見てみると、選択肢はもう少し広がるのかもしれません。


参考資料

文部科学省「高等専門学校(高専)について」

国際高等専門学校「入試情報」

国際高等専門学校「グローバル入試」

国際高等専門学校「過去の入試結果」

国際高等専門学校「学生生活 FAQ」

国際高等専門学校「教育」

国際高等専門学校「5+4の9年間一貫教育」

国際高等専門学校「学校納入金等」

国際高等専門学校「進路実績」

 


関連記事

「親は海外、子どもだけ帰国」という学校選びについて、こちらの記事でも書いています。

▶ 【帰国生の学校選び①】親は海外、子どもだけ帰国。「寮があれば助かる」から始まる学校選び

 

▶ 【帰国生の学校選び②】親は海外、子どもだけ帰国。「普通高校」以外の選択肢、神山まるごと高専

 

▶【帰国生の学校選び④】親は海外、子どもだけ帰国。瀬戸内の島にある「県立・全寮制・IB」という選択肢

 

▶【帰国生の学校選び⑤】親は海外、子どもだけ帰国。隠岐島前高校と「島で暮らす」という選択

 


海外子女・帰国生の学校選びについて

海外に住みながら、日本への帰国や子どもの進学を考えると、学校だけでなく、寮、帰国時期、家族の生活拠点、その先の進路まで含めて考える必要があります。

SHIN GLOBAL SUPPORTでは、海外子女・帰国生の教育や学校選びについて、「あなたの場合」を一緒に整理する個別相談を行っています。

▶ SHIN GLOBAL SUPPORTについてはこちら

海外移住を考えるとき、税金はどこまで重要なのでしょうか。

私はこれまでシンガポールに長く暮らし、マレーシアへの移住もかなり真剣に検討してきました。そして現在は、東南アジアを行き来しながら、タイにも生活の拠点を置いています。

その中で最近、改めて強く感じていることがあります。

税金だけで移住先を決めるのは違う。

でも、税金を無視して移住先を決めることもできない。

特にタイでは近年、国外所得をめぐる税制の扱いが大きく変わりました。

そして私自身、その変化にかなり振り回されることになりました。

タイでは以前、翌年に持ち込めば課税されなかった

まず、少し税制の話から始めます。

タイでは、年間180日以上滞在すると、税法上の居住者とみなされます。

国外で得た所得についても規定があるのですが、以前は少し変わった運用がされていました。

簡単に言えば、

「国外で得た所得を、その所得を得た年と同じ年にタイへ持ち込んだ場合に課税する」

という考え方です。

逆に言えば、年をまたいでから持ち込めばよかった。

たとえば2022年に海外で得た所得を、2023年になってからタイへ持ち込む。

この場合、従来の運用ではタイでの課税対象にならない。

ところが、この運用が2024年から変わりました。

2024年1月1日以降に得た国外所得は、タイの税務居住者がタイへ持ち込むと課税対象になります。所得を得た年ではなく、その後の年に持ち込んだ場合も同様です。

つまり、

「今年稼いだお金は、来年になってからタイへ送ればいい」

という従来の方法が使えなくなったわけです。

ここで大事なのが、2023年以前の所得です。

今回の新しい取扱いの対象になるのは、2024年1月1日以降に得た国外所得です。

2023年12月31日までに得た国外所得については、2024年以降にタイへ持ち込んでも、この新しい取扱いによるタイの個人所得税の対象にはなりません。

つまり、タイへ入ってきたお金を考えるときには、

「いくら送ったのか」

だけでは足りない。

「そのお金をいつ得たのか」

まで重要になってきます。

「前の年までに済ませておけばよかった……」

実は私は、タイに生活の拠点を置き始めた年に、不動産購入のためのまとまった資金をタイへ持ち込みました。

後から税制について詳しく調べるようになって、

「これ、前の年までに済ませておけばよかったんじゃないか」

とかなり後悔しました。

もちろん、不動産を買うためにタイへ送ったお金が、そのまますべて課税所得になるという話ではありません。

それがいつ得たお金なのか。

給与などの所得なのか。

以前から持っていた資金なのか。

2023年以前の所得なのか。

2024年以降に得た所得なのか。

そうした原資によって扱いは変わります。

でも、私にとって大きかったのは、

「移住する年」と「お金を動かす年」は、別々に考えてはいけないのだ

と初めて実感したことでした。

シンガポールでは、こんなことをほとんど考えなかった

なぜ私がタイの税制にこれほど戸惑ったのか。

おそらく、長くシンガポールで暮らしてきたことも関係しています。

シンガポールでは、例外はありますが、個人が国外で得た所得をシンガポールで受け取っても、一般には課税されません。

キャピタルゲインも原則として非課税です。

これは私にとって、単なる制度上の知識でもありません。

シンガポールで長く暮らす中で、私自身も不動産を売買した経験があり、売却時にはこのキャピタルゲイン非課税という税制の恩恵を実際に受けたことがあります。

もちろん、不動産の売却益なら何でも非課税というわけではなく、利益を得る目的で売買を繰り返すなど、実態によっては所得として課税される場合があります。

それでも、不動産を所有し、実際に売却まで経験した自分にとって、シンガポールの税制の魅力は机上の話ではありませんでした。

この不動産の話については、また別の記事で書いてみたいと思っています。

法人税率は現在17%。

個人所得税についても、私は長年シンガポールで働き、毎年税金を払ってきましたが、自分の感覚としてはかなり低いものでした。

もちろん、税金は払っています。

でも、

「税金が重い国に住んでいる」

という感覚を持ったことは、ほとんどありませんでした。

まして、

「このお金は何年に得たものだろう」

「今シンガポールへ持ってきても大丈夫だろうか」

と、個人として生活する中で国外にある自分のお金の移動をここまで神経質に考えた記憶はありません。

税制という点だけを見れば、シンガポールは今でも非常に魅力的な国だと思います。

マレーシアも、税制はかなり魅力的だった

そして、もう一つ私が移住先としてかなり真剣に検討した国がマレーシアです。

私はMM2Hについてもかなり調べました。

マレーシアでは現在、一定の条件のもとで、居住者個人の国外源泉所得について免税措置が設けられています。

現在の政府資料では、個人については2036年末までとなっています。

MM2Hの公式サイトでも、国外からの資金・所得についての税制上のメリットが明記されています。

海外で収入を得ながら暮らす人間にとって、これはかなり大きな魅力です。

私自身、MM2Hを真剣に考えた理由の一つでもありました。

シンガポールでは、個人の国外所得は一般に非課税。

マレーシアにも国外所得についての免税措置がある。

そういう環境を長く見てきた私にとって、

「国外で得たお金を、生活している国へ持ってくる」

ということは、もともとそれほど神経質になる行為ではなかったのです。

ところが、タイに生活の拠点を置くようになって、状況が変わりました。

調べれば調べるほど、分からなくなった

さらに戸惑ったのが、法律や制度を読んだだけでは、実際にどうすればいいのかがなかなか見えてこなかったことです。

これはタイのDTVを取得したときにも経験しました。

DTVは2024年に始まった、リモートワーカーなども対象とする新しい長期滞在制度です。

ただし、ビザ上の滞在資格と税務上の居住者判定は別の話です。

DTVだから国外所得が非課税になるわけでもありません。

新しい制度だけに、DTVで国外の仕事を続けながらタイに長く滞在する場合、税制との関係をどう考えればいいのか、私には余計に分かりにくく感じられました。

私は一度DTVをリジェクトされています。

そのときも感じたのですが、タイでは制度として書かれていることと、実際の現場で求められることの間に、外国人から見ると「玉虫色の解釈」と感じる部分があります。

もちろん、これはタイだけの話ではないでしょう。

制度には解釈があり、個別事情もあります。

ただ、税金について専門家に相談したときにも、似たようなことが起こりました。

ある専門家から受けた説明は、おおむね次のようなものでした。

① 年間180日以上タイに滞在している
② タイ国内に所得がある
③ タイ国内に銀行口座がある

この三つが揃わなければ、税務申告をする必要はない、という趣旨の説明でした。

ところが、別の専門家に聞くと、反応がかなり違う。

「180日以上タイに滞在して税務居住者になるのであれば、当然、税金の申告について考える必要があるでしょう」

という感じです。

どうなっているんだろう。

もちろん、ここでどちらの専門家が正しいのかを私が断定するつもりはありません。

180日以上滞在して税務居住者になることと、実際に申告義務が発生することも、まったく同じ話ではありません。

所得の種類、金額、どこで生じた所得なのか、タイへ持ち込んだのかなど、個別の条件によって扱いは変わります。

ただ、DTVという新しい長期滞在制度を使い、国外の仕事を続けながら複数の国を行き来している自分にとって、専門家に聞いても説明が一致しないという事実そのものが不安でした。

だったら、自分で全部記録しておこう

結局、私が出した答えは単純でした。

分からないなら、後から説明できるようにしておこう。

それから私は、タイへ入ってくる自分のお金の流れを、かなり細かく記録するようになりました。

いつタイへ入金したのか。

いくら入金したのか。

どこから送ったのか。

何を原資とするお金なのか。

2023年以前に得たお金なのか。

2024年以降に得た所得なのか。

どの口座から、どの口座へ動いたのか。

その原資を証明できる資料は何なのか。

これらをデジタルで記録し、後から追えるようにしています。

税務当局から何か言われることを前提に暮らしているわけではありません。

でも、制度が変わり、専門家によっても説明が違うのであれば、

「私はこういう理由で、このお金をタイへ持ってきました」

と自分で説明できる状態にしておいた方がいい。

自分の身は、自分で守る。

海外で暮らしていると、結局こういうところに戻ってくるような気がします。

しかも私は、シンガポールですでに税金を払っている

もう一つ、私の場合には重要なポイントがあります。

シンガポールで得た所得については、私はシンガポールで所得税を払っています。

つまり、

「海外で所得を得た。タイへ送った。だからもう一度そのまま全額に税金がかかる」

というほど単純な話ではありません。

タイとシンガポールの間には租税条約もありますし、外国で支払った所得税については、条件に応じて外国税額控除という仕組みもあります。

二重課税を調整する仕組みはあるわけです。

でも、ここでも結局必要になるのは記録です。

どの所得を、

いつ得て、

どこの国で、

いくら税金を払い、

そのうちどのお金をタイへ持ってきたのか。

それを説明できなければなりません。

そう考えると、税制というのは単に「税率何%」だけの話ではないのだと実感します。

そして「全世界所得課税」という話まで出てきた

さらに私を焦らせたのが、タイの「全世界所得課税」をめぐる話でした。

2024年、タイRevenue Department(歳入局)が、税務居住者について、国外所得をタイへ持ち込んだかどうかにかかわらず課税する、いわゆるworldwide incomeの考え方に沿ってRevenue Code(歳入法典)第41条を改正する方向で検討している、と報じられました。

当時のRevenue Department長官自身が、こうした法改正を検討していると説明していました。

もし実現すれば、タイへお金を持ち込んだかどうかだけを考えていればよい、という話ではなくなります。

私はこの報道を見て、かなり焦りました。

ただし、ここは現在の状況と分けて考える必要があります。

この記事を書いている2026年9月時点で、私が確認できたRevenue Departmentの公式情報では、国外所得については現在も「タイへ持ち込んだ所得」を対象とする仕組みが続いています。

2024年に報じられた全世界所得課税への変更が実現したことは確認できませんでした。

むしろその後、2025年にはRevenue Departmentから、国外所得を得た年またはその翌年にタイへ持ち込んだ場合に免税するという、逆に現在の送金課税を緩和する方向の案も出ています。

ただ、こちらについても、2026年9月時点ではまだ正式に施行されたことを確認できません。

つまり、現時点で実際に適用されている制度と、これまで報じられてきた変更案は、分けて考えた方がよさそうです。

「それなら、タイに来た意味がないじゃん」

全世界所得課税への変更が検討されているという話を最初に知ったとき、正直に言えば、私が一瞬思ったのはこれでした。

「それなら、タイに来た意味がないじゃん」

シンガポールは個人の国外所得が一般に非課税。

マレーシアも現在は国外所得について免税措置がある。

それなのに、なぜわざわざ全世界所得課税になるかもしれないタイに生活の拠点を置いたのか。

一瞬、焦りました。

「国外で得た所得は、その国へ持ち込まない限り課税されない国はどこだ?」

と調べ始めました。

マレーシア?

