永遠の美少女戦士 | 競馬ロマン主義

永遠の美少女戦士

競走馬として、母として、アンジェリークの実績の凄さには、驚くばかりだ。

しかし、もう一つ驚かされるものがある。

それは、異常な過密出走をこなしていることだ。

まず、4歳六月、オークス3着後、中一週でNZT4歳S優勝。

中一週はザラにあることなのだが、アンジェリークはさらに、連闘でエプソムCまでも制しているのだ。

圧巻は4歳秋。競馬シーン2000にも書いたが、アンジェリークはエリザベス女王杯でメイジブラボーと壮烈な接戦の末、2着に敗れた。

実は、その後、直で有馬へ向かったわけではない。何と、連闘でアルゼンチン共和国杯に参戦。やはり、リッシンカンキチと壮烈な叩き合いを演じ、2着。

その後、さらに3連闘で、オープンのトパーズSに勝利。そこから、あの劇的な有馬2着につなげたのだ。

翌年初めも、ダイヤモンドS→東京新聞杯、目黒記念→中山牝馬Sという、無茶苦茶なローテーションから入っていったのは、競馬シーン2001で書いた通り。

彼女が、「永遠の美少女戦士」と呼ばれるようになったのは、ただ強かったからではない。やたらとカネが欲しい貪欲なオーナーの無茶苦茶な要求に応えて、いくらでも走り、勝ち、戦い続ける、健気な女だったからである。