日没が近くなると当然落ち着かない。

「そろそろ帰りますか」

 きっかけがつかめずそんなことを言う。

「あ、そうなのですか」

「前と違って今は街灯がありませんし」

 ずいぶんのんきな人だ。そう思ったら、首をきょろきょろ動かし、

「そこの建物、なんでしたっけ。ああ、公民館、その隠れたあたりに月があるはずなのですよ。月明かりがあれば何とか見えるから大丈夫ではないですか。でも、ああ、そうですね。そろそろ動きましょうか」

 意外にすっと立つ。高齢になると声は出さなくとも、よっこらしょという内心のつぶやきが動きに見えるものだ。

 二人同じ出口へ歩き出す。それは先ほど言われた公民館側だった。なるほど少し歩くと満月に近い月が顔を出した。

「さっきのことですけど」

「どの部分でしょう」

「そろそろ帰りたいと思っていたというところです。道はまあ、よほどのことがなければそこまで不安ではないです」

「星明りで夜道が見えるものでしょうか」

「さあ、どうなのでしょうね。ただまあ、完全に日が暮れる前には着けると思うから、そこまで心配はない。でも日が暮れると、家の中で何もできなくなってしまう。そこが何となく、ね」

「灯りの類はお持ちで?」

「蝋燭が多少あったかな。でも、いざというときのためにとっておきますよね」

「それはそうですよね」

 しばらく無言で歩く。公園を出ても方向が同じだ。烏が北の方向へ飛ぶ。

「このあたりだと、神社はあっちの方向なのか。自分の家の場合、烏は東に戻ってゆきます。不思議ですよね。人はもう神を信じないのに、烏だけはなぜか律義に神社をねぐらにしている。あ、いちおうしゃれた皮肉のつもりだったのですが、あまり面白くなかったですね」

 さすがに笑顔にならずにいられない。しかし彼は私の方を見ていない。それでも、人の表情の変化を視界の片隅で読み取っているのかもしれない。

「ええと、なんでしたっけ。そうだ、こっち方向へ歩くということは家も近いのでしょう。あなた、どこですか」

「上島町です」

「私は野郷です。隣ですね」

「はあ」

「それがどうしたと返したくなったでしょう。いや、そうではないのですよ。なにではないって話ですが。先ほど暗くなって部屋の中でやることがなくなるっておっしゃってらしたようなので、それならうちにはランプが余っているので、一つくらい譲ってもよいかなと、ふと考えたのです」

「ランプ? 燃料ですか」

「いや、電気。……あ、そうか。普通電気はないのか。では私の早とちりですか」

「燃料もないと思いますよ」

「そうですね」

「燃料もお持ちで?」

「ないですね」

「電気ならあるんだ」ちょっと笑う。

「発電機ですね」

「発電機でも燃料が必要ではないですか」

「自転車のダイナモですよ。手に入れたことも含めて、まあ幸運でした。どうです、せっかくお誘いするつもりだったので、そのあたりの話もしてみたい」

 人付き合いを避けてきた私であるので、さすがに躊躇したが、乗ってみることにした。私にはわからない、いくつかのことを訊いてみたいという気持ちがあった。

「ああ、でも大した話はありませんよ」

 またぞろ私の心を読んだように言う。