中杉 弘の徒然日記
毎日・毎日起きている事件について
ユニークな視点で書いています。
終戦の真実 ①
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テーマ:大日本帝国・神国日本
※開戦の詔勅
まもなく、8月15日がやってきます。1945年(昭和20年)に戦争が終わったのです。その事実はみなさんも知っているはずです。
太平洋戦争は、本当は大東亜戦争というのです。戦争は3年6ヶ月という長い時を経てついに終戦したのです。それが8月15日です。
天皇陛下が国民に述べられた詔勅があります。「皆、このように思いなさい」ということです。詔勅は県庁や学校などに配布されたのです。詔勅は箱に入った巻物です。
詔勅が配布されて知事や、学校の先生が読んで国民に伝えたのです。天皇陛下の詔勅は実に尊いものです。天皇のお言葉は神のお言葉であるから絶対です。
日本の歴史でわけがわからなくなったら、『みことのり』を読めば全てわかります。神様が出された詔勅を第一詔勅といいます。第二、第三、第四、第五と、詔勅はずっとつながっているのです。
神代の時代から、人間天皇の時代になって出される詔勅も神の詔勅です。神代の時代からずっとつながっているのです。神代の詔勅、人間天皇が出す詔勅も番号でつながっているのです。
『みことのり』を読むと、「天皇はどのような詔勅を出されてきたのか」ということが全てわかります。非常に興味深いものです。日本の歴史を研究する人は、『みことのり』を手に入れて読んでください。
一つの例で言うと、「織田信長や豊臣秀吉を天皇はどのように見ていたのか?」というと、『みことのり』に書いてあるのです。歴史の教科書から見るのではありません。
「天皇は織田信長や、豊臣秀吉をどのように見ていたのか?」ということが書いてあるのです。不思議なことに天皇は、時の権力者は全て呼び捨てです。当時、飛ぶ鳥を落とす勢いの織田信長も天皇から見ると「信長」と呼び捨てです。秀吉も、家康も呼び捨てです。
それを読むと、天皇には神様の流れがあるとわかるのです。その流れが詔勅です。「神様が出された第何番目の詔勅なのか?」ということが非常に大事です。
「終戦の詔勅」もそうです。昭和天皇が「戦争を止めます」と言った詔勅も神の声です。神の声を詔勅とした歴史をもっている国は、日本以外にはありません。どこを探しても絶対にありません。2800年前から詔勅は続いているのです。
『みことのり』では、昭和天皇の第2138詔で終わっています。天皇は滅多に詔勅を出されませんが、詔勅が出されたら国民は従わなければなりません。それは、神の命令だからです。
「第一詔 天神 修理固成の神勅
是 (ここ) に、 天神( あまつかみ )諸 (もろもろ )の 命 (みこと) 以( も )ちて、 伊耶那岐命・
これは、「この世界は未完成に創られている。神の子孫であるあなた方が美しい世界に変えなさい」と言われているのです。「美しい世界」とは、秩序を意味します。それが人間の目的です。これが神代の詔勅です。
「八州は一つである。七つの海といっても一つの家と同じです。それぞれ違いがあっても、仲良くしていく社会を造りなさい」というのが、八紘一宇の詔勅です。日本は素晴らしい神の国なのです。そんな国は世界中を探してもどこにもありません。
先の大戦が始まったきっかけは、欧米列強は、東南アジア諸国を植民地にしていたのです。中国はひどかったのです。分割統治されていたのです。例えば香港はイギリス領だったのです。イギリスが香港を盗ってしまったのです。
上海は欧米列強の十数カ国が治めるから、疎開地区だと言ったのです。そのように決められて、中国はあちこち虫食いの状態だったのです。
日本から見ていると、「中国は分割されて可愛そうだな」と思っていたのです。中国を欧米列強から解放するというのが、一つの目的だったのです。日本を除いて全ての東南アジア諸国は、欧米列強の植民地だったのです。
すると世界情勢がわかってきます。「誰が東南アジア諸国を植民地にしていたのか?」というと、白人が人種差別をして東南アジアの国々を植民地にしていたのです。アジアの人々は、「白人には敵わない」と思っていたのです。
白人は体も東洋人よりも大きく、頭もよく、顔もよく、神のような存在だったのです。「東洋人は奴隷のようなものだ」と自ら貶めて、クーリー(労働者)と言ったのです。
「クーリーは白人のように車や汽車をつくったりできない、劣等民族だ」と思わされたのです。要するに奴隷です。日本人から見ると同じ東洋人なのに、「見るに見兼ねる」と思っていたのです。
「東洋人がなんとか独立して白人をやっつけないのか?」というと、できないのです。何故、できないのかというと軍隊がありません。植民地にされた国は軍隊を持っていませんから戦うことなどできません。東洋人が立ち上がって「独立しよう!」などと言ったら撃ち殺されてしまったのです。東洋人には武器がありません。
日本もそうです。戦争が始まる前にアメリカに住んでいる日本人の在米資産の凍結をされたのです。アメリカは、日本人が持っている資金を凍結したのです。「石油も、鉄も日本に売らない」と言われたのです。
アメリカに移住した日本人は、アメリカに財産を盗られて、「ジャップ!」とさげすまれたのです。「ここまでやられたら、立ち上がらなければならない!」と思ったのです。1941年(昭和16年)12月8日に大日本帝国海軍の連合艦隊司令長官である山本五十六は、真珠湾攻撃をしたのです。それも「アメリカに勝てる!」と思ってやったわけではありません。
