初めて彼女を見たのは、一昨年の11月でした。気になっていたミュージシャン、黒木渚と大森靖子。この2人が同じライブに出るということで、まさに俺得やんと思い、足を運んだ恵比寿のリキッドルーム。初めて見る黒木渚はとても強く美しい女性だと思った。そして初めて見る大森靖子はとてつもなく恐ろしかった、悍ましいほどの恐怖を感じた。たった1人でステージに現れてアコースティックギター一本での弾き語り。照明だって演出だっていたってシンプル。でも引き込まれた。とにかく音が歌声が、怖かった。恐怖のブラックホール。音の蟻地獄。鬼気迫っていた、迫りまくっていた。しかし終演後の物販では優しい彼女がそこにいて、笑顔で話もしてくれた。このライブで歌われていた曲「呪いは水色」、この曲がとても好きになり何かと縁のある曲になった。

それから、ひと月もしないうちにタワレコのインストアライブで大森靖子を見た。その日は、雨が降っていた。フロアはほぼ満員だった。後ろの方で見ることになった。開演の時間になり、観客がステージに現れるであろう大森靖子を今か今かと待ち望んでいた、その時、アカペラで大森靖子の歌が聞こえてきた。でもステージにはまだ誰もいない。でも、声は聞こえてきた、近づいてきた、声は背後から聞こえてきた。扉の外から、傘をさし、歌いながら大森靖子がやってきた。観客みんなが振り向いて、大森靖子の歌に聞き入っている。傘をさしたままフロアに現れた大森靖子が、歌いながら近づいてきて、そのまま歌いながらその傘の中に僕を入れた。ほんの一瞬だったかもしれないけれど、確かにその一瞬、傘の中で2人だけになり、そこで歌う大森靖子の歌声は僕の中に染み込んでいった。その歌が「呪いは水色」。恐怖のブラックホールだった彼女の歌は、怖さなんて微塵もない、優しさに満ち溢れた歌になっていた。

そのあとも、何度かライブに行き、インストアライブにも行き、トークライブにも行くようになった。いろんなライブを見た。

そして今日。初めて見たあの日のように、黒木渚と大森靖子が同じステージに立つ。しかも同じ場所で。もちろん行くことにした。

黒木渚はさらに強く美しい女性になっていた。ジャンヌダルクかもしくは民衆を導く自由の女神のように見えた。

大森靖子はあの日とは違っていた。結婚をし、そして出産をし、母になっていた。でもそれで音楽性に何か変わりがあるわけではない。そう思っていた。そして今日はバンドを従えて登場した大森靖子。そして歌いだした、あの歌「呪いは水色」だった。僕は聴き入った。

~生きている 生きてゆく 生きてきた 愛の隣で
 私達はいつか死ぬのよ 夜を越えても~

その日のライブは、本当に素晴らしくて、もう僕が今までの人生で見てきたライブの中でも、五本の指に入るんじゃないかってぐらい凄くてかっこよくて、最強だった。轟音で自由に音の中で遊んでた。観客の心の中にある、無駄に頑丈な鉄柵も檻もドアも鍵も、全部をバッキバキにぶっ壊して、心臓を鷲掴みにするような、そんな夜だった。

そんな夜を越えて、また生きていこうと思った。