【181】最後の日の記憶 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


『逢瀬は、プラットホームで。』 ~ epilogue ~



『・・・ 掛けてきてくれて、嬉しかった』



そんな言葉を、言える人だったんだ・・・。


私の記憶の中の彼と、イメージが重ならない。


本当は、あの頃から、

サラリと言える人だったのかもしれないけど・・・。


調子を狂わされる私を他所に、

彼は問いかけてくる。



『どうして、憶えていてくれたの? ・・・ 椎名ちゃん』



呼びかけるような、優しい声色。


危うく・・・

本音を漏らしてしまいそうになる。


唇を開きかけて、慌てて止めた。



「・・・ そういう井沢さんこそ、よく憶えてたね!

 私のコトなんて、すっかり忘れているかと思ってたのに~」



わざと、明るい声を出した。


すごく久しぶりの、同性の友達と再会した時のような、

驚きと、嬉しさを合わせたような、そんな声で。



『俺が聞いてるのに、質問返しか。・・・ まあ、いいけど』



語尾の辺りで、彼の声が苦笑いに変わる。


そして、電話越しに、カチッ・・という音が聞こえた。

ライターの音・・・?


瞬時に、

彼が煙草を吸っていた仕草とか、

雰囲気を思い浮かべて、胸がトクン・・と、音を立てる。


会社帰りに二人で寄った、喫茶店。

憂いのある横顔とか、はにかむような微笑みとか・・・。

その時の空気感までが、胸に甦る。



あの頃、

6歳年上の井沢さんが、とても大人に見えて・・・。


大人の雰囲気を漂わせていた彼に、

そっと胸を高鳴らせていたけれど・・・

あれから、どんな風に歳を重ねて来たのかな。


やっぱり、渋い感じになったのかな・・・?



『あれから、15年だもんなー・・・』


「ねー。なんだか、信じられないよね」


『俺が、会社を辞めた日だったよな。

 椎名ちゃんと、最後に会ったのも』


「うん。 そうだった・・・ ね・・・」


『あ。 そんな昔のこと、忘れてるか』


「・・・ ううん!!憶えてるよ。忘れるわけ、な・・・ い・・・」



つい、声が大きくなってしまった。

それに、忘れていなかったことまで、口を滑らせて・・・。



『椎名ちゃん、泣いてたよな? 俺が、電車を降りるとき・・・』


「・・――― えっ・・・ 気のせい、じゃない・・・?」


『そう・・・ だったかな。 ・・・ 俺の、記憶違い?』


「・・・ ん・・・ うん。 私も、よく憶えてないよ ・・・」



どうして、いきなりそんな事を言い出すの!?


頷いて良いのか、否定するのが良いのか・・・

思考が追い付かない。



『あの時さ・・・

 電車から降りる時、すごく迷っていたんだ』



ふうっ・・ と、煙草の煙を吐き出すような、

深い息が聞こえる。



・・――― 何か・・・ とんでもなく、嫌な予感がした。



嫌な、というか、

今の私が聞いてはいけないような、何かを・・・。



『ドアが開いて、降りる直前まで考えてた』



彼の話す言葉に、

私の記憶も、あの日の電車にタイムスリップした。



最後の日を、

井沢さんも 思い起こしているのだろう。


ゆっくりと話す彼の声に、鼓動が高鳴る。



『何事もなく、降りてしまうか・・・

 椎名ちゃんを連れて、降りるか・・・

 あのまま、降りずに 二人で乗っていくか ―――・・』



私が涙を堪えている時に、

「離れたくない」 と思っていた時に、

あなたは、そんな風に考えていたの・・・?



私とのことを、

迷ってくれていたの ―――・・?




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