忘れてはならぬ1年前の3月10日。
2月4日に生まれた娘が病院から退院した日です。(予定日は3月5日でした)
予定日より1カ月早い誕生だったから、即NICUへ。
自分でミルクを摂取することができないから胃へ管を通して栄養を摂ってました。
先生からは「2月中には退院できると思います」と言われ、退院する日を夢見て毎日搾乳したおっぱいを
冷凍保存し病院へ運ぶ日々。
保育器からは出ることができたものの2月末が近づいても退院できる気配はなく、先生からは
「ちょっと呼吸がうまくできてないからねー。○○ちゃん(娘)、たまに息するのを忘れるんですよね。」
というお言葉。
『え・・・・
息するの忘れるって一番大事なことやん。大丈夫かな・・・。』
とめちゃくちゃ不安になったものです。
先生曰く「早産で生まれた子によくあることですよ。」ってことだったけど・・・。
体重は増えてNICUの中で一番大きいくらいになってたけど、呼吸が安定しないからなかなか退院できず
やっとお許しがでたのが3月10日。
そう。
3月10日から一緒に暮らし始めたから、一緒に暮らし始めての1年。
いろいろあったな。
3月11日は忘れもしない東日本の震災があり、私は娘を抱っこしたまま呆然とテレビを見てた。
しばらく外に出ることができなかったからずっと地震の特番を見る日々やった。
とりあえず手探りでの育児がスタート。
寝不足が辛かったり、なんで泣いているのか分からなかったり、悩むことも多かったけど
一緒に暮らせることは幸せやと思った。
4月末に兵庫の自宅へ戻り、本当に家族での生活がスタート。
正直、うまくいかず苦しい日々もあったけど今はなんとかやってます
子どもが生まれていろんな思いをしたな。
「帝王切開って楽やろ?」って言われて腹がたったり、(普通分娩と帝王切開のどっちが楽とかないと思う)
「よく笑う子どもやねー。」って言われて嬉しかったり、
「カワイイねー。」と言われてそれが例え社交辞令であっても喜んだり、
卒乳前、夜泣きをしてた頃に「1歳になって夜泣きなんてありえへん。」と人から言われて
自分と娘を否定されたような気がして悲しかったり。
同じ月齢の子が歩いているのを見て焦ったり。
世の中のお母さんはいろんな思うをしながら子育てしたんやろなって実感した。
その子その子のペースで進んでいく成長の過程をこれから見守っていこうと思います。
明日で震災から一年。
一刻も早い被災地の復興と被災者の心の傷のケア(一生忘れられないとは思うけど)
原子力発電の問題の解決(するのかしら?)を望んでやみません。