だったら最初からMM2Hにしておけばよかった?

シンガポールにもう少し軸足を残したままでよかった?

でも、すぐに思います。

いや、シンガポールは生活コストが高すぎる。

では、もっと別の国?

コスタリカ?

ジョージア?

パナマ?

税制だけを見て、あちこち調べました。

今思えば、少し焦っていたのだと思います。

でも、そもそも私はなぜタイに生活の拠点を置いたのだろう

そこで、一度考え直しました。

タイには、税制以外の条件で自分に合っているところがたくさんあります。

気候がいい。

生活コストが比較的低い。

自分が長く暮らし、好きになった東南アジアにある。

人がいい。

生活環境も、自分には比較的合っています。

住居費、食費、医療、交通、気候、ビザ、生活環境。

そして、その土地そのものを自分が好きかどうか。

全部並べてみると、

「税金が安いか、高いか」

だけでは決められないことに改めて気づきました。

結局は「コストに対する移住価値」なのかもしれない

仮に将来、タイの税制が自分にとって不利な方向へ変わったとします。

税負担が増えるのであれば、それは当然マイナスです。

でも、

「税金がゼロだから住む」

「税金がかかるから出ていく」

という二択で考える必要はないのではないか。

税金も生活コストの一つとして考えればいい。

税金。

住居費。

食費。

医療費。

交通費。

ビザにかかるコスト。

その代わりに得られる気候。

住環境。

人との関係。

自分が好きな東南アジアで生活できること。

それらを全部含めたコストに対して、自分がどれだけ望む生活を得られるのか。

結局は、

「コストに対して、どれだけの移住価値があるのか」

という話なのではないかと思うようになりました。

税制だけを見るなら、現在のマレーシアはかなり魅力的です。

でも、MM2HにはMM2Hの条件があります。

実際に住むとなれば、住居、生活環境、移動、医療など、別の条件も出てきます。

シンガポールも同じです。

税制だけを見れば、今でも私には非常に魅力的です。

でも、現在の生活コストまで含めて考えると、

「では、シンガポールを生活の中心にすればいい」

とはなりません。

一つの条件だけを取り出せば答えは簡単です。

難しいのは、それを全部同時に考えることです。

制度が変わるなら、自分の方に柔軟性を持たせればいい

そして、もう一つ考えたことがあります。

税制は自分では決められません。

法律や制度が変わることを止めることもできません。

だったら、自分の生活の方に柔軟性を持たせておけばいい。

一年のうち何日タイに滞在するのか。

いつ、どのお金をタイへ持ち込むのか。

そのお金は何年に得たものなのか。

どこで税金を払った所得なのか。

証明できる資料は残っているのか。

自分で選択できる部分については、後から動けるようにしておく。

そして制度がさらに変わったら、その時点でもう一度考える。

滞在日数を変えるのか。

資金の持ち方を変えるのか。

生活拠点の組み合わせを変えるのか。

その中で、タイに生活の拠点を置く価値があるのか。

そのときの制度と、自分の生活をもう一度並べて考えればいい。

制度を自分の都合に合わせることはできません。

でも、制度が変わったときに対応できる余地を、自分の生活の中に残しておくことはできます。

税金だけで移住先は決められない。でも、税金を無視することもできない

シンガポールで長く生活してきた中で、私は国外から自分のお金を持ち込むことを、ここまで意識したことはありませんでした。

タイでは、資金を動かす時期まで考え、専門家によって違う説明を聞き、自分のお金の流れを細かく記録するようになりました。

そして税制がさらに変わるかもしれないという話を聞いて、他の国まで調べました。

でも結局、今のところ私が戻ってきた答えは、

「税制だけを理由に、タイという選択肢を外す必要はない」

というものでした。

もちろん、将来制度がどうなるかは分かりません。

税負担が大きく変われば、また考え直すかもしれません。

それでいいのだと思います。

どこで働くのか。

どこで所得を得るのか。

どこで税金を払うのか。

一年のうち何日を、どの国で暮らすのか。

資産をどこに置くのか。

家族はどうするのか。

そして、

自分はどこで、どんな生活をしたいのか。

税制は、その中の大切な条件の一つです。

税金だけを見て移住先を決めるつもりはありません。

でも、税金を無視して移住を考えることも、もうできません。

制度は変わります。

だからこそ、一つの制度を前提に人生を固定するのではなく、制度が変わったときにもう一度組み替えられる余地を残しておく。

今の私は、それも海外で暮らすための「生活設計」の一つなのだと思っています。

 


関連記事

タイでの長期滞在については、DTVを実際に申請したときの経験も書いています。

→ DTV、一度リジェクトされました。

 

マレーシアについては、MM2Hを調べ、実際にジョホールでコンドミニアムを購入した経験から、制度が変わることと生活設計について書いています。

→ 制度と向き合う ― MM2Hを調べ、ジョホールにコンドミニアムを買った経験から

 

シンガポールで25年近く暮らし、タイなど別の場所で過ごす時間も増えた今、「どこに住むか」だけではなく、「どう行き来するか」という暮らし方について書きました。

→移住先は一つでなくてもいい。「どこに住むか」から「どう行き来するか」へ

 


 

海外移住を「条件」だけで決めないために

海外移住を考えていると、税制、ビザ、住居費、医療、教育、仕事、家族、ペットなど、調べることがどんどん増えていきます。

一つひとつの条件だけを見ると魅力的でも、全部を並べてみると、自分に合う答えが変わることもあります。

SHIN GLOBAL SUPPORTでは、特定の国を勧めるのではなく、これまでの海外生活や移住検討の経験をもとに、

「自分の場合、何を優先して考えればいいのか」

「候補になっている国や地域を、どう比較すればいいのか」

といった海外移住・海外生活の整理をお手伝いしています。

税務そのものの専門的な判断は、税理士などの専門家への確認が必要です。

その前段階として、これからの暮らし方や条件を一度整理してみたい方は、こちらをご覧ください。

▶SHIN GLOBAL SUPPORT

 

 


 

※税制は居住状況、所得の種類、所得が生じた時期、租税条約などによって取扱いが異なります。本記事は私自身の経験と、執筆時点で確認した公的資料等をもとにしたもので、個別の税務判断を示すものではありません。

参考資料

Thailand Revenue Department「Revenue Code Section 41」
https://www.rd.go.th/english/37749.html

Thailand Revenue Department「Foreign-sourced income tax」
https://www.rd.go.th/fileadmin/user_upload/lorkhor/newspr/2024/FOREIGNERS_PAY_TAX2024.pdf

Thailand Revenue Department「Foreign Tax Credit Calculation Tool」
https://www.rd.go.th/68221.html

Thailand Revenue Department「Foreign Tax Credit Manual」
https://www.rd.go.th/fileadmin/user_upload/porphor/GuideTaxFromAbroad_EN.pdf

Thailand Ministry of Foreign Affairs「Thailand's New Visa Measures / Destination Thailand Visa」
https://www.mfa.go.th/en/content/thailandnewvisa-en

IRAS「Income received from overseas」
https://www.iras.gov.sg/taxes/individual-income-tax/basics-of-individual-income-tax/what-is-taxable-what-is-not/income-received-from-overseas

IRAS「Gains from sale of property, shares and financial instruments」
https://www.iras.gov.sg/taxes/individual-income-tax/basics-of-individual-income-tax/what-is-taxable-what-is-not/gains-from-sale-of-property-shares-and-financial-instruments

IRAS「Individual Income Tax Rates」
https://www.iras.gov.sg/taxes/individual-income-tax/basics-of-individual-income-tax/tax-residency-and-tax-rates/individual-income-tax-rates

IRAS「Corporate Income Tax Rates」
https://www.iras.gov.sg/quick-links/tax-rates/corporate-income-tax-rates

Malaysia Ministry of Finance「Budget 2026 – Tax Measures」
https://belanjawan.mof.gov.my/pdf/belanjawan2026/ucapan/tax-measures.pdf

Malaysia My Second Home(MM2H)「Guidelines」
https://www.mm2h.gov.my/apply/guidelines

Malaysia My Second Home(MM2H)「Category Overview」
https://www.mm2h.gov.my/category/overview

2024年のタイ「全世界所得課税」への改正検討に関する報道:

The Phuket News / Bangkok Post「New overseas income rules」
https://www.thephuketnews.com/new-overseas-income-rules-92533.php

The Phuket News / Bangkok Post「Law to tax income from overseas in the works」
https://www.thephuketnews.com/law-to-tax-income-from-overseas-in-the-works-93577.php

海外に住むことは、日本との日常を「切る」ことでもあった。

今こう書くと、少し大げさに聞こえるかもしれません。

LINEで家族や友人にいつでもメッセージを送れる。Zoomを使えば顔を見ながら話せる。Netflixなどの動画配信サービスで、日本のコンテンツを見ることもできる。

海外にいても、日本との距離をあまり感じずに生活できる時代になりました。

でも、私がシンガポールへ移住した頃は、まったく違いました。

日本語のパソコンを買うことすら大変だった

今では、一台のパソコンで複数の言語を使うのは当たり前です。

OSも自動でアップデートされ、設定を変えれば日本語でも英語でも使える。スマートフォンに至っては、どこの国で買った端末なのかを意識することすら少なくなりました。

当時は、海外で日本語環境のパソコンを手に入れること自体が一苦労でした。

シンガポールには、日本人向けに日本語のパソコンを扱うサービスもありました。そこに頼れば手に入る。でも当然、割高です。

「海外に住む」というだけで、日本では当たり前に使えていたものを手に入れるところから違いました。

日本人同士なのに、携帯のメッセージはローマ字

もちろん、今のようなスマートフォンもありません。

当時のシンガポールでは、NOKIAの携帯電話を本当によく見かけました。

「ガラケー」と呼んでしまうと日本独自の携帯電話を連想しますが、要するにスマートフォンが登場する前の世界仕様の携帯電話です。

私が使っていたような現地向けの携帯電話では、言語設定は英語、中国語、マレー語など。

日本語は使えませんでした。

だから日本人同士でSMSを送るときも、ローマ字です。

今なら日本にいる人にも海外にいる人にも、同じように日本語でメッセージを送れます。

当時は、そんな小さなところにも「海外にいる」という感覚がありました。

国際電話は「何分話したか」を気にするものだった

日本の家族との連絡は、音声通話です。

LINE電話などありません。

少しでも安く日本へ電話するために、国際電話を安く提供する会社を探しました。

当時は、特定の番号を先に入力してから国際電話をかけると、通常より安い料金で通話できるサービスがいくつもありました。

それでも電話をしている間は、

「今、何分くらい話したかな」

と気になります。

家族と話すことに、お金と時間を意識する。

考えてみれば、この違いはかなり大きかったように思います。

日本のテレビ番組を「ビデオ」で借りる

日本のテレビも普通には見られません。

YouTubeもなければ、Netflixもありません。

そこで、日本のテレビ番組を録画したものを貸してくれるレンタルショップがありました。

ビデオです。

DVDではありません。

VHSのビデオテープです。

日本で放送された番組を録画したビデオテープを借りてきて、自宅のビデオデッキで見る。

海外生活の閉塞感を少しだけ和らげてくれる、貴重な存在でした。

CMは基本的にカットされています。

ところが、編集し忘れたのか、ほんの少しだけ日本のCMが残っていることがありました。

それを見ると、なぜかうれしい。

日本に住んでいたら、おそらく気にも留めなかったテレビCMです。

それなのに海外で久しぶりに見ると、

「ああ、日本だ」

と思う。

今振り返ると、当時の日本との距離をよく表している気がします。

今度は「VCD」を探して日本のドラマを見る

日本のドラマを見たくなれば、今度はVCDを探しました。

DVDではありません。VCDです。

見た目はDVDとほとんど同じようなディスクですが、画質はかなり落ちます。しかも一枚に入る映像の容量が少ないので、連続ドラマを全話見ようとすると、何枚ものディスクを次々と入れ替えなければなりません。作品によっては十枚近くになることもありました。

