1999年/グリーンマイル | 烏ブログ

1999年/グリーンマイル

スティーヴン・キングの作品が好きだったので「グリーンマイル」を見ました。

一九三五年、米ジョージア州の刑務所に双子の少女の殺害犯としてコーフィがやってくる。コーフィは不思議な力を持っており、その刑務所の看守や所長もその力を認める。

ある日、同じ棟に居た囚人ウォートンが彼の腕をつかんでコーフィの心を読み取る。真相を知ったウォートンをコーフィが看守を操って射殺してしまう。殺人事件を犯したのはコーフィじゃないと看守や囚人達は確信するのだが・・・。しかしコーフィがグリーンマイルの上を歩く日は着々と近づいていた・・・


【見方】

まずキャストをよく把握してから見るといいかもしれません。囚人も看守もそれぞれ大きな特徴を持っているので・・・

この映画の主役マイケル・クラーク・ダンカンはウィル・スミスのボディーガードを務めていました。身のこなしも良く演技派ですね。ほかにも、「ディープ・インパクト」のジェームズ・クロムウェル、「アイ・アム・サム」のダグ・ハッチソン、「フォレスト・ガンプ」などに出演し15の賞を受賞したゲイリー・シニーズなど。俳優陣も豪華です。



※ここからはネタばれですよ。



【考察 ねたばれ的】

真っ先に書きたかったのがコーフィは真犯人じゃないって事。その場に居合わせただけなので人種的な差別と偏見で疑われてしまったのです。でも少女達を抱え泣いている所見たら俺も疑ってしまうかも・・・後に詳しく・・・

キャストなんだけど、看守主任にトム・ハンクスを抜擢したのは正解だったね。尿路感染症を治してもらうシーンとか(笑)コーフィ役はマイケル・クラーク・ダンカン。どっかで見たことあるよなって・・・「アルマゲドンで小惑星に穴を開ける作業をしていた時に宇宙に吹っ飛ばされた人に似てる。」って・・・今度もう一度確認してみます。

権力を持つパーシーの言動や行動は直視できない。ネズミを踏み潰していたり。残酷にも中盤に、一人の囚人が死刑執行されるのですが、パーシーが電気を通す板と囚人の頭との間に濡れたスポンジを入れずに執行してしまったため、頭部は丸焦げで執行室は異臭でいっぱいになり見物人がパニックを起こしていました。パーシーは「たかが死刑囚が」と言って入れなかったみたい・・・このシーン自分の中から怒りがこみ上げてきた。権力を乱用する人は恐い。現実の人種差別を囚人と看守の関係に置き換えているように見えた。


【囚人や看守が冤罪に気づく】

コーフィは不思議な力を持っています。尿路感染症を治したり、瀕死の老婆を助けたり、全て善意でこの力を使っています。実は少女達を抱え、泣いていたのは少女を生き返らせようとしてその力を使っていた所を目撃されてしまったのです。今の現実みたい、この私も善意でやったことなのになぜか睨まれたりして・・・

コーフィの言動も死刑囚、いや殺人を犯した人には見えなかった。映画の中で看守主任がコーフィに「ここから逃げたかったら逃がすよ」と言っている。普通の人百人に聞いたら。逃げる人と逃げない人6:4くらいかな・・・いや、必ず、一瞬は逃亡について考えると思う。「終身追いかけられる身になるのは怖いし。」とか・・・しかしコーフィは「何でそんなバカな事言うんですか?」と聞き返した。

「これが殺人犯が言う言葉なのか?」って、なんかコーフィ死刑にされちゃうのかって、泣いてた自分。これは冤罪に気づいたら看守も助けたくなるのは分かる。

しかしコーフィは「俺は疲れた。雨の中のスズメのように一人旅に疲れた。旅を共にする友もなく、どこからどこへなぜさまようのかも分からない。」と死を望みました。この文よく意味がわからなかったので解釈できません・・・

コーフィも最終的にはグリーンマイルを歩く事になってしまう。何か奇跡でも起きてくれと願ったけど起きなかった・・・。最後の第二スイッチを押すときが違和感を覚えた。見物人はコーフィをただの死刑囚とは見ていなかったので場の一体感というかなんかギクシャクしていた。執行官には気持ちを抑えて、涙をこらえながらも死刑執行を続けてほしかった。




【後書き】

最初は3時間8分と聞いて鬱になったのですが、飽きが来ない。考えさせられる事も多く、中盤からは自然に涙が出てきて・・・。映画が終わってみると心が浄化された感じになった。


グリーンマイル・・・死刑囚が最後に歩く通路の事で床はリノリウムの緑色で、そこを歩くと一マイルにも感じられる事から。