2011年3月11日14時46分18秒、東日本大震災が発生した。
今日はその日から1年目である。
私は大震災当日、仙台に居住していた。
通常は東北6県の海沿いにあるお客様の会社に訪問する外勤業務であったが、大震災当日はお客様の都合との都合が合わなく、自社にいた。
大震災による津波の映像を見ていると、普段、訪問する場所が次々と映される。
あの映像を見ていると、今でも心を打たれる。
大震災当日から、近隣の小学校で避難所生活をしていた。
避難所には食料、水が少なく、ごくわずかな量しか食べることができなかった。
避難所には高齢者、幼少児が多くいた。
高齢者(例:65歳)が高齢者(例:90歳)を介護している家庭も多かった。
高齢者の介護、幼少児の世話、食事配給などのボランティアをした。
避難所、近隣の人達と助け合い、「絶対に生き続ける」と必死になって生活していた。
人事異動で2011年3月下旬から関東地域に住むようになった。
私は日本のために、何をしたいか、何ができるかを考えるようになった。
考えた末、答えは見つけた。
答えは見つけたが、1年間で結果が出なかった。
この1年間、反省することが多くあった。
私の人生の分岐点は2012年、2013年にある。
私は前進しなければならない。
私が出した答えに向けて、全存在を賭けて挑みたい。