競馬シーン2004秋・ヒヨシマルと二大ライバル | 競馬ロマン主義

競馬シーン2004秋・ヒヨシマルと二大ライバル

凱旋門賞挑戦を決めたヒヨシマル。10月、鷹騎手を背に、世界一を決める戦いに臨んだ。

しかし、4着と敗れた。ヒヨシマルにとって、初の連敗。着順としては、阪神大賞典の3着以下の、ワーストとなった。優勝したサンクスダッドのタイムは 2.25.1、ヒヨシマルは 2.25.7であり、着差は3・1/4馬身と見られ、この点では阪神大賞典より小さい。ただ、阪神大賞典では、新人騎手を乗せたという言い訳が立つ。ともかく、1回目の遠征では、あまり芳しい結果は得られなかった。それでも、オーナーは十分な手応えを感じ、来年のリベンジに夢を馳せたのだった。

しかし、最大のライバルは日本にいた。帰国して、参戦したジャパンカップ。ここに、菊花賞を制して臨んだ、若き強豪がいた。その名は、メイジマッスル。父シンボリルドルフ、母は「女王」メイジビーナス。血統と門地格式に裏打ちされた、スーパーホース。名門メイジ軍団の若大将格だった。

ヒヨシマルは、国内復帰初戦、時差ボケでもあったのか、なんと、痛恨の出遅れスタート。一方、メイジマッスルは、先行策で好位につけ、グイグイと押していく。菊花賞を制したスタミナで、完全にレースのペースを自分のものとし、最後の直線では独走態勢に入った。しかし、後ろから、物凄い末脚で追い上げる影が迫っていた。他でもない、ヒヨシマルだ。出遅れから、本来自分のスタイルでない、金杯以来の追い込み策を余儀なくされていた。それでも、メイジマッスルを猛然と追い詰める。メイジマッスルも、必死と逃げ込みを図る。結果、メイジマッスルは、2.22.0のレコードでゴール。ヒヨシマルも、コンマ1秒、半身差まで追い詰めていた。共にホーリックスのレコードを超えるタイムで走った二頭に、他馬は誰も近づけなかったという。このジャパンカップは、「最高レベルの決戦」とまで言われた。とは言え、ヒヨシマルは、三連敗を喫してしまったのだった。

そして、有馬記念。前走、「出遅れがなければ、ヒヨシマルの勝ちだったはず」という世間の声は強かった。ヒヨシマルへの信頼は揺るがず、一番人気。ヒヨシマルも、それを証明し、連敗を止めねばならない。あるいは、ヒヨシマルの生涯でも、最も重要な一戦だったと言えるかもしれない。

ヒヨシマルは、見事に、期待に応えた。いや、期待以上だった。2.30.5のレコード、4馬身差ちぎって、メイジマッスルに痛烈なお返しをして見せたのだ。「一度負けた相手には二度と負けない」ヒヨシマルのジンクスというか、意地の神話は健在だった。

これで、ヒヨシマルにとって色々イヤなことがあって、神話に翳りが見えたとまで言われた2004であったが、大団円を迎えることができたのだった。なおも現役続行、次こそは凱旋門賞制覇を目指す。果たして、サンクスダッドにも、神話は通用するのか?