山本五十六は、「何故、空母を逃がして、ハワイに上陸しなかったのか? そうすれば勝てたのだろう」と悪口を言われたのです。山本五十六はアメリカのことをよく知っているからこそ、「我が国の国力では勝てない」と知っていたのです。
せめてやっても「一矢報いる」ということです。一つの矢を討っただけで、航空母艦を滅茶苦茶にする必要はなかったのです。真珠湾攻撃でも空母は逃げたのです。山本五十六は、それを追わなかったのです。ハワイの本土にも上陸しなかったのです。
もし、そんなことをやったら、アメリカに「侵略だ!」と言われてしまいます。そんなつもりはありません。アメリカの海軍が石油を南方に取りに行くと邪魔するので、戦艦しか攻撃していないのです。逃げた軍艦は追っていないのは、そのような意向があったのです。最初から、半分引いていたのです。
何故、真珠湾の軍艦をやっつけたのかというと、日本には石油がありません。インドネシアやビルマは石油が出たのです。その石油をもらわないと日本はやっていけません。それを南方作戦といいます。
その時に、アメリカの太平洋艦隊が邪魔しに来ます。日本は石油が欲しいからインドネシアに行くと、必ず太平洋艦隊がやってきて、一戦交えることになります。それがわかっているから、「夜討ち朝駆け武士の習い」ですから、「真珠湾を攻撃しなければいけない」というのが山本五十六の考えです。その通りになったのです。
ところが、真珠湾を攻撃しても、アメリカはすぐに軍艦を造ったのです。真珠湾で失った太平洋艦隊よりも強力な艦隊をすぐに造ってしまったのです。これは、日本とアメリカの工業力の違いです。アメリカは、日本の30倍以上の国力があるのです。
日本が飛行機1機を造るのに対して、アメリカは同じ速度で30機の飛行機を造ってしまうのです。「必ずそうなる」と知っていたのが、山本五十六です。だから、ハワイを叩いて陸軍が南方へ行きます。するとアメリカは行く船がありません。その間にゴタゴタしてしまい、作戦の間違いがあったのです。
その戦争は、「何のために戦ったのか?」というのが、開戦の詔勅にハッキリと書いてあります。開戦の詔勅の現代訳を載せておきますので、読んでください。
目的は東南アジアを植民地から解放して、「東アジアに永遠の平和を確立する」ことです。日本の目的は、全世界の征服ではありません。だからこそ日本国民が「そうだ!」と思って立ち上がったのです。(②に続く)
■開戦の詔勅(現代訳)
神々のご加護を保有し、万世一系の皇位を継ぐ大日本帝国天皇は、忠実で勇敢な汝ら臣民にはっきりと示す。
私はここに、米国及び英国に対して宣戦を布告する。
私の陸海軍将兵は、全力を奮って交戦に従事し、私のすべての政府関係者はつとめに励んで職務に身をささげ、私の国民はおのおのその本分をつくし、一億の心をひとつにして国家の総力を挙げ、この戦争の目的を達成するために手ちがいのないようにせよ。
そもそも、東アジアの安定を確保して、世界の平和に寄与する事は、大いなる明治天皇と、その偉大さを受け継がれた大正天皇が構想されたことで、私が常に心がけている事である。
そして、各国との交流を篤くし、万国の共栄の喜びをともにすることは、帝国の外交の要としているところである。
今や、不幸にして、米英両国と争いを開始するにいたった。
まことにやむをえない事態となった。
このような事態は、私の本意ではない。
残念なことに中華民国は、以前より我が帝国の真意を理解せず、みだりに闘争を起こし、東アジアの平和を乱し、ついに帝国に武器をとらせる事態にいたらしめ、もう四年以上経過している。
さいわいに国民政府は南京政府に新たに変わった。帝国はこの政府と、善隣の誼(よしみ)を結び、ともに提携するようになったが、重慶に残存する蒋介石一味は、米英の庇護を当てにし、兄弟である南京政府と、いまだに相互のせめぎあう姿勢を改めない。
米英両国は、残存する蒋介石政権を支援し、東アジアの混乱を助長し、平和の美名にかくれて、東洋を征服する非道な野望をたくましくしている。
それだけでなく、くみする国々を誘い、帝国の周辺において、軍備を増強し、わが国に挑戦し、更に帝国の平和的通商にあらゆる妨害を与え、ついには意図的に経済断行をして、帝国の生存に重大なる脅威を加えている。
私は政府に事態を平和の裡(うち)に解決させようと、長い間、忍耐してきたが、米英は、少しも互いに譲り合う精神がなく、むやみに事態の解決を遅らせようとし、その間にもますます、経済上・軍事上の脅威を増大し続け、それによって我が国を屈服させようとしている。
このような事態がこのまま続けば、東アジアの安定に関して我が帝国がはらってきた積年の努力は、ことごとく水の泡となり、帝国の存立も、まさに危機に瀕することになる。
ことここに至っては、我が帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立上がり、一切の障害を破砕する以外にない。
皇祖皇宗の神霊をいただき、私は、汝ら国民の忠誠と武勇を信頼し、祖先の遺業を押し広め、すみやかに禍根をとり除き、東アジアに永遠の平和を確立し、それによって帝国の光栄の保全を期すものである。
御名御璽
昭和十六年十二月八日
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