当時のシンガポールには、この手の商品を扱う店がたくさんありました。

日本のドラマのVCDを探し回り、見つければまとめて見る。

今でいうオンデマンド配信でドラマを一気見する感覚に近かったのかもしれません。

ただ、その「一気見」も、今とはまったく違います。

何枚ものVCDを入れ替えながら、画質の悪い映像で日本のドラマを見る。

その悪い画質のせいで、映像がなんだか暗いんです。

日本のドラマを見ているはずなのに、画面の向こうの日本が妙に遠く感じられる。

せっかく日本のドラマを見つけてうれしかったはずなのに、その暗い映像を見ていると、こちらの気分までだんだん暗くなる。

今思えば、見たかった日本がそこに映っているのに、かえって日本との距離を感じていたのかもしれません。

そして、久しぶりに日本へ帰ってテレビを見る。

知らない芸能人が出ている。

知らない番組が流れている。

話題についていけない。

浦島太郎になったような気分です。

日本の本や雑誌も、気軽には買えなかった

日本の本や雑誌を読むのも、今ほど簡単ではありませんでした。

シンガポールには日本の書籍を扱う古本屋があり、私もそこで本を買っていました。

もちろん、新刊も買えます。紀伊國屋書店のような日本の書籍を扱う書店もありましたし、Amazonで取り寄せることもできました。

でも、海外で日本の本を買えばどうしても割高になります。

日本にいれば、ちょっと気になった本や雑誌を気軽に買う。

そんなことにも、海外にいると少しハードルがありました。

それが電子書籍の登場で変わりました。

紀伊國屋書店の電子書籍アプリ「Kinoppy」やKindleなどの電子書籍を使うようになってから、読みたい本をその場で探して読めることが一気に増えました。

これは私にとって、かなり革命的な変化でした。

映像だけではありません。

日本語の本を読むという日常まで、海外に持ってこられるようになったのです。

海外へ行くことは、日本の日常から「切れる」ことだった

もちろん、日本と完全に断絶していたわけではありません。

電話はできる。

手紙も送れる。

飛行機に乗れば日本へ帰ることもできる。

でも、今振り返ると、当時海外に住むということには、

日本との日常的なつながりを、ある程度「切る」

という感覚が含まれていたように思います。

家族や友人の日常が見えない。

日本で何が流行っているのかも、よくわからない。

テレビも簡単には見られない。

気軽にメッセージを送ることもできない。

日本にいる人たちの日常が続いていく一方で、自分だけがそこから少しずつ切り離されていく。

単にITツールが今ほどなかっただけ、と言えばその通りです。

でも、そこで生まれる感情は、単なる「不便」ではありませんでした。

当時の自分の感覚に一番近い言葉を選ぶなら、

閉塞感。

だったと思います。

なぜか、日本の自然まで恋しくなった

しかも当時のシンガポールには、今のような華々しさもありませんでした。

そして私にとって、ほっとできる「本当の自然」もなかなか見つからない。

整えられた箱庭のような緑ではなく、

さらさらと流れる小川。

空気のきれいな山。

森。

日本にいた頃には、それほど意識していなかったはずのものを、なぜか海外に出てから探すようになりました。

気がつけば、自然を探している自分がいました。

以前の記事で、「インドネシアを探しに」行くようになったことを書きました。

バリ島のウブドへ行って、田んぼの風景を見てほっとした。

あの感覚にも、もしかするとこの頃の閉塞感が関係していたのかもしれません。

日本との日常から切り離される。

自分がほっとできる自然もない。

当時のシンガポール生活を振り返ると、「真綿で首を絞められる」という表現が頭に浮かびます。

大げさに聞こえるかもしれません。

でも、当時の自分にとっては、本当にそんな感覚でした。

それが、少しずつ変わっていった

あるとき、日本のテレビ番組をインターネット経由で生配信してくれる有料サービスが登場しました。

私は飛びつきました。

日本のテレビがリアルタイムで見られる。

しかも、CMまで流れる。

ビデオの中にほんの少し残った日本のCMに喜んでいた自分にとって、これはかなり大きな変化でした。

Facebookが広がり始めたときもそうでした。

しばらく音信不通になっていた昔の友人を見つける。

「もう連絡を取ることはないだろう」と思っていた人と、突然もう一度つながることができる。

海外に住んでいた私にとって、SNSは単なる新しいサービスではありませんでした。

離れてしまった日常と、もう一度つながるためのツールでもありました。

LINEで、家族や友人が再び日常の中に入ってきた

そしてLINE。

これは本当に大きかった。

日本の家族や友人に、何か思いついたらその場でメッセージを送れる。

写真も送れる。

返事もすぐ来る。

かつては日本人同士でもローマ字でSMSを打ち、家族への国際電話では通話時間を気にしていました。

それが、国境をほとんど意識せずに日常の会話を続けられるようになった。

海外にいても、日本の家族や友人との関係を「切らなくていい」。

私にとって、これは単なる便利さ以上の変化でした。

Zoomで「顔を見られる」ようになった

さらにコロナ禍を経て、Zoomなどのビデオ通話が一気に身近になりました。

これも大きな変化でした。

日本にいる家族と、顔を見ながら話せる。

海外にいる本人だけでなく、日本にいる家族にとっても安心感が違います。

声だけではない。

顔色がわかる。

表情がわかる。

「ああ、元気そうだな」

と確認できる。

日本にいる家族が安心してくれているのが、こちらにも伝わってきました。

「海外で暮らすための英語」まで変わった

変わったのは、日本とのつながりだけではありません。

たとえばWhatsApp。

海外では日常生活のさまざまな場面で使います。タイではLINEがかなり普及していますが、国が変わればWhatsAppが当たり前ということもあります。

これは、私にとって「筆談」の道具にもなります。

英語のオーラルコミュニケーションが苦手でも、読み書きならできるという人はいます。

口頭ではうまく伝えられなくても、文字なら考えながら書ける。

まずWhatsAppでやり取りすることもできます。

しかも今では、Grammarlyのように英文をチェックしてくれるツールもある。翻訳アプリもある。

ITは、日本との距離を縮めただけではありません。

海外そのものとの距離も縮めてくれました。

「英語をうまく話せない」ということが壁になる場面でも、別の方法でコミュニケーションを取って、生活を前に進めることができます。

「海外に住む」という選択そのものが変わった

動画配信サービスが登場し、日本のコンテンツにも簡単に触れられるようになりました。

SNSで日本の日常が流れてくる。

LINEで家族や友人と話す。

Zoomで顔を見る。

電子書籍で、日本の本も読みたいときにすぐ読める。

WhatsAppで現地の人とやり取りする。

英文を書くときはツールが助けてくれる。

パソコンやスマートフォンの言語環境も、昔とは比較にならないほど自由になりました。

こうして並べてみると、ITが海外生活にもたらしたものを「便利になった」の一言で片づけるのは、少し違うように思います。

「海外に住む」という選択そのものを変えた。

かつて海外へ移住することには、日本の日常からある程度「切れる」こともついてきました。

今は違います。

日本との日常をかなりの部分で維持したまま、海外で暮らすことができます。

日本を「切らずに」、海外を選べる。

これは、私にとってものすごく大きな変化です。

そして今、自分自身がその恩恵を受けています。

私は現在、東南アジアを中心に、あちこち移動しながら生活しています。

仕事を続けながら、国をまたいで生活する。

昔の自分から見れば、ずいぶん不思議な暮らし方です。

でも、それを可能にしている大きな要素の一つがITです。

仕事だけではありません。

日本とのつながりも維持できる。

家族や友人ともつながっていられる。

必要なら日本の情報にもすぐアクセスできる。

現地で言葉に困れば、テクノロジーに助けてもらえる。

海外にいることを、以前ほど「海外にいる」と感じなくなりました。

閉塞感から安心感へ

だから私は、今の時代は海外移住がかなりしやすくなったと思っています。

もちろん、ビザ、お金、仕事、医療、教育など、考えなければならないことはいくらでもあります。

ITが発達したからといって、海外移住そのものが簡単になったわけではありません。

でも、少なくとも心理的なハードルは、私が移住した頃とは比較にならないほど低くなりました。

昔の私が感じていたのは、閉塞感でした。

今感じているのは、安心感です。

天国と地獄。

大げさに見えるかもしれません。

でも、ビデオレンタルショップで借りた日本のテレビ番組を見ながら、ほんの一瞬映り込んだ日本のCMにうれしくなっていた自分からすると、本当にそれくらいの違いがあります。

昔のほうがよかった、と言いたいわけではありません。

むしろ逆です。

技術革新によって、海外で暮らすことはずいぶん楽になりました。

それ以上に大きいのは、

「海外へ行くなら、日本の日常をある程度切らなければならない」

という、かつて自分が感じていた前提がなくなってきたことです。

日本との日常を切らずに、海外で新しい日常をつくる。

それができるようになったことは、「どこで暮らすか」を考えるときの選択肢そのものを、ずいぶん広げてくれたように思います。


関連記事

今回の記事でも触れた、シンガポールで暮らすうちに自然を求めるようになり、インドネシアへ目が向いていった頃のことを書いています。

▶ 「本当はインドネシアへ行きたかった。」

 

そしてインドネシアを探す過程で、やがてマレーシアと出会うことになります。

▶ 「マレーシアとの出会い」

 

 


