第4幕 ~ダンスインザダーク、種牡馬としてのスタート~


競走成績もさる事ながら、その血統的背景・・・エアダブリン(ダービー2着馬)、ダンスパートナー(オークス、エリザベス女王杯馬)の弟という点、そして雄大な馬格でその人気は凄いものでした。

産駒の勝ち第1号は、ツルマルガールとの間に生まれたツルマルボーイです。

母のツルマルガール自身も橋口厩舎に所属しており、朝日チャレンジカップGIIIなどの活躍をした馬でした。

その縁もあり橋口厩舎に入厩したツルマルボーイは、夏の小倉の1200m新馬戦で見事デビュー戦を飾ったのですがその後は勝ちきれない競馬が続き、2勝目を挙げたのは春のクラシックも盛況の5月。

そして橋口厩舎も、GIには出走するものの勝ち切れないレースが続き、ダイタクリーヴァを擁し1番人気で挑んだ皐月賞も2着、秋に再び1番人気でマイルCSに挑むも人気薄のアグネスデジタルに足元を掬われ2着に終わってしまいました。

この頃から中央競馬に騎乗する機会が増えてきていた、地方の笠松競馬所属の安藤勝己騎手への騎乗依頼が増えるようになり、武豊は海外に遠征していた事もあって橋口厩舎の有力馬は

河内洋と安藤勝己、そして関東遠征の際には横山典弘が騎乗するパターン が定着してきました。

ただ、実は武豊と橋口師の間には「ある約束」がなされていたのです。


ダンスの引退の時に交わされた約束・・・

今度また騎乗を依頼する時は、GIで勝ち負けが出来そうな馬だけにする
それがダンスインザダークでGⅠを制してくれた騎手への礼儀だから

というものです

数年後、ある1頭の大物が入厩してきました

モノポライザー
父:サンデーサイレンス
母:ダイナカール
母父:ノーザンテースト

そう…牝馬にして秋の天皇賞を制し年度代表馬にも選出された、あのエアグルーヴの仔です

そしてこのモノポライザーはデビューから3連勝を達成しクラシック路線へと進めましたが、ダンスが制した弥生賞出走を前に熱発でリタイア。そのまま皐月賞に挑むも後方ままで惨敗を喫してしまいました。

そしてその頃、1頭のダンスインザダーク産駒がデビューに向けて稽古を重ねていました。

そう、この物語の主役です。

ザッツザプレンティ…コイツは最高だ!という、ダンスインザダークの最高傑作となるべく名付けられた馬、そして宿命。

父違いの姉にマニックサンデー(父サンデーサイレンス)を持つ同馬は生まれた時から牧場の注目馬となり、秋の京都で河内騎手を背に無事デビュー戦を勝利で飾りました。

続く京都2歳Sでは、福永裕一騎乗の伏兵エイシンチャンプに屈したものの2着を確保、そのエイシンチャンプが朝日フューチュリティステークスGIを制した事で俄然注目を浴びる存在として、父が敗れたラジオたんぱ杯2歳ステークスへ駒を進めました。

雨が降り続く最悪のコンディションの中、チキリテイオー以下を相手にもせず5馬身の大差をつけ楽勝した時、翌年(つまり今年)のクラシックがはっきりと視界に入ってきたのです!

ちょうどその頃、厩舎にはゴールデンキャスト(タイキシャトル産駒)やユートピア(フォーティーナイナー産駒)という大物もおり、ダンスインザダーク以来久し振りのクラシック制覇がいよいよ現実に!という予感を抱いたまま翌春へ夢は膨らんでいったのです。


第5幕 ~2003年激闘譜・春…幾多の敗戦を胸に~


今年の春シーズンは橋口厩舎にとって、大きな期待を抱かせると共に実に不運に見舞われたシーズンとなりました。

暮れに全日本2歳優駿(地方GI・川崎ダート1600m)を圧勝したユートピアは、UAEで行われる国際GI、UAEダービーに選出されるも「イラクの自由作戦」による交通手段の欠如(飛行機が直行出来なくなった)により無念の回避、その後は中央の毎日杯を久々の芝レースながら2着に健闘し、NHKマイルカップへ。

