競馬シーン2004・ヒヨシマル、感動の再会が生んだ最大敗北から、悪夢を振り払うまで
この年、塩沢満夫騎手がデビューした。ヒヨシマルを牧童時代から知り、名付け親ともなった少年。義屋巧オーナーとの友好度も、最初から35あった。
ヒヨシマルは、そのご祝儀とばかり、スプリンターズSから中一週で始動。塩沢満夫騎手を背に、金杯(西)に参戦したのだ。
ところが、ワンダースクラウンのヒヨシマルが、騎手の未熟のせいなのか、大苦戦に陥る。塩沢騎手の得意戦術は先行、ヒヨシマルの脚質も先行、指示も先行なのに、先行できなかった。最終的には、先行脚質のヒヨシマルが、まさかの追い込み差し切りで勝つには勝った。しかし、同門同期の二流馬マジシャンズレッドに1馬身差の辛勝。
理想と現実のギャップを感じた義屋巧オーナーは、一旦コンビ解消。AJCCでは鷹騎手騎乗で、5馬身差の圧勝を飾って、再び先行型のレーススタイルを締め直した。
しかし、なお義屋巧オーナーは、塩沢騎手を引き立てたい気持ちは捨て切れなかった。そこで、京都記念でもう一度チャンスを与えた。すると、見事、同門ニシノテイオーに6馬身差の圧勝を飾った。
これに気を良くしたオーナーは、さらに阪神大賞典に向かわせる。しかし、前年鷹騎乗でも敗れたこのレース、これはあまりにも新人には荷が重すぎた。
なんと、ヒヨシマルが3着に敗れてしまったのだ。クレノラージ(1着)、アンデスナルシス(2着)という馬に先着を許した。しかも、1着との差は6馬身差という惨敗だった。ついに、デビューから続けてきた連対記録が、31でストップした。
これで、オーナーは騎手の腕の重要さを思い知らされた。その後、翌年まで塩沢騎手とのコンビは封印された。
立て直すべく、連闘で鷹騎手を背に、日経賞に参戦。不良馬場の戦いになったが、そこは雨にも強いヒヨシマル。見事、アカサカフリーに7馬身差の圧勝を飾った。
悪夢を振り払うべく、さらにヒヨシマルは大阪杯にも参戦。下村騎手に代わったが、マジシャンズレッドに3馬身半差の快勝。再びの重馬場の戦いを制した。なお、前年の記録を見ると、ヒヨシマルの騎手はダイヤモンドSで蝦田が乗った他は、鷹か下村だった。
そして、3連覇が掛かった本番の天皇賞には、堂々、鷹騎手を背に臨んだ。馬場はヤヤ重で、大きな影響なし。見事、コウヘイトレジャーに3馬身半差付けて、この年も日本一の座に着いた。
完全に悪夢を振り払ったヒヨシマルは、体調も良好。前年同様、中一週で安田記念に参戦する。だが、ここに新たなる強敵が現れる。さらに、秋には、生涯最大のライバルたちと出会うことになるのだ。(続く)