SHIN GLOBAL SUPPORT

海外移住は、ビザや費用だけで決まるものではありません。

仕事、家族、教育、住環境、そして「自分はどんな暮らしをしたいのか」。

SHIN GLOBAL SUPPORTでは、海外での生活経験をもとに、こうした条件を一つずつ整理しながら、その人に合った海外生活の形を一緒に考えています。

海外移住・海外生活について、「自分の場合はどう考えればいい?」という方はこちらから。

▶ SHIN GLOBAL SUPPORT
https://shin-global-support.carrd.co/

前回は、親が海外に残り、子どもだけ日本へ帰国する場合の学校選びについて考えました。

「寮が必要」という条件はそのままに、最後には、

「高校進学なのだから、寮のある普通高校を探す」

という前提まで、本当に固定する必要があるのだろうか。

というところまで行きました。

今回は、その最初の一校です。

神山まるごと高専。

徳島県神山町にある、全寮制の高等専門学校です。


そもそも、高校ではない

まず、ここから普通の学校選びとは違います。

神山まるごと高専は、高校ではありません。

中学校卒業後に入学し、15歳前後から5年間学ぶ高等専門学校です。

一般的な進路なら、

高校3年間
↓
大学受験
↓
大学

と進みます。

高専では、中学校卒業後から5年間の一貫教育を受けます。

つまり、

「高校3年間+その先」ではなく、15歳からの5年間を一つの教育課程として考える。

ここが、この学校を考えるうえで最初の大きな違いです。

私は長く帰国生の受験指導に関わってきました。

だから、

「どの高校を受けるか」

「大学受験にどうつなげるか」

という従来の学校選びには十分意味があると思っています。

でも、海外から日本へ戻る子どもまで、必ずその枠に戻さなければならないわけではありません。

前回の記事で一度外してみたかったのは、まさにこの前提です。

何を学ぶ学校なのか

神山まるごと高専が掲げているのは、

テクノロジー × デザイン × 起業家精神

です。

情報工学を中心としたエンジニアリングとデザインを横断的に学び、さらにコミュニケーション、リーダーシップ、レジリエンスなどを含む起業家精神を身につける。

学校が掲げる人物像は、

「モノをつくる力で、コトを起こす人」

です。

授業も、講義だけではなく、アクティブラーニング型の講義と課題解決型の実践的な学習を組み合わせています。

普通高校で教科を学び、大学受験へ進むのとは、かなり違う設計です。

ここだけを見ると、

「面白い学校だな」

とは思います。

でも、それだけなら私はこの記事を書かなかったと思います。

今回考えているのは、

親が海外に残ったまま、子どもだけ日本で生活する家庭にとって、本当に選択肢になり得るのか。

ということだからです。

全寮制なら、親が海外でも大丈夫なのか

神山まるごと高専は全寮制です。

1~3年生は「HOME」、2026年4月からは4・5年生向けの「ROOMS」も加わり、5年間の寮生活を前提とした環境が整えられています。

ここで海外在住家庭なら、一つ期待すると思います。

「全寮制なら、親が海外に残っていても大丈夫なのではないか」

私もここが気になりました。

学校のホームページを読むだけでは、海外在住家庭として実際にどこまで成立するのか分からない部分がありました。

そこで、学校に直接確認しました。

まず聞いたのは、

両親とも海外在住でも入寮できるのか。

学校からは、両親とも海外在住でも入寮可能との回答でした。

これは海外在住家庭にとって大きいと思います。

親が日本へ帰国しなければ入寮できない、という制度ではありません。

そして、身元引受人についても確認しました。

親族や知人などの身元引受人は必要ですが、学校の近くに住んでいる必要はなく、遠方在住でも可能とのことでした。

ここまでなら、

「それなら海外在住家庭でもかなり使いやすそうだ」

と思います。

ただし、話はここで終わりません。

「親が海外でも入れる」と「学校に全部任せられる」は違う

今回、学校に聞いて一番重要だと思ったのは、むしろこの先です。

身元引受人は遠方でも構いません。

しかし、療養や入院などで緊急対応が必要になった場合には、身元引受人などが、できるだけ早く学校まで来る必要があります。

病気やケガのときも、基本的には本人が対応します。

感染症が疑われる場合や、ケガで本人が動けない場合などには、初回の受診に学校の保健師が同行します。

一方、それ以外の体調不良や、その後の通院などは、原則として本人がタクシーなどを利用して受診します。

つまり、

全寮制だから、体調を崩したときまで学校が保護者代わりになる

という仕組みではありません。

少なくとも今回確認した運用を見る限り、15歳から、自分の生活をある程度自分で動かすことが求められる学校だと感じます。

3日以上の療養になったらどうするのか

さらに具体的に確認しました。

感染症などで3日以上の療養が必要になった場合。

あるいは、身体的・精神的な不調によって3日以上療養が必要になった場合。

この場合は、

寮の外で療養する必要があります。

本人が移動できる状態で、家族が遠方にいる学生の場合には、ホテルを利用するケースもあるとのことでした。

一方、入院などで本人が動けず、家族などのサポートが必要になれば、身元引受人などが迎えに来たり、サポートできる人の近くで入院できるよう対応したりする必要があります。

ここは海外在住家庭なら、かなり真剣に考えておいた方がいいと思います。

「日本国内に身元引受人の名前さえあればいい」

という話ではないからです。

実際に何か起きたとき、誰が動けるのか。

ここまで含めて生活設計になります。

長期休暇中はどうするのか

もう一つ、海外在住家庭にとって重要なのが長期休暇です。

夏休み。

冬休み。

春休み。

親が日本に住んでいる家庭なら、

「休みになったら家へ帰る」

で終わります。

でも、親が海外にいる家庭ではそうはいきません。

学校に確認したところ、長期休暇中の滞在先は、

本人と保護者で確保する必要があります。

学校や寮が休暇中の宿泊場所を提供するわけではありません。

ただし、学校や寮が、神山町内で受け入れ可能な家庭との調整を手伝うことはあるそうです。

これまでには、

町内の家庭に滞在する。

都市部でウィークリーマンションを借りる。

住み込みのアルバイトをする。

インターンに参加する。

といった過ごし方をした学生もいるとのことでした。

ここを、

「大変そうだ」

と感じる家庭もあるでしょう。

逆に、

「それも含めて面白そうだ」

と思う子もいるかもしれません。

この反応の違い自体が、学校との相性を見る材料になるような気がします。

全寮制だけれど、「預ける学校」ではない

前回の記事の冒頭で、私は少し生々しいことを書きました。

海外赴任が続く家庭では、

「正直、今は手が回らない」

「日本で誰かに任せられないだろうか」

という相談になることもあります。

だから私は、寮をまず、

日本で子どもの生活を成立させるためのツール

として考えています。

その視点で神山まるごと高専を見ると、少し面白い結果になります。

親が海外でも入寮できる。

だから、生活を成立させるための条件は満たし得ます。

でも、

「全寮制だから、親の役割まで学校に預けられる」

という学校ではありません。

病院へ行く。

休暇中にどこで過ごすか考える。

長い療養になれば寮外で生活する。

必要なら身元引受人が動く。

かなり本人と家庭側に責任が残ります。

こうした運用を見ると、

学校が掲げる「自立的な暮らし」という寮生活の考え方とも、重なって見えます。

学校自身も、寮での暮らしについて、親元を離れて他者と共同生活を行う「自立的な暮らし」と位置づけています。

つまり、寮は単なる宿泊施設ではありません。

「面白そう」だけでは足りない。日本語力も必要

帰国生という視点では、もう一つ確認しておくべきことがあります。

海外の中学校からでも、出願資格を満たせば受験できます。

ただし、

「海外の学校に通っている」=そのまま問題なく学校生活を送れる

という意味ではありません。

学校の公式FAQでは、出願資格そのものに日本語力の指定はありません。

ただし、入試は日本語で行われ、学校生活ではN1レベルを目安とする日本語力が求められています。

これは帰国生家庭にとってかなり重要だと思います。

海外生活が長く、

英語には問題がない。

テクノロジーやデザインにも興味がある。

だから神山が合いそうだ。

そこまで条件が揃っていても、

日本語で5年間の専門教育を受けられるか

という別の条件があります。

前回の記事でも書きましたが、帰国生はみんな同じではありません。

英語力だけではなく、日本語力も学校選びの重要なファクターです。

普通の受験が苦手なら入りやすい学校、ではない

ここも誤解しない方がいいところです。

前回の記事では、日本式の受験勉強や英語力のどちらにも突出していない帰国生についても触れました。

偏差値だけで学校を選ばないなら、神山まるごと高専のような学校が候補に入る可能性はあります。

ただし、

「普通の受験が苦手だから、神山なら入りやすい」

という意味ではありません。

2026年度入試では、

志願者491人。

実際に受験した人が219人。

合格者44人。

学校発表では、志願倍率が約11.1倍、実質倍率が約5倍でした。

少なくとも、

「普通高校とは違うから簡単」

という学校ではありません。

そして、入試も一般的な学力試験だけで決める方式ではありません。

神山まるごと高専は、アドミッションポリシーに掲げる力を軸に、受験生の個性や学校とのマッチングを多面的に評価するとしています。

2027年度入試では、

総合的に評価するA方式。

モノづくり力、または探究力を重視するB方式。

学習力を重視するC方式。

という3つの方式があります。

つまり、

偏差値とは違う物差しも使う学校ではある。

しかし、

選抜そのものが緩い学校ではない。

ここは分けて考えた方がいいでしょう。

では、どんな子が候補になりそうなのか

「こういう子なら神山に向いている」と、私が簡単に決めることはできません。

そこで、学校自身のアドミッションポリシーを見てみます。

学校は、

モノづくりに興味・関心があること。

多様な価値観を受け入れ、自分の意見を伝えられること。

情報を適切に処理する思考力があること。

正解のない問いに独自の解を出せること。

必要な学習を続ける意欲があること。

などを求めています。

そこに、今回確認した寮生活の実態を重ねると、

「親にとって寮が必要だから」だけで選ぶ学校ではなさそうだ

ということは言えると思います。

本人自身が、

何かをつくることに興味がある。

正解が決まっていないことを考えてみたい。

人と一緒に何かをやってみたい。

そして生活面でも、ある程度自分で考えて動くことを受け入れられる。

そういう要素はかなり重要そうです。

逆に、

生活面で大人による細かなサポートが必要。

体調面で頻繁な対応が必要。

長期休暇ごとの滞在先確保が家庭にとって難しい。

本人自身は普通高校へ進みたい。

こういう場合は、全寮制という一点だけを理由に選ぶべきではないでしょう。

特に、

親にとって都合のよい学校と、子どもにとって合う学校は同じではありません。

寮が必要な家庭ほど、ここは分けて考える必要があります。

費用も、数字だけでは分かりにくい

現在公表されている金額では、

入学金23万円。

学費は年間200万円。

寮費は年間120万円。

です。

ただし、神山まるごと高専には独自の給付型奨学金があります。

学費については、希望するすべての学生を対象に、学費と同額の年間200万円を5年間給付する返済不要の奨学金制度があります。

奨学金は学費納入前に給付される仕組みで、学校はこれを「学費の実質無償化」と説明しています。

寮費についても、世帯年収や家族構成などに応じた給付型奨学金があります。

一方で、

パソコン。

教材。

入寮時の生活用品。

日々の生活費。

移動費。

など、別途必要になる費用があります。

海外在住家庭なら、それに加えて、

長期休暇中の滞在費。

病気で寮外療養になった場合の宿泊費。

なども想定しておいた方がいいでしょう。

学校へ支払う金額だけではなく、

5年間の生活全体でいくら必要になるのか。

ここまで見ておく必要があります。

そして、まだ卒業生はいない

ここも忘れてはいけないと思います。

神山まるごと高専は、2023年開校です。

5年制なので、現時点ではまだ卒業生はいません。

学校は卒業後の選択肢として、

就職。

大学編入。

海外留学。

起業。

などを挙げています。

ただし、

実際に卒業生がどのような進路を選ぶのかという実績は、まだありません。

これは新しい学校を選ぶ以上、避けられない部分です。

教育内容が面白いことと、

卒業後の実績がまだないこと。

両方を見たうえで考える必要があります。

「寮のある高校」を探していたら出てこない

今回、神山まるごと高専を調べてみて、一番興味深かったのは、学校そのものだけではなく、学校の探し方でした。

最初の条件は何も変わっていません。

親は海外にいる。

子どもだけ日本へ帰る。

だから寮が必要。

この条件を変える必要はありません。

でも、

「寮が必要だから、寮のある普通高校を探す」

という部分は変えられます。

普通高校という条件を外してみると、

15歳から5年間。

全寮制。

テクノロジー。

デザイン。

起業家精神。

そして、親が海外在住でも入寮可能。

という、従来の学校検索とはかなり違う組み合わせが出てきました。

もちろん、だから神山まるごと高専を勧める、という話ではありません。

実際、海外在住家庭にとっては、

長期休暇。

病気。

身元引受人。

日本語力。

といった、かなり現実的な条件もあります。

でも、それが分かったこと自体が重要だと思っています。

ホームページを見て、

「全寮制だから大丈夫そう」

で終わらせず、

実際にその家庭の生活が成立するところまで確認する。

すると、学校の見え方が変わります。

学校名からではなく、条件から考えてみる

学校選びでは、

偏差値。

知名度。

帰国生の人数。

大学進学実績。

といった情報から探すことが多いと思います。

もちろん、それも大切です。

でも、海外在住家庭の場合は、

本人の学力。

興味。

性格。

日本語力。

英語力。

予算。

寮。

長期休暇。

医療。

身元引受人。

そして、親がどこに住んでいるのか。S

一度こうした条件をバラしてみる。

そのうえで、

この家庭では何を固定し、何なら変えられるのか。

と組み直す。

前回の記事で書いた学校選びを、今回実際に一校でやってみると、神山まるごと高専という学校が出てきました。

ある家庭には、かなり面白い選択肢かもしれません。

別の家庭には、まったく合わないかもしれません。

それでいいと思っています。

学校を「おすすめ校」のリストに入れることより、

その家庭が判断できる材料を増やすこと。

このシリーズでは、そこを見ていきたいと思います。

次回も、一般的な帰国生の学校選びでは見落としやすい選択肢を、実際の生活条件まで含めて見てみます。

 

