競馬シーン2001・スーパーノヴァの明暗
甦った恐怖の「先代怪物」
クラシック3冠プラス有馬記念制覇で、文句なし、チーム初の年度代表馬・最優秀4歳牡馬に選出されたスーパーノヴァ。
2001年は、その余韻も覚めやらぬ1月から早くも始動する。
1月にAJCC、2月に京都記念を快勝。
だが3月、64kgを背負って3000mを走るハメになるこのゲームの殺人レース、阪神大賞典では3着に敗れた。とはいえ、このレースで苦労した名馬は史上多く、やむを得ない面があるものだ。
4月に大阪杯を勝って立て直し、堂々、古馬の最高峰・天皇賞春へと駒を進めた。
その天皇賞では、思い切った単騎逃げの策が功を奏す。完全にレースのペースを自分のものとし、終始独走態勢で、稀に見る大圧勝を飾ったのだ。
チーム初の天皇賞制覇で、シンザンに並ぶ堂々の五冠目(+朝日杯3歳S)。
もはやスーパーノヴァは日本の頂点に立った―誰もがそう思った。
宝塚記念。
凱旋門賞挑戦のプランも噂されるスーパーノヴァの前に、もはや対抗できる馬はいないかと思われていた。
ところが、ここに久しく不振をかこっていた一頭の「怪物」がいた。
メイジモンスターである。
元はゲーム開始当初から存在することで有名なスーパーホース、メイジキンバリーの96(父メジロマックイーン)であり、1999年の菊花賞馬(実は戦績の大半は忘失)だが、前年、スーパーノヴァとアンジェリークが見事なワン・ツーフィニッシュを決めた有馬記念では、10着に敗れており、9着のギヤタロウにも負ける有様。
ほとんど、その脅威は忘れられた存在となっていた。
それが宝塚記念で突如復活する。
スーパーノヴァを付け狙うようにマークし、最後の直線でねじ伏せて完勝したのだ。
これがスーパーノヴァの悪夢の始まりだった。
凱旋門賞挑戦の誘いがかかるも、オーナーは天皇賞秋を望み、断った。
それで、このゲームの最大の欠陥、「凱旋門賞を断ると、放牧の話が出ず、夏競馬を走るハメになる」を初めて知り、相当な不興を味わうこととなった。
腹いせのように、スーパーノヴァはGⅡの最高峰、高松宮杯を制する。そして、秋はセントウルS優勝から入り、天皇賞でメイジモンスターへのリベンジ戦に臨んだのだった。
しかし、生まれながらの天才、メイジモンスターに対し、スーパーノヴァは、コツコツと実力を磨き上げた良血馬ではあったが、元々スーパーホースではなかった。もっとも、それでスーパーホースとも渡り合った、あるいは、スーパーホースに劣らぬ戦績を残した名馬は史上多いのだが、ポテンシャルの差はいかんともし難いものがあったと思われる。
一旦目覚めたスーパーホースを相手に、もはやスーパーノヴァに勝ち目はなかった。
宝塚記念に続き、天皇賞秋でも、メイジモンスターに完膚なきまでに叩きのめされることとなった。
そして、その異様な強さは、オーナーを震え上がらせた。恐怖の「先代怪物」。ライバル馬にニックネームを付けることは稀で、ハマり過ぎのインパクトは骨の髄まで染み込み、今でも感じるほどである。
夏休みが取れなかったことによる体調への悪影響もあったのか、スーパーノヴァはその後も、ジャパンカップ7着、有馬記念3着と連敗。ショックのあまり、それらのレースでメイジモンスターが勝ったかどうかも覚えていないが、勝ったのかもしれない。