いつものように、赤字はフィクションです^^
 
 
「さてと」
真理は立ち上がった。
いつまでも写真に話しかけているわけにはいかない。仕事に出かけないと。
「これから物入りだし。食べてかなくちゃいけないし」
その仕事は最近知り合いから持ち込まれたパートの仕事だったが、本業の管理人の仕事より真理の性に合っていた。
携帯メールが多数入っているけど、きっとお節介な媛子からだわ。仕事の合間に確認しよう。
ライダースーツに着替えを済ませ、ずっしり重い物の入ったバッグを下げると、玄関脇の部屋のドアをノックして「行ってきま~す」
笑顔でのぞきこんだ。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」という声に送られながらヘルメットをかぶる。
部屋からは再びギターの音が流れ始めた。
外の宿舎の横に停めてあったバイクにまたがり五番街を駆け抜ける。
masaの思い出のしみ込んだ街。
『masaは麻布のお坊ちゃまでわたしはダウンタウンガール。生まれも育ちも違うし両方の親も猛反対したけど、いつか一緒になれると信じていた。それが、
ある日あの人は私の前から消えた』
はじめは納得できず信じられなかった。けれど、masaが他の女の子を連れてディスコ街を歩いているのを見たときから足に力が入らなくなり、踊れなくなった。
『半狂乱になったのは私じゃなく、母だったわね。物凄かった』
今だから笑うことができる。母親がわめきたてたこと。
「もう終わったんだから。はじめからそういう男だったのよ。これから先、どうするの。憎んで忘れなさい、あんな男」
「二度と会ったら承知しない。追い出すからね」
周りの人たちが言うこともも同じような事だった。捨てられた真理を憐れむような目で。
真理を思ってのことだとわかってはいたが、もっと傷ついた。
 
masaを憎もうとした。忘れられたらどんなにいいかと思った。
家族とも口を利かず踊ることもできないまま過ぎたある日、父親が真理の部屋を静かにノックした。
思いあぐねて知人の牧師を連れてきたのだ。真理のことを幼いころからかわいがってくれた人だ。
真理はいっそう心を閉ざそうとした。
「忘れなさい」とか、「あの男はだめだ。他の男を」などと言われたら、もう一生父親とも大好きなおじさんとも口もきけなくなる。
しかし、その牧師はひとことしか言わなかった。
「真理ちゃん、一生masaさんを愛したければ、愛し続けていいんですよ」
 
転機だった。
もうダンスはできない身体になっていたけれど、周囲の助けを借りて真理は少しずつ立ち直り、生き続けることができたのだ。
バイクの上で久しぶりに昔のことを思い出しているうち、五番街はとっくに後ろになり、もうすぐミッドタウンに到着する。
真理はスピードを上げた。
 
masa&スナフキン&媛子が5杯目のティーを注いでもらっている頃、
「これを飲んだら出ましょうか。夕食は銀座へご案内します」
「コーヒーもおいしかった」めったにほめないスナフキンがほめた。
「ほんとに、すっかり疲れがとれました。ありがとうございます」
東京はそろそろ夕暮れ時を迎えていた。あいにくの曇り空で全体に霞のようなものがかかっていたが、それでも完成したばかりのスカイツリーが他のビル群を抜き目を引く。
 
では、と立ち上がろうとしたとき、入り口が騒がしくなった。
ウェイトレスの悲鳴。ガシャンと何かが割れる音。
「静かにしろ。携帯はテーブルに置け。みんな壁に沿って並ぶんだ。そこのお嬢さま、早くしろ」
黒ずくめでヘルメットをかぶりライフル銃を構え威嚇した。、低い声だ。
 
三人も、言われるまま窓際に移動する。杖をつき途中足がもつれた媛子に銃口が向く。
スナフキンが手を差し出し、自分の体でかばった。
 
 
                                       つづく