【188】甘い目眩 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


『逢瀬は、プラットホームで。』 ~ epilogue ~



夫からではない、着信音に弾かれる。


サブ・ディスプレイには、井沢さんの名前が・・・。


登録してある、彼のフルネーム。

それを目にするだけで、胸が熱くなる。


掛け直してきてくれたのだろうけど、その早さに驚いて・・・。

まるで、現実に戻るのを止められたみたいだった。



照明のスイッチに伸びていた指を止めて、

私は、暗がりに戻った。


床に、ペタンと座り込む。



「・・・ はい・・・」


『椎名ちゃん!?』


「あっ、うん・・・」



元気の良い声が、耳に飛び込んでくる。

その明るい声と、私の気持ちが重ならなくて、少し戸惑った。



『ゴメンな。 出ようとしたけど間に合わなくて・・・』


「ううん。 ・・・ 私こそ、ごめんなさい。遅い時間なのに・・・」


『いや。 それより、どうした?

 ・・・ 電話していて、大丈夫なのか・・・?』



ドキッとした。

用なんて、何もない。


それに、

こんな時間に電話をしてきた私を、彼は気にしている。


でも、そのままを言うわけにもいかず、躊躇ってしまう。



「うん・・・。 電話の方は、大丈夫なんだけど・・・

 その、携帯をいじってて・・・ リダイヤルを、ね ―――・・」



“故意で掛けたのではない” 、そういう意味合いで返した。

彼は、 『えっ?』 と呟いて、声の調子を変えた。



『なんだ。 リダイヤル、か。 ・・・ そりゃあ、そうか』



残念そうな声に聞こえて、胸がチクリとする。

私は、極力明るく振る舞おうと思った。

昔、彼の前ではそうしていたんだから、今だって出来るはず。



「うん。ゴメンね。 ・・・ 驚かせちゃったよね?」


『まあ・・・な。 明日掛けるつもりだったのに、

 椎名ちゃんから掛けてくるからさ。 少し、期待した』



あはは・・・ と、自嘲気味に笑っている。



「なによー。 期待って」


『ホラ、俺の声が聞きたいとか、そういうやつ。

 それか、会いたくなった・・・とかさ』


「うわー。 自信家だよね、その発言」


『はっ・・・? 自信なんて、そんなのねーよ。

 あったら、今こんなじゃないって』


「こんな、って・・・。 今、元気でいるんでしょ?

 活動だって続けていて、 彼女も・・・いるんだし。

 それで、充分じゃないの」



私がそう言ってから、井沢さんは黙った。

彼の後ろには、物音がしない。


いや。

微かに、何かが流れている?

音楽を聴いていて、ボリュームを絞ったような感じ。



「・・・ どうしたの? 急に黙っちゃって」


『・・・ なあ。 返事、今貰えない?』


「ダメ。 それは明日 ―――・・」


『“会いたい” って、言えよ』



命令口調・・・?

かつて、そんな場面があったと、思い起こさせる言い方だ。



「・・・ もしかして、飲んでる?」


『飲んでないよ。そんなには』


「そんなにって、飲んでるじゃん。家じゃないの?」


『うん。家だよ』



ああ・・・。

このラフな喋り方は、お酒が入ったときの彼だ。

でも、まさか、あの彼が “家飲み” とは。


少し口が軽くなって、少し強気になる・・・。


そういえば、彼にドキッとさせられるのは、

いつも、お酒が入っている時だった。

決して、弱いわけではないのに・・・。


無駄なドキドキは、要らない。

だから、そうなる前に・・・



「飲んでる邪魔をしたら悪いし、切るね。 明日、待ってるから」



そう告げて、切ろうとした。

井沢さんも、

「うん」 とか 「おう」 とか、適当に返してくれると思っていた。


それなのに ――――・・



『待てよ・・・!』



一言に、ゾクリとした。

耳に、熱い息遣いを感じさせる声色。

それと同時に、腕を掴まれ引き止められたイメージが浮かぶ。



妄想などではなく、かつて私が見たシーン。


振り返った私に見せた、彼の表情をリアルに想い出した。

今、電話の向こうでは、あの時のような表情をしているのだろうか。


訴えかけるような、あの ―――――・・



そうだった。

私は昔から、彼の呼び止めに弱かったよね。


聞き返すのが、精一杯で。



「・・・ なに? 大きな声ださなくても、聞こえて ―――・・」


『これから、俺、そっちに行くよ』


「・・・・・・ え?」


『椎名ちゃんからは、会えないんだろ? なら、俺が行く』


「え? ちょ・・・ ちょっと、何を言って・・・」


『俺が、会いにいくから』



最後の言葉だけが、耳の奥で、頭の真ん中で、

何度もリフレインしている。


言葉だけだと、解っている。

それでも、

彼の強引な言い方に、私のココロが疼いたのは確かで・・・。



クラリ・・・ と、

ほんの少しだけ、甘い目眩に酔った。




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