皆様、その後いかがお過ごしでしょうか?
昨日は、東京都議会選挙開票日でしたね。
選挙の際に、いつも悲しくなるのは、投票率の低さです。
1票の重みをしっかりと持って、投票所に行かないといけないと思います。
「政治離れ」と言われて久しいですが、民意を反映させるためには、やはり投票をしなければ何も始まりません。
大きな政党は、組織票を持っていますから、投票率が低い方が選挙で優位になります。
もし、あなたが小さな政党でも自分自身の生活に直結するような政策を打ち出しているのであれば、投票をすべきなのです。
小さな1歩で、大きな成果になります。
例えばですが、自然環境に力を入れている会社があるとします。
その会社が、作っている製品を買うことは、「投票」と一緒です。
株式上場しているのであれば、株主となって応援することも「投票」です。
民意を反映させるためには、私たちのひとりひとりの行動が世の中を変えることに結びつきます。
特に、都・府議会議員選挙や市町村議員選挙は、自身の生活に直結する身近な選挙でもあるのですから・・・。
今を変えたいならば、行動をするべきなのだと思います。
余談は、これくらいにして・・・。
本日は、表題の通り、「淡路島のサルに学ぶ」とします。
淡路島は、地政学的にも重要な地域と言われていますし、日本の中心的な位置づけをされる場所でもあります。
ここに生息するサルたちが、とても個性的な社会を形成しているそうなのです。
サルの社会は、人間の社会と同様にそれぞれの社会に個性があると言われています。
当然ながら、野生のルールの中、厳しい環境で社会を形成しています。
サルの社会は、餌の奪い合いは当たり前ですし、縄張り闘争など日常茶飯事です。
一方、淡路島のサルの社会は、他のサル社会とは比べることができないような社会を形成しています。



例えば、体力の弱いサルや体の不自由なサルから餌を奪うことはせず、それどころか、野犬などの外敵に追われた時、体力のあるサルたちが体の不自由なサルや体力の弱いサルたちを木の上などの安全な場所に移動させようとするそうです。
我先の行動ではなく、弱者への気配りの行動がとれるそうです。
また、サルのボス争いがあって当然のサル社会ですが、淡路島のサル社会は、争いではなく特定の年齢に達するとその時を悟ったかのように次の世代に譲る行為が見られるそうです。
しかも、他の地域の群れでは、ボス争いに負けたかつてのボスザルは、その群れから離れて孤独に一生を終わらせるのが普通ですが、淡路島のボスザルは、権力を譲った後もその群れで仲間と共に生活し、尊敬され続ける状況すら観察されています。
当然ながら、そのボスザルの人格(!?)にもよりますが、より多くの愛情を群れたちに注いだボスザルほど、群れのサルたちに深く尊敬されるという自然の原理が働いているそうです。
競争が群れを形作る原理にならず、愛情が群れ集団を形成する原理となっているという、信じがたいほどの事実があるのです。
さらに、他の野生動物とも実に調和的で、例えば子どものサルと野生のシカの子どもが一緒に寄り添っている場面なども実際に目にすることが出来るそうです。
この淡路島のサルの集団を知って、サルの集団にも出来ていることが人間の世界では出来ていないことに、とても悲しい気持ちとなりました。
我利我利(がりがり)→自離利他(じりりた)
弱者への配慮
ボスザルの勇退(自ら退く)→人格(サル格)→尊敬
他との調和
現代の人間社会では、残念ながら実現できていないことばかりです。
政治の世界でも、経済の世界でも、はたまた身近なコミュニティでも・・・。
多くは語るまい・・・皆様も私と同様の思いをお感じだと思います。
昨今では、「同調圧力」という何とも日本的な悪しき雰囲気もあります。
これは、日本人本来のアイデンティティをしっかりと持っていれば、同調圧力なんてものは起きないと思います。
また、他への調和や配慮・尊敬があれば、絶対に起きようがない現象です。
とかく、「A or B」や「是か非か」のように、0対100のような論理に傾倒しがちですが、ニュートラルという考え方や立ち位置というものを、もっと重視していく必要があると思います。
偏向させようとする勢力には、しっかりとした正しい判断を持って、対峙する必要があると思います。
そして、ステレオタイプの恣意的な情報ばかりを取り入れることなく、自身で考えて、自身で学んで、自身の結論を見出していく力が大切になってきています。
「みんなが〇〇だから~自分も~〇〇」では、いけないのです。
「自分は、どうありたいか」が最も重要な意識になると思います。