昨日の文末について。
昨日のブログの文末での発言は、秋葉原連続殺傷事件及び京田辺市父親殺傷
事件について発言するものであり、他意はないことをお伝えします。所謂伏線。
では、はじめます。先日、M君事件で有名な宮崎勤氏の死刑が執行されました。
死刑の是非については別の話とすることにして、M君事件が影響させた偏見につい
て、述べさせていただきます。
>メディアにかつてない影響を与えた。宮﨑がいわゆる「おたく、ロリコン、ホラーマニア」
>として報道されたことから、同様の趣味を持つ者に対して強い偏偏見が生じた。
>特に、宮﨑が殺害後の幼女をビデオカメラで撮影、これらを膨大な数に及んだ
>コレクション・ビデオテープの中に隠し持っていたという点で、現実と空想・妄想
>と犯罪行為の境界が曖昧で、明確な規範意識の無さが犯罪に及ばさせたと見
>なされた。 Wikipediaから
この事件の発生後、各メディアによる報道合戦が過熱したことと、報道時の偏見を
生むような放送、出版等方法がとられたため、現在に至るまでのサブカル狩り的な
要素が生まれた。
最近のサブカル文化のインターナショナル化に伴いその偏見は減少傾向にあるが
類似した事件が発生する、又は直接的でなくてもそのようなテレビ番組を視聴して
いた・書籍を読んでいた等、その程度の関連性であってもマスメディアはその点を
深く追及しようと様々な角度から侵入し、Nice Boat.のような事態を生んでいる。
~前おき終了。ここから本編~
今回の事件では被害者がそれであった。容疑者は人が集まっている=秋葉原と、
実に迷惑で短絡的な発想でSofmapの前の交差点に特攻しやがり、その上奇声…
と言われてるが、たぶん自分でも勇気というか踏ん切り見たいのが見えます。
人間やけっぱちになると変な声でもなんでも出ますよ。これホント。
同事件発生後一番困ったのが被害関係者、加害関係者ではなくナイフコレクター
の方々ではないでしょうか?前者2つの場合は社会的に同情やらおせっかいやら
を受けることになるでしょうが、攻撃されることはないのです。攻撃されるのはナイフ
を集めていた何も関係のない人々です。その人々はナイフを集めているだけで、
実害を与えるわけでもないのに世の中のはじきものにされるのです。可哀想とか
そういった感情ではなく、自分に関係のない事象をこじつけで判断されるというのは
心外で、また侵害でもあります。 (※韻を踏みたいわけではありません)
問題があるのはメディアであり、報道の集中性だと思います。3週間ほど前までTV
では中国四川大地震を大々的に放送・出版しやれあれが悪いこれが悪いと散々、
批判やらなんやらを繰り返していました。一気に報道の方向性を変えたのが秋葉原
無差別殺傷事件です。1週間前まではその放送1色でしたね。文字通り。
1週間前から今まで何を放送しているでしょうか?放送時間でいえばダントツ岩手内
陸地震です。
ここ3週間の間にテレビの特集からトップニュース・一面記事がコロコロと変わってい
るのです。世論が求めている?そのような意見も一理あるでしょうが、一番の理由は
他にもあるような気がします。売れるのです。
スキャンダルや政治経済の話ではニュース番組として売れないのです。新聞も買って
くれるでしょうか?否です。社会面…特に事件があるから新聞も売れるしTVも見られ
るのでしょう。
不敬や不謹慎を承知で言います。事件を心待ちにしているのは皆さんなのです。
「犯罪のない社会を」とか宣わっている連中も、実は犯罪や事件を心の奥底の部分で
心待ちにしているんです。事件に深くかかわりたいと思うのではなく、それは皆さんの
好奇心でしかありません。野次馬根性です。自己満足の中二病患者と変わりないじゃ
ないですか?そうでしょう?事件を求めているのは皆さんで、呼び起こしているのも皆
さんです。
犯罪があるから社会がある、犯罪のない社会なんて存在しないんです。この世には。
あの世はどうかわからないので、だれか行ってみてきてください。
最後に小説家 小泉八雲 の名言(遺書)より引用させた言葉で締めくくらせていただ
きます。ありがとうございました。
人の苦しがるのを見るの不愉快でしょう。
あなた、あっちへいってなさい。