▶シリーズ第1回はこちら
【帰国生の学校選び①】親は海外、子どもだけ帰国。「寮があれば助かる」から始まる学校選び

 

▶シリーズ第3回はこちら
【帰国生の学校選び③】親は海外、子どもだけ帰国。「国際高専」の5年間と、その先の進路

 

▶シリーズ第4回はこちら

【帰国生の学校選び④】親は海外、子どもだけ帰国。瀬戸内の島にある「県立・全寮制・IB」という選択肢

 

▶シリーズ第5回はこちら
【帰国生の学校選び⑤】親は海外、子どもだけ帰国。隠岐島前高校と「島で暮らす」という選択


参考資料・公式情報

本記事の学校制度・入試・費用等に関する記述は、2026年9月時点の神山まるごと高専公式情報を確認しています。

また、両親が海外在住の場合の入寮、身元引受人、長期休暇中の滞在、病気・ケガ・療養時の対応については、公式サイトだけでは判断できなかったため、神山まるごと高専アドミッションオフィスへ直接問い合わせて確認しました。

制度・運用は変更される可能性があります。実際の出願時には、必ず学校へ最新情報をご確認ください。

・神山まるごと高専|学校概要
学校の基本情報、5年間の高専教育、全寮制、デザイン・エンジニアリング学科などについて。
神山まるごと高専「学校概要」

・神山まるごと高専|3つのポリシー
教育方針、カリキュラム・ポリシー、アドミッション・ポリシーなどについて。
神山まるごと高専「3つのポリシー」

・神山まるごと高専|学び舎
校舎や1〜3年生が生活する寮「HOME」などについて。
神山まるごと高専「学び舎」

・神山まるごと高専|2027年度入試情報
A・B・Cの各入試方式、出願資格、海外の学校に在籍する場合の出願、日本語力に関する案内などについて。
神山まるごと高専「2027年度入試情報」

・神山まるごと高専|2026年度入試結果と出題問題
志願者数、実受験者数、合格者数、志願倍率・実質倍率などについて。
神山まるごと高専「2026年度入試結果と出題問題」

・神山まるごと高専|学費・奨学金
入学金、学費、寮費、給付型奨学金制度などについて。
神山まるごと高専「学費・奨学金」

・神山まるごと高専|4・5年生向け学生寮「ROOMS」
2026年に完成した4・5年生向け学生寮「ROOMS」と、一期生の入居開始について。
神山まるごと高専「4・5年生向け学生寮『ROOMS』が完成」

 

────────────────────

海外での生活が続く中での本帰国、子どもだけの先行帰国、帰国後の学校選びなどは、家庭によって条件が大きく異なります。

SHIN GLOBAL SUPPORTでは、海外子女・帰国生の学校選びや進路について、特定の学校を一律におすすめするのではなく、それぞれのご家庭の状況を整理しながら、一緒に選択肢を考えています。

初めての方は、30分の無料相談をご利用いただけます。
SHIN GLOBAL SUPPORT|海外子女・帰国生の教育サポート

※この記事では、主に高校進学のタイミングで日本へ帰国するケースを想定しています。中学受験での帰国は、家庭の帰国時期や保護者の同行など、事情が異なることも多いため、今回は高校進学のケースに絞ります。

※寮の運用や入寮条件は変更されることがあります。本記事の制度・運用に関する記述は、2026年9月時点で確認できた情報に基づいています。実際の出願・入寮時には、必ず各学校へ最新情報をご確認ください。

本音を言えば、「預けたい」だけなのかもしれない

帰国生の学校選びというと、どんなことを思い浮かべるでしょうか。

帰国生入試に強い学校。

英語力を維持できる学校。

海外大学への進学実績がある学校。

あるいは、せっかく海外で身につけたものを生かせる学校。

もちろん、どれも大切です。

でも、長く海外子女や帰国生の進路に関わってきて、私はもう少し生々しい相談にも何度も接してきました。

「寮のある学校はありませんか」

という相談です。

その理由が、必ずしも、

「自立心を育てたい」

「多様な仲間と共同生活を経験させたい」

「寮生活そのものに教育的価値を感じている」

という前向きなものばかりとは限りません。

もっと現実的です。

親の海外赴任はまだ続く。

会社から帰任命令は出ていない。

あるいは、次の国へのスライド異動が決まった。

でも、子どもの高校進学の時期は待ってくれない。

結果として、

「子どもだけ先に日本へ帰せないだろうか」

という話になります。

さらに本音を聞いていくと、

「今は正直、手が回らない」

「日本で誰かに任せられないだろうか」

というところまで行く家庭もあります。

言葉だけを取り出せば、少し冷たく聞こえるかもしれません。

親としては、ちょっと耳が痛い話かもしれません。

でも、私はそうは思いません。

海外赴任の期間を親が自由に決められるわけではありません。

会社の人事も選べない。

子どもの受験時期も動かせない。

日本と海外の学校制度も、家庭の事情に合わせてくれるわけではありません。

「親なんだから全部なんとかすべきだ」と言うのは簡単です。

でも、物理的に無理なことはあります。

だから私は、こういうケースでの「寮」を、まず教育の話として考えません。

もっと単純に、

日本で子どもの生活を成立させるためのツール。

まずは、そう考えます。

寮生活を通じた人間教育や自立心の育成は、その先にある話です。

最初に必要なのは、

「親が海外に残っても、子どもが日本で暮らせる」

ということなのです。

「帰国生」といっても、みんな同じではない

そして、もう一つ。

帰国生について語られるとき、あまり表に出てこない子どもたちがいます。

私は長く帰国生を教えてきました。

その中には、日本の受験勉強との相性がよく、いわゆる難関校を目指す生徒もたくさんいました。

海外で身につけた高い英語力を持ち、日本の受験勉強にも対応する。

難関校を目指し、実際に結果を出していく。

世間で「帰国生」と聞いたときにイメージされやすいのは、こういう子たちかもしれません。

でも、実際に帰国生を教えていると、こうしたイメージには収まらない子にも出会います。

海外に長く住んでいる。

でも、英語がものすごくできるわけではない。

日本語にも少し抜けがある。

日本式の勉強にも十分対応できていない。

学校の成績も決して上位ではない。

そんな子も一定数います。

帰国生であることには違いない。

でも、世間がイメージする「帰国生らしい武器」が、必ずしも表面に出ているわけではありません。

こういう子の場合、親が海外に残るとなると、学校選びは一気に切実になります。

親はまだ海外にいる。

日本の高校へ進ませたい。

でも、偏差値で学校を自由に選べるほどの学力はない。

英語一本で勝負できるほどでもない。

しかも、住む場所が必要。

そうなると、

「どの学校の教育理念が素晴らしいか」

「どこが大学進学に有利か」

だけを比較している余裕がなくなってきます。

もっと現実的に、

入れるのか。

住めるのか。

卒業できるのか。

という話になります。

「贅沢を言っていられない。寮があるだけでもありがたい」

そんな家庭だってあります。

帰国生の学校選びには、こういう現実もあります。

では、「普通」に探すとどんな学校があるのか

では、実際に「親は海外、子どもだけ日本」という条件で学校を探すと、どんな選択肢があるのでしょうか。

まずは、いわゆる王道から見てみます。

ただし、ここで挙げる学校が、すべての帰国生にそのまま当てはまる、という意味ではありません。

日本の受験勉強との相性、英語力、本人の希望などによっては、従来の学校選びの中にも、寮という生活条件まで含めて成立する選択肢があります。

まずはそこを確認した上で、その枠ではうまく収まらない子についても、後でもう一度考えてみたいと思います。

私は長く帰国生の受験指導に関わってきましたので、まずは通常、どういう学校が候補になるのかというところから考えます。

例えば、全国から生徒を集める進学校には、学校自身が寮を持っているところがあります。

西大和学園、鹿児島のラ・サール学園、函館ラ・サール、愛光などです。

本人に十分な学力があり、大学受験をしっかり考えているのであれば、こうした学校は当然、有力な選択肢になります。

ここで大切なのは、私はこうした王道の学校選びを否定したいわけではない、ということです。

難関進学校が合う子もいます。

大学附属校が合う子もいます。

帰国生を多く受け入れている学校が安心な子もいます。

大切なのは、

「帰国生だからここ」

「寮が必要だからここ」

と最初から答えを一つにしてしまわないことだと思っています。

そして実際に調べていくと、同じ「寮あり」という学校でも、中身はかなり違います。

鹿児島と函館。「ラ・サール」でも寮の仕組みは違う

例えば、ラ・サール。

ここは学校名だけで情報を処理すると、少し注意が必要です。

鹿児島のラ・サール学園と、北海道の函館ラ・サールは別の学校です。

そして、寮の仕組みも違います。

鹿児島のラ・サール学園では、自宅から通学できない高校生は、基本的に高校1・2年生まで寮で生活します。

ところが、高校3年生になると寮には入れず、下宿生活へ移ります。

学校側は、高3になると相当な受験勉強時間が必要となり、消灯時間のある寮では対応しにくいことを理由として説明しています。

学校周辺には学校指定の下宿があり、学校側が説明・紹介する仕組みもあります。

つまり、

「寮のある学校」=「高校卒業まで同じ寮で生活できる学校」ではありません。

親が日本に住んでいれば、高3になった時点で対応を考えることもできるでしょう。

でも、親がまだ海外にいる家庭なら話は違います。

高校入学時だけでなく、

「3年後まで、この生活設計で本当に回るのか」

まで見ておく必要があります。

一方、北海道の函館ラ・サールにも高校寮があります。

2026年度の公式要項では、土・日を含め3食が提供され、入寮希望者は全員入寮許可の予定とされています。また寝具リースについても「入寮後3年間」にわたる費用が示されています。

同じ「ラ・サール」という名前でも、寮生活の設計は同じではありません。

だから、

「ラ・サールには寮がある」

だけでは情報として足りない。

どこのラ・サールなのか。

何年生まで住めるのか。

その後はどうなるのか。

ここまで見なければ、海外在住家庭の生活設計には使えません。

「大学附属・系列校+寮」という王道もある

もう一つ、帰国生家庭にとって見逃せないのが、大学附属・系列校です。

例えば早稲田大学本庄高等学院には、男子の早苗寮と女子の梓寮があります。

高校卒業後の大学進学まで含めて考えるなら、

大学附属+寮

という組み合わせも有力です。

そして、関西にもこのタイプの選択肢があります。

例えば同志社国際高等学校には男子寮・女子寮があり、入寮資格として「海外に保護者が在住している生徒」が明記されています。

しかも、開寮期間中であれば土・日・祝日も寮に滞在できます。

ただし、長期休暇中は閉寮します。

つまり、

「週末も寮にいられる」

から、

「親が海外にいても年間を通じて全部大丈夫」

とは限りません。

立命館宇治高等学校も、帰国生・外国籍生徒を対象とする国際入試を行っています。

2026年4月には、キャンパス内に高校生専用の新しい生徒寮「Ritsumeikan Uji Dormitory(RUD)」が開寮しました。

また、啓明学院も帰国生入試を実施しており、高校生が利用できる「啓明寮」があります。計24室の小規模な寮で、定員に限りがあるため学校への問い合わせが必要です。

北海道の立命館慶祥高等学校にも、高校生向けの寮があります。

こうして見ていくと、帰国生だから、

「帰国生専門の学校」

だけを探す必要もありません。

大学附属・系列校+寮+帰国生受け入れ

という組み合わせもある。

大学進学までを含めて生活設計を考える家庭なら、これはかなり現実的な選択肢です。

関東にも「親は海外、子どもだけ日本」を想定した学校がある

関東近郊なら、土浦日本大学高等学校も分かりやすい例です。

ここは帰国生を受け入れており、男子寮「桜心館」と女子寮「第2桜心館」があります。

さらに入寮条件には、帰国生入試を受験した生徒に加えて、

「保護者が海外に在住する者」

が明記されています。

つまり学校側が、まさにこの記事で想定している、

「親は海外、子どもだけ日本」

というケースを制度として想定しているわけです。

こういう学校は、海外在住家庭が寮を軸に学校を探すとき、かなり分かりやすい候補だと思います。

ここまで見ただけでも、

進学校。

大学附属・系列校。

帰国生受け入れに積極的な学校。

都市圏の学校。

地方の学校。

いろいろな組み合わせがあります。

「寮が必要だから、学校の選択肢はほとんどない」

と最初から決めつける必要はありません。

でも、「男子寮しかない」から女子は無理、とも限らない

さらに、男女で事情が違う学校もあります。

例えば西大和学園には男子寮「青雲寮」があります。

では、遠方から西大和へ進学する女子には選択肢がないのか。

そうとも限りません。

学校外の学生会館などを住まいとして考える方法があります。

例えば民間の「学生会館ドーミー」では、西大和学園高等学校向けの住まいとして「ドーミー王寺」が案内されており、掲載上は学校まで自転車で約6分とされています。

ここで一つ、学校選びの前提を外せます。

「学校自身に寮があるか」だけで学校を探す必要はない。

学校と住む場所は、分けて考えることもできるのです。

これは意外に大きな違いです。

「学校に寮があること」を絶対条件にして検索すれば、その時点で候補から消えてしまう学校があります。

でも、

「本人に合う学校はどこか」

と、

「その学校へ通うための住居をどう確保するか」

を別々の問題として考えれば、選択肢はもう少し広がります。

ICU高校には寮がある。でも週末は?