昨秋のききょうステークスをレコードタイムで圧勝したゴールデンキャストはその後骨折が判明、春先に復帰し全てのレースで1番人気に推されたものの勝ちきれないままNHKマイルカップへ。

古馬では、前年の宝塚記念で2着になるまでに成長したツルマルボーイが、休養開けの産経大阪杯を挟み天皇賞・春へ。

そしてこの間に急成長を遂げた前述ダイタクリーヴァの弟ダイタクバートラム(父ダンスインザダーク)は、1番人気で堂々と阪神大賞典を制し、勇躍天皇賞へ。

ザッツザプレンテイは、引退した河内騎手に変わり満を持して鞍上に武豊を迎え万全の体勢で弥生賞へ堂々の1番人気で出馬しました。

しかしスタート直後に落鉄した影響もあり、ライバルのエイシンチャンプの影を踏む事もなく6着に敗れてしまいました。

そして武豊から安藤勝己に乗り代わり皐月賞。

しかしこの皐月賞はちぐはぐなレースになってしまい8着と惨敗してしまいました。

勝ったのは牧場時代からのライバル、そして同馬主のネオユニヴァースでした

調教過程にやや誤算があった事もあり、ダービーでは万全を期して挑む事になったのです。


さて、天皇賞は武豊騎乗のダイタクバートラムが1番人気、横山典弘ツルマルボーイが2番人気に支持され、3番人気には他厩舎ながら安藤勝己騎乗のタガノマイバッハが推されダンスインザダーク産駒が1~3番人気を独占するという事態になりました。

しかしレースは、前年の菊花賞馬で角田晃一騎乗のヒシミラクルが当時と同様4コーナー先頭から押し切りダンスインザダーク産駒はダイタクの3着がやっと、という少々物足りない結果となりました。

NHKマイルカップは、安藤勝己ユートピアが早めの競馬、武豊ゴールデンキャストは1番人気ながら最後方という対照的なレースで、ゴールデンは追い込んでは来たものの11着、ユートピアは4番人気で4着を確保、という残念な結果に終わってしまいました。

こうして迎えたダービー当日

ザッツは皐月賞の惨敗から人気を落とし、8番人気での出走となりました。

重馬場となったレースでは、皐月賞のようにちぐはぐに運ぶ事もなく直線堂々としたレース振りで3着と健闘したのです。

しかし勝ったのは、またもやネオユニヴァース

この時点で2冠を制したネオに完全に水を開けられた格好で春シーズンを締めくくったのです。

春の総決算宝塚記念では、天皇賞の敗北で人気を落としたツルマルボーイが昨年と同様2着に入り健在ぶりをアピールしたものの、ダイタクバートラムは精彩を欠きぞれぞれ秋に向けて休養に入りました。


それにしても、これだけの布陣で挑みながら、2着1回が精一杯・・・もうGIを勝つ事は当分ないんじゃないか?という悲観すら覚えるようになっていたのも事実。

ところが。
夏競馬を迎えるや否や状況は一転、所属馬がグレードレースをどんどん制していったのです。

「年に1回は必ず激走する」ロサードが、前走の新潟大賞典のしんがり負けから一転し武幸四郎を背に小倉記念を圧勝!

夏の上がり馬として出現したのは、そのロサードの全弟ヴィータローザ。

デビューから5戦連続3着するなど惜しいながらも未勝利戦すら勝ちきれなかった馬が、初勝利をきっかけにラジオたんぱ賞を制すると、返す刀で菊花賞トライアルのセントライト記念を差し切り一躍菊花賞の穴馬として浮上したのです。

秋競馬の開幕を飾るスプリンターズステークスには、テンシノキセキが前走セントウルステークスで春の高松宮記念を制しているビリーヴを2着に退け、有力候補として出走する事に!

