‘それ’は、とても美しかった。ただそこに存在しているだけの‘それ’に、誰もが見惚れた。
皆口々に「美しい」と罵った。

‘それ’は生きていた。
確認のしようが無かったが、確かに生きていた。
朝も昼も夜も生きていた。

さらに、幾つもの感情も持ち合わせているようであった。

私がもうすぐ最後である三回目の死を迎えようとしているときも、‘それ’は、初めて眼にした時と同じ姿のまま、生きていた。

食べる事も、呼吸をする事もなく、朽ちることもない‘それ’は究極の生命体であった。

ただ、その姿がとても悲しそうに見えることにその時初めて気付いたのであった。



友達が嬉しそうにその日見た夢について話してくれた。

「デパートでお前が誰かと鬼ごっこしてて、お前がいきなりデパートの真中のふき抜けに2階から1階に飛び降りて、その誰かが割れた割れた!って喜んでて、見たらお前の頭がとれてた。」

意味わかんねー


未来は怖い。
とてつもなく怖い。
俺は迷路に入る事さえも
怖気付いてる。
レンタル店のAVコーナーの前でうろうろしている小心者のオッサンと同じだ。もしかしたら秘密の抜け道があるのでは?と信じて疑わない。でも心臓の隅でわかってる。ただ、気付かれないように気付かないふりをしている。
未来が怖い。
そのせいで今までの過去を振り返るのも怖い。
今日まで俺は何をしてきた?
今日と書いた時点でそれはもう過去なわけで。
こうして訳もなくぐだぐだと心の丈を綴って。
何も変わるわけがなくて。あぁ
正しい事は何?
ニュースで


寝転がって自分の一定の感覚で動く腹を見ていると、生きていると実感する。
俺の臓器は俺の悩みも知らずせっせと動いている。
しかし俺を生かしてくれているこの愛しい臓器達に今日も感謝する。アリガトウ。
ありがとうと最近あまり言ってない。言葉がただの記号としか思っていないからだろうか。
レストランの店員はなんで笑ってんの?喫茶店の店員も。なんで笑えるの何が可笑しいの?
失礼だ
なんだかヘルプミーだ
なにがなんだかわからねぇ自分がホントに自分かどうかもわからねぇ