コンクリートでも埋められない親の愛
そこのカーブには花がかざってあった。
乾燥した冬の昼間、俺は、車を飛ばし彼女の家に向かっていた。
もう既に約束の時間はとうに過ぎている。また、彼女の1時間近く続くヒステリーを聞かなければならないな。。。とかなり気の重い気分。
はやりとあせりの入り混じった気持ちがアクセルを踏む力をいっそう強くする。
そんな時、あのカーブに差し掛かった。
かなり見通しの悪いカーブ。ガードレールがある。ガードレールのうしろにはぼうぼうの雑草が生い茂っていた。ここの道路は2斜線になっていて、スピードを上げてカーブを曲がった俺は真ん中の白癬を跳び越していた。
危ないカーブだな。。。
そう思いつつカーブに沿ったカードレールに花があるのが見えた。
誰か死んだのか。
一瞬そんなことを思ったが、もう既に花はルームミラーにも見えなくなっている。それと同時にそのことも忘れていた。
それから、3週間後、また、そのカーブを走っていた。
すると、そこの花束があったガードレールのところに花をおく中年夫婦がいた。
あーあの夫婦の子供が亡くなったのか。あの夫婦の年齢から考えるとだいたい20歳くらい、俺のちょっと下か。
なんか、いやなものを見たような気分だった。
その夫婦が、あのガードレールのそばの雑草を刈っていた。
死んだ息子がいる、あの場所をきれいにしているのだろう。いたたまれなくなった。
それから、何度か通るたびにその中年夫婦がその場所にいるのを見かけた。
ある時は雑草を刈り、あるときはゴミを掃いていた。
春、そこは花畑になっていた。
2人が植え、育てたものだった。
親の愛の深さと、あの夫婦の気持ちを思い、胸が締め付けられる思いだった。
俺はそこを通るのが楽しかった。
夏の暑い日に、サンサン照りつける太陽に向かって元気よく咲いている花たち。
子供を育ててるかのうような夫婦。
秋晴れの日。仕事が忙しく、久しぶりにあのカーブにさしかかった俺の目に映ったもの。
あらたに舗装され、直線になった道路だった。あの花畑も、中年夫婦もいなかった。
舗装された道路を走りながら俺はこの現実をどう受け止めればいいのかわからなかった。
でも、あの2人の気持ちは確かにあそこにあった。そして今、誰も知らない、親の愛の物語、俺の胸の中だけにある。
車はどんどん進化している。
低燃費の車、新しいエネルギーの開発。
しかし、その一方、公害でたくさんの自然が泣いている。
車の恩恵を得ている俺らは自然との対話をする義務がある。
さあ「エコロード・キャンペーン」で、対話しよう。