そして秋の最大目標をジャパンカップダートに据えたユートピアは、復帰戦となった盛岡のダービーグランプリをなんと大差で圧勝、その視界は良好そのものとなったのです。


第6幕 ~厩舎の悲願、そして夢の続き~


春の総決算、日本ダービーを3着と好走したザッツザプレンティは復帰緒戦を神戸新聞杯に合わせ調整

ここにはダービー1,2着のネオユニヴァース、ゼンノロブロイ他、皐月賞で2着そして夏の札幌記念で古馬を相手に堂々圧勝してきた武豊騎乗ノサクラプレジデントも出走してきました。

レースは淡々とした流れを先行するものの、ダービー2着のゼンノロブロイが差し脚を伸ばし圧勝、ネオユニヴァースが2着、サクラが3着と、人気通りの決着。

ザッツは離れた5着、4着にはこれもサンデーサイレンス産駒で、春は病気のため結果が残せなかったリンカーンが入線しました。

掲示板の上位4頭が全てサンデー産駒で、辛うじてその孫のザッツが5着という…菊花賞本番はサンデーで決まり!という空気になってしまったのも仕方ないのかも知れません。しかし。


いよいよ菊本番を迎える週になりました

追い切りでは先輩ロサードと併せ馬をし、先着という上々の内容

今のデキなら、と思わせるもこれまで勝てていない事も事実・・・何が足りないのか?


鞍上の安藤勝己は考えていました、上位を食うにはどのような騎乗をすればいいものかと


これまでザッツは、どちらかといえばハイペースのレースの時そして道悪の時にいい結果を残してきました。

つまりスタミナに不足はない、しかし同じ位置からの瞬発力だと分が悪い・・・

金曜日、枠番の抽選が行われました



ザッツにとってはこれ以上ない枠です

しかし気になる事に、ネオが8枠17番・・・

そうあの時と同じ
ダンスインザダークと同じ勝負服が全く同じ枠に収まったのです。

基本的に3000mの菊花賞ではさほど枠番の有利不利が出る事はないのですが、真ん中の偶数枠(偶数番号が後からゲートインするので、先に入ってイレ込む事が少ない、とされる)なので早めに行って前での競馬になるかな、と予想。

菊花賞当日の京都競馬場は、10月末にしては暑いくらいの陽気に恵まれ朝から盛り上がっていました。

到着するなり、ライスシャワーの慰霊碑に菊花賞の無事を祈る


10レースが行われる頃にゴール前付近のスタンドを陣取り、いよいよ菊花賞の本馬場入場。

各馬ともゴール板前までは来ず、各々4コーナーの方に散って行きます

本来は、返し馬する前にゴール板前までは歩いて来にゃならない訳ですが近年特にGIでは歓声が上がりすぎるので、イレ込まないように早々と向こう正面のスタート地点を目指すようになっています

2020年、コロナ禍により無観客競馬が行われている現在はゴール前に来ている馬が多いですね。


・・・さて場内に大歓声があがり、スターターが台上へ。いよいよファンファーレです。


各馬ともスムーズなゲート入り、最後に入るのは大外17番枠のネオユニヴァース

ゲートが開いて一斉にスタート!出遅れる馬もなくキレイなスタートです!

2枠からまず先手を取ったのは逃げ宣言のサウスポール
シルクチャンピオン、マイネルダオスも手応えよく先行、テイエムテンライはやや持って行かれ気味に先行、その内々にゼンノロブロイ、それを見る形でザッツザプレンティです

その内にリンカーン、それを外からネオユニヴァース、サクラプレジデントは更に置かれて後ろから5頭目くらい、ヴィータローザの後ろを進んでいます

1周目の直線、先頭に立っているのは先週牝馬三冠を達成した幸英明騎乗のシルクチャンピオン、やや離れてテイエムテンライです

1000m通過が1分ちょうど、最近の菊花賞としてはちょっと早いペースです
これならザッツにやや有利な流れかな?と思いつつ各馬を1コーナーへと見送ります

向こう正面に入ってもこの体勢は崩れる事なく、縦長の展開のまま3コーナーの坂の上りへ…ここでレースが、安藤勝己が動きました!

仕掛けていったのはザッツザプレンティ!

これを見るようにネオユニヴァースとペリエも差を詰めていく!

