自己肯定感が人生全般に大きな影響を与えているという話を聞いたことがあると思います。
では、その大事な大事な「自己肯定感」とは一体なんなのでしょうか?
AIに聞いてみると次のような答えを教えてくれました。
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自己肯定感とは、自分自身に対する肯定的な評価や意識、満足感のことです。自己効力感とも呼ばれます。
自己肯定感が高い人の特徴としては、次のようなものがあります。
・主体的に考え、意思決定できる
・失敗やリスクを恐れずに挑戦できる
・自分の短所や長所を客観的に捉えられる
・人と自分を比較しない
・他人の意見を認められる
自己肯定感が高いと、人間関係が楽になり、周囲の声に左右されない人生を送れるようになります。
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確かに自己肯定感は人生に大きな影響を与える重要なものですね。
では、どうやって自己肯定感を高めればいいのでしょうか?
様々な手法が書籍やネットで紹介されていますが、ある基本的なことについて触れていないものが多いと私は感じています。
その基本的なこととは、
「自己肯定感とは、自己が自己を肯定すること」
です。それが自己肯定感という言葉としての意味です。
言い換えれば、あなたがあなたを肯定することが自己肯定ということです。
あなた以外の他人でもなければ、あなたが今いる環境でもなければ、あなたの過去の記憶でもありません。
今この瞬間にあなたがただ「私はこれでいい。私は大丈夫だ。私はよくやっている」と認めればそれで自己肯定なのです。
それだけのことなのです。
自己肯定感が低い人が、なぜそれができないかというと、他人からの評価や環境や過去を現在の自己肯定の基準にしているからです。
それらを自己肯定の基準にしてしまったら、自己肯定などできるはずがないのです。
他人からの評価は、その評価をしている人の、単なる個人的な見解に過ぎません。
そして、他人は自分の偏った価値観に合うか合わないかで勝手にあなたを評価します。
評価者にとってあなたが都合のよい存在であれば肯定的に評価しますし、評価者にとってあなたが都合の悪い存在であれば否定的に評価します。
他人はあなたを、とても自分中心で、自己都合で、いい加減に評価しているのです。
そのような他人の評価をあなたの自己肯定の基準にしてしまったら、あなたは自分を肯定できません。
あなたが今いる環境は、過去のあなたが考え、行動してきた結果です。
過去のあなたの自己肯定感が低かったのなら、それに沿った不満を感じる環境に今いるわけです。
自己肯定感が低いと主体的に考えて行動できないのですから、あなたが望む環境にはいないはずです。
今あなたがいる環境は、過去のあなたの自己肯定の度合いが反映された結果なのですから、それをまたあなたの現在の自己肯定感の基準にしてしまったら、今までと同じ低い自己肯定感とそれに沿った環境がこの先も生まれるだけです。
あなたが自己肯定感を高めて人生を変えたいと思っているのであれば、今いる環境や過去の自分を自己肯定感の基準にしてはいけないのです。
他人の評価や環境や過去は、あなたが今この瞬間に自己肯定することとは全く関係がありません。
それらのものは「うるせえ馬鹿。知るかそんなこと。私は私をただ肯定する。理由などいらない。根拠などいらない。ただ無条件に、自由に、私の勝手に私が私を肯定すればいいのだ」
と考えればいいのです。
「でもそれでは他人や環境を無視して独善的な自己肯定になってしまい、社会から相手にされなくなってしまうのでは?」
と思うかもしれません。
いいえ、そんなことはありません。
自己肯定感とは、その名の通り、あなたがあなたを肯定するのですから、通用するのはあなたの中だけです。あなたの中だけで完結しています。他人からの評価や環境とは繋がっていないのです。
つまり、他人の評価や環境は、私が決める自己肯定感とは関係なく存在していると認めればいいのです。
その点を理解して入れば大丈夫です。
あなたが自分の中で定めた自己肯定を、他人に認めさせる必要などないのです。
あなたが自分の中で自由に高めた自己肯定感と、今いる環境がそぐわないからと不満に思う必要もないのです。
あなたは自分の中で高い自己肯定感を持ちながら、それとは別に存在する他者や環境の存在も認め、隔絶された自分の内側と外側の2つの世界を同時に生きることができるのです。
どちらも独立した別々のものと認め、混同せずに壁を隔てて双方を認めるのです。
どちらか一方にどちらかを合わせようとしてはいけません。
他人や環境との関わりの中で、高い自己肯定感のあなたをただ表現すればよいのです。
同時に、他人や環境も認め、尊重すればいいのです。
自己肯定感を高めるためには、この分離の壁を作るという概念が必須であると私は考えています。