それは単に収入や財産の多寡というだけでなく、そこに至る過程で身につけた人生観が大きく作用しているのだが、やはり、単純に偉い偉くないという序列は一目瞭然で特に下位集団に属する方々は何らかの悲哀を感じているようである。
昨晩、偶然にも学生時代の知人から電話をもらった。共通の友人から私の現在の状況を聞き、話してみたくなったらしい。来月あたり会う機会を作ろうということになったが、会って私の立場や生き様を聞き、自身と比較してみたいという欲求が人間にはあるようだ。
定年後には役職に縛られない自由な人生が待っていると思っている人は大間違いだ。例えば、私の母の集まりに出くわした際には、「こちら、何処何処の会社を、経営されていた◯◯さん」という形で、名前の後には現役時代の立場が付されるのだ。
時にはグループで生じた問題を聞かされるのだが、そんな時にも「その方は立場もない方だから」とか「お子さんを育てた経験がないから」と驚くような発言が続く。「いい年して、人のことをそんな言い方したら駄目だよ」と子供からたしなめられてようやく気付く(笑)。しかし、どうやら肩書きは一生ついて回るようだ。
さあ、皆さん如何でしょう。手にしておけば一生もの、豊かな人生、豊かな老後のチケットである肩書き(笑)。
手にしておいた方が良くないですか?

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