ショップ巡りをして、欲しいものもないと見定め、帰りに公園で休んでいた。とてもあさましい気分になったのは言うまでもない。それも被害妄想というものだろうか。ともかくも、私は不要なものを持っていく気はなかったのだから。でも今の時期は何気ない好奇心を持つだけでも特殊な人間と思われかねない。誰もそんなところまでは見ていないだろうとは思うが。呉服店、雑貨店、いや、この書き方は古いか、ファッションセンター、百均ショップ、ファーマシー。スーパーはさすがに何もないだろう。三店舗見て回って、どこも目分量半分ほどになっている。

 移り変わりを確認したいという欲求だったのだろうか? それもまた賤しい心根だろうか? 詮のない自問自答に飽きてふと見る。丸太を半分に切った形に細工したコンクリのベンチに腰かけていたのだが、斜め前に別の男が座っていた。眼が合って、相手はこちらにも伝わるくらいびくっとした。おどろかせただろうか。

「失礼。だれかがいるとはしばらく気付かなかった」

 そういうことがあるものだろうかと思ったが、不思議なことではある。疲れているのか、年齢なりの不注意なのか。でも、どちらが発してもよい言葉なのだろうと思い返した。

「昔から、影の薄い奴でしたよ。いや、そうなるよう努めてきたのかな。卒業写真で何グループかに分かれて写真を撮るとき、なるべく後ろに隠れたがるような。いやこのたとえは通じにくいかな」」

 先人がいて気づかずに近くに着席したわけではないとさすがに自分で思うが、後から来た人に気づかないとしても相当に注意不足ではあろう。

 またしょうもない考えごとに引き込まれそうになっていると、

「この天井は昔藤棚だったけど、これは藤ですかねえ。違うように見える」ととぼけた話を振ってくる。

「さあ。植物の名前には疎いです」

「藤だとしても、少しずつ変わっているのかもしれませんねえ」

 話が途切れて、二人とも周囲を見やる。図書館と公民館がすぐそこにある。隙間の空間は、少し前までは畑だった。緑色でおおわれているのは今でも同じだが、たぶん野菜以外の何かに変わっている。野菜ではないが、食用にはなる。その向こうには山並みがあり幾分灰がかった青色が広がっている。

「ところで、あそこに生えてるのは野草でよいとして、家の庭に生えてるやつで、食べられる場合、野草でいいんでしょうかね」

 私の思考を読み取ったかのような質問をする。

「難しいですね。庭は野、ではないですしね」

「でも今はすべての場所が野と言ってもいいような気もしますから」

 そして一瞬呆けたように口をぽかんと開けて、

「でもそれを言うと、野菜がおかしいですよね。菜はおかずということです。ドメスティックな場で栽培するわけだから、野ということにはならない。それでも野菜です」

「そうですね」

「あ、こういう話はつまらないですか」

 そんなことはないですよ、と返すのに一拍置いてしまった。弱弱しい笑顔が返ってくる。こちらも思わず口元が緩む。

「珍しいですね。最近誰かが笑顔になるところ、ほとんど見ませんから」

「まあみんな年寄ですからね」

 そう言ったこの男の年齢がよくわからない。どうでもよいか。人は皆、年齢不詳だ。自分より上か、もしくは下かの違いしかない。

 ここは高野辺市という。言われていた。かつては十五万人が住んでいた。今はどうだろう。市と言われる数は満たさないことは確実だ。それ以前に行政的なことはもう機能していない。その名の凡庸さにふさわしく、これといった特徴もない。しかし薄暮の時ともなれば、夢に見る廃墟の風情も伴う。しかしこれは現実だ。もう半分廃墟化している。そしてこの男もいかにも非現実的な妄想に思えてくる。