一方、学校の寮だけでは生活条件が完結しないケースもあります。

帰国生を多く受け入れている国際基督教大学高等学校、ICU高校です。

親が海外にいる家庭なら、

「帰国生の多い学校で、しかも寮がある。これなら大丈夫そうだ」

と思うかもしれません。

ところが、ICU高校の学寮は週末閉寮です。

毎週末は原則として保護者または身元引受人のもとで過ごし、試験休みや長期休暇にも閉寮期間があります。

近郊に保護者宅などがない場合、ICU高校は、週末を過ごすことのできる学校外の民間寮としてJOBAや共立メンテナンスを案内しています。

ただし、これはICU高校の寮とは別の施設です。

さらに、こうした民間寮を利用しても、そのスタッフをICU高校が求める身元引受人にすることはできません。別途、緊急時などに対応できる身元引受人が必要です。

また、ICU高校の学寮そのものも、希望者全員の入寮が保証されているわけではありません。学校は、両親が海外在住している場合など、必要性の高い家庭から優先して入寮の可否を決めるとしています。

つまり、

ICU高校の場合、「帰国生を多く受け入れている学校+学校寮」があっても、それだけで親が海外に残ったまま生活条件がすべて完結するとは限りません。

ここは、海外在住家庭にとってかなり重要だと思います。

学校案内に、

「寮あり」

と書いてある。

それだけを見て、

「これで子どもだけ帰せる」

と判断してはいけないのです。

学校と「住む場所」を分けて考えてみる

ここまで学校の寮を中心に見てきました。

でも、もう一つ前提を外すことができます。

「学校」と「住む場所」をセットで探さなくてもいい。

先に本人に合う学校を考え、その学校自身に利用できる寮がなければ、学校とは別に住む場所を探す。

そういう考え方です。

例えば、先ほどICU高校のところでも登場したJOBAには、「ガーディアンシップセンター」という海外・帰国生向けの寮施設があります。

ICU高校のところでは「週末を過ごす外部の民間寮」として登場しましたが、今度はJOBAを、学校とは独立した「住む場所」そのものとして見てみます。

親が海外に残り、子どもだけが日本で生活するケースを想定し、生活だけでなく、学習や進路、病気の際の対応などもサポートするとしています。

食事。

学習状況の把握。

進路相談。

カウンセリング。

病気になったときのケア。

24時間の対応。

こうしたものを、学校とは別の「住む場所」側で補うという考え方です。

もちろん、民間寮に入れば、どの学校でも親が海外にいたまま問題なく通える、という意味ではありません。

先ほどのICU高校のように、学校側が別途身元引受人を求めるケースもあります。

だからこそ、

「学校」

と、

「住居」

と、

「保護者・身元引受人」

を別々の条件として確認する必要があります。

そう考えると、

進学校+学校寮

大学附属・系列校+学校寮

帰国生を多く受け入れる学校+学校寮

だけではありません。

学校+学校外の学生会館

でもいい。

学校+独立した民間寮

という組み合わせもあり得る。

学校と住む場所を、いったん別々に考えてみる。

それだけでも、学校選びの範囲はかなり広がります。

それでも「住める」だけでは足りない

ただ、ここで注意したいことがあります。

寮が見つかった。

住む場所も確保できた。

だから問題解決。

とは限りません。

海外在住家庭の場合、

「寮がある」ことと、「親が海外にいても子どもの生活が完結する」ことは別です。

例えば、鹿児島のラ・サール。

高校1・2年生は寮でも、高3では下宿へ移ります。

函館ラ・サールは、また違う寮の運用です。

同志社国際は、開寮期間中なら土・日・祝日も滞在できますが、長期休暇には閉寮します。

ICU高校は、毎週末に寮を出なければなりません。

早稲田本庄は、閉寮期間がなく365日滞在できます。

これは海外在住家庭にはかなり大きなメリットです。

でも、365日すべて同じサービスが提供されるわけではありません。

日曜・祝日には食事提供がなく、夏休み・冬休みなどを含め、年間19日程度の休食日があります。

同じ「寮あり」でも、

全然違うのです。

だから、海外在住家庭なら、少なくとも次のところまでは確認した方がいいと思います。

  • 365日滞在できるのか
  • 土日・祝日はどうなるのか
  • 夏休み、冬休み、春休みはどうなるのか
  • 食事は年間を通じてどこまで提供されるのか
  • 卒業まで同じ寮に住み続けられるのか
  • 学年によって退寮や下宿への移行はないのか
  • 病気になったら誰が対応するのか
  • 日本国内の保証人・身元引受人は必要なのか
  • 親が海外在住でも本当に運用できるのか
  • 希望すれば必ず入寮できるのか
  • 学校外の民間寮から通学できるのか

