徒然なる備忘録〜リターンズ -30ページ目

徒然なる備忘録〜リターンズ

日々の暮らしのこと、思ったことなど を書いていきたいです


 まだ「他人のために生きろ!」に消耗してるの?(イケダハヤト風)

  ウチの親父の口癖は
「人のためになることをしなさい」
だった。

 いや、素晴らしいと思う。
口だけは。

 結果として父は鬱になり、酒を飲んで愚痴を言いふらしていたというのが現状だった。
とてもとても毎日幸せそうには見えなかった。
死にたいとか言っていた。
そんなに自分を消耗させてまで、
「人のために…」とか言っている父の欺瞞が吐き気がするほど嫌いだった。
 

それって「本当に人のためにしたい」って思って言ってるんですか?
「そう思わなければならない」っていう強迫観念に囚われてるんじゃないですか?


そこの「他人のために生きてる」というあなた、
本当に他人のためにやってるんですか?
あなたのためなんじゃないですか?

 
 不幸せな人間に他人を幸せにすることなんてできない。
これが私の自論だ。
 
 だいたい、「他人のために」という動機で何かをしてもほとんどの場合その5割も伝わっていないのが現実。

 そんなわけない!とかいうあなた。
重要なデータがあるのです。

人は「自分がしてもらったこと」よりも「自分がしてあげたこと」の方をよく記憶しているというのだ。
 これは考えてみれば当たり前のこと。
自分がやった気遣いや行動は誰よりも自分が知っている。
しかし、それは相手側もしかり。

 だから、これだけは言える。
「相手のために」なんて崇高な目的を持って行動し続けると間違いなく消耗する。
だってその気遣いのほとんどは実際に相手に伝わらないのだから、相手はそんなこちらの苦労なんて知る由もない。
いつもと変わらずにこっちに接してくること請け合いだ。
そこで、「そうなることも含めて、それでも俺は人のためにやる!」というまさに鋼の精神というか聖人的なマインドを持つ人は、是非そのまま突き進んで頂きたいと思います。

他人に~となる以上、相手に見返りを求めてはいけないのです。
 親父は「相手のために~」とか言って、「これだけしてやったのに!!なんでわかってくれないんだ!」みたいな愚痴を言っていた。
情けない。
そんなこと言うなら最初からやらなきゃいいんだ。

当たり前のように他人に貢献できている人はいる。
そういう人は「他人のために~」なんてイデオロギーをわざわざ掲げるまでもなく、そういう風に生きるのが「当たり前」な人生を生きているのだ。
「持つ者」なのである。

わざわざ「他人のために~」みたいな言葉で自分を正統化させてるような人は自己欺瞞も甚だしい。
そうしないといけない何か歪みがきっとその人の中にある。
真面目にしなければ生きてこれなかった環境。
 
まずは100%自分のために生きてみる。
そうすると、清々しい。
その上で自分が何をしたいかを考える。
その延長線上にはきっと他人がいる。
そうしたら自分のやりたいことを他人と共有すればいい。
そうすれば自分のやりたいことをやりつつ、他人を結果として喜ばすことに繋がる。
そういう生き方だと、嘘がない。
そしてよしんば他人に裏切られても、「自分のやりたいことだから」と爽やかに言い切ることができる。


なーんてことを考えるくらいには暇なのかも。