ゼンノロブロイは一呼吸置いて仕掛けるのか、一旦この2頭に置かれる展開、サクラは内を通ったままで少し折り合いを欠いている様子

そして4コーナー、坂の下りで安藤勝己は一気に勝負に出ました!

展開としては絶好の平均やや早めのペース、安藤勝己が思い描いていた通りの形になったものの、その豊富なスタミナを最大限に発揮する為に取った作戦、それは


4角先頭からの押し切り!

さすがに先頭で4コーナーを周ってくるとは思っていなかったので「そのまま!そのまま!」とゴールまで叫び続ける事になる訳ですが、直後にネオユニヴァースも付けており、この2頭が叩き合う感じで最後の直線を迎えました。

直線の叩き合いは熾烈を極めました、今までならこういった展開になった時は直線半ばで失速していたのですが今日のザッツは違っていました

差は全く縮まりません、それどころか逆に少しずつ差を広げていくザッツ&安藤勝己…3番手には、ザッツと同じダンスインザダーク産駒のマッキーマックス

外からリンカーンがもの凄い脚色で飛んで来ました!3番手は確実で、前を捕らえきるか?という勢いです

後続を引き連れ先頭で決勝線を通過するザッツザプレンティ


こうして、ゴール前でもう一伸びしたザッツが、リンカーンを4分の3馬身離して堂々と先頭でゴール板を駆け抜けたのです!

そう…このリンカーンこそ、父ダンスインザダークをダービーの直線で葬ったあのフサイチコンコルドの妹、グレースアドマイヤの息子でもあったのです。

親子2代に渡る執念の叩き合いは前回の菊花賞同様、ザッツに軍配が上がりました


あれほど勝てなかったGIの壁・・・人気になりながら、地方のGIなら勝てるものの、中央場所では縁のなかった檜舞台。
そしてそして、ダンスインザダークの産駒としても、2着は3度あったものの届きそうで届かなかったGⅠ勝利。

優勝馬服を誇らしげに纏うザッツザプレンティ


そんなモヤモヤしたものが全て消し飛ぶザッツザプレンティの菊花賞制覇でした。菊花賞の親子制覇はシンザン→ミホシンザン以来18年振りです。


ネオユニヴァース陣営にとっては、三冠を阻んだのが同じ勝負服のザッツザプレンティというのは諦めても諦めきれないでしょうか…
しかし社台ファームとしては、生まれた時からのライバル同士の叩き合いという最高の結果を出せ、前年夏に急逝したサンデーサイレンスの産駒をその最高傑作と名高いダンスインザダークの産駒が抑え切った事は非常に価値のある菊花賞制覇ではなかったでしょうか。



再終幕 ~エピローグ~


ザッツザプレンティはその後、公表通りジャパンカップへ向かいました。
人気薄ながらも得意?とされる道悪馬場を味方に、勝ったタップダンスシチーには大きく離されるも前年(そして結果として2年連続射止める)年度代表馬のシンボリクリスエスには堂々の先着を果たしました。

その後は精彩を欠く競馬が続き、春の天皇賞に2年連続で出走したのち引退しました。

父や自身を超えるような産駒には恵まれませんでしたが、現在は功労場として余生を過ごし、本日(2020年5月26日)20歳を迎えました。


ダンスインザダークは、自身の叶わなかったダービー制覇の夢は息子の代でも叶いませんでしたが、ツルマルボーイの安田記念やザッツザプレンティ以外にも菊花賞馬を2頭送り出しました。
そして2020年1月2日、27歳での生涯に幕を下ろしました。


橋口厩舎のその後は。

2005年に、ダンスインザダーク以来2度目のダービー2着となったハーツクライは、翌年の有馬記念で1歳下で無敗の三冠馬ディープインパクトを撃破する大金星を挙げ、ドバイでも海外GI制覇の偉業。

その後、リーチザクラウン、ローズキングダムと合計4度のダービー2着を経て、定年も間近に迫った2014年にハーツクライの仔ワンアンドオンリーで悲願を果たしました。

それらの馬たちの物語は、またいずれの機会に…。


~終幕~