大事なのは、

「寮がありますか?」

ではありません。

その次です。

「その仕組みで、うちの子の日本での生活は本当に成立しますか?」

ここまで確認して、初めてその家庭にとって「使える寮」なのかどうかが見えてきます。

ここまでは、まだ王道の学校選び

ここまでなら、まだ比較的オーソドックスな学校選びです。

本人の学力や希望を見る。

帰国生入試を考える。

寮のある進学校を探す。

大学附属・系列校も考える。

帰国生を多く受け入れている学校も見る。

学校自身に寮がなければ、学生会館や民間寮まで探す。

そして、それぞれの運用条件を確認する。

その中から本人に合う学校を選ぶ。

これはこれで、まったく間違っていません。

むしろ、まず検討すべき王道だと思います。

私自身、長く帰国生の受験指導に関わってきましたので、こうした従来の学校選びには十分な意味があると思っています。

その子に難関進学校が合うなら、そこを目指せばいい。

大学附属校が合うなら、それもいい。

帰国生の多い学校が安心なら、それも大切な条件です。

でも。

ここまで条件を一つずつ外してきたのなら、もう一つだけ外してみてもいいのではないかと思います。

今度は、

「住む場所」ではなく、「学校」そのものです。

そもそも、「普通高校へ行く」必要もあるのか

日本では、中学校を卒業したら高校へ進む。

3年間勉強する。

そして大学へ行きたければ、大学受験をする。

あまりにも普通の進路なので、学校選びをするとき、この枠そのものを疑うことはあまりありません。

でも、海外で育った子どもの帰国後の進路まで、最初からこの枠に戻す必要があるのでしょうか。

私は長く帰国生の受験指導をしてきました。

難関校を目指す生徒にもたくさん教えてきました。

日本の受験教育には、知識を体系的に身につけ、弱点を埋め、論理的に考え、限られた時間の中で結果を出す力を鍛える強さがあります。

繰り返し学習する。

苦手なところを逃げずに埋める。

知識を整理する。

決められた時間の中で答案を完成させる。

こういう力は、決して無意味ではありません。

一方で、私自身はいわば「ドメスティックな昭和教育」を受けてきました。

その後、海外で長く暮らし、海外で学ぶ子どもたちを見ていると、ときどき少しうらやましくなることがあります。

自分の意見を言う。

違う価値観を持つ人と話す。

正解が一つではない問題を考える。

教科書の外へ出る。

何かをつくる。

とりあえずやってみる。

失敗する。

また考える。

もちろん、海外の教育なら何でも素晴らしい、という話ではありません。

海外の学校にも問題はあります。

日本の教育にも強みはたくさんあります。

でも、海外でそうした経験をしてきた子どもが日本へ帰った瞬間、

「偏差値はいくつですか」

「どの高校を受けますか」

「大学受験に有利なのはどこですか」

だけに戻ってしまうとしたら、少しもったいない気がします。

少し乱暴な言い方をすれば、

「帰って昭和じゃ、もったいない」

と感じることがあります。

もちろん、私がうらやましいと思うことと、その教育がその子に合うことは別です。

ここは混同してはいけません。

でも、

海外で身につけたものに、日本へ帰ってから掛け合わせられるものは、本当に「受験学力」だけなのでしょうか。

これは一度考えてみてもいい問いだと思います。

今度は「学校」の条件もバラバラにしてみる

ここで、学校名を探す前に条件を一度バラしてみます。

本人の学力。

英語力。

日本語力。

性格。

興味。

寮生活への適性。

家庭の予算。

親がどこに住んでいるのか。

どんな教育を受けたいのか。

そして、その先で何をしたいのか。

そのうえで、

「この子の場合、何を優先するべきなのか」

と、もう一度組み直してみます。

これは、私が海外生活や移住の相談を考えるときにも近いところがあります。

国名から決めるのではなく、

仕事。

税金。

医療。

教育。

言語。

住居。

家族。

予算。

その人が何を優先するのか。

一度ファクターを分解してから、もう一度組み直す。

学校選びも同じだと思っています。

普通高校でなくてもいい。

「帰国生に人気の学校」でなくてもいい。

高校3年間+大学受験というルートでなくてもいい。

一度そこまで前提を外してみる。

すると、一般的な「帰国生の学校選び」では、最初から候補にすら入らなかった学校が浮かんでくることがあります。

「寮が必要」は変えない。変えるのは探し方

ここまでいろいろな学校や寮を見てきましたが、最初の条件は何も変わっていません。

親は海外にいる。

子どもだけ日本へ帰る。

だから、日本で暮らす場所が必要。

つまり、

寮が必要。

ここは動かせません。

そして、その寮に最初から高い教育的意味を求める必要もないと思っています。

前にも書いた通り、まずは、

日本で子どもの生活を成立させるためのツール。

それでいい。

「寮が必要」という条件は固定する。

そのうえで、

では、どこにある寮を探すのか。

という前提の方を外してみる。

普通なら、

「高校進学なのだから、寮のある高校を探そう」

となります。

進学校の寮。

大学附属校の寮。

帰国生を多く受け入れる高校の寮。

もちろん、まずはそこを探せばいい。

でも、寮という生活インフラが必要なのであれば、「普通高校」という枠まで絶対条件にする必要はあるのだろうか。

学校外の民間寮から通える学校もある。

そして、そもそも普通高校ではない教育機関にも、寮を持つところがある。

そうやって検索範囲を広げてみる。

すると、

「寮が必要だから選んだ学校」ではなく、
「寮という必要条件を満たしながら、教育としても面白い学校」

が見つかることがあります。

ここが、私が今回一番書きたかったところです。

寮という条件を捨てるのではありません。

むしろ逆です。

「寮は必要」という現実的な条件を起点にしたまま、「寮のある普通高校を探す」という既成概念の方を外してみる。

すると、学校選びそのものが少し変わってきます。

「受験が得意な帰国生」も、そうでない帰国生も

この考え方は、受験が得意かどうかにかかわらず、使えると思っています。

例えば、日本の受験勉強との相性がよく、難関校も十分に選択肢に入る帰国生なら、

「本当に、また偏差値中心の受験競争へ戻ることだけが選択肢なのか」

と考えてみる。

海外で身につけたものを、日本の受験学力とは違うものと掛け合わせる道があるかもしれません。

もちろん、本人が日本の難関大学を目指したいのであれば、受験に強い進学校へ行くのも立派な選択です。

でも、それを本人も家庭も望んでいるのか。

それとも、

「学力が高いから、とりあえず難関校」

になっていないか。

一度確認してもいいと思います。

逆に、一般に「帰国生の強み」として語られやすいものが、必ずしも目立っているわけではない子なら、

「偏差値や知名度という条件を少し外したら、この子に合う場所が別にあるのではないか」

と考えてみる。

だからこそ、偏差値や英語力だけではなく、その子が何を得意としているのか、何に興味を持っているのかまで見てみる。

それは、何かを作ることかもしれない。

人と一緒に何かをすることかもしれない。

ある分野だけ、強い興味を持っているかもしれない。

もちろん、そうした分かりやすい特徴があるとも限りません。

海外で暮らした経験があるからといって、必ず自由な教育や寮生活が合うわけでもありません。

私が「面白い」と思う教育が、その子に合うとも限りません。

出発点も、本人の状況も違います。

だからこそ、

「私はうらやましい」と「この子に合う」は別。

ここはきちんと分けて考える必要があります。

でも、やっていることは同じです。

最初から学校名を決めるのではなく、その家庭とその子に必要な条件を一度バラして、もう一度組み直す。

すると、

「帰国生の学校選びで、なぜそこ?」

と思うような学校が、意外に合理的な選択肢として浮かんでくることがあります。

次回から、具体的な学校を一校ずつ見ていきます

ここから先は、具体的な学校の話をします。

私自身、調べながら、

「こんな学校があったのか」

「自分が15歳だったら、ちょっと行ってみたかったかもしれない」

と思った学校があります。

普通高校とは違う学校もあります。

普通高校ではあっても、教育の考え方がかなり違う学校もあります。

そして、寮があります。

だからといって、

「この学校は素晴らしいから帰国生におすすめです」

と書くつもりはありません。

海外在住家庭の立場から、

親が海外に残ったまま、本当に生活が成立するのか。

寮は実際どうなのか。

どの程度の学力が必要なのか。

英語力や日本語力はどの程度必要なのか。

どんな子に合いそうなのか。

逆に、どんな子には合いにくそうなのか。

そして卒業後には、どんな道があるのか。

そこまで見てみます。

場合によっては、

「面白い学校だけれど、このタイプの帰国生には合いにくい」

という結論になるかもしれません。

それでもいいと思っています。

私が提供したいのは「答え」ではなく、学校を選ぶための判断材料だからです。

ホームページを読んでも分からないことがあれば、学校にも直接聞いてみたいと思っています。

「帰国生ならこの学校」という既存のリストから選ぶだけではなく、学校選びの前提そのものを一度外してみる。

すると、「寮が必要」という現実的な条件を満たしながら、これまでの探し方では見えていなかった学校が候補に入ってくるかもしれません。

次回は、その最初の一校として、神山まるごと高専を見てみます。

中学卒業後に5年間学ぶ、全寮制の高等専門学校です。つまり、そもそも「普通高校」ではありません。

では、親が海外に残ったまま、子どもだけ日本へ帰る家庭にとって、本当に選択肢になるのでしょうか。

教育内容だけではなく、長期休暇、病気になったときの対応、身元引受人まで含めて見てみます。

 

▶ 続きはこちら
【帰国生の学校選び②】親は海外、子どもだけ帰国。「普通高校」以外の選択肢、神山まるごと高専

【帰国生の学校選び③】親は海外、子どもだけ帰国。「国際高専」の5年間と、その先の進路

【帰国生の学校選び④】親は海外、子どもだけ帰国。瀬戸内の島にある「県立・全寮制・IB」という選択肢

 

【帰国生の学校選び⑤】親は海外、子どもだけ帰国。隠岐島前高校と「島で暮らす」という選択

 


参考資料・公式情報

本記事の学校・寮制度に関する記述は、2026年9月時点で各校・各施設の公式情報を確認したものです。寮の運用、入寮条件、費用、閉寮期間、入試制度などは変更される可能性があります。実際の出願・入寮時には、必ず各学校・施設の最新情報をご確認ください。

・ラ・サール学園(鹿児島)|学生寮について
ラ・サール学園「学生寮について」

・ラ・サール学園(鹿児島)|下宿について
高校1・2年生の寮生活、高校3年生からの下宿生活について。
ラ・サール学園「下宿について」

・函館ラ・サール高等学校|2026年度高校一般入試・寮募集関連情報
土・日を含む3食提供、入寮希望者の入寮予定などについて。
函館ラ・サール「令和8年度 高校一般入試 入学試験要項」

・函館ラ・サール高等学校|2026年度 海外入試(海外特別書類選考入試)
海外在住者向け入試、入寮者募集要項などについて。
函館ラ・サール「令和8年度 海外入試(海外特別書類選考入試)入学試験要項」

・早稲田大学本庄高等学院|生徒寮
早苗寮・梓寮、365日滞在、休食日などについて。
早稲田大学本庄高等学院「生徒寮」

・同志社国際中学校・高等学校|寮生活
海外在住保護者の生徒の入寮、土・日・祝日の滞在、長期休暇中の閉寮などについて。
同志社国際中学校・高等学校「寮生活」

・立命館宇治中学校・高等学校|生徒寮
2026年4月開寮の「Ritsumeikan Uji Dormitory(RUD)」について。
立命館宇治中学校・高等学校「生徒寮」

・啓明学院中学校・高等学校|帰国生入試・啓明寮
帰国生入試、全24室の啓明寮などについて。
啓明学院「帰国生入試」

・土浦日本大学高等学校|帰国生について
男子寮「桜心館」、女子寮「第2桜心館」、保護者が海外在住する生徒の入館条件などについて。
土浦日本大学高等学校「帰国生について」

・国際基督教大学高等学校(ICU高校)|帰国生徒入試に関するQ&A
週末閉寮、長期休暇中の閉寮、身元引受人、民間寮利用、入寮の優先順位などについて。
ICU高校「帰国生徒入試に関するQ&A」

・JOBA|ガーディアンシップセンター
子どもだけで帰国する場合の生活・学習・進路・病気時の対応などについて。
JOBA「ガーディアンシップセンター」

・学生会館ドーミー|西大和学園高等学校向け住居
西大和学園高等学校向けの学生会館として掲載されている「ドーミー王寺」などについて。
学生会館ドーミー「西大和学園高等学校向け」

・西大和学園中学校・高等学校|青雲寮
男子寮「青雲寮」の施設、生活・学習支援体制などについて。
西大和学園中学校・高等学校「青雲寮」

・愛光学園|寮施設
高校生を含む寮の施設・生活環境などについて。
愛光学園「寮施設」

・立命館慶祥中学校・高等学校|専用寮
高校生が利用する男子寮・女子寮などについて。
立命館慶祥中学校・高等学校「専用寮」

 


 

海外での生活が続く中での本帰国、子どもだけの先行帰国、帰国後の学校選びなどは、家庭によって条件が大きく異なります。

SHIN GLOBAL SUPPORTでは、海外子女・帰国生の学校選びや進路について、特定の学校を一律におすすめするのではなく、それぞれのご家庭の状況を整理しながら、一緒に選択肢を考えています。

初めての方は、30分の無料相談をご利用いただけます。

SHIN GLOBAL SUPPORT|海外子女・帰国生の教育サポート

 

クチンは、かなり条件のいい街でした。

クチン(Kuching)は、マレーシア・サラワク州の州都。場所はボルネオ島です。

マレーシアというと、クアラルンプールやジョホール、ペナンなどがあるマレー半島側を思い浮かべる人が多いかもしれません。

でも国土はそれだけではありません。

南シナ海を挟んだボルネオ島にも、マレーシア領のサバ州とサラワク州があります。

クチンは、そのサラワク州の中心都市です。

「ボルネオ島」と聞くと、ずいぶん遠い場所のように感じます。

ところが、シンガポールから直行便で飛行時間は約1時間。

意外なほど近いのです。

物価は比較的安い。治安も悪くない。英語も通じる。

しかも、マレー語で「kucing」は猫という意味です。インドネシア語でも同じです。

つまり、クチンは「猫の街」。

猫好きの私としては、名前からして悪くありません。

実際に行ってみても、印象は悪くありませんでした。

むしろ、

「ここなら普通に暮らせる」

と思いました。

それでも、移住先としてはいったん候補から外しました。

なぜか。

今回は、マレーシアのもう一つの長期滞在制度「S-MM2H」を知ったことをきっかけに、実際にサラワク州クチンまで見に行ったときの話です。


MM2Hは「あり」。でも、制度改正で少し話が変わった

以前の記事でも書きましたが、私はマレーシアのMM2Hについて、制度改正のたびに、

「自分にとって、ありなのか、なしか」

を考えてきました。

結論から言えば、今でも基本的には「あり」です。

マレーシアは英語が通じやすく、生活環境にも長年暮らしたシンガポールとの共通点があります。

食事にも困りにくい。都市部なら生活インフラも整っている。

そして、私にとって重要なペットとの生活も比較的イメージしやすい。

だからマレーシアという選択肢そのものを捨てる気にはなれませんでした。

ただ、MM2Hは大きな制度変更を重ねています。

現在のMM2Hには、Silver、Gold、Platinumに加え、SEZ/SFZカテゴリーがあります。

ここは少し分かりにくいところです。ジョホールには広い範囲を対象とするJohor-Singapore Special Economic Zone(JS-SEZ)がありますが、マレーシア観光芸術文化省MOTACが現在公表しているMM2HのSEZ/SFZカテゴリーでは、住宅購入先はForest Cityとされています。

実際にはエージェントなどから異なる説明を聞くこともあるため、申請する場合には最新の公式条件を確認した方がよいと思います。

今回は通常カテゴリーのSilver、Gold、Platinumを見ると――

一番下のSilverでも、定期預金はUSD150,000。

さらにRM600,000以上の住宅購入が必要です。

Goldになると定期預金はUSD500,000、住宅はRM1 million以上。

Platinumでは定期預金USD1 million、住宅RM2 million以上となります。

私の場合、不動産購入そのものは大きな問題ではありませんでした。

もともと移住先で気に入った物件があれば買うという考えでしたし、実際にジョホールでコンドミニアムを購入した経験もあります。

ただし、

「家を買いたい」ことと、「制度上、一定金額以上の家を買わなければならない」ことは、少し違います。

自分が気に入った物件を自由に選ぶのではなく、ビザの条件から不動産を選ぶことになる可能性がある。

さらに定期預金も必要です。

もちろん、それでもMM2Hに魅力を感じる人はいると思います。

ただ私の場合、

「マレーシアには住みたい。でも、もう少し自由度の高い方法はないのか」

という気持ちが残りました。


フォレストシティという選択肢も考えた

そこで一度考えたのが、ジョホールのフォレストシティでした。

ここについては以前の記事でも少し触れています。

私は実際に現地を見ています。

巨大な開発で、建物も立派です。

ただ、少なくとも私が見た時点では、

「ここを日常生活の拠点にする」

という意味での街の機能性には、まだ物足りなさを感じました。

いわゆる「ゴーストタウン」と表現されることもあります。

もちろん、大規模開発ですから今後どう変わるかは分かりません。

最近では、大規模なオンライン詐欺拠点への警察の摘発も報じられました。

だからフォレストシティが危険だ、と単純に結論づけるつもりはありません。

ただ、私自身の移住先を選ぶという観点では、

「やっぱり、ここではないかな」

というのが現在の感覚です。

では、ほかに手はないのか。

そんなときに知ったのが、

S-MM2H(Sarawak-Malaysia My Second Home)

でした。


マレーシアには「もう一つのMM2H」がある

S-MM2Hは、サラワク州が運営する独自の長期滞在制度です。

存在を知ってから、私はジョホールで開催されたエージェントのセミナーにも参加しました。

調べてみると、通常のMM2Hとはかなり違います。

現在の制度では、定期預金はRM500,000。

さらに収入・年金または預貯金による資力証明などが求められます。

そして、私にとって大きかったのが不動産です。

S-MM2Hでは、現在のところ住宅購入そのものは必須条件ではありません。

購入する場合には最低購入価格が設定されており、クチン地区ならRM600,000以上、その他の地区ではRM500,000以上。

しかし、

「S-MM2Hを取るために住宅を買わなければならない」わけではありません。

通常MM2HのSilverではUSD150,000の定期預金に加えて住宅購入が必要なのに対し、S-MM2HではRM500,000の定期預金で、住宅購入は任意。

私にとっては、この違いがかなり大きく見えました。

さらに、サラワク州内で一定期間滞在するという条件があります。

「それなら十分現実的ではないか」

と思いました。

当時、私が参加したセミナーやエージェントからは、サラワクで必要な滞在条件を満たしながら、西マレーシアを生活拠点にするという運用についても説明を受けました。

ただし、ここは注意が必要です。

S-MM2Hはサラワク州独自の制度です。

私が情報収集していた間にも、西マレーシアでの居住をめぐって異なる情報が出た時期がありました。

制度の条件と、実際の運用。

さらに、その運用が将来も続くのか。

この3つは分けて考えた方がいいと思っています。

特にMM2H関連は制度変更を経験しているだけに、

「今できること」と「これからもできること」は同じではありません。

海外の長期滞在制度を見るとき、私はここをかなり気にします。

ちなみに、マレーシアにはもう一つ、サバ州独自の「Sabah-MM2H」もあります。

私は以前、サバ州のコタキナバルにも行ったことがあり、この制度も調べてみるとなかなか興味深いものでした。

ただ、ここまで書き始めるとクチンから完全に話がそれます。

Sabah-MM2Hについては、また別の機会に書いてみたいと思います。

ともあれ、S-MM2Hは面白い。

そして、もう一つ疑問が出てきました。

西マレーシアに住む方法ばかり考える必要があるのだろうか。

そもそも、サラワクに住めばいいのでは?

そこでクチンが候補に上がりました。


調べれば調べるほど、クチンは悪くない

クチンはサラワク州の州都です。

場所はボルネオ島。

「ボルネオ」と聞くと、なんとなく遠い場所を想像します。

ところがシンガポールからクチンへは直行便があります。

飛行時間は約1時間。

驚くほど近い。

さらに調べてみると、治安、物価、生活利便性など、移住先として私が気にする項目も悪くありません。

英語も通じる。

Grab(東南アジアで広く使われている配車アプリ)も使える。

大きなショッピングモールもある。

生活するという意味では、かなり現実的に見えました。

そして、私にとって妙に引っかかったのが街の名前です。

「kucing」はマレー語で「猫」。

インドネシア語でも同じです。

つまり「猫の街」。

実際、街には猫にちなんだものがいろいろあります。

猫好きとしては、これは気になります。

制度も悪くない。

街の条件も悪くない。

シンガポールから近い。

猫の街。

ここまで来ると、ネットで調べ続けても仕方ありません。

実際に見に行くしかない。

妻と二人で、シンガポールから日帰りでクチンへ行ってみることにしました。


クチン・ウォーターフロント(イメージ)
Photo: Masrur Rahman /Unsplash
※写真は筆者の訪問時に撮影したものではありません。

ボルネオ島へ、日帰りで

飛行機の窓から下を見ると、大きな川が茶色い水をたたえながら蛇行しています。

ボルネオ島らしい景色が広がります。

しばらくすると、クチンのウォーターフロント周辺も見えてきます。

「ああ、本当にボルネオ島まで来たんだ」

そんな感じがしました。

ところが、実際にはシンガポールからわずか1時間ほどです。

空港もきれいでした。

空港から市内中心部へはGrabで移動できます。

時間もそれほどかからず、料金も高くありません。

街を見て回る。

ショッピングモールに入る。

ウォーターフロントを歩く。

食事をする。

事前に調べていた情報と、実際に見たクチンとの間に大きなズレはありませんでした。

私の中では、

合格。

でした。

「ここなら普通に生活できる」

そう思いました。

ただ、一つだけ引っかかるものがありました。


「ここ、シンガポールじゃん。」

モールを歩いていると、不思議な感覚になりました。

「いま、自分はどこにいるんだろう」

フードコートで食事をしていると、その感覚がさらに強くなります。

妻と顔を見合わせました。

第一声は、

「ここ、シンガポールじゃん。」

でした。

もちろん、クチンはシンガポールではありません。クチンにはクチン独自の歴史や文化があります。あくまで、長くシンガポールで暮らしてきた私たちが、その日街を歩いて感じた個人的な感覚です。

でも、私たちには妙に見慣れた世界に感じられました。

シンガポールでMRTに乗る。

マリーナベイやオーチャードのような、観光客がイメージするシンガポールから離れていく。

アンモキオ。

トアパヨ。

クレメンティ。

チョアチューカン。

住宅地域の駅で降りて、近所のモールへ入る。

フードコートで食事をする。

私たちが長年暮らしてきた「普通のシンガポール」です。

クチンのモールにいると、その感覚に妙に近い。

英語が聞こえる。

マレー語も飛び交っている。

その英語のイントネーションや、マレー語の音の響きまで、長くシンガポールで暮らしてきた私たちの耳にはなじみがあります。

「それならジョホールだって同じじゃないか」

と言われれば、その通りかもしれません。

ところが、不思議なのです。

私にはジョホールの方が「外国に来た」という感覚があります。

理由は自分でもうまく説明できません。

クチンでは逆でした。

飛行機で「遠い」ボルネオ島まで来たはずなのに、タイムマシンに乗って、少し前のシンガポールに降り立ったような感覚。

懐かしい。

嫌いではありません。

むしろ好きです。

だからこそ、困りました。


クチン・ウォーターフロントとDarul Hana Bridge(イメージ)
Photo: Muhamed Sukry / Unsplash
※写真は筆者の訪問時に撮影したものではありません。

私が求めていたのは「リゾート感」だった?

クチンのウォーターフロントも悪くありません。

大きな川が流れ、その周辺に街があります。

でも、私が今回見た範囲では、どちらかというと「日常の街」という印象でした。

そこで、これまで自分が移住候補として見てきた場所を思い返しました。

プーケット。

ホアヒン。

ランカウイ。

バリ。

もちろん、それぞれ全く違う場所です。

でも、一つ共通しているものがあります。

少しだけ、非日常なのです。

海がある。

南国らしい空気がある。

「今までとは違う場所で暮らしている」と感じられる何かがある。

それまで私は、そんなものを移住条件として意識したことがありませんでした。

治安。

医療。

物価。

ビザ。

税金。

不動産。

交通。

英語が通じるか。

ペットと暮らせるか。

そういう条件は比較してきました。

でも、

「非日常感があるか」

なんて、比較表には入れていませんでした。

クチンへ行って初めて、

「自分は、これも求めていたのかもしれない」

と気づきました。


「住みやすい」と「住みたい」は同じではない

クチンは、私にはかなり住みやすそうに見えました。

生活に必要なものも揃っている。

英語も通じる。

物価も比較的抑えられている。

シンガポールにも近い。

街の雰囲気も嫌いではありません。

むしろ好きです。

でも、それは私にとって、

「すでに経験済みの正解」

でもありました。

長年暮らしたシンガポールに似た安心感。

それをもう一度選ぶのか。

それとも、せっかく次の場所へ移るなら、今までとは少し違う世界で暮らしてみるのか。

そこで初めて、自分が移住先に求めているものが一つ見えました。

これは、制度を調べているだけでは分からなかったことです。


それでも「ボルネオはこんなものではない」と思っている

少し葛藤もありました。

だって、ここはボルネオ島です。

ボルネオ島には、マレーシアのサバ州とサラワク州があります。

島の大部分はインドネシア領で、ブルネイという独立国もあります。

巨大な島です。

こんなに大きな島なのだから、

私がまだ知らない、もっとエキゾチックな世界がどこかにあるはずだ。

そんな気持ちもありました。

もちろん、日帰りでクチンを見ただけでサラワクを知ったつもりも、ボルネオを知ったつもりもありません。

実は以前、サバ州のコタキナバルへ行ったこともあります。

そのときにも、今回と少し似た感覚を持ったことを思い出しました。

それでも、

「いや、ボルネオはこんなものではないだろう」

という気持ちは、今もどこかにあります。

いつかまた、別の場所を見に行くかもしれません。


ペットを連れていくなら、話はもう少し複雑になる

そして、ペットと一緒に海外移住を考えている場合、もう一つ確認しておかなければならないことがあります。

ペットの入国条件です。

ここでも、

「マレーシアだから、西マレーシアと同じだろう」

と考えると少し危険です。

サラワク州には独自の入境管理制度があり、動物の輸入についても独自の規則があります。

犬や猫を国外から連れてくる場合には、輸入許可、マイクロチップ、ワクチン、健康証明など、別途確認しなければならない条件があります。サラワク州獣医当局の現行規則でも、輸入許可、マイクロチップ、狂犬病ワクチン、獣医健康証明等が規定されています。

つまり、

人間はS-MM2Hの条件をクリアできても、ペットの移住は別に設計しなければならない。

海外移住では、こういうことがよくあります。

ビザだけを見ていると「行ける」。

でも、家族、学校、医療、ペット、税金、不動産まで重ねていくと、別の答えが出てくる。

だから私は、一つの制度だけを見て移住先を決めるのは難しいと思っています。

ペットを伴う海外移住については、これだけでかなり長くなるので、別の記事で改めて書こうと思います。


結局、クチンは「パス」。でも、不合格ではない

結局、クチンは今回の移住先候補からはいったん外しました。

でも、

クチンが悪かったからではありません。

むしろ逆です。

制度面でも、生活面でも、かなり条件のいい場所でした。

シンガポールからこれほど近いのであれば、二拠点生活という考え方なら評価はかなり変わります。

私自身、条件だけを並べれば、クチンを候補に残しても不思議ではありませんでした。

それでも今回は選ばなかった。

今回の視察で一番大きかったのは、クチンについて知ったこと以上に、

自分が次の暮らしに何を求めているのか、一つ分かったこと

でした。

移住先は、ビザ、税金、物価、医療、治安、不動産などを比較すれば、自動的に答えが出るものではありません。

条件上はほとんど○でも、

「でも、ここではない」

ということがあります。

逆に、比較表では少し不便に見える場所が、実際に行ってみると妙にしっくりくることもあります。

だから私は、海外移住を考えるとき、

「どの国が一番いいか」より、「自分は次の暮らしに何を求めているのか」

を先に考えることが大切だと思っています。

MM2HとS-MM2Hのどちらが自分に合うのか。

マレーシアなのか、タイなのか。

都市生活なのか、リゾートなのか。

一拠点なのか、二拠点なのか。

制度だけでなく、実際の暮らしまで含めて考えると、答えは人によって変わります。

 

MM2H、S-MM2Hなどの制度比較だけでなく、住居、生活環境、ペット、二拠点生活なども含めて整理します。

「制度は調べたけれど、自分の場合どう組み立てればいいのか分からない」

そんな段階からでも、個別に一緒に整理できます。

 

▶海外移住・海外生活の個別相談 | SHIN GLOBAL SUPPORT


制度情報について

※MM2H・S-MM2H等の制度は変更されることがあります。本記事の制度情報は執筆時点(2026年8月)の公式情報等をもとにしています。実際の申請時には、必ず最新の公式情報をご確認ください。

参考:公式情報

・Malaysia My Second Home(MM2H)|マレーシア観光芸術文化省(MOTAC)

・Sarawak Malaysia My Second Home(S-MM2H)|サラワク州観光・創造産業・舞台芸術省

・Sabah-MM2H|サバ州観光・文化・環境省(KePKAS)

・MM2H SEZ/SFZカテゴリー|MOTAC
・MM2H Terms and Conditions|MOTAC

 

関連記事