必ず最後は悪くなる、今の世の中はこういうもので溢れています。

医療を筆頭に食も、住居も、衣服も、様々な道具も、何もかもが当てはまるものばかりです。

これらは寿命を意味しているわけではなく、意図してやられているという事です。

奴隷を家畜する上で重要な事は根本的解決をさせない事なので、支配する側からしたら実に理にかなっているのが現状です。

治しているフリ、便利にしているフリ、改善しているフリ、守ってあげているフリ、現代人の盲点はフリにあると考えます。

助けているフリをしながら様々なものを奪い、奪えるものが無くなったら処分する、この形態が至る所で完成しています。

医療はその最たる存在です。

私は今の主流としている西洋医療の使い道は救急にしかないと考えています。

これは大元から治す行為ではなく、劇薬を使って死に直面した状態から生還させる可能性が高いから使う価値があるという事です。

言い方を変えると博打のようなものです。

一時的に助かればラッキーぐらいの感覚で使うものとして見ています。

そして何より大切な事は、そもそもという基本の考え方です。

救急状態であれ他であれどんな状態に対しても言える事ですが、なぜそのような状態になってしまったのかを考える必要があります。

ここで人間は二手に分かれます。

他責を愛するアホと自責を考える者です。

他責は地獄への入り口になり、自責には改善の道が待っています。

現状を考察すると地獄行きが99%の需要を誇っています。

地獄と気づかせない為には多少の贅沢を与え、考えさせないように生き続けてもらう必要があります。

これは何も医療に限った事ではなく全域で言える事なのです。

この先も虚実の檻に喜んで入る者が、増え続ける世の中になると私は考えます...