九州説と畿内説の2つがある。
が、阿波徳島説が浮上。
しかも、九州説と畿内説どちらにもある矛盾点が阿波徳島説にはないとのこと。
まあ、ネットで調べてみると、頭ごなしに反論してる人も多い説ではあるが。
要は、当時の中国に距離を正確に測る技術があったのかということと、1里の距離の概念が日本と中国とで異なるというのが重要なのだが、どうやら当時の中国は影の長さとピタゴラスの定理的な算定方式が存在していて、なおかつ天文学も発達していたという。
それらを駆使して正確な方角と距離を把握していとなれば、それを当てはめて出る場所というのは限られるわけだ。
そして、それが現在の徳島県。
考えてみれば、イザナキとイザナミは淡路島を最初に生み(一番最初は足場としてオノゴロ島なのだが)とあり、2番目に四国を生んだとある。
その後、隠岐島、九州、壱岐、対馬、、、と続いて行く。
個人的な解釈ではあるが、これは当時の支配者が制圧していった順番ではなかろうかと。
となると、淡路島のあとに徳島というのは実に自然だ。
徳島は遺跡発掘に力を入れてください(笑)。
吉野ケ里遺跡を超える規模の大きい遺跡が眠っているに違いない。
あ、俺が知らないだけかも(笑)。
しかし、邪馬台国が徳島だとすると、伊都国は現在の糸島市ではなくなる。
が、宗像市が浮上する。
宗像市には宗像大社がある。
宗像大社は宗像三女神を祀る。
宗像三女神はスサノオが生み出した。
スサノオはイザナキが生み出した。
うむ。
なんだか納得いくぞー。
縄文時代や弥生時代の遺跡からは文字が出てこないのだが、それゆえに色んなことが霧の中でモヤモヤするのだが、やっぱりそこにもロマンがあるよねー(笑)。
卑弥呼とアマテラスが同一人物という説もあるが、これも本当のところは誰にも否定できない話なのでロマンチックだ。
まあ、遺跡発掘が進むにつれ、色んなことがハッキリするだろうが、過去を掘り下げることに使う予算は建設的な使い方ではないわけで。
文化的で教育的ではあるが、興味のない人々からすれば『なんの役にも立たない』だろうな。
